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【いちご悪書】
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28209/03 10:51日本語で語れ・政治家たちよ
一日百人以上の人々が自殺している…先進諸国の中でも群を抜いているこの国で、更に国民生活を全く無視したレベルの政争が毎日のトップニュース。
歴史的異常さの猛暑に反比例するかのように、この国の政治の肌寒さはなんなのだろう。
マスコミで語る政治家・評論家・自称?知識人たちの言葉で、すごく気に掛かることがある。
それは横文字の多用さである。
大事な部分になると、訳の分らない横文字をさらっとお使いになるのだ。
それで、マスコミ人も何となく納得顔で済ましてします。
その代表的な言葉が、政治家もマスコミも大好きな「マニフェスト」だろう。
なんで政策の大事な言葉に、横文字を使うのか?
「マニフェスト」を政策公約とでも無理に訳しているのだろうが、この言葉は何語?
英語なら「manifestion」であり、「manifest」なら形容詞だから「あきらかな」と言った意味しかない。
「manifesto」という名詞の単語もあるが、これはフランス語だ。
まさか日本政治の根幹に欧州の農業国のフランス語は使わないでしょう。
余談ですが、みんなの党のお好きな「アジェンダ」に到っては「お祈り」なんて意味にもとれるのです、お気の毒に。
「マニフェスト」みんなが分ったような顔をしているこの言語感覚が危険なんです。
主に英語の多用ですが、ボクはこれはアメリカの陰謀だと考えています。
「happy slave」…訳せば「幸せな奴隷}です。
支配されている側が、支配されていると感じさせない、最も高度な支配。
究極の支配を「幸せな奴隷」と言います。
戦後65年、アメリカは将に日本国を「幸せな奴隷」として支配してきたのです。
アメリカと日本の関係は将にこれなんです。
ボクたちはアメリカの幸せな奴隷になっているのです。
日常会話の英語の氾濫は、アメリカの戦略の一環だと、ボクは思っています。
でなけりゃ、戦後の文部省が日本語教育を減らし、英語教育を必須科目にすると言う、不自然な方針を出すはずがありません。
今こそ、皆がアメリカと日本の関係を理解した上で、政治家や日常の先導者を選らばなければなりません。
大事なことは、まず日本語で語るべきです。

28108/15 18:56敗戦から65年目の今日・想うこと。
65回目の終戦の日です。
テレビではNHKだけが、全国戦没者追悼式を生中継していたが、民放は相変わらず愚にもつかない番組の垂れ流しである。
心ある視聴者は、そんな番組を支えているスポンサーの商品を買わないのに。
朝日新聞などはこの終戦の日を一面で扱ってはいない。
この国のマスメディアとはなんなのだろう?
ジャーナルの一欠けらもないのだろうか。
ボクはいつものように、正午に自宅で独り黙祷で、310万人の戦没者の方々に哀悼と感謝を捧げた。
この人々のお陰で今日のボクの生活があるのだ。
310万人の皆様にボクは生かされているのです。
それをどうしてこの国のリーダーたちは分らないのだろう。
戦没者の皆様の死を無視するのだろう。
無視ならまだ良い。
民主党のように「閣僚は靖国神社参拝しません」などと、わざわざ誰の顔色を伺って発信しているのか?
政府としての発信なら憲法違反の疑いもある馬鹿げた行為だ。
ボクは今年の春、靖国神社本殿の正式参拝をさせていただいたことがきっかけで、関東とその近県の護国神社の参拝をしている。
各県の護国神社は戦争に命を捧げて散った人々を英霊として、おまつりしている。
その護国神社めぐりで気付いたことは、日本人は余りにも310万人の命を無視しすぎていると感じたのだ。
なぜなら普段、護国神社を参拝する人が殆どいない。
どこも閑散としている。
先週は埼玉県の護国神社へ行ったが、ボクがお参りしていた30分ほどの間、全く人が来なかった。
大都会大宮市の真ん中にあるのに、そんなことでいいのだろうか。
戦争とは何だったのか…もっと真剣に考えたい。
護国神社の英霊たちを悲しませてはならないのだ。
それが民主党の能天気な馬鹿げた判断である。
ボクも民主党なら少しは変化が…とも思ったがそれが幻想であることが最近はっきりしてきた。
くだらない権力を持った奴の行動はみな同じだ。
弱者の悲しみや切なさが見えなくなるらしい。
大体政府は最近、祝日休日ばかりやたら作っているが、終戦の日はなぜ休日にしないのか?
この日こそ、国民の最大の休日にするべきだとボクは思う。
「終戦の日」などとぬるいことを言わないで、はっきりと「敗戦記念日」とするべきだ。
勿論、祝日ではなく「国民の悲日」である。
これを国民こぞって世界に提示してこそ、戦争責任の重荷を日本の若者達が負わないで済むのだ。
それを勇気をもってする事こそ、政治であり大人としての戦争責任の取りかたなのである。

