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【いちご悪書】
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28209/03 10:51日本語で語れ・政治家たちよ
一日百人以上の人々が自殺している…先進諸国の中でも群を抜いているこの国で、更に国民生活を全く無視したレベルの政争が毎日のトップニュース。
歴史的異常さの猛暑に反比例するかのように、この国の政治の肌寒さはなんなのだろう。
マスコミで語る政治家・評論家・自称?知識人たちの言葉で、すごく気に掛かることがある。
それは横文字の多用さである。
大事な部分になると、訳の分らない横文字をさらっとお使いになるのだ。
それで、マスコミ人も何となく納得顔で済ましてします。
その代表的な言葉が、政治家もマスコミも大好きな「マニフェスト」だろう。
なんで政策の大事な言葉に、横文字を使うのか?
「マニフェスト」を政策公約とでも無理に訳しているのだろうが、この言葉は何語?
英語なら「manifestion」であり、「manifest」なら形容詞だから「あきらかな」と言った意味しかない。
「manifesto」という名詞の単語もあるが、これはフランス語だ。
まさか日本政治の根幹に欧州の農業国のフランス語は使わないでしょう。
余談ですが、みんなの党のお好きな「アジェンダ」に到っては「お祈り」なんて意味にもとれるのです、お気の毒に。
「マニフェスト」みんなが分ったような顔をしているこの言語感覚が危険なんです。
主に英語の多用ですが、ボクはこれはアメリカの陰謀だと考えています。
「happy slave」…訳せば「幸せな奴隷}です。
支配されている側が、支配されていると感じさせない、最も高度な支配。
究極の支配を「幸せな奴隷」と言います。
戦後65年、アメリカは将に日本国を「幸せな奴隷」として支配してきたのです。
アメリカと日本の関係は将にこれなんです。
ボクたちはアメリカの幸せな奴隷になっているのです。
日常会話の英語の氾濫は、アメリカの戦略の一環だと、ボクは思っています。
でなけりゃ、戦後の文部省が日本語教育を減らし、英語教育を必須科目にすると言う、不自然な方針を出すはずがありません。
今こそ、皆がアメリカと日本の関係を理解した上で、政治家や日常の先導者を選らばなければなりません。
大事なことは、まず日本語で語るべきです。

28108/15 18:56敗戦から65年目の今日・想うこと。
65回目の終戦の日です。
テレビではNHKだけが、全国戦没者追悼式を生中継していたが、民放は相変わらず愚にもつかない番組の垂れ流しである。
心ある視聴者は、そんな番組を支えているスポンサーの商品を買わないのに。
朝日新聞などはこの終戦の日を一面で扱ってはいない。
この国のマスメディアとはなんなのだろう?
ジャーナルの一欠けらもないのだろうか。
ボクはいつものように、正午に自宅で独り黙祷で、310万人の戦没者の方々に哀悼と感謝を捧げた。
この人々のお陰で今日のボクの生活があるのだ。
310万人の皆様にボクは生かされているのです。
それをどうしてこの国のリーダーたちは分らないのだろう。
戦没者の皆様の死を無視するのだろう。
無視ならまだ良い。
民主党のように「閣僚は靖国神社参拝しません」などと、わざわざ誰の顔色を伺って発信しているのか?
政府としての発信なら憲法違反の疑いもある馬鹿げた行為だ。
ボクは今年の春、靖国神社本殿の正式参拝をさせていただいたことがきっかけで、関東とその近県の護国神社の参拝をしている。
各県の護国神社は戦争に命を捧げて散った人々を英霊として、おまつりしている。
その護国神社めぐりで気付いたことは、日本人は余りにも310万人の命を無視しすぎていると感じたのだ。
なぜなら普段、護国神社を参拝する人が殆どいない。
どこも閑散としている。
先週は埼玉県の護国神社へ行ったが、ボクがお参りしていた30分ほどの間、全く人が来なかった。
大都会大宮市の真ん中にあるのに、そんなことでいいのだろうか。
戦争とは何だったのか…もっと真剣に考えたい。
護国神社の英霊たちを悲しませてはならないのだ。
それが民主党の能天気な馬鹿げた判断である。
ボクも民主党なら少しは変化が…とも思ったがそれが幻想であることが最近はっきりしてきた。
くだらない権力を持った奴の行動はみな同じだ。
弱者の悲しみや切なさが見えなくなるらしい。
大体政府は最近、祝日休日ばかりやたら作っているが、終戦の日はなぜ休日にしないのか?
この日こそ、国民の最大の休日にするべきだとボクは思う。
「終戦の日」などとぬるいことを言わないで、はっきりと「敗戦記念日」とするべきだ。
勿論、祝日ではなく「国民の悲日」である。
これを国民こぞって世界に提示してこそ、戦争責任の重荷を日本の若者達が負わないで済むのだ。
それを勇気をもってする事こそ、政治であり大人としての戦争責任の取りかたなのである。

28007/18 20:07紀の国・熊野の神々に禊祓いをいただき
森と水の国、紀州熊野三山の神々にお会いしてきました。
昨夏から学んでいる神道の哲学を、この眼と心で確かめる機会を神社本庁の皆様に頂きました。
そして神社本庁が主催する伝統文化セミナーの一員として、熊野三山…熊野那智大社の火祭り拝観、そして熊野本宮大社と熊野速玉大社への正式参拝をしてまいりました。
更に神武天皇が登ったと言う神倉神社への巌を這い上がり、ご神体「ごとひき磐」の迫力に圧倒されもしました。
将にボクの穢れた心根を洗われた旅でしたが、もっと嬉しいことに出会えました。
それは那智大社の扇祭り(通称・火祭り)に参加していた神職さんと地元の大勢の男達です。
感動的とも言える、紅蓮の炎と燃え盛る50kgの大松明を抱えて、階段を駆け上がり下る者たち、数十キロの扇神輿を担いで那智の大瀧へと御進行する者たち・・・
特にこの中で、ボクは参加している多くの若者たちの真摯な眼差しと清清しいまでの動きに感動したのです。
都会にいると、やれ草食系だの軟弱派だのとマスコミに揶揄されている若者達・・・
しかし、ここの若き男どもは、将に日本男子の心意気溢れる奴ばかりでした。
日本男子は絶滅危惧種じゃねえ・・・まだまだいっぱいいることが嬉しかったのです。
大自然の中で生き生きと躍動する彼等なら、ボク達の急務である生物の多様性を守る大儀が進められます。
それが確認できたことが嬉しかったのです。
熊野三山詣では、神々から多大なお力をいただき、更に地元の人々からもいただきました。
ありがとうございました。
この頂いたお力で、この国の為、ふるさとの為、弱い生き物達を守る為に全力を捧げる決心がつきました。


27906/27 17:21死刑囚・林眞須美さんから手紙が!
6月24日はボクの誕生日なので、いつものように父母の墓前に感謝のお参りをしてきた。
帰宅すると一通の手紙が・・・。
差出人は見覚えのある、綺麗な細字で林眞須美とある。
そんな馬鹿な・・・彼女は去年の6月に和歌山毒カレー事件で死刑が確定してしまった。
彼女がいる大阪拘置所は死刑囚に対しては外部交通が禁止、つまり手紙の発・受信はご法度である。
面会も弁護士と家族以外は許されない。
その眞須美さんからの手紙である。
急いで封を切ると、中から出てきたのは雑誌記事のコピーが2枚だけ。
彼女の文面は入っていない。
何かの暗号か、冗談かと矯めつ眇めつ眺め尽くしたが何も見つからない。
送られててきた雑誌記事は、ボクの友人でもあるジャーナリストのKさんが書いた、毒カレー事件の冤罪性に関しての論文である。
この文章は以前にボクも読んでいる。
ますます不思議でKさんに電話した。
そして分った。
大阪拘置所は今、改築していて7月に眞須美さんも独居房が移動になる。そこで私物の整理を通達されたのだ。
そしていつも独居房で握りしめていた、この眞須美さんの無実を訴える論文を捨てきれず、千載一隅の機会に外部発信を許されボクに送ったのだった。
でも文字のひとつも書くことは許されなかったのだ。
彼女は藁にもすがる気持だったのだろう。
でもボクは確かに彼女の気持をしっかり受け止めた。
林眞須美さんの再審請求は、安田弁護士さん達が準備中である。
支援の輪も大きく膨らんでいる。
動機も物的証拠も無い人間を死刑にしては、絶対にいけないのだ。

27805/30 10:46友あり遠方より来る、また楽しからずや。
昨日、同窓会に出席し40数年ぶりに友たちに再会した。
本来ならボクはまず出席不可能な会なのである。
なぜなら、ボクはこの学校を卒業していない、退学になり学籍は抹消なのだから。
しかし二年前、晴天の霹靂のように、シャガールの絵のように、突然ボクは卒業該当者になってしまったのだ。
このことは書くと長くなるので、暇な方はこの「いちご悪書」の二年前頃を見ていただければ分ります。
まぁそんなこんなで昨日、上智大学マンドリンクラブの同窓会に参加したのだ。
40数年ぶりの友たちの面影を実像に結ぶのは、非常に困難であったが、時が進むにつれ、暖かな想いがボクの胸を満たし始めた。
あの声、この笑顔、紛れも無い心を許せる友がいた。
ボクはこのクラブでパーカッション担当、主にコンガを叩いていたのである。
「お前のコンガはリズム感が最高だったよ」
お世辞にしろ、自分が忘れていた自分の姿を友に教えられる楽しさ。
自分の知らない自分を様々に語ってくれる友たち。
金や地位や権力ではない、人間の結びつきの素晴らしさを腹いっぱいに満たした一日だった。
嬉しかった。
次はボクが所属していた文学部ドイツ文学科の同窓会にも招かれた。
上智大学始まって以来の劣等生と言われたボクが胸を張って出席するつもりだ。
人生って面白い、長く生きているって捨てたもんじゃない。
とにかく素晴らしき上智大学の友たち、大好きだよ。

27705/30 10:19不自然大全集 その9 口蹄疫とエイズ 
家畜伝染病・口蹄疫の問題は今だにマスコミの大きな話題になっている。
ボクが前回書いた、この事件に関する問題点を追求する報道が今も、ないことに愕然とし暗澹たる思いがせつない。
動物の命より人間の経済至上主義優先がそれほど大事なのか?
健康な牛や豚にワクチンを投与した上で殺処分する不自然さを、なぜマスコミは追及しないのか?
農水大臣も県知事もワクチン投与の牛や豚をなぜ自ら食わないのか?
食っても人体に何の害もないものを、食肉にしたら国際市場でのブランドランクが下がるからだけの理由ではないか!
人間の利益が、大切な動物たちの命を奪うことに、ボクは抗議することをやめない。
しかし、今回はこれがテーマではない。
こちらの問題も不自然の極みである。
口蹄疫でこれほど大騒ぎしているマスコミが、5月27日に厚生労働省が発表した2009年に発症したエイズ患者数が過去最多になったニュースをほとんど報道していない。
新たなエイズ患者は431人、HIVウイルス感染者数は1021人。
ボクはこの数字は少なすぎると思う。
これは氷山の一角に過ぎない。
なぜならこの年の保健所などでの検査件数は前年よりも2万7千件も減少しているのだ。
どういうことか、はっきり言えばエイズウイルスの蔓延は既に防ぎようが無いところまで来ているのだ。
厚生労働省はお手上げなのだ。
民主党などは目先の問題に大童でエイズ問題など眼中にない。
また民間レベルのエイズ撲滅キャンペーンなども尻すぼみ状態である。
ボクが20年ほど前、一世風靡セピアの団員達を連れてニューヨークで行ったエイズチャリティパフォーマンスの時も、日本のマスコミの関心は薄かったが、現在も同じような状況だ。
NYでのボクが書いたショー台本のテーマは「エイズは人間から愛を奪い去る悪魔」は今も同じである。
エイズに関する日本人の関心は薄すぎる。
口蹄疫よりも100倍も恐ろしい事柄なのに、あまりにも関心が無さ過ぎる。
今、日本の繁華街はエイズウイルス塗れになっている現実を直視するべきなのだ。
どすしたら若者たちにボクの危機感が伝わるのだろうか。