28007/18 20:07紀の国・熊野の神々に禊祓いをいただき
森と水の国、紀州熊野三山の神々にお会いしてきました。
昨夏から学んでいる神道の哲学を、この眼と心で確かめる機会を神社本庁の皆様に頂きました。
そして神社本庁が主催する伝統文化セミナーの一員として、熊野三山…熊野那智大社の火祭り拝観、そして熊野本宮大社と熊野速玉大社への正式参拝をしてまいりました。
更に神武天皇が登ったと言う神倉神社への巌を這い上がり、ご神体「ごとひき磐」の迫力に圧倒されもしました。
将にボクの穢れた心根を洗われた旅でしたが、もっと嬉しいことに出会えました。
それは那智大社の扇祭り(通称・火祭り)に参加していた神職さんと地元の大勢の男達です。
感動的とも言える、紅蓮の炎と燃え盛る50kgの大松明を抱えて、階段を駆け上がり下る者たち、数十キロの扇神輿を担いで那智の大瀧へと御進行する者たち・・・
特にこの中で、ボクは参加している多くの若者たちの真摯な眼差しと清清しいまでの動きに感動したのです。
都会にいると、やれ草食系だの軟弱派だのとマスコミに揶揄されている若者達・・・
しかし、ここの若き男どもは、将に日本男子の心意気溢れる奴ばかりでした。
日本男子は絶滅危惧種じゃねえ・・・まだまだいっぱいいることが嬉しかったのです。
大自然の中で生き生きと躍動する彼等なら、ボク達の急務である生物の多様性を守る大儀が進められます。
それが確認できたことが嬉しかったのです。
熊野三山詣では、神々から多大なお力をいただき、更に地元の人々からもいただきました。
ありがとうございました。
この頂いたお力で、この国の為、ふるさとの為、弱い生き物達を守る為に全力を捧げる決心がつきました。


27906/27 17:21死刑囚・林眞須美さんから手紙が!
6月24日はボクの誕生日なので、いつものように父母の墓前に感謝のお参りをしてきた。
帰宅すると一通の手紙が・・・。
差出人は見覚えのある、綺麗な細字で林眞須美とある。
そんな馬鹿な・・・彼女は去年の6月に和歌山毒カレー事件で死刑が確定してしまった。
彼女がいる大阪拘置所は死刑囚に対しては外部交通が禁止、つまり手紙の発・受信はご法度である。
面会も弁護士と家族以外は許されない。
その眞須美さんからの手紙である。
急いで封を切ると、中から出てきたのは雑誌記事のコピーが2枚だけ。
彼女の文面は入っていない。
何かの暗号か、冗談かと矯めつ眇めつ眺め尽くしたが何も見つからない。
送られててきた雑誌記事は、ボクの友人でもあるジャーナリストのKさんが書いた、毒カレー事件の冤罪性に関しての論文である。
この文章は以前にボクも読んでいる。
ますます不思議でKさんに電話した。
そして分った。
大阪拘置所は今、改築していて7月に眞須美さんも独居房が移動になる。そこで私物の整理を通達されたのだ。
そしていつも独居房で握りしめていた、この眞須美さんの無実を訴える論文を捨てきれず、千載一隅の機会に外部発信を許されボクに送ったのだった。
でも文字のひとつも書くことは許されなかったのだ。
彼女は藁にもすがる気持だったのだろう。
でもボクは確かに彼女の気持をしっかり受け止めた。
林眞須美さんの再審請求は、安田弁護士さん達が準備中である。
支援の輪も大きく膨らんでいる。
動機も物的証拠も無い人間を死刑にしては、絶対にいけないのだ。

27805/30 10:46友あり遠方より来る、また楽しからずや。
昨日、同窓会に出席し40数年ぶりに友たちに再会した。
本来ならボクはまず出席不可能な会なのである。
なぜなら、ボクはこの学校を卒業していない、退学になり学籍は抹消なのだから。
しかし二年前、晴天の霹靂のように、シャガールの絵のように、突然ボクは卒業該当者になってしまったのだ。
このことは書くと長くなるので、暇な方はこの「いちご悪書」の二年前頃を見ていただければ分ります。
まぁそんなこんなで昨日、上智大学マンドリンクラブの同窓会に参加したのだ。
40数年ぶりの友たちの面影を実像に結ぶのは、非常に困難であったが、時が進むにつれ、暖かな想いがボクの胸を満たし始めた。
あの声、この笑顔、紛れも無い心を許せる友がいた。
ボクはこのクラブでパーカッション担当、主にコンガを叩いていたのである。
「お前のコンガはリズム感が最高だったよ」
お世辞にしろ、自分が忘れていた自分の姿を友に教えられる楽しさ。
自分の知らない自分を様々に語ってくれる友たち。
金や地位や権力ではない、人間の結びつきの素晴らしさを腹いっぱいに満たした一日だった。
嬉しかった。
次はボクが所属していた文学部ドイツ文学科の同窓会にも招かれた。
上智大学始まって以来の劣等生と言われたボクが胸を張って出席するつもりだ。
人生って面白い、長く生きているって捨てたもんじゃない。
とにかく素晴らしき上智大学の友たち、大好きだよ。

27705/30 10:19不自然大全集 その9 口蹄疫とエイズ 
家畜伝染病・口蹄疫の問題は今だにマスコミの大きな話題になっている。
ボクが前回書いた、この事件に関する問題点を追求する報道が今も、ないことに愕然とし暗澹たる思いがせつない。
動物の命より人間の経済至上主義優先がそれほど大事なのか?
健康な牛や豚にワクチンを投与した上で殺処分する不自然さを、なぜマスコミは追及しないのか?
農水大臣も県知事もワクチン投与の牛や豚をなぜ自ら食わないのか?
食っても人体に何の害もないものを、食肉にしたら国際市場でのブランドランクが下がるからだけの理由ではないか!
人間の利益が、大切な動物たちの命を奪うことに、ボクは抗議することをやめない。
しかし、今回はこれがテーマではない。
こちらの問題も不自然の極みである。
口蹄疫でこれほど大騒ぎしているマスコミが、5月27日に厚生労働省が発表した2009年に発症したエイズ患者数が過去最多になったニュースをほとんど報道していない。
新たなエイズ患者は431人、HIVウイルス感染者数は1021人。
ボクはこの数字は少なすぎると思う。
これは氷山の一角に過ぎない。
なぜならこの年の保健所などでの検査件数は前年よりも2万7千件も減少しているのだ。
どういうことか、はっきり言えばエイズウイルスの蔓延は既に防ぎようが無いところまで来ているのだ。
厚生労働省はお手上げなのだ。
民主党などは目先の問題に大童でエイズ問題など眼中にない。
また民間レベルのエイズ撲滅キャンペーンなども尻すぼみ状態である。
ボクが20年ほど前、一世風靡セピアの団員達を連れてニューヨークで行ったエイズチャリティパフォーマンスの時も、日本のマスコミの関心は薄かったが、現在も同じような状況だ。
NYでのボクが書いたショー台本のテーマは「エイズは人間から愛を奪い去る悪魔」は今も同じである。
エイズに関する日本人の関心は薄すぎる。
口蹄疫よりも100倍も恐ろしい事柄なのに、あまりにも関心が無さ過ぎる。
今、日本の繁華街はエイズウイルス塗れになっている現実を直視するべきなのだ。
どすしたら若者たちにボクの危機感が伝わるのだろうか。