27605/18 22:45不自然大全集 その8 宮崎県の口蹄疫事件に思う
まさにあれよあれよの束の間に、宮崎県で発症した家畜伝染病・口蹄疫で殺処分対象になった家畜が今夜時点で11万5千頭余りに達した。
罪の無い牛や豚の命がゴミ屑のように葬られている映像に接するのは辛い。
この事件では報道各社はバカの一つ覚えのように、同じ視点での報道に大童状態である。
テレビも新聞も週刊誌も、この国の報道に携わる方々には、異論の持ち合わせがないのだろうか?
視点を変えると言う基本を持たないのだろうか?
今日あたりは政府も当該自治体の宮崎県も、対策の遅れの責任はないだの、非常事態宣言だの、自分たちの保身に躍起になっているとしかボクには思えないのだ。
そのまんま東知事などは「寝ずに一生懸命やってるんですよ!」
なんて報道陣に興奮して怒鳴っていたが、ちょっと待った!
非常事態宣言を出して、家畜の全頭処分なんて方向に行く気ではないだろうね。
ボクがこの事件で最初から不自然に思っていることがあるんです。
政府も自治体も報道各社もなぜか、口を閉じているのだが、なぜワクチンを投与しないのか・・・と言うことです。
口蹄疫はワクチンで感染は簡単に防げる筈です。
人間のインフルエンザの時はワクチンであれほど大騒ぎしたのに、牛や豚では誰もワクチンのことを言い出さない。
実は彼等にはワクチンを投与したくない事情があるんです。
つまりワクチンを投与した家畜は肉のランクが下がるんです。
例えば日本では牛肉のランクは上中下の3ランクに分類されます。
宮崎県の牛は上ランクが多いのです。
これにワクチンを投与すると中ランクになってしまいます。
つまり金がらみなのです。
今、この国に蔓延している経済至上主義、この国を駄目にした金が全ての判断基準なのです。
だから投与しないのです。
例え宮崎県の家畜を皆殺しにしても、人間の利益を優先するつもりなのです。
牛や豚たちの命を頂いて生きている人間達が、命を頂いている感謝の心を忘れ、彼等を無駄死にさせていいものでしょうか?
それを誰も不自然に思わないのでしょうか?
この国は今、進むべき方向を完全に見失っています。
この事件だけではありませんが、ボクたち大人は、子ども達に何をどのように伝えたらいいのでしょうか?
最近、ボクがしばしば立ち止まって考えてしまうことです。

27503/26 11:09不自然大全集 その7 今、世界で何が起きているのか
今週、新聞やテレビなどはトヨタのリコール問題を全く報道していないが、この事件はトヨタの社長が関係諸国行脚したことで許された訳ではない。
日本のマスコミは無関心だが、アメリカではますますヒートアップしているのだ。
トヨタ批判が膨張し、単独詐欺事件として様々な人々が集結し、広域集団訴訟に発展している。
この事件の原告弁護人代表がマーク・ゲラゴス弁護士だと言う。
彼はアメリカでは名立たるスター弁護士である。
いや、ボクも知らない仲ではない。
絶対に忘れることの無い2年前、米国ロスアンジェルス警察の留置所内部で不自然な死をとげた盟友・三浦和義さんの不可解な事件の担当弁護士であったのだ。
ゲラゴス氏の手元には、あの事件に対するボクなりの推理論文も英訳して渡っている。
ゲラゴスは事件当初からあの事件は自殺ではなく、他殺だと認定していた。
その彼が今年になって手のひらを返すように事件から外れることを一方的に通告してきた。
ボクは彼に何が起きたのかと半信半疑であったが、今になって合点が行く。
ボクは彼と権力に何らかの司法取引があったのだと思う。
トヨタ問題と三浦和義さん問題は見えない糸で結ばれている、その糸がボクには見える。
いや、それだけではない。
クロマグロ問題も然り、全てが不自然な連鎖をしているのだ。
今、世界で起きているのはトヨタバッシング等と言う規模ではない。
これは日本バッシング、一気呵成の日本つぶしなのだ。
民主党政権になって、日を追う毎の政治の大混乱、このチャンスを世界が見逃す訳が無い。
現代の戦争は武器など使用しなくても国を消滅させることが出来るのである。
今、戦後最大の日本のクライシスだとボクは感じている。
だからこそ、アメリカの広域集団訴訟が気がかりなのだが・・・。



27403/18 22:11不自然大全集 その6 クロマグロ禁輸報道に異議あり
今日からドーハで開催されている、大西洋クロマグロの国際取引禁止に関する審議について異議があります。
なぜ日本人の大好きなマグロを…このやろう!
いや、そうじゃありません。
ボクが異議を唱えるのは、このドーハの審議に対する我が国のマスコミの報道の視点にです。
テレビも新聞も全ての報道が日本バッシングに対しての反論に始終しているのです。
農林水産大臣ですらインタビューにうろたえ、クロマグロが禁輸されたらえらいこっちゃと慌てふためいている情けなさである。
禁輸提案国のモナコ代表はこのままマグロ漁を放置しておけば、3年後に地中海のクロマグロは絶滅すると問題提起をしています。
ボクはその通りだと思います。
今、日本が地中海でやっている(他国にやらせている)クロマグロ漁は酷すぎます。
実はこの部分がなぜか日本では報道しないのですが、地中海のクロマグロ漁は成魚ではなく、稚魚を網で獲っているのです。
この稚魚を地中海沿岸諸国の海に牧場を作り、餌をめちゃくちゃに食わせて、日本人が大好きだと言う全身大トロの油デブマグロに育てているのです。
これは養殖ではなく、畜養と言います。
この殆どが日本に輸出されています。
畜養のお陰で日本人は回転寿司でクロマグロが食えるのですね。
でもね、クロマグロの稚魚を獲る時は巨大な網でクロマグロだけ獲れる訳ではありません。
他の多くの魚の稚魚も獲れてしまいます。こっちのほうが多いのです。
そしてクロマグロだけ大切に選別し、他の多くの稚魚は殺されて捨てられます。
この為に地中海は今、クロマグロだけでなく多くの魚が絶滅の危機なんです。
地中海の生態系が破壊されているんです。
いや、日本人が破壊しているのです。
ボクは地中海のクロマグロ取引停止に大賛成です。
他国に迷惑かけてまでクロマグロなんか食いたくはありません。
ボクはマグロが好きだけど、日本近海にだってビンナガマグロだって、キハダマグロだっているじゃありませんか。
フォアグラみたいに不自然に太らされたマグロをおいしいと言うのはバカなテレビレポーターだけだよね。
絶滅と言えば、日本人は江戸時代まではひとつの動植物さえ絶滅させないで共存した稀有な民族なんです。
それが百数十年後の日本は、世界中から自然破壊で軽蔑される民族に成り下がってしまったのです。
マスコミ人に心があるなら、この視点を報道するべきなのです。
今、この国はどうしてしまったのか?
何処へ漂流してしまうのか?
このままではクロマグロと共に、日本人だって絶滅してしまいそうです。
今夜のドーハの審議が日本にとって2回目のドーハの悲劇にならないことを・・・。

27303/14 12:50不自然大全集 その5 何故?御神木が倒れたか
平成22年3月10日かわたれ時、神奈川県の鶴岡八幡宮の御神木大銀杏が
強風の為に倒壊した。
ボクはその日たそがれ時に、このニュースに接し「やっぱりか…」と言う想いが心を満たした。
なぜかと言うと3月の初め、ボクは突然鎌倉の八幡様に行かなければと思い、出掛けてきたのである。
それは何十回目かの八幡様詣でであるが、その日ボクは生涯初めて御神木と一緒に写真を撮ったのだ。
その写真にはボクの背後から御神木が真っ直ぐ天に向かって屹立している。まるで高天原への天の橋立である。
この大銀杏は樹齢千年とも言われているが、いにしえの鎌倉幕府3代将軍 源実朝がこの銀杏の木の後ろに隠れていた公卿に暗殺された歴史を持っている。
歴史は巡ってボクの学生時代、この銀杏の大木がある八幡様の境内はボクたち悪がきの遊び場所であった。
ボクの高校は鎌倉学園で、建長寺の中にあり、学校の裏山をよじ登って笹薮の小道を行くと天園と言う素敵な高台があり、そこを南に下ると鶴岡八幡宮なのだ。
あのあたりは自分の庭のようなものだった。
だから当時からボクは八幡様と呼んでいる。
この銀杏の大木は境内でのカンケリの恰好の隠れ場であった。
この大木の下に集合し他校(逗子開成高校)の高校生と集団での大乱闘で機動隊に検挙された思い出もある。
機動隊に包囲されたとき、敵味方の区別なくこの大木の陰に隠れたっけ・・・。
その御神木がたった8メートルの北風で倒れたと発表された。
瞬間、ボクは非常に不自然な感覚に満たされた。
八幡様は本堂の北側の背後に山を背負っている。
だから北風には滅法強いはずだ。
さらに、本堂の階段下にある大銀杏は北風など微風程度にしか受け止めないはずだ。
大銀杏が風に弱いとしたら南側の海から表参道を真っ直ぐに引き裂いてくる南風だけなのだ。
でもあの日は北風だった。
だからボクは北風に倒れたと言う簡単な発表に不自然さを感じた。
ボクはこう推論する。
御神木は自ら倒れたのではないのだろうかと・・・
笑う奴は笑っても構わない、でもこの世には人間の道理など遥かに超越した自然のメカニズムが存在している。
科学が万能などあり得ないし、人間は万物の霊長などではない。
あの御神木に見詰められて生きてきたボクには、今回の出来事は神の啓示だろうと想う。
ボクの学問である想像工学的には八幡様は武道、闘いの神を祭っている。
その闘いの神が自らの御神木を倒したのは、何らかのメッセージではないだろうか。
例えば不安定な労働者たちに、例えば若者たちに、例えば弱者・敗者たちに戦えとのメッセージではないだろうか。
今、絶望的に衰退しているこの国を活性化させるための闘い。
少なくともボクは八幡様からそんなメッセージ・パワーを頂戴した。
倒壊した大木を蘇生させることより、不自然に倒れた意味を考えたほうが良いのではないだろうか。





27203/12 23:37不自然大全集 その4 卒業式と朝鮮人高校生
昨日はボクが講師を務めている国際理容美容専門学校の卒業式だった。毎年の事ながら整然粛々と進行する式典は人肌の温もりに心がポカポカしてくるのだ。
式典の裏方で飛び回っていた若い先生たちの自己犠牲の奉仕も見事であった。
この学校の講師である自分が幸せを感じる刹那である。
今年の卒業生は336名。就職率は100%。どうだ!すげーだろ!

・・・と良い気持のまま一夜明け見詰めた新聞。
今日、4月からの高校無償化法案が衆議院文部科学委員会で可決された。16日の本会議でもすんなり通過だろう。
民主党が先の選挙を勝つために掲げたマニフェスト?…の目玉である。(マニフェストに?を付けたのは理由があるが、ここでは長くなるからヤーメタ)
民主党は夏の参議院選挙対策には何が何でも、この法案の成立が命題である。
それも良いだろう。
ボクは高校の無償化に反対ではない、その根拠もないし。
しかし、絶対民主党政府を許せないのは、朝鮮人学校の除外である。
拉致問題が未解決、核武装している、国交が無いなど後付けの理由など理由にならない。
それらの問題の制裁として在日の北朝鮮学生に凶器の眼を向けるのは間違っている。
在日北朝鮮の子供達に何の罪があるというのだろうか。
第一、彼等は望んで在日と呼ばれる存在になったのではない筈だ。
今の政治家が触りたくない深く暗い歴史があるのだ。
これを民族差別と呼ばずに、差別を論ずるべきではない。
いつからボクたち日本人は、これほど心が貧しい民族に成り下がってしまったのだろう。
今、東南アジアの国々の学校では日本語クラスが続々と廃止になっている。
僕たち日本人は嫌われ始めているのだ。
北朝鮮学校の生徒達に日本の大の大人たちが制裁を加えているのだ。
俺たち日本人が美意識として持っていた「武士の情け」はどこへいったのだ。
総理が「友愛の精神」だとか言っていたのはなんだったのだ。
不自然も良いところだ。
夕方になって政府は北朝鮮学校の教育内容を精査して決める…とか
言い出したが、そんな言い草は誰も信じてなんかいない。
こんな時こそ自民党が身体を張って阻止する時なのに、駄目党のおっさん、おばさん先生連中には無理だろうなぁ。
まぁこれでまた日本は世界の人々に軽蔑されるのは間違いないだろうね。






27102/14 23:16不自然大全集 その3 禁煙の法制化に想う
崩落寸前・断末魔の自民党が内閣総理大臣閣下とその弟の浮世離れした他愛ない喧嘩を煽ったり、親分幹事長のマネー転がしの手口を追及したり、弁解したり、およそ国民の心中とは途轍もなく乖離した事に国会で税金を無駄使いしているのが我が国のお偉い政治家連中である。
所詮、民主党も自民党も同じ穴のムジナ、国民の生活や苦悩など何処吹く風の連中なのだ。
この茶番のドサクサに官僚たちが権力搾取に蠢いてることも知らず。
例えば厚生労働省は・・・日本中の職場の禁煙化を勧めているのだ。
その為に労働安全衛生法の改正案を準備している。
禁煙を法律で決め付けようとしているのだ。
喫煙者の人権も煙草販売者の生活も無視した暴挙を平然と行おうとしている。
大体、合法的な喫煙を強権発動で封じ込めようとしているのだ。
この禁煙を法制化したら、間違いなく次は禁酒の法制化だろう。
世界保健機構が酒の広告と販売の規制に乗り出そうとしている。
厚生労働省はきっとその尻馬に乗るだろう。
冗談で言っているのではない。
現にイギリスではすでにこの法律が機能し公園や海辺で缶ビールなど飲もうものなら警察にしょっ引かれる。
断っておくがボクは酒も煙草もやらない。
自分のご都合で厚生労働省に難癖をつけているのではない。
民主主義を標榜する先進国は所詮、権力を絶えず増強させなければ統治できないのだ。これが民主主義のリスクかもしれないとボクは感じている。
民主主義はこのように異端の人間を排除する。
最近は喫煙者も少数派になりつつあり、異端者扱いされてきた。
だから排除するのだ。
異端を排除したら、その国の文化は死滅するだろう。
異論を排斥したら、社会の民度は低迷する。
今やこの国は皆で決めたことは正しいのだ。
この国の人民は赤信号も皆で渡れば怖くなくなっている。
この危険な国民体質が多くの冤罪事件をさえ助長している。
だから裁判員裁判は危険なのだ。
そんな国民を作っているのが、権力しか見ていない政治家連中であり、官僚でありその腰巾着と化したジャーナリズムである。
連日行われている国民無視の政治茶番と官僚権力の蠢き・・・
そのプロパガンダと化したマスコミ。
国家や資本家の勝者の論理のみが最優先され、庶民たちの尊厳は踏みにじられている。
この国は大崩落に向けて突き進んでいる。
それを不自然に感じない人は死んだほうが良い。
未来の子供たちの悲惨な生活を見ないで済むから。
不自然に感じる人は闘いを挑め。