27605/18 22:45不自然大全集 その8 宮崎県の口蹄疫事件に思う
まさにあれよあれよの束の間に、宮崎県で発症した家畜伝染病・口蹄疫で殺処分対象になった家畜が今夜時点で11万5千頭余りに達した。
罪の無い牛や豚の命がゴミ屑のように葬られている映像に接するのは辛い。
この事件では報道各社はバカの一つ覚えのように、同じ視点での報道に大童状態である。
テレビも新聞も週刊誌も、この国の報道に携わる方々には、異論の持ち合わせがないのだろうか?
視点を変えると言う基本を持たないのだろうか?
今日あたりは政府も当該自治体の宮崎県も、対策の遅れの責任はないだの、非常事態宣言だの、自分たちの保身に躍起になっているとしかボクには思えないのだ。
そのまんま東知事などは「寝ずに一生懸命やってるんですよ!」
なんて報道陣に興奮して怒鳴っていたが、ちょっと待った!
非常事態宣言を出して、家畜の全頭処分なんて方向に行く気ではないだろうね。
ボクがこの事件で最初から不自然に思っていることがあるんです。
政府も自治体も報道各社もなぜか、口を閉じているのだが、なぜワクチンを投与しないのか・・・と言うことです。
口蹄疫はワクチンで感染は簡単に防げる筈です。
人間のインフルエンザの時はワクチンであれほど大騒ぎしたのに、牛や豚では誰もワクチンのことを言い出さない。
実は彼等にはワクチンを投与したくない事情があるんです。
つまりワクチンを投与した家畜は肉のランクが下がるんです。
例えば日本では牛肉のランクは上中下の3ランクに分類されます。
宮崎県の牛は上ランクが多いのです。
これにワクチンを投与すると中ランクになってしまいます。
つまり金がらみなのです。
今、この国に蔓延している経済至上主義、この国を駄目にした金が全ての判断基準なのです。
だから投与しないのです。
例え宮崎県の家畜を皆殺しにしても、人間の利益を優先するつもりなのです。
牛や豚たちの命を頂いて生きている人間達が、命を頂いている感謝の心を忘れ、彼等を無駄死にさせていいものでしょうか?
それを誰も不自然に思わないのでしょうか?
この国は今、進むべき方向を完全に見失っています。
この事件だけではありませんが、ボクたち大人は、子ども達に何をどのように伝えたらいいのでしょうか?
最近、ボクがしばしば立ち止まって考えてしまうことです。

27503/26 11:09不自然大全集 その7 今、世界で何が起きているのか
今週、新聞やテレビなどはトヨタのリコール問題を全く報道していないが、この事件はトヨタの社長が関係諸国行脚したことで許された訳ではない。
日本のマスコミは無関心だが、アメリカではますますヒートアップしているのだ。
トヨタ批判が膨張し、単独詐欺事件として様々な人々が集結し、広域集団訴訟に発展している。
この事件の原告弁護人代表がマーク・ゲラゴス弁護士だと言う。
彼はアメリカでは名立たるスター弁護士である。
いや、ボクも知らない仲ではない。
絶対に忘れることの無い2年前、米国ロスアンジェルス警察の留置所内部で不自然な死をとげた盟友・三浦和義さんの不可解な事件の担当弁護士であったのだ。
ゲラゴス氏の手元には、あの事件に対するボクなりの推理論文も英訳して渡っている。
ゲラゴスは事件当初からあの事件は自殺ではなく、他殺だと認定していた。
その彼が今年になって手のひらを返すように事件から外れることを一方的に通告してきた。
ボクは彼に何が起きたのかと半信半疑であったが、今になって合点が行く。
ボクは彼と権力に何らかの司法取引があったのだと思う。
トヨタ問題と三浦和義さん問題は見えない糸で結ばれている、その糸がボクには見える。
いや、それだけではない。
クロマグロ問題も然り、全てが不自然な連鎖をしているのだ。
今、世界で起きているのはトヨタバッシング等と言う規模ではない。
これは日本バッシング、一気呵成の日本つぶしなのだ。
民主党政権になって、日を追う毎の政治の大混乱、このチャンスを世界が見逃す訳が無い。
現代の戦争は武器など使用しなくても国を消滅させることが出来るのである。
今、戦後最大の日本のクライシスだとボクは感じている。
だからこそ、アメリカの広域集団訴訟が気がかりなのだが・・・。



27403/18 22:11不自然大全集 その6 クロマグロ禁輸報道に異議あり
今日からドーハで開催されている、大西洋クロマグロの国際取引禁止に関する審議について異議があります。
なぜ日本人の大好きなマグロを…このやろう!
いや、そうじゃありません。
ボクが異議を唱えるのは、このドーハの審議に対する我が国のマスコミの報道の視点にです。
テレビも新聞も全ての報道が日本バッシングに対しての反論に始終しているのです。
農林水産大臣ですらインタビューにうろたえ、クロマグロが禁輸されたらえらいこっちゃと慌てふためいている情けなさである。
禁輸提案国のモナコ代表はこのままマグロ漁を放置しておけば、3年後に地中海のクロマグロは絶滅すると問題提起をしています。
ボクはその通りだと思います。
今、日本が地中海でやっている(他国にやらせている)クロマグロ漁は酷すぎます。
実はこの部分がなぜか日本では報道しないのですが、地中海のクロマグロ漁は成魚ではなく、稚魚を網で獲っているのです。
この稚魚を地中海沿岸諸国の海に牧場を作り、餌をめちゃくちゃに食わせて、日本人が大好きだと言う全身大トロの油デブマグロに育てているのです。
これは養殖ではなく、畜養と言います。
この殆どが日本に輸出されています。
畜養のお陰で日本人は回転寿司でクロマグロが食えるのですね。
でもね、クロマグロの稚魚を獲る時は巨大な網でクロマグロだけ獲れる訳ではありません。
他の多くの魚の稚魚も獲れてしまいます。こっちのほうが多いのです。
そしてクロマグロだけ大切に選別し、他の多くの稚魚は殺されて捨てられます。
この為に地中海は今、クロマグロだけでなく多くの魚が絶滅の危機なんです。
地中海の生態系が破壊されているんです。
いや、日本人が破壊しているのです。
ボクは地中海のクロマグロ取引停止に大賛成です。
他国に迷惑かけてまでクロマグロなんか食いたくはありません。
ボクはマグロが好きだけど、日本近海にだってビンナガマグロだって、キハダマグロだっているじゃありませんか。
フォアグラみたいに不自然に太らされたマグロをおいしいと言うのはバカなテレビレポーターだけだよね。
絶滅と言えば、日本人は江戸時代まではひとつの動植物さえ絶滅させないで共存した稀有な民族なんです。
それが百数十年後の日本は、世界中から自然破壊で軽蔑される民族に成り下がってしまったのです。
マスコミ人に心があるなら、この視点を報道するべきなのです。
今、この国はどうしてしまったのか?
何処へ漂流してしまうのか?
このままではクロマグロと共に、日本人だって絶滅してしまいそうです。
今夜のドーハの審議が日本にとって2回目のドーハの悲劇にならないことを・・・。

27303/14 12:50不自然大全集 その5 何故?御神木が倒れたか
平成22年3月10日かわたれ時、神奈川県の鶴岡八幡宮の御神木大銀杏が
強風の為に倒壊した。
ボクはその日たそがれ時に、このニュースに接し「やっぱりか…」と言う想いが心を満たした。
なぜかと言うと3月の初め、ボクは突然鎌倉の八幡様に行かなければと思い、出掛けてきたのである。
それは何十回目かの八幡様詣でであるが、その日ボクは生涯初めて御神木と一緒に写真を撮ったのだ。
その写真にはボクの背後から御神木が真っ直ぐ天に向かって屹立している。まるで高天原への天の橋立である。
この大銀杏は樹齢千年とも言われているが、いにしえの鎌倉幕府3代将軍 源実朝がこの銀杏の木の後ろに隠れていた公卿に暗殺された歴史を持っている。
歴史は巡ってボクの学生時代、この銀杏の大木がある八幡様の境内はボクたち悪がきの遊び場所であった。
ボクの高校は鎌倉学園で、建長寺の中にあり、学校の裏山をよじ登って笹薮の小道を行くと天園と言う素敵な高台があり、そこを南に下ると鶴岡八幡宮なのだ。
あのあたりは自分の庭のようなものだった。
だから当時からボクは八幡様と呼んでいる。
この銀杏の大木は境内でのカンケリの恰好の隠れ場であった。
この大木の下に集合し他校(逗子開成高校)の高校生と集団での大乱闘で機動隊に検挙された思い出もある。
機動隊に包囲されたとき、敵味方の区別なくこの大木の陰に隠れたっけ・・・。
その御神木がたった8メートルの北風で倒れたと発表された。
瞬間、ボクは非常に不自然な感覚に満たされた。
八幡様は本堂の北側の背後に山を背負っている。
だから北風には滅法強いはずだ。
さらに、本堂の階段下にある大銀杏は北風など微風程度にしか受け止めないはずだ。
大銀杏が風に弱いとしたら南側の海から表参道を真っ直ぐに引き裂いてくる南風だけなのだ。
でもあの日は北風だった。
だからボクは北風に倒れたと言う簡単な発表に不自然さを感じた。
ボクはこう推論する。
御神木は自ら倒れたのではないのだろうかと・・・
笑う奴は笑っても構わない、でもこの世には人間の道理など遥かに超越した自然のメカニズムが存在している。
科学が万能などあり得ないし、人間は万物の霊長などではない。
あの御神木に見詰められて生きてきたボクには、今回の出来事は神の啓示だろうと想う。
ボクの学問である想像工学的には八幡様は武道、闘いの神を祭っている。
その闘いの神が自らの御神木を倒したのは、何らかのメッセージではないだろうか。
例えば不安定な労働者たちに、例えば若者たちに、例えば弱者・敗者たちに戦えとのメッセージではないだろうか。
今、絶望的に衰退しているこの国を活性化させるための闘い。
少なくともボクは八幡様からそんなメッセージ・パワーを頂戴した。
倒壊した大木を蘇生させることより、不自然に倒れた意味を考えたほうが良いのではないだろうか。