27002/05 00:02不自然大全集 その2 朝青龍電撃引退
今日、このニュースを知って大多数の日本人はあまりの不自然さに愕然としたのではないだろうか。
これは正確には引退させられたのであり、日本相撲協会理事会の暴挙である。
せっかく貴乃花理事の初参加の理事会でこんな結論をだすとは・・。
結局、貴乃花も裏取引で票を集めての当選と言われてもしかたがない。悪く言えば談合があったのだと思う。
貴乃花を英雄扱いするのは間違いだ。
さて、朝青龍問題であるが、これは相撲協会と横綱審議委員会とマスコミによる明らかな人種差別であり、人権侵害だ。
今回の問題はまだ、朝青龍が殴ったと言う証拠はなにもない。
たかだか酔っ払いたちが悪ふざけした上での怪我じゃ無いのか・・・とボクは思う。
冤罪の可能性だってまだあるのだ。
それは横綱の品格の問題だと、バカなことを後生大事にのたまう似非知識人やマスコミ人も掃いて捨てたいほどいる。
品格?・・今の相撲の何処に品格があるのだ?
懸賞金と称する金を賭けて勝ち負けを争い、勝ったらその金を鷲づかみする相撲取りの何処に品格があるのだ?
タニマチと称するスポンサーに纏わり付き金品を頂くだけの「ごっつ
あん体質」の何処に品格があるというのだ?
協会の理事達に品格があるか?
相撲の勝負も知らない横綱審議委員のおっさん、おばさんに品格を感じたことがあるだろうか?
相撲が日本の伝統文化だったのは、ワンスアポナタイム昔々のお話である。
相撲は日本の神道に発した武道である。
横綱は八百万の神の一柱であり、だからこそ注連縄を付けているのだ。
その日本の神の座にキリスト教徒やイスラム教徒や仏教徒をつけても平然としている輩たちには分るまい。
国技であった相撲に外国人を入れた時に、相撲道は終焉し国技ではなくなった。
単なる裸の男たちの格闘技である。
民主党政府は直ちに相撲協会の財団法人認可を取り消すべきである。
落ち着いて考えれば、現在の相撲なんてこんなものである。
そこでやんちゃな朝青龍がなにをしたというのか?
朝青龍こそ潰れかかった相撲人気を支え続けた大功労者じゃないのか。彼がいたからこそつまらない相撲が何とか持ちこたえたのだ。
相撲協会こそ彼に感謝し、それなりの恩を返すべきである。
そして理事会と横綱審議委員たちこそ直ちに引退するべきだ。
早くしないと、この愚挙は国際問題にもなりかねない。
どう見ても、今回の決定は人種差別がチラチラ垣間見えるのだ。
モンゴル人は協会内で相当な虐めと差別を受けているのだろう。
今日、この問題で記者会見をした白鵬が涙を流す姿には非常な違和感を感じたのはボクだけではないだろう。
本日のこの不自然な出来事は日本人として大変に恥ずかしいことだと感じたのである。
ボクは前からここでも言い続けてきたが朝青龍が大好きなんだ。

26901/31 17:37ニッポンの「不自然大全集」 その1
去年の12月より今日まで2ヶ月間、この「いちご悪書」を休んでいたら
大勢の方々からお叱りを頂き、感謝の念を持って再会いたします。
休んだ訳は簡単で、心に感じた「よしなしごと」を散漫に書き繕う事に嫌気が挿したのです。
バカなアイドルやタレントがブログと称して、てめえが食ったものなどを写真と共に書いている日記もどきと何ら変わらぬ己の姿が恥ずかしくなった訳です。
で、この一年はテーマを明確にして書いてみたいと考えました。
昨年から毎週末、日本中の神社を訪ね歩き、国とは何か?日本人とは何か?ボクとは何か?を見詰めてまいりました。
そして今、ボクに必要な…いや日本人に必要な思考の尺度はこれなんだ!と思い及んだのです。
「それは自然・不自然」と言うモノサシ・・・。
これこそ地球上でも日本人だけが持ち合わせている日本人固有のモノサシであり、感性であり、判断基準なのです。
今、この時代に起きている全ての出来事はこのモノサシで計れば、明確に判断がつきます。
政治、経済、事件、身の回りの雑事など全てに応用できます。
神代の時代から大自然と共に生きてきた日本人だからこそ持つ固有のこの感覚を蘇らせたいのです。
そこでまず、ボクが率先して「自然・不自然」のモノサシで様々な事柄を計ってみます。
題して、ニッポンの「不自然大全集」

その1は・・・
いつも大晦日の夜になると、不自然さに猛烈に腹が立つもの。
NHK紅白歌合戦です。
いや、唄ってる能天気な歌手達には罪はありません。
とんでもない輩たちは、NHKの職員・放送スタッフなのです。
何が不自然かってまず最悪は、毎回番組のエンディングで全歌手が唄う「蛍の光」です。
なんの為にあの場で超不自然な歌を唄うのか?
多分、日常エリート風を吹かせているNHK職員も経営陣も偉そうな番組審議委員のとっつあん方も、あの歌の出所を知らないのです。
「蛍の光」は明治初期に、イングランドの曲に作詞者不肖の詞をつけたものです。
作詞者が軍に加担するのが嫌で、名を隠したの為に作詞者不肖です。
何のために・・・それは北方領土や南方領土拡大の為に続々と若き兵士を送り込む為の軍歌なのです。
一番は国の為に死を賭して出兵する若者達を見送る内容です。
二番、三番と見送る情景が続き、四番の歌詞になると具体的になります。書いてみましょうか・・・。

千島の奥も 沖縄も
八島の内の 守りなり
いたらん 国に いさおしく
つとめよ わがせ つつがなく

と言う、ものすごい軍歌であります。
この「蛍の光」を誰が何の為に大晦日に唄わせているのか、公開質問状でも出して聞きたいものです。
もっとも訳を知っている奴の差し金か、番組では四番は絶対に唄いません。
はやく何とかしないと、今年も卒業式などでも子供達に強制的にこの軍歌を唄わせてしまうことになります。
まぁボクは軍歌が好きだから良いんだけれどね。
更に、NHK関係者のみならず左翼的思想の有識者諸君にも聞きたい。
常日頃、日の丸は日本国国旗にあらずとか言ってらっしゃるが、あの
「紅白歌合戦」と称して紅組・白組に分かれての闘いには疑問を感じないのでしょうか?
紅白こそ、日本人を真っ二つに分断し、血を血で洗った源平両軍の闘いの御旗であったはず。
その悲惨な闘いの象徴である紅白は問題なく、何故に日の丸は問題なのか?
この不自然さ、ボクにはさっぱり分らないのであります。


26811/30 22:36拝啓!必殺仕分け人・蓮舫さま
なんだか先行きがおかしくなって来た民主党政権であるが、国民の支持率を高位置キープしているのは、財務省公開エンターテイメント?である事業仕分けイベントだった。
中でも一躍時の人になってしまったのが蓮舫議員である。
本来政治家は核心となる言葉を控えるのが性であるが、蓮舫議員は歯に衣きせぬと言うか、無邪気さというか、まぁ大陸の血も混じってる人だから少々日本人にはないアグレッシブな精神の持ち主ではある。
そんなことを輝く時の人に言うのは失礼かもしれないが、彼女とは昔馴染みなので許してくれるだろう。

蓮舫とは彼女がクラリオンのキャンペーンガールとして水着のピチピチボディを振りまいていた後、俺が担当したテレビ朝日の深夜の生放送「プレステージ」のキャスターに起用したのが最初である。
まだ碌にコメントも言えない女の子であったが、向こうッ気だけは強くて、どんなテーマ、どんなゲストでも物怖じしなかった。
それと甲乙・白黒ははっきりさせるのが好きな子であった。
このキャスターを始めて確か1年位後だったと思う。
蓮舫が所属する川崎エージェンシーの社長から、今後どのように進んだら良いかの相談を受けた。
そこで六本木のクローバーで蓮舫とお茶を飲みながら、彼女の今後について語り合ったことがある。
その時、俺はこう言った。
これからは自分だけの人生テーマを持つこと・・・例えば今後大問題になるであろう食品添加物、あるいは飲料水問題などは女性として良いと思うよ・・・なんてことをアドバイスした。
蓮舫は素直に聞く子で、それ以後キャスターとしてのコメントががらっと変化してきた。
機を見るに敏・・・かなり器用でフットワークは良いのである。
その彼女が結婚し、双子を生んでから子育てに人生テーマをシフトし、議員になって遂には時の人になった。
別に俺がどうこうした訳じゃないが、昔馴染みとしては、なんだか嬉しいのである。
でも若い時から敵を沢山作ってしまう性質の子だったのが少々杞憂かもしれないが心配かな。
それとバサバサ切りまくるのは結構だが、木を見て森を見ず…切り過ぎて心の貧しい国造りの手先だけにはならないで欲しいな。



26711/18 12:10若者たちの自己犠牲
毎年、俺自身が最も楽しみにしている国際理容美容専門学校の文化祭・「美翔祭」のトータル・ヘアーメークショーが終わった。
綜合演出の俺が言うのも手前味噌に聞こえるが、今年も素晴らしいショーだった。
今年のグランドテーマは「リ・ニューアル」
文化やアートをクリエイトすることは、この国の先達の感性や伝統や魂を継承し、そこに新しい感覚をインプットすること・・・
政治や経済・文化を含め今、この国に必要なのは革命に近いほどの「リ・ニューアル」なのである。
このコンセプトを全校学生が理解して、全員で見事にショーを創り上げたのである。
今回のショーの素晴らしさは、エンターテイメント性もさることながら、ショーを創る過程において、学生達が垣間見せた人間愛とも言える美しさであった。
数百人の学生がそれぞれの役割を分担して行う舞台ショーである。
華やかなモデルもヘアーメークも制作スタッフも観客整理・警備係り
も、すべて学生である。
誰だって華やかな役割に付きたいだろう。
しかし、役割の分担と言う大儀の元に、それぞれが自己矛盾を克服し、更に自己犠牲まで発揮してチームワークを維持してくれた学生もいた。
最近の大人社会では死語に近い「自己犠牲の美しい精神」を俺は自分の教え子達に見た。
この喜びは筆舌に尽くし難いものがある。
これこそ国際理容美容専門学校が校是にかかえる「躾」教育の賜物である。
今年の「美翔祭」は数百名の一体感と何ものにも替えがたい崇高な精神である「若者たちの自己犠牲」を見せてもらった。
俺は自分の学生達を誇りに想うと共に、心から尊敬するのである。
みんな!どうもありがとう。

26610/25 12:37大自然の中への小さな旅へ
俺たちが何の為に生きているかと言えば、命を継承する為だ。
この命の中には知恵や経験や魂など大切なものが詰まっている。
これは地球上のすべての生物に共通した自然の摂理なのだ。
最近、人間だけがこの掟を破り、なんと自分の子供や家族だけに金や地位や権利を継承することだけに汲々とする哀れな奴らがいる。
それも小金を溜め込んだ、企業成金に多い。
そんな晩節を汚すことが無いようにしたいと思っているが、俺は若者たちに何を残し、何を継承していくのかが定まらない。
それを見つけるために、今年から毎週のように神社巡りの小さな旅を続けている。
日本の大きな神社とその周辺には、出雲・大和時代からの長い歴史と
大自然、町並み、人々の生活が微かに残されているからだ。
そのかけらを拾い集め、自分なりの生きた証と目的を確認したい旅なのである。
昨日は千葉県の上総国・一ノ宮の玉前神社へ行って来た。
JR京葉線特急「わかしお」で上総一ノ宮駅で下りると小雨だった。
バスが三台も来たら身動きできないほどの駅前広場、店も駅前食堂と花屋が数軒、おまけに人の姿がほとんどない。
玉前神社へ7分の標識を見ながら町を歩く。
雨だからか歩行者もなく、小さな町並みを見ながら玉前神社に着く。
この神社は上総国の一ノ宮だけあって1200年の歴史があり、大社造りの拝殿も本殿にも大切に守ってきた人々の想いが感じられる。
本殿裏手の神木も見事な歴史の威容を見せている。
この地は縄文・弥生から人々の営みがあったところで、静寂に耳を澄ませると往時の古代人の囁きさえ聞こえるようだ。
玉前神社から雨の中を南へ30分ほど歩くと海へ出た。
駅前から海へのバスは一日に3便しかないのだ。
ここは房総半島の九十九里浜最南端である。
雨の浜は北風が舞い、不規則に潰された波が荒い。
砂浜に傘を差して彼方の沖合いを見詰める。
太古から延々と続くこの大自然の営みの中で、人間はいったい何を見つけたと言うのだろう。
万物の霊長などと大見得を切って、何をしてきたのだろう。
科学・化学万能の時代と胸を張っても、インフルエンザひとつに日本中が右往左往するだけである。
アメリカでは40%以上の母親達が我が子への予防注射を拒否している。副作用が怖いのだ。
日本ではそんな情報もなく、2回摂取だの1回だのと先を争って大騒ぎである。
科学など信じてはいけない。
大切なのは、自分が生きていく上で自然か不自然かを見極める魂なのだ。その物差しを持っているのは日本人だけである。
これも古代人から受け継いだ日本人固有の宝物なのである。
帰りに駅前のひなびた食堂で食べたチラシ寿司がとっても美味しかった。