27203/12 23:37不自然大全集 その4 卒業式と朝鮮人高校生
昨日はボクが講師を務めている国際理容美容専門学校の卒業式だった。毎年の事ながら整然粛々と進行する式典は人肌の温もりに心がポカポカしてくるのだ。
式典の裏方で飛び回っていた若い先生たちの自己犠牲の奉仕も見事であった。
この学校の講師である自分が幸せを感じる刹那である。
今年の卒業生は336名。就職率は100%。どうだ!すげーだろ!

・・・と良い気持のまま一夜明け見詰めた新聞。
今日、4月からの高校無償化法案が衆議院文部科学委員会で可決された。16日の本会議でもすんなり通過だろう。
民主党が先の選挙を勝つために掲げたマニフェスト?…の目玉である。(マニフェストに?を付けたのは理由があるが、ここでは長くなるからヤーメタ)
民主党は夏の参議院選挙対策には何が何でも、この法案の成立が命題である。
それも良いだろう。
ボクは高校の無償化に反対ではない、その根拠もないし。
しかし、絶対民主党政府を許せないのは、朝鮮人学校の除外である。
拉致問題が未解決、核武装している、国交が無いなど後付けの理由など理由にならない。
それらの問題の制裁として在日の北朝鮮学生に凶器の眼を向けるのは間違っている。
在日北朝鮮の子供達に何の罪があるというのだろうか。
第一、彼等は望んで在日と呼ばれる存在になったのではない筈だ。
今の政治家が触りたくない深く暗い歴史があるのだ。
これを民族差別と呼ばずに、差別を論ずるべきではない。
いつからボクたち日本人は、これほど心が貧しい民族に成り下がってしまったのだろう。
今、東南アジアの国々の学校では日本語クラスが続々と廃止になっている。
僕たち日本人は嫌われ始めているのだ。
北朝鮮学校の生徒達に日本の大の大人たちが制裁を加えているのだ。
俺たち日本人が美意識として持っていた「武士の情け」はどこへいったのだ。
総理が「友愛の精神」だとか言っていたのはなんだったのだ。
不自然も良いところだ。
夕方になって政府は北朝鮮学校の教育内容を精査して決める…とか
言い出したが、そんな言い草は誰も信じてなんかいない。
こんな時こそ自民党が身体を張って阻止する時なのに、駄目党のおっさん、おばさん先生連中には無理だろうなぁ。
まぁこれでまた日本は世界の人々に軽蔑されるのは間違いないだろうね。






27102/14 23:16不自然大全集 その3 禁煙の法制化に想う
崩落寸前・断末魔の自民党が内閣総理大臣閣下とその弟の浮世離れした他愛ない喧嘩を煽ったり、親分幹事長のマネー転がしの手口を追及したり、弁解したり、およそ国民の心中とは途轍もなく乖離した事に国会で税金を無駄使いしているのが我が国のお偉い政治家連中である。
所詮、民主党も自民党も同じ穴のムジナ、国民の生活や苦悩など何処吹く風の連中なのだ。
この茶番のドサクサに官僚たちが権力搾取に蠢いてることも知らず。
例えば厚生労働省は・・・日本中の職場の禁煙化を勧めているのだ。
その為に労働安全衛生法の改正案を準備している。
禁煙を法律で決め付けようとしているのだ。
喫煙者の人権も煙草販売者の生活も無視した暴挙