26510/25 11:13俺の裁判報告だぁ!PARTB
なぜか俺の裁判報告だぁ!が妙に人気があって、「もっとやってください」だの「一緒に裁判所へ連れて行って」だのリクエストがある。
確かに俺も最近は裁判所通いが楽しみの一つではある。
で、先週は20日に霞ヶ関の東京地方裁判所へ行ってきた。
先月、答弁書すら出さず闘う姿勢を示した被告との2回目の公判だ。
東京地裁では、19日は高相被告、20日は俺、21日は押尾学被告と続いていて笑っちゃうね。
もっとも19日や21日の地裁玄関前は報道陣と傍聴券を求める人々で、朝の新宿駅のような雑踏であったが、俺の20日は玄関前に一人もいないと言う寂しさ。
だからその寂しさを携帯カメラで撮ろうとしたら警備員数名がすっ飛んできて止めろと言う。
「報道陣は良くて、なんで俺はだめなんだ?」
と悪態をつくも無視された。
まぁ同じ裁判でも高相・押尾両名は被告、俺は原告…この違いは精神的に大きいね。
でも麻薬取り締まりは難しい事件だ。
正直言って二人とも、いや酒井法子にしても自分が悪事を働いたとは思っていないだろう。
現に今、麻薬を使っている多くの人間達もそうだろう。
心の中では、酒はどんなに度数が強くても、中毒になっても罰せられず、タバコも同様である。
麻薬と酒類の違いはなんなのか?
大麻と煙草の違いはなんなのか?
知識人を自認するお偉い?方々には、甚だ子供じみた意見に見えるだろうが、庶民レベルとはこういうことなのだ。
サプリメントやドーピング違反とされる薬品類や健康食品だって同じことが言える。
それぞれの径庭は誰が何の基準で決めたのか?が判然としないのだ。
渋谷や新宿の街へ出て、通りすがりの若者に聞いてみればわかる。
麻薬の入手方法など分っている奴のほうが多いくらいだもの。
と言って、俺は麻薬など肯定しているのではない。
現に俺は麻薬どころか酒も煙草もサプリメントすら口にしないのだ。
俺の筋肉はドラッグレスである。
まぁ話が長くなったが、麻薬と人間の付き合い・・・これは簡単な問題ではないのは確かだね。
で、俺の裁判に戻る。
第二回目の今回、法廷は前回と同じ6階の608号法廷、裁判官も前回と同じ眼鏡をかけた柔和な顔の小太り中年さんと書記官は気の強そうなアラサーって感じの女性コンビだ。
相手の被告は答弁書を出してきて和解を申し出てきた。
裁判官は「これで結審の方向でどうですか?」
と聞いてきたが、俺は不服を申し立て、今回も膠着、来月の法廷を取り決めてあっけなく終わりだった。
この日、数時間後に被告の相手より直接連絡があり、更なる和解条件を提出してきた。
でも、俺はそれも却下した。
そして新たな条件を提示して、一週間の答弁猶予を提供した。
多分、これで和解条件は整い、来月の法廷で結審するだろう。
今週はもう一件、少し大きな相手との裁判がある。
このワクワク感はいったいなんなのだ?

26410/21 23:00南田洋子さん・ありがとう
今日の朝、女優・南田洋子さんがご逝去された。
長門裕之さんから重態な病であることは伺っていたので、まもなくこの日が来ることは感じていた。
ボクが南田洋子さんと初めてお会いしたのは1970年代、フジテレビの音楽番組ミュージックフェアだった。
長門裕之・南田洋子夫妻が司会進行役でボクは駆け出しの構成作家だった。
三年ほど番組をご一緒したが、南田洋子さんはすばらしい気遣いをされる方で、金の無いボクらスタッフにしばしばご馳走をしてくれた。
六本木の会員制クラブ「TCK CCC]のレストランによく連れていって貰ったのが、昨日のように思い出される。
南田洋子さんは長門裕之さんよりも一歳年上の姉さん女房である。
金のわらじを履いてでも見つけろと、男どもには合言葉もある、一歳年上の女房なのだ。
確かに南田さんは女としての気風が最高だ。
こんなことがあった。
南田さんと京都へ旅番組のロケに行ったときだ。
夜、宿舎の旅館に当時、遊び人の旦那・長門裕之さんが尋ねてきた。
京都の舞妓さんと遊びたいので金を貸して…と言うことだった。
すると南田洋子さんはバッグから分厚い財布を取り出すと、そのままポーンと渡したのである。
さすが姉さん女房だ!とボクは感動したのを思い出すのである。
この旅番組では、南田さんの優しさを実感した強烈な想い出もある。
TBSの全国ネットで始まったこの旅番組のスタートは1990年代。
この頃、ボクはプロデュサーになっていて初回放送のゲストに南田洋子さんを起用し、京都ロケを組んだ。
京都ではテレビ初取材の高級料亭「吉兆」などと話をつけて取材した。テレビの食べ歩き旅のはしりのような注目番組だった。
しかも撮影は当時、最先端のENGカメラを使っての画期的な番組だったのである。
初回のその取材は無事に終わり、東京に戻ってプレビューしてぶっ飛んだ。
すべての画面にノイズという信号が入っていて、とてもオンエアできる作品でなない。
現場ではENGモニターが小さく、技術者がノイズをチェックできなかったのだ。
ボクは南田洋子さんに顛末をお話して、再度京都ロケをやらせていただいた。『吉兆」などにも頭を下げられるだけ下げて了解してもらったのである。
今度は現場でノイズチェックなど充分にやった。
そして帰京して、編集所で腰を抜かした。
なんと今度は音声が入っていなかったのである。
これじゃ放送できない。
もう一度撮影も不可能・・・。なにしろ放送3日前なのだ。
頭を抱えたボクに浮かんだのは、アテレコ・・・。
つまり自分のクチパクに台詞を録音していくのである。
映画などではよくあるが、旅番組の喋りは台本のない、フリートークである。これに台詞をかぶせるのは前代未聞のことである。
ありえないことなのだ。
それをボクは南田洋子さんに土下座しお願いした。
「分った、すぐやろう」
南田洋子さんは嫌な顔ひとつせず、むしろ落ち込んでるボクを励ます言葉さえかけてくれたのである。
こうして今日までボクのテレビ生活40余年の中でも最大のトラブルも、南田洋子さんのお陰で無事放送することが出来たのである。
今、ボクは秋の夜空に旅立っていかれる南田洋子さんに、そっとお声をかけた。
「洋子さん、ありがとうございました・・・」

26310/11 21:27朋友・三浦和義さん無念の逝去から一周年
思えば一年前の今日、ロサンゼルス市警留置場にて三浦和義さんが実に不可解、不自然な死を遂げた。
自殺と言うロス市警の発表であった。
その日の夜から三日ほどテレビや新聞、雑誌マスコミの取材にに追われたが、ボクはキチンと対応し、同じ言葉を繰り返した。
「三浦和義は自殺などしていない。その根拠はこうだ」と・・・。
しかし、いつものようなマスコミの国民への意識誘導記事でなんとなく自殺説で世の中は落ち着き、この大事件は忘れ去られている。
様々な事件は次々と起こるから、仕方のないことではあるが、ボクたち支援グループは決して忘れもしないし、行動を緩めもしない。
ロス市警とはマーク・ゲラゴス弁護士チームが丁々発止の駆け引きの最中である。
一年たってもロス市警が留置場の内部や自殺とする仔細な情報をなんら提出してこないのは、向こうに非がある証拠だろう。
わが国の司法当局が、それをアメリカに請求しないのも、日米間に犯罪捜査に関する密約があるとしか思えない。
そのことはボクはレポートにしてアメリカサイドに提出してある。
日本がアメリカの法体系に合わせる義務など無いはずである。
この国は尊厳も理性もある独立国なのだから。
政権も新しく変わったのだから、ぜひ司法の情報公開を望みたい。
でなければ、最高裁で遂に無罪を勝ち取った男のプライドと無念を晴らせない。
三浦和義さんの一周忌にあたり、ボクは残る人生のライフワークのひとつとして、いつまでも彼の無念を共有する。
この一年前の出来事は、単に一人の男の死ではなく日本の未来を左右する重要な大事件なのである。だからボクは闘う。





26210/05 22:53俺の裁判報告だぁ!PART2
先月、東京地裁立川支部にて俺の本人訴訟による裁判レポートを書いたら、かなり好評だったので味を占めて第二弾。
その前に先月の後日談であるが、あの訴訟では被告の答弁書に記載されていた和解条件を俺が却下して、次回裁判が10月初旬になったのだが、面白いことに、その当日の夕刻、被告側の弁護士より降伏和解の申し出があり、無駄な闘いは好まないので提訴を取り下げた。
さて先月、俺が更に別に2件の提訴した裁判が東京地方裁判所で行われた。
今度は霞ヶ関の地裁である。
地裁ビルの玄関には報道カメラマン達がスタンバイしていた。
今回の俺の訴訟はニュースになるほどの事件ではないのだがと思っていたら、これは例の「のりぴー」が保釈になる日で保釈金の納付を待っていたのだった。暇な奴らだねー。
この地裁のあるビルは地上19階、地下3階、ここに簡易裁判所、地方裁判所、高等裁判所が入った3庁合同庁舎。
地裁だけでも3フロアーに90室の法廷があり、全部では150法廷あるそうだ。
まず玄関から入るや荷物検査で金属類のチェックがある。パスしてロビーにはいると300名ほどの人が、自分の法廷を探して大騒動である。
無理もない、ここには1日平均1万人の人が来るそうだ。
世界でも有数の裁判所らしいが、まぁそれだけ東京には事件や訴訟が多いのである。
今回、俺が行ったのは608号法廷、其処に入ると18席の傍聴席は満席だった。
正面奥に小柄でおとなしそうな顔をした裁判官、一段下の席には中年の眼鏡をかけた気の強そうな女性の書記官、それに庶務という構成。向かって右側が被告席、左側の原告席には今回も予算節約の為本人訴訟なので俺一人である。
ここで2件の訴訟を続けてやることになっていたが、被告Aは昨日までに全面的降伏和解の申し出があり、俺も同意したので取り下げ。
被告Bは無謀にも全面的戦いを挑んできた。俺の訴状に答弁書すら出さない傍若無人ぶりである。
これは面白い。この日の法廷では埒があかないので、裁判官申し出により、次回法廷は10月中旬となったのであった。
今回の一連の裁判はすべて俺が原告であり、更に弁護士いらずの本人訴訟である。
天国で俺の朋友・三浦和義さんも大喜びしてくれるだろうな。
今月は更にもう一件の訴訟も決まった。
今度の相手は少し大物であるし楽しみだ。
俺はもうほとんど裁判に病み付きである。
俺は作家だから当然これらは文章化して出版する予定である。
編集者がこれを読んでいたら、はやくリーチしたほうがいいよ。
この後も法廷に引きずり出したい奴が数名いるから。
では、次回の裁判報告に、乞うご期待!

26110/05 21:26石原慎太郎 大茶番劇場終演
2016年夏季オリンピック東京招致の大茶番劇場が案の定の結果で終わった。
環境を招致のテーマにすること自体馬鹿げているのに、それをお祭り騒ぎのように報道したマスコミにも猛省を促したい。
石原都知事の魂胆はミエミエだった。
環境をテーマにすることにより、環境ビジネスでボロ儲けを企む企業と大手広告代理店と放送局と自分の息子親族の金儲けの為でしかなかった。
東京オリンピックで環境がテーマだと・・・とんだお笑いである。
あの猪瀬直樹副知事まで、わざわざ難しい顔をして「オリンピックの16年には東京を走る車の60%はハイブリッドです」だと。
そんなことオリンピックに関係なく政治家ならやることだろうが。
猪瀬も次期都知事の座を狙ってるから石原の犬と化してきたのが面白い。
そんなことはどうでもいい。
東京都民の大部分の庶民が全く望んでいなかった五輪招致に、税金から150億円も使った責任はどうとるのだろうか。
個人の権力を振り回し、こんな暴挙は考えようによっては犯罪に等しいと俺は思う。
石原知事は自分をどんな人間だと考えているのだろう。
彼が思うほど都民は尊敬も畏敬もしていない。
彼も最近巷にゴロゴロしている小金持ちの裸の王様である。
今回、その王様に摺り寄り、オイショとオベンチャラでお愛想を振りまいた一部のアスリート達と芸能人達も同罪である。
お前さんたちが懐に入れた高額なギャラは都民の涙の税金であることを忘れては困る。いったい幾ら貰ったのだ?
ボランティアなら少しは許すが、そんな奴はいないだろう。
今回、湯水のように使ってくれた150億円の税金、その使い道の細部まで公表させなければ、都民の気持は治まらない。
石原知事は個人財産を投げ出しても責任を取るべきだ。
それが権力者の運命なのだから。
奢れるものは久しからずである。
もう一つ、今回の東京五輪のコンセプトテーマである「環境ナントカ云々」は多分大手広告代理店が提出した企画書だろうが、どれほどの大金が支払われたのだろう。あんな馬鹿げた浮世離れした企画に。
せめてこの日本が世界にオリンピックの開催を招致したいのなら、そして俺が企画プロデューサーなら、テーマは「地球上からの核廃絶&永久の平和の為に」
開催場所は「広島&長崎」である。それしかありえない。
民主党も政権を執ったのなら、そのくらいは考えるべきだ。
鳩山首相が尻尾振ってコペンハーゲンへ行くべきだは、断じてなかったのである。
その程度の政府じゃこの国は危ういね。

26009/04 23:14ガンガン裁判をするぞ!
裁判所に行って来た。
行ったのは初めてではないが、今までは友人や仲間の応援の為に傍聴席にはよく行っていた。
しかし、今回は原告で、しかも弁護士費用がもったいないので本人訴訟である。
東京地方裁判所立川支部401法廷
武蔵野の面影が残る立川の郊外にある新築の裁判所のビルは、冷たい感じはなく温かく俺を迎えてくれたって、それは俺が原告だからだろうね。これが被告だったら氷のようなビルに見えるのだろう。
意外だったのは、セキュリティがゆるく派手なジャケットの俺を咎める人も居らず、身分を明らかにする必要もなかった。
50人は入れそうな法廷には正面奥に裁判官、その前に書記官が座り、向かって左側に原告席、右側に被告席がある。
まず裁判官より俺への本人確認があり、被告の答弁書を開示し、提示された和解条件を承諾するや否やの質問があった。
俺は即座に和解提案を拒否した。
で、今回の審理は終了、次回審理日時を決定すると言う、実にスピーディな裁判であった。
本人訴訟の裁判は面白いとは、我が朋友である三浦和義さんからしばしば聞かされていた。
彼はロス疑惑の件では、本人訴訟で連戦連勝だった。
「弁護士いらず」なんて本まで出版している。
確かに、こりゃ面白い。
実はこれに味をしめて、今月はあと2件も俺が提訴した裁判があるのだ。
勿論すべて俺が原告の本人訴訟である。
そして、今後も提訴したい輩が複数いて、準備に入っている。
心当たりがある方は首を洗って待っていてくれ。
いやぁー、本人訴訟の裁判は面白い。
すっかり病みつきになってしまったよ。


25909/02 09:59まずは政治家たちの改革を・・・
2009年の830政権交代は当然の結果となった。
今週はテレビも新聞・雑誌も同じような評論屋さんや自称キャスター(俺は彼らをキャスターとは思っていない)たちが、同じような話で時間を浪費している。
今だけは民主党への期待感で皆さん互助会のように話を合わせているが、なに、その内悪口を言い始めるに違いな。
今回、政権交代が国民の目的ではないのだ。
民主党政権になっても世の中、変わりはしない。
政治家が替わっても、既にこの国では集団の最小単位である、家庭や地域、職場・学校の生活・環境が破綻・崩壊しているのだ。
政権交代しても国政レベルではもう、どうしようもないところまできてしまっている。
しかも民主党になっても、申し訳ないが政治家たちの志やレベルは自民党と変わりはしない。
ますます独裁政治色が強まるだろう。
今、俺たち国民がすべきこと・・・それは国政にたずさわる政治家の質を根本から変えることだ。
政治家を職業ではなく使命として志す人々にチェンジしなければいけない。
テレビのバカな番組で顔を売るような輩はもっての他である。
だいたい選挙演説で「お願いします」だの「助けてください」だの土下座までした奴等は国政に携わる資格などない。
本来、政治家とは有権者が土下座しお願いしてなっていただくものなのだ。
「私たちの生活のために、どうぞ政治家になってください。お願いします」とこちらから願う存在が政治家なのだ。
そんな政治家が民主党や自民党にいるのだろうか?
その政治家の使命を最も具現化しなければならない存在が、共産党であり、社民党であり、公明党だと思うのだが、彼らはそんな哲学すら持ち合わせてはいない。
我々、国民が政権交代の次にやることは、政治家の交代である。
自民党をぶっ潰した力で、今の政治家達をぶっつぶす事である。
その策を一つ提案したいが、長くなったので次回にします。
乞う!ご期待って…誰も期待してねーか・・・。



25808/23 11:24庶民革命まであと一週間!
8月30日を日本国の歴史上初めて、庶民が底力を結集して成功させた
革命記念日にしなければいけない。
この好機を逸しては絶対にいけないのだ。
今回の衆議院議員選挙は単に保革が逆転し、民主党政権の樹立が国民の目的ではない。
そんなことは、今の自民党員の堕落振りをみれば当然で、国の明日を考える政治家など皆無なのだから。
しかし、830を政権交代だけの記念日で浮かれてはいけない。
戦後、初めてと言っていい大改革を大革命へのスタートにしよう。
自民の一党独裁とも言える悪癖、悪政はこの国の社会すべてを汚染してしまった。
各企業のトップを見れば明白である。
殆どがトップの独裁ではないか。
特に一代にして功なり名を遂げたなんて成金の輩が最悪である。
貯えた金力や権力は、自分の力量のなせる業の如く錯覚している。
社会は本来、すべてが平等に出来ている。
独りに金力や権力が集中したら、そいつの足元で大勢の人々が辛い思いをし、泣いているのだ。
企業の独裁者にはそれが分っていない。
更に金力や権力はまっとうな方法では集まらない。
殆どが公金横領や詐欺を会社ぐるみでやっているのだ。
今こそ、これを許してはいけない。
雇用や福祉の破壊なども、国だけの問題ではない。
もっと末端の企業レベルでのとんでもない格差の創出こそ問題なのだ。
830 この日から、一人一人が内部告発、外部告発をして悪辣な経営者を叩きのめそうではないか?
俺にもどうしても許せない悪の権現のような経営者がいる。
830 この日こそ、国家の政体を根本的に改革し、一人一人の社会生活に重大な変革をもたらそうではありませんか。
庶民の革命まで、あと一週間である。
善良な国民は総決起せよ!


25708/14 21:13さらば白馬童子・山城新伍さん逝く
残念ながら山城新伍さんご逝去の悲報は今朝のスポーツ紙で知った。
すぐさま1975年に新伍さんを司会役に起用してテレビ東京(当時は東京12チャンネル)で作った番組「独占・男の時間」のプロデューサー
彦坂さんに電話したが、なんと「彦さん」まで入院中で驚いた。
山城さんが体調を崩し施設で孤独な生活をしているのは知っていたし、面会にも行きたかったが、なにしろあのカッコマンの新伍さん、
惨めに衰えた姿は見せたくなかったのだろう。
いつも体よく断られていたのである。
でも俺は新伍さんの死が近いことは、その言葉で感づいていた。
彼は最後は再び正義の味方で色男の白馬童子でいたかったのだ。
だからそっとしておいた。
新吾さんとの付き合いは、京都の撮影所を食うや食わずで上京してきた75年ごろ、俺の企画の「独占・男の時間」の司会進行役に抜擢した時からである。
この番組は当時当該放送局では珍しいほどの話題の番組になり、山城新伍の名も再び世間に轟いた。
その後も二人で数々の悪さもし、世の中と大喧嘩もしてきたがそのエピソードは俺が今、執筆中の俺の自伝に書き込むつもりなのでここでは割愛。
今日、新聞各紙を取り寄せたが、新伍さんの死亡記事は全紙バカの一つ覚えのように共同通信からの配信記事の垂れ流しで、すべて同じであった。
せめて親友だった梅宮さんや松方さんの談話くらい欲しかったよね、新伍ちゃん!
じつは新伍さんは俺より年上であるが、出会いのときから「新伍ちゃん」と呼んでいた。
でも今日は各紙・各局いきなりの情報で間に合わなかったのだろう。
明日はきっときちんと大スター並みの報道をしてくれるはずだよ。
だから新伍ちゃんは白い馬にまたがって天空を飛びまわって、あの世ででかいツラしてる奴らをバッタバッタ斬りまくってくださいね。
ではさようなら・新伍ちゃん。


25608/04 11:27靖国の夏・英霊たちは蝉となって・・・
地下鉄にて九段下で下車し階段を上りきらない内に全身に木霊してきたのは圧倒的な蝉時雨である。
靖国の夏、今年も森の中は溢れんばかりの蝉の声だ。
この国の為に散華した人々が今年も靖国に帰って来た、蝉となって。
拝殿に二拝二拍一拝し、空を仰ぐ。
東京の空は涙を溜め込んだような厚い斑雲が北東に流れていた。
ボクは毎年8月に靖国神社に参拝するが決して思想的な感情からではない。
右翼思想を持つ友人も沢山いるが、極左翼の友人もいる。
ボク自身の思想は偏ってはいないと思っている。
純粋にこの国を想い、家族を守り、愛する人の為に散華していった英霊たちへの感謝の気持からなのだ。
彼ら、彼女らの自己犠牲があってこそ、今日のボクの命があるからだ。ボクの命は名も知らぬ人々の犠牲の元にあるのだから。
靖国では今、「矢弾丸尽きるとも、我レ生還ヲ期セズ」と言う催しをやっている。
若くして散華していった学徒たちと、その家族、友人たちの魂の記録展である。
ボクは彼らの遺品や写真の前で立ち止まり、心からの敬礼を捧げた。
まもなく15日が近付きマスコミや政治家が靖国参拝の是非をバカの一つ覚えのように騒ぎ出すだろう。
選挙運動のひとつに利用する輩も現れるに違いない。
靖国はそんな奴らの為にあるのではない。
純粋にこの国を憂い、国の誠を次世代に継承する人々の為にあるのだ。
万鳴の蝉時雨が今日も靖国神社の森に木霊していることだろう。



25508/03 11:24裁判員裁判始まるが・・・私見を・・・。
今日の午後、東京地裁104法廷にて全国初の裁判員裁判がはじまる。
ちょうど今頃は、地裁に集合させられた73名の候補者から6名の裁判員と3名の補充裁判員の選任が行われているだろう。
こうして本日から4日間で結審させようというのだ。
今回の東京足立区で起きた殺傷事件では被害者の遺族も参加する「被害者参加制度」も合わせて行われる。
ところでこの裁判員制度に反対する人々が多いが、ボクもその1人である。
ただしボクの反対の根拠は司法の専門家の方々とは違う。
まずボクはこの日本では裁判員制度は絶対に馴染まないと思うのだ。
人を裁く裁判員や陪審員には必ず責任がある。
人が人を裁き、それが誤審、冤罪の場合、どう責任をとるのか?
この場合、責任の放棄は出来ないのだ。
しかし、一神教の国の人々はそれが許される。
自分の行い・過ちを懺悔し神のお許しを得ればよいからだ。
だからキリストやイスラムなどの一神教の国々の人は、裁判に入る前にそれぞれの聖書をかざして神に誓うのだ。
裁判員や陪審員は神の名において行っているのだ。
だから判断が誤っても責任や自戒の念を回避できる。
しかし、ボクたち日本人は多神教である。
神と約束しようにも、神様が多すぎちゃって、どの神様が担当なのか分らないのである。
やおよろずの神の国、日本には絶対神がいないのである。
天皇は神ではなく、象徴になってしまった。
だから最後に天皇にすがりつく訳にはいかない。
日本には絶対神がいなくなってから、国民の心のボーダーラインが希薄になってしまった。
そこで近世になって中国の助けを借りて、孔子・孟子などにお出ましいただき論語を指針にしたりもした。
しかし、先の大戦で中国との仲もおかしくなり、論語を人生の指針にする人もすくなくなった。
多神教の日本人の心は今、漂流しているのである。
今、この国に必要なものは確かなリーダーであり、明確な国民のアイデンティティなのだ。
政治とはそれを考え作り出すことだと思うが、この国には国を憂う政治家など皆無である。
今月の選挙で保革が逆転しようとも、何も変わらないだろう。
こんなに国の基盤が確立していないのに、裁判員制度である。
この国がますます混乱して行く。
日本列島の大漂流時代である。



25408/01 19:49阿久悠さんの三回忌に寄せて・・・
報道によれば今年、日本の自殺者は記録的な数値で進行中である。6月迄で既に107076人。男が72% 女が28% この国では圧倒的に男の自殺者が多いのだ。
しかしボクは「自殺」と言うネガティブな言葉でのみ報道するマスコミの姿勢があまりにも短絡的で嫌いだ。
自らが自らの意思で命を収めることを「自殺」と言うのだろうか。
それが妥当とするのなら、人間の死には「自殺」と「他殺」しかないではないか。
では病院での死亡は「他殺」なのか?
そんなばかなと言うのなら、ではなんと言うのだろう。
まず「自殺」と言う言い方が命の尊厳を踏みにじる言葉なのだ。
「自殺」なんて言い方は昔の文献にはなく、自害、自刃、自尽などと言っていた。
つまり命を納める方法によって、言い方の違いがあるわけで、ボクたちの国では死も文化なのである。
つまり「自死」なのであり、それ以外は「他死」なのだ。
「他死」の中に「他殺」も含まれると考えるべきである。
ボクは「自死」願望である。
自らの意思で己の命を収めることは決してネガティブ思考ではなく、むしろポジティブな生き方である。
死に方は自らの生き方なのだから・・・。
ボクは身近な人々にも「自死」をすると伝えてある。
絶対に「他死」は嫌なのだ。
実はこのような話を生前の阿久悠さんとよく議論していた。
阿久悠さんも自分のフィナーレは自らの意思で緞帳を降ろしたいと言っていた。
そして2年前の今日、夜明けが近いかわたれ時、阿久悠さんは人工呼吸器と点滴器具を着けたままベッドから下り、カーテンを開けた窓際のリクライニングチェアーに座って静かに鼓動を閉じていた。
「自殺」「他殺」『自死」『他死」・・・阿久悠さんの「死」はなんだったのだろう。
「病死」なんて言ういい加減な概念に当てはめるのはナンセンスだ。
阿久悠さんが命を収める三日前に、病室でボクに渡したメモがある。
彼はしばしばメモをボクに渡していたのである。
そこには筆圧を失った弱弱しいサインペンの文字で・・・
「かわたれどき・逢魔が刻・・・」
と書いてあった。
阿久悠さんは何が言いたかったのだろう。
ボクは知っているが、今はまだ言いたくない。
阿久悠さんの三回忌の今日、ボクは独りで静かに過ごしている。




25307/31 22:14テイチクレコードから突然の圧力が・・・!
それは晴天の霹靂の通達であった。
ボクが当初から担当させていただいていた公園の歌姫・歌手あさみちゆきさんの今秋のコンサートの演出を、今回は降りてくれと言うことだった。
言ってきたのは、あのメジャーなテイチクレコード。
理由は今回のコンサートの楽曲に阿久 悠さんの作品を使うにあたり、阿久悠さんを7年間看病し、その闘病記「勝手にしやがれ」を書いた著者のボクが気にいらないと言うのだ。
なんでレコード会社がそんな人権を無視した行動に出たのか?
不当な理由で仕事を取り上げるのは、完全に人権問題である。
ボクは今、「人権と報道・連絡会」のメンバーであるから、当然この問題はテーマとして追求させていただく。
それは今後のこととして、この問題には続きがある。
どう考えてもレコード会社がボクの著作「勝手にしやがれ」にクレームを付けるのは変ですよね。
調べたら、僕をコンサートの演出から引きずり下ろすことを、阿久悠作品をコンサートに使う許可の条件にしたのは阿久悠さんの音楽著作権を管理している某社であった。
某社がテイチクレコードに言わせたのです。
某社と言ったって、ボクのことを知っている方々なら某社がどこの会社かは明白でしょう。
そうボクが40年も所属していた、あの会社です。
ボクが阿久悠闘病記「勝手にしやがれ」を書いたことが気にいらないのです。
この本を読んでいただければ、お分かりですが
ボクが阿久悠さんを人間として描いたことが許せないのでしょう。
なぜなら作詞家・阿久悠にまとわり付いている連中は、阿久悠をいつまでも作詞界の怪物として偶像化しておきたいのです。
そのほうが歌が売れて儲かると考えているのです。
音楽と言う文化を経済でしか考えられない連中です。
悲しいことです。
末期癌で苦しむ阿久悠さんはいつもボクに言っていました。
「おれは贅沢も嫌いな普通の人間なんだけどなぁ」とか
「病気になったら誰も来やしない」とか。
もっとも余命のカウントダウンになったら、どっと押し寄せてきた輩の貧しいツラのなんと醜かったことか・・・。
そんな奴らが今も阿久悠の楽曲権利を奪い合い、阿久悠さんを人間として書いたボクが許せないというのです。
弱肉強食の寒々しい社会を作ったのは自民党の腐敗政治だけではないのです。
日本の音楽と言う文化の現場でも、人間の優しい心を無視したケダモノたちが跋扈しているのです。
ボクは日本の子供達にこの国をキチンと引き渡すために、こう言う問題に目を瞑るつもりは毛頭ありません。
ただし、可愛いあさみちゆきさんとスタッフ、製作現場の人々に迷惑にならぬよう、コンサートの演出の仕事からは手を引きます。
残念ですが・・・。でも闘う相手が明確になって良かった。
あと2時間で8月1日…あすは阿久悠さんの三回忌です。
ぼくはなぜか呼ばれておりませんが、天に向かって一人で合掌します。

25207/31 11:47足利事件の菅家利和さんにお会いして・・・
菅谷利和さんは細い体躯に強靭なバネを持った男…と言うイメージをボクは持っていたのだが、実際にお会いした彼は枯れた木立のような小さな男性だった。
18年も無実を叫び続けて闘ってきた男の姿は垣間見えなかったのだ。
むしろ人間の尊厳も生きる力さえ抜き取られたような男の残像としかボクには感じられなかった。
ご自分が発言する時意外は、いつも下を向くか虚空に目を彷徨わせていた。
事件の概要や検察の取調べなどは、弁護士の佐藤博史さんが丁寧すぎるほど語ってくれたが、そんな時でも菅家さんは下を向き、目を閉じていた。
18年ぶりに出てきた社会も、菅家さんにとっては決して自由なんかではなく、毎日がマスコミや世間の人々に晒され拘束された日々なのだろう。
佐藤弁護士が無実の弁償にどう熱弁を振るっても、ボクはこの足利事件を云々する立場にはない。
そこまで事件の概要を知らないからだ。
しかし。冤罪被害の残酷さは痛感している。
三浦和義さんのご紹介もあり、多くの冤罪被害者の方々にお会いする機会を得たが、すべて無残な事件ばかりであり残酷な人生を抱えた人々である。
そしてその事件にはまた、被害者と言うもっと残酷な人生を背負わせられたご家族たちがいるのだ。
だからこそ冤罪を作りだしてはいけない。
その冤罪作りにマスコミが大きく加担している現況は異常である。
18年前、あれほど足利事件の菅家利和さんを鬼畜のように報道していたマスコミが今、確かな謝罪もなく英雄の如く扱っている。
背筋が凍りつくようなこの現実も、今こそ打破しなくてはならない。
小さな権力や金力を守ろうとする、心の貧しい人間達はまず、身近な人間を疑い、悪者に仕立て上げる。
冤罪の温床は日常のそんなところから出来上がるのだ。
冤罪を作り出す輩を絶対に許してはいけない。
冤罪は僕らの生活の中まで進入してきているのだ。




25106/28 13:15マイケル・ジャクソンと三浦和義の重大な接点
ロサンゼルスで不可解な死を迎えた二人、昨年10月10日の盟友・三浦和義さんと今月25日のマイケル・ジャクソンさん。
この二人には重大な接点が二つあります。
いつも目先の事件に追われ、俯瞰で世の中を見詰めることをしないマスコミやテレビキャスターや社会評論屋にはわからないだろうが…。

一つは両者とも全く不可解な死亡にも係わらず、警察や司法、マスメディアが踏み込んで調査しようとしないこと。

二つ目は両者の顧問弁護士が同じマーク・ゲラゴス弁護士だと言うこと。

三つ目は両者ともロサンゼルス郡検視局で司法解剖されたこと。

四つ目はその解剖結果に時間がかかり過ぎ、不信感を持たざるを得ないこと。
三浦和義さんの正確な結果データは八ヵ月後の現在もまだ知らされていない。
マイケル・ジャクソンさんのデータは5週間以上かかると発表された。三浦さんの時と同じで結局まだ情報提供されない。

五つ目は両者とも遺族がロス郡検視局を信頼出来ず、外部で独自のプライベート検視を行い、双方のデータを照らし合わせようとしていること。

今回、マイケル・ジャクソンの弁護団がこのような行動をとったことは三浦和義さんの事件が重要なモチベーションになっていることは疑う余地が無い。
ロス市警や検視局はとても信頼できないからだ。
三浦和義さんの件など、8ヵ月後の現在でも何の依頼調査資料も示されていない。
首を吊ったとされる二段ベッドやシャツなども情報提供されていないのだ。
和義さんの指にあった結婚指輪さえ奥様に戻ってはいない。
今回、マイケル・ジャクソンさんの死が明らかにされることにより、三浦和義さんの死も決して自殺なんかではなかった事実が明らかになることを念じている。
マスコミのみなさんにも是非、今回の事件の真実を見詰めて報道して頂きたいのだ。







25006/06 13:16またも不当判決・JR浦和電車区事件
昨日・6月5日 東京高等裁判所にて第五刑事部・中山隆夫裁判長は被告であるJR東日本労組7名の控訴をいとも簡単に棄却した。
傍聴席のみならず高裁前で待機していた数千人の支持者からは、この不当な判決に対する怒りの声が燃え上がり、渦巻いた。
これは天地神明にかけて明らかな冤罪なのだ。
…しかし…
今朝のテレビ・ラジオ・新聞などはこの「JR浦和電車区事件判決」を報道していない。
足利事件の菅家さんを大きく報道していても、JRの事件はどこも扱っていない。
足利事件の菅家さんを十数年前、鬼・畜生のように扱った報道各社の責任などないかのようなお祭り騒ぎである。
昨日の高裁の判決が報道されないのには理由がある。
なんと昨日の法廷には報道席が2席しか用意されていなかった。
これは見えない権力が、暗に作用しているのだ。
「この事件は報道するな」・・・と。
この事件は明らかに国家が介入している弾圧事件だと、俺は思う。
事件、そのものは実に他愛のない何処の職場にもごろごろしている様な出来事なのだ。
それが巨大な労働組合「JR東労組」内で起きたから問題なのだ。
今、国家の見えない力学は、資本家に対立する正規の労働組合を弾圧し粉砕しようとしている。
60年続いた資本主義に刃向かうものは潰す…これが見えない力であり
国家の力学である。
政権交代寸前の民主党に致命傷を突きつけた小沢一郎の秘書逮捕。
三浦和義さんの命をアメリカに売り渡した司法取引。
JR浦和電車区事件の控訴棄却。
これらは皆、国家権力が介入しているのだ。
戦後から今日まで、国家権力に対する市民の闘いは数限りなくある。
以前と違うのは報道の大多数が権力サイドに取り込まれていることである。
だから冤罪事件が次々に起こる。
冤罪事件に報道が加担している国が、他の先進国にあるだろうか。
俺達は北朝鮮を暗闇国家・独裁国家と非難出来るのだろうか。
北朝鮮のほうが権力がはっきり見えていて国民には分かり易いではないか。
俺達は羊の毛皮を纏った狼の国に住まわされているのだ。
こんなことを書く奴を反逆者だとか言うのだろう。
でも反逆なくして改革はない。
JR浦和電車区事件は、未来の祖国日本の繁栄の為に、それを担う子供たちの為に、俺たち大人が命を賭して正義を示すために闘わなければならないのだと思っている。
これは正義のなんであるかの戦さなのだ。
この事件の被告である美世志会の方々の支援を無実が証明されるまで続ける覚悟である。


24905/30 11:16政治家は職業なのだろうか
人間は生まれると様々を学習し職業に就く。
現代社会では自給自足も困難だから働かざるを得ない。
それは生活のためであり、生き抜く手段だ。
その職種は多種多様、自己責任において選び、決定すれば良いのだが・・・。
では国を治める政治家は職業なのであろうか?
官僚はどうだろう?
地方を含めた役人は?
一人一人に聞いてみたい。
特に国政を任せている政治家達に。
彼らは何のために政治家になったのか?
今、この国が行き詰まり、若者たちまで沈滞感に包まれているのは政治家の存在感がはっきりしないからだ。
哲学やアイデンティティを含め政治家の中に人間が見えない。
見えるのは政党であり、派閥であり、権利団体ばかりじゃないか。
日常の重要業務は党利党略ばかり、今、この国に必要なのは自民党でも民主党でもない。
日本人の魂を持った政治家なのだ。
世襲で政治家になった輩に責任感を求めるほうが無理だ。
2代目のぼんくらは昔から「船宿の若旦那」がお似合いなのだから。
今度の総選挙、俺達国民は政党などどうでもいい。
国民の為に命をかける政治家を選ぼうじゃないか。
今の世界情勢で日本は、大変な危機の中にある。
国家存亡の危機と言ってもいいくらいの兆しがある。
国に命をかけない政治家など必要がないのだ。
今週の厚生労働省分割案消滅、森光子さんの国民栄誉賞発表・・・
選挙対策の為の自民党の茶番・・・日本の政治家はこんなことしかできないのか。
テレビに必死の形相で自分の存在をPRしている政治家を見るのはもはや辛くせつない。



24805/20 12:12三木たかしさん・さようなら
初夏のように暑い青空、爽やかな南風、視線を地上に落とせば黒い喪服のおびただしい人の群れ。
どの顔も悲しみを装っているが、足取りも会話も明るい。
マスコミのカメラが縦横に走り回っている。
芸能・文化人の葬儀の定番のような光景である。
芝・増上寺…徳川家所縁の菩提寺で先ほどまで、作曲家・三木たかしさんの葬儀が行われていた。
増上寺の本堂を正面に向かい斜め右を仰げば35階建てのビルがある。
慈恵医大病院中央棟である。
ここの33階が阿久 悠さんと7年間も闘病生活をおくった所だ。
よく病室の窓から二人で増上寺を眺めていたっけ。
まさかその境内で今日、たかしちゃん(阿久さんはそう呼んでいた)
の葬儀があるとは・・・。
阿久さんの魂があの窓辺から見詰めているように俺には見える。
その目は悲しみなのか、哀れみなのか、憎しみなのか、それは境内にいる一人一人が判断すればいいだろう。
阿久さんと三木さんは仕事上の素晴らしいパートナーであったが、俺も三木さんとは特別なつながりがある。
まだ二人とも充分に若く、人生に迷っていた頃だ。
三木さんは突然、スランプで曲が書けなくなり、留学と称してニューヨークへ行った。
俺も当地にいて、三木さんとは随分語り合ったが、今思えば、よくぞ
自殺しなかったと思うのである。
当時のニューヨークの仲間たちは、多分三木たかしは自殺すると思っていたのだから。
そのくらい、何かに追い詰められ、いつも孤独だった。
なんとか堪えて帰国してから、また作曲家として頭角を現したが、彼はいつも狂気と紙一重の人だった。
ゴルフが大好きで、よくラウンドしたが、彼はミスショットすると
「これが悪い!」とゴルフクラブをへし折ってしまうことがよくあった。
昨年、癌が相当進行している三木さんに都内のホテルのロビーでばったりお会いした。
「河村ちゃん、大変だったね、ご苦労様でした」
三木さんは癌でかすれきった声でそう言った。
前年に他界した阿久 悠さんの闘病の看病をねぎらってくれたのだ。
狂気は持っていても、心根は優しい男だったのである。
三木たかしさん・ありがとう・さようなら。



24704/21 18:30状況証拠1000件以上の大茶番裁判だ!
和歌山毒カレー事件
本日15時 最高裁にて裁判長は言った。
「1000件以上に上る状況証拠を見ても被告 林眞須美の犯行は明らかである」
最高裁判所5人の裁判官全員一致の審判だそうだ。
バカ言っちゃいけないよ。
状況証拠の積み重ねで犯行を立証するなら、5件もあれば充分だ。
1000件以上って事は和歌山県警やら検察やらが竹箒と塵取りで集めたゴミみたいなものでしかない。
そんなもの1000でも5000でも同じだ。
人を裁く価値はない。
「塵も積もれば山となる」
この国の司法はそこまで落ちたのか?
物的証拠も動機も自白もないまま、本当に人を断罪して良いのだろうか?
状況証拠の目撃者、使われた砒素の鑑定、いまだに曖昧なままだ。
こんなマスコミと検察がでっち上げた容疑者を死刑にしてしまって、良いのだろうか?
死刑後に真犯人が現れたら、この案件の裁判官はどう償うのだろうか?
俺は眞須美さんとは友人であるが無罪とは言えない。
俺には有罪も無罪も確たる判定をする情報がまだ充分ないからだ。
でもどう考えても、今回の最高裁は高裁へ差し戻すべきだったと思う。
これが死刑となると、来月からの裁判員制度など、とても恐ろしくて認める訳にはいかない。
国民を巻き込んでの裁判官の責任逃れとしか思えないからだ。
「疑わしきは罰せず」ではなく「疑わしきは罰する」ことをますます助長させるのが裁判員制度だと俺は思う。
「死刑囚 みんなで裁けば 怖くない」
断っておくが、和歌山でのカレー事件は凄惨極まりなく、絶対に許されない犯行であることは認識している。
犯人を検挙し動機を解明しなければ、被害者とそのご家族の無念は晴れない。
だからこそ、この事件を曖昧にしてはいけないのだ。
今夜からの報道番組や明日のワイドショーは確たる問題意識も知識も持ち合わせていない、有識者と言う名の評論屋さんたちが好き勝手に喋って面白がるのだろう。
背筋が凍りつくようだ。
本日、この国は崩壊を始めた。
立法府の政治家が駄目、行政もめちゃくちゃ、国家の最後の砦の司法がこのざまである。
この国は遂に漂流を始めてしまったのだ。
 判決!2009年4月21日 日本国を漂流の刑に処す。



24604/05 20:13ゴメン・漢字の変換ミスです。
先ほどのブログ見てくれた方のご指摘で変換ミスに気付きました。
文章のラスト近く「北挑戦は常に」・・・は「北朝鮮は常に日本の仮想敵国・・・」です。ご指摘ありがとう。
漢字変換はうっかりするとこんなミスが発生しますね。

せっかくだから先ほどの続き・・・。
この5月にわが国では「宇宙基本計画」が実施されます。
これは何かと言うと、考えようによっては実に恐ろしいものです。
宇宙基本計画とはわが国の宇宙開発の防衛利用解禁です。
つまり人工衛星などに開発していた宇宙ロケット技術を日本の防衛にも使いますよってことですね。
そうそう、弾道弾のロケットにも使いますよってことです。
迎撃ミサイルだって作りますとも・・・ってことですね。
これに対する日本のジャーナリストのご意見・・・いらっしゃればの話ですけど・・・聞きたいですね。
北朝鮮の皆さんのご感想聞きたいですね。
キム・ジョンイルさんのご意見ぜひお聞かせくださいまし。

24504/05 19:27国を挙げてのプロパガンダ大成功!
背筋も凍る茶番劇・・・本当にマスコミの皆さんは気が確かなのか?
今朝の北朝鮮のロケット発射実験である。
たかが空っぽのロケットになんで大騒ぎするのかね。
迎撃ミサイルだの、イージス艦派遣だの、総理官邸の危機管理だの。
ロケットに核弾頭でも積んでいるなら分るが、人工衛星すら積んでない空のロケットの破片などが日本に落下する確率など、今日、日本上空を飛んだ飛行機が墜落して落ちてくる確率よりずっと低いはずだ。
有識者と言う名の偉い方々が多いこの国なら誰でも分るだろう。
なのになんで?
これはもう日米政府が仕組んだか、米国の命令に属国である日本が従ったかだろうね。
もしかしたら、北朝鮮のあのロケット代金だってアメリカが出したものかも知れないと、俺は思っている。
まぁアメリカの金ってことは日本の金なんだけどね。
この作戦の目的ははっきりしている。
日本におけるアメリカ軍基地の重要性の再確認、そして自衛隊の軍備拡張への布石だ。
これで大多数の日本人はスカッドミサイルだのイージス艦の必要性を感じたであろう。
北挑戦は常に日本の仮想敵国でなければらなない、これは日米政府が仕込んだ一大プロパガンダなのである・・・と俺は思うのだが。

24403/18 17:59吉原遊女の魂の慟哭を本にしました。
 吉原遊郭300年の歴史上、最後の10年間、身体を削って働いていた遊女たちの魂の叫び、呟き、慟哭を集めた文芸本上梓しました。

吉原遊女たちのプレカリアート文芸 「あさき夢みし」(太洋図書)

 いろは匂えど 散りぬる我が身
 この世の哀れ 誰が知る
 飢えの奥山  涙で越えて
 あさき夢みし こりもせず

これは昭和の時代の片隅で、身体を屈辱と恥辱に塗れながらも、家族の為に見知らぬ男たちに身を投げ出していた娘たちの記録です。
厳しい労働時間と理不尽な搾取に合いながらも、手を取り合って団結した遊女たちの労働組合の記録です。
現代のワーキングプア、プレカリアートと呼ばれる人々に、生きる勇気を与えてくれる女郎と言う名の美しい女性たちの記録です。
まさに・・・女たちの蟹工船・・・
でも彼女達は泥水の中にも、可憐な花を咲かせていました。
どのページを開いても彼女たちの温かな優しい心がきっと届きます。
生きる希望や目的や夢を失いかけている人に、ぜひ読んで欲しい一冊です。

また収集した遊女たちの慟哭の詩に曲をつけ、若林ケンさんや中島マリさんたちと歌を作りました。
本日発売の本にもDVDが添付されてますが、
来週の月曜日23日 18時より  「あさき夢みし」の出版記念として青山のライブハウス「月見ル君想フ」(03-5474-8115)にてお披露目します。ぜひおいでください。
若林ケンや中島マリさんたちと素敵なショーをお届けします。


 

24303/17 09:52林 眞須美さんからの手紙
3月10日付け、大阪拘置所 厳正独居特殊二種房からボクに一通の手紙が届いた。
近頃では滅多に見ない、万年筆での柔らかな字体と教養を感じる言葉で綴られた文体に爽やかさを感じた。
差出人は林 眞須美さん。
あの和歌山毒カレー事件から既に10年が過ぎた。
彼女はずっと無実を訴え続け、支援の輪も広がっているが2月24日の最高裁口頭弁論も形式的に行われ、まもなく結審・判決が出るだろう。
先日、安田好弘弁護士もおっしゃっていたが、最高裁での死刑判決は免れられない成り行きである。
今回のマスコミ報道によって立件されたような事件は、高裁への差し戻しが妥当だと思うが、無理かも知れない。
検察の有罪とする証拠は希薄だが、弁護側の無実とする決定的証拠も揃っていないのだ。
死刑判決が出たら、直ちに再審請求へ闘いの場が移るのだが、そんな状況下にも係わらず、眞須美さんの文面には全く濁りがなく、ボクと三浦和義さんへの感謝の言葉で満ち溢れている。
和義さんがいつも「眞須美チャン」と呼んで支援していたのが分るような気がする。
マスコミ報道とは全く異なる、可愛いい素直な女性なのだ。
それは彼女の4人の子供達を見れば分る。
こんな劣悪な環境、こんな悲惨な境遇下でも4人とも真っ直ぐに堂々と逞しく育っている。
性格もみんな優しく、人を憎まず、ただ母の無実を信じて待っている子供たちなのだ。
その姿を見て、応援をしない人間がいるだろうか。
俺には見て見ぬふりは出来ない。
あの事件でのお気の毒な犠牲者の方々の為にも、真実をはっきりさせることが大切だ。
その為の正しい捜査、裁判を望みたいのである。
冤罪・濡れ衣だけは、絶対に避けなければいけない。
眞須美さんの手紙の末尾には、
「無念にこたえるためにも頑張ります。今後とも、どうぞよろしくお願い申しあげます」
とある。
弱者を敗者にしては、絶対にいけない。


24203/08 13:11小沢一郎と三浦和義の共通点
民主党代表の小沢一郎氏の第一秘書が逮捕され、政界に激震が走っているように、マスコミが報道している。
この事件は政治献金の在り方などと言った単純なものではない。
検察や政府高官が日替わりでマスコミに情報をリークし、マスコミはそれを精査もせず垂れ流して、国民を情報誘導している・・・としか
ボクには思えないのだ。
この問題は田中真紀子さんも言っているように、後ろに大きな闇がある。
ロッキード事件の田中角栄失脚事件と同様だ。
今回の事件は、この国の闇の…(闇を装った)組織とアメリカの組織が仕掛けたものだろう。
民主党が政権を執っては拙い力学が、この社会構造にはある。
日本とアメリカのある一部の組織の共通項として…。
それを阻止する日米の合体力学こそ、今回の事件である。
これは昨年の三浦和義さんのサイパン不当逮捕から、ロス市警留置場での不可思議な死亡…(ボクは自殺だとは思わない)と同じ構図なのだ。
三浦和義事件もボクは日米合作の台本があったと思う。
では仕掛け人の目的は?
それは日本での共謀罪の成立キャンペーンだろう。
アメリカはテロリストと不法移民対策に共謀罪を強化している。
これは日本でも早く法制化させたい事案である。
なぜならアメリカから見たら日本はアメリカの忠実な属国なのだから。
アメリカをテロリストから守る為には日本に共謀罪は必要なのだ。
そのキャンペーンで三浦和義さんは不当逮捕され殺されたのだ。
紙面の関係でここには詳しく書けないが・・・。
現代のマスコミ報道は、いつも権力サイドの情報を伝えるだけだ。
今こそ国民はマスコミ報道で意識を誘導されてはいけない。
事実は明らかに映画や小説より奇なる時代なのだ。
弱者こそキチンとした眼で権力者を見詰めよう。
いつも弱者が敗者にならない為に・・・。


24102/15 11:09林眞須美さんを死刑にして良いでしょうか
昨日、和歌山毒カレー事件の被告、「林眞須美さんは無実です」という集会が東京で開催されボクも出席した。
獄中の眞須美さんから、ぜひ出席してくださいと伝言を受けたが、ボクは初めから出席する心積もりだった。
関西では定期的に行われているが、東京では初めての集会でもあり会場は立錐の余地もないほど超満員、マスコミも二十社近くが来て、この問題の重要さが身にしみて分った。
ボクは三浦和義さんを通じて眞須美さんの旦那さんである林健治さんと知り合い、林さんのご家族から見詰めるこの事件に触れた。
それまでのボクはマスコミが報じる眞須美さんしか知らなかったが、その報道が如何に違うかということを感じ、会場の皆さんにもお伝えした。
昨日は林健治さんと二人のお子さんもいらっしゃって、切々と妻であり母である、眞須美さんの無実を訴え、会場の同感を誘った。
安田好弘弁護士と弁護団のみなさんも説得力ある論理を展開してくれた。
この事件、冷静に見詰めれば不自然極まりない。
疑わしきは罰せず・・・どころか眞須美さんの疑わしいところは存在しない。
報道はなぜ、そこを見詰めないのだろうか。
今、この国は恐ろしいことに冤罪だらけだ。
皆さんも明日はわが身と考えてほしい。
マスコミもそろそろ簡単に悪人を作り上げて総攻撃する愚はやめなければいけない。
ひとを人として自分の目で見詰める・・・これをしないで裁判員制度などとても無理である。
昨日、あれほど熱く盛り上がった「林眞須美さんは無実です」の集会だったが、2月24日最高裁で粛々と無表情に口頭弁論が開かれる。
死刑が逆転無罪になる確率は非常に少ない。
しかし、この国のためにも林眞須美さんを死刑にしてはいけない。
絶対に絶対に絶対に・・・・・・・。





24001/26 11:28朝青龍こそ日本男児の目標だ
今朝のテレビ・新聞の相撲報道には心が寒さで悴んでしまった。
なんという露骨な変わり身・・・と言うか主体性の無きこと。
あれほど乱暴者だの嘘つきだの、朝青龍の人格をズタズタにしておきながら、彼らの計算違いの優勝をしてしまったら、一転して大横綱扱いである。
格闘技の何であるかを知らない横綱審議委員と称する人々や、皆で同じことを言えば怖くないことだけを知っているTV有識者と言う人々が、朝青龍を褒め称える姿は痛々しい限りだ。
しかし、一週間もすればまた一転して、朝青龍への波状攻撃が今まで以上に再開されるだろう。
なぜなら彼らは悪役がいなければ、存在できない人々だからである。
例えば内館ナントカと言うおばさんにしたって、朝青龍をけなす以外に何をしている人か知っている人は少ない筈だ。
現在の横綱審議委員のメンバーなど朝青龍がいるから存在が確認されているに過ぎないのだ。
ボクは朝青龍が大好きである。
格闘技は命を懸けたスポーツなのだ。
それぞれの魂の全てを血みどろでぶつけ合うから、見るものを感動させる。
格闘技に国技だの品格だの持ち出す論理こそ間違いだ。
現代の相撲は既に国技とは呼べないし、裸の男の闘争に品格は要らない。
ルールさえ守っていれば、闘う男の個性は自由で良いのだ。
また、個性があるから面白いのだ。
有識者と言う名の世間知らずの輩は、朝青龍1人を悪者に仕立て上げて
自分のポジションを死守しているとしか思えない。
では、考えて見て欲しい。
この10年、低迷した相撲界を支えていたのは誰だったのか・・・。
朝青龍ではないだろうか・・・。
相撲はモンゴル人に支えられて来たのである。
感謝こそすべきで、こそこそ悪口を言うなど恥ずべきことだ。
また彼の一途な闘争心こそ今、日本男児が学ばねばならない精神なのだ。
朝青龍の魂を日本の若者達に植え付けて上げたいと思うのである。

23901/13 21:38人の連帯の凄まじいパワーを肌で掴んだ
今日、JR総連(全日本鉄道労働組合総連合会)の新春賀詞交歓会にお招きいただいた。
午後3時過ぎ、本日は確か国会では第二次補正予算案の強行採決で議員先生方はお忙しい筈なのに、目黒の会場には40名近い衆参両院議員の姿があった。
JR総連と言う組織の性質上、国対委員長の山岡賢次さんはじめ民主党議員が多いのは当然として、なんと与党・公明党代表の太田あきひろさんが10名ほど引き連れて駆けつけていた。(内緒だよ)
政治家もこのJR総連の組織力を無視できないのだ。
如何に今、JR総連の人間力の底力が膨大であるかが分る。
金や権力ではない、今必要なのは人間の素直な力、団結力なのだと再確認できた。
敵ははっきりしている。弱者から労働力や夢まで搾取し続ける権力者だ。それは民間レベルでも様々な職種で権力者がいる。
会社の為と言う大義名分で私欲しか考えていない輩たちだ。
彼ら権力者と稚拙な政治家によって私達の国は格差社会から、今や階級社会になってしまった。
会場でJR総連の武井政治執行委員長自らがボクの手を握って、まだまだたいしたことではなかったボクのお手伝いの労をねぎらってくれた。鎌田寛司書記長はじめ全組合員の連帯感にしびれた。
今。この国に必要なのはこの団結力なのだ。
このパワーをぜひニッポンのプレカリアートたちに分けてあげたい。
団結の仕方が分らない若者達に、そのノウハウを伝えてあげたい。
それこそがボクのこれから役目だと決心した。
団結、団結、人間は独りでは何もできない、特に弱者は・・・。
自分を含めてだが「弱者を敗者にしない!」
これが今年のボクの闘いのテーマである。
今日、JR総連の新年の集いにお招きいただいて本当に良かった。



23801/05 21:50「今、この国は内戦の好機」にご賛同ありがとう
1月3日のボクの意見に沢山の方々からご賛同のメールをいただいた。
やっぱり全てをチェンジの時なんだね、この国は。
今、この国には様々な熱気が充満している。
暴動・革命・テロ・戦争これらを即座に否定する人は少ないのではないか・・・。
心のどこかで求めてはいないか・・・。
今、突然、大地震でも大津波でも来ないかと、心の片隅で待ってはいないか・・・。
今、自分の周りの世界を出来ることならチャラにしたい。
その手段はなんでもいいのだと考えていないだろうか。
これを全て即座に否定する人は、勝者の論理しか持ち合わせていない輩だ。
人権よりも人命よりも金が全ての亡者だ。
今、日本人のアイデンティティがはっきり二分された、区別されたのだ。
今年は弱者や敗者が行動する。
どんな方法でも闘う好機がきたのだ。
資本主義だの似非民主主義だのぶち壊す時だ。
恐らく弱者は連体し膨大な力を持つ筈だ。
年が明け、そんな空気が空を覆っている。
政治だって大転換が必要だし、そうなるだろう。
ボクも闘う決心がついた。
動機はいくつでもあるが、目に見えるのはアメリカの手によって盟友が理不尽に命を奪われた事実だ。
目に見えないのは理由もなくボクのプライドが奪われたことだ。
絶対に許せることではない。
だから闘いに参加する。


23701/03 10:39今、この国は内戦が必要だ。
ここまで勝者と敗者・強者と弱者が明確に提示された時代が、この国の歴史上あっただろうか。
読まれている書籍は「金の儲け方」か人生読本と称する「人生の諦め方」の本ばかりである。
文化の香りなど、微塵もない。
ほとんどの人生読本を要約するのは簡単だ。買わないで良いよ。
つまりこう言うことが書いてあるだけだから。
「あなたの苦しみが大きければ大きいほど、他者の苦しみを背負ってあげているのです。それがあなたの存在感、誰かがそれをやらなければならないのだから・・・」
弱者や敗者はこれで少々納得してしまう。
なぜなら彼らにはノブリスオブリージェ…人を助ける人間の本能があるからだ。
しかし、日本の勝者・強者にはそれがない。
世界の国々のなかで金や権力を持ったやつほどノブリスオブリージェがない人間が多いのは日本だけかも知れない。
そして彼らをじっと凝視する時は終わった。
今年は弱者・敗者が武器を持って闘わなければならない。
その武器はペンでも音楽でも言葉でも鉄拳でも良いのだ。
俺も今年はビシビシ闘って行く。
よその国のことはどうでも良い。h
この国に今、最も必要なことは内戦なのだ。
国の中であらゆるジャンルで、様々な相手と戦いをしよう。
もう話し合いで、日本の未来はない。
2世代、3世代先、百年先を見据えて祖国・日本の為に闘おう。
今年は内戦の好機なのである。
日本中を戦場にしよう。



23612/19 22:15国民栄誉賞に想うこと
今日、作曲家の故・遠藤実さんに国民栄誉賞が贈られることが内定した。
遠藤実さんの受賞に関しては何の異議もない。
古賀メロディと共に遠藤メロディは昭和の時代の人々を元気付け、生きる勇気を助長し、人を愛する大切さを提示してくれた。
「北国の春」「高校三年生」「こまっちゃうな」「せんせい」などすばらしい歌が次々と心に浮かぶ。
まぁこの時期だから、麻生太郎総理ちゃまの庶民人気挽回作戦の匂いが無きにしも在らずではあるが・・・。
この国民栄誉賞、前回の受賞者は2000年、マラソンの高橋尚子さん以来である。
それだけ受賞に値する人材がいなかったのであろうか?
否である。そんなことはない。
作詞家の阿久悠さんがいたではないか。
ボクは阿久悠さんの癌との壮絶な闘いの最中に約束したことが三つある。
「万が一、俺が死ぬことがあったら頼む」と言われたことが3件あるのだ。そのひとつがこの国民栄誉賞の受賞だった。
その為には、我々ブレーン、スタッフがやらなければならないことがある。更にご本人にもやっても貰わなければならないこともあった。
阿久さん没後、その役割は阿久悠さんに最も近い人々の任務だ。
しかし、だれもその事で動こうとはしなかった。
いや、むしろ受賞に足を引っ張った人々もいた。
亡くなった途端、親友だと称する人々が群がり、阿久悠さんの残した権利を貪り食っている。
なんともせつない無残な光景である。
そんな輩どもの心底を、空の彼方からじっと凝視しながら阿久さんは今回の遠藤実さんの国民栄誉賞受賞に何を想っているのだろうか。
阿久悠さんの国民栄誉賞・・・
僅かに残されていた可能性が今日、そっと消えていった。

23512/03 11:50三浦和義 「敗れざる者たち」 上梓しました。
盟友の遺骨を腕に抱き大空に見送って尚、この空虚な心を納めることが出来ず、ここにも何一つ書きたいものはなかった。
今日現在、依然としてロス市警、ロス郡検視局は事件の詳細データを提出しない。
この隠蔽工作に対して、私達の国の政府、司法関係者が一切口を閉ざしているのは非常に不自然です。
更にそれを追求しないジャーナリスト、マスメディアとは、何の為に存在しているのか、甚だ疑問です。
こんな現状を見せ付けられている、この国の若者たちは何を思うだろうか。
それでもこの祖国に愛が持てるのだろうか・・・。
俺はこの事件を断じて風化させない。
それがこの国に生まれ、育てられた人間の義務だとさえ思うからだ。
そんな感情もあって、この三浦和義さんの本は何が何でも出版したかった。
まず偏った報道によって形成されてしまった彼の人格や名誉を回復したかったのだ。
これは本を読んでいただければ、彼の社会感や志や優しい人間性が見えてくるからだ。
まず其処から、彼の人格の正しい提示から事件の解明が始まると思う。
昨日、ぶんか社から上梓されるまで、いったい何社の出版会社に断られただろうか・・・。
それを思い、この本を手に持っていると感慨もひとしおです。
やっとスタートラインに漕ぎついた。
さぁ和さん、行くぞって時に、その友は傍らにいない。
12月6日、この本の出版記念会を各界の同志たちがやってくれる。
三浦和義さんとボクの思い出のライブハウスで・・・。
集まってくれるのは、みんなこの不自然な事件とこの国の有り様に疑問を感じている方々ばかりである。




23410/26 00:14さらば友よ、朋友・三浦和義
今夜、朋友・三浦和義さんのお遺骨を胸に抱きしめた。重かった。
さすが身の丈181cm骨太の男はずっしりと俺の腕の中にあった。
この男が自殺する訳はない。
現に俺の腕の中で彼は叫んでいた。
「ぼくは自殺などしない」・・・と。
分っている。君は自殺する男ではない。
有能な日米の弁護士団も既に活動を開始している。
真相は間違いなく解明できるだろう。
そうでなければ、この社会の秩序も、いや未来さえないのだから。
2月22日、君はなぜサイパンで突然逮捕されたのか・・?
10月10日、ロス市警の留置場で君にいったい何があったのか・・?
君の無念を晴らす為、我々は徹底的に闘う。
必ず真実を解明する。
本来なら母国がやるべきことを、外務省や法務省がやるべきことを、またジャーナルがやるべきことを、我々同志がやる。
やらなければこの国のアイデンティティは消滅してしまうだろう。
これはそのくらい、この国にとって大きな問題なのだ。
もっともっと同志の輪を広げたいと思う。
心ある方は参加してください。
さらば友よ、朋友・三浦和義さん、君の肉体とは別離したが、君の志や想念や弱者を労わる優しさとは、別れることはないし、皆で継承していく。
8ヶ月ぶりの日本です。ゆっくりおやすみ・・・



23310/16 21:24新ロス(市警)疑惑、本日の動向と現況
本日はマスコミが見事に沈黙・・・ロスは膠着状態になっています。
要点は只ひとつ、ロス郡検視局が検視結果を開示しません。
ロス市警もまったく情報をご家族に示そうとしません。
それで遺体を早く持って帰れというのです。
これに返事をすると遺体は即刻、完全に防腐剤処理をされてしまいます。
これでは死因が全く闇の中になってしまうのです。
日本での再検視もできません。
だからご家族が検視結果を求めているのに、マスコミは「ご家族が遺体の引き取りを拒否」と報道しています。
このニュースソースの出所を調べました。
ボクの調査では出所はロスの日本領事館でした。
ご家族も領事館に抗議し、訂正を求めました。
これが昨日までの現状ですが、それから丸一日、進展は何もありませんでした。
明日はゲラゴス氏も帰ってくるでしょう。
一気の進展を望みたいですね。
検視局とロス市警の動きは本当に不可解です。何を隠しているのでしょうか。一体空白の4時間にロス市警の留置場で何があったのか?
どなたかジミー佐古田の動向をしりませんか?
あの出たがり屋の彼が出てこないのも不思議です。 河村シゲル


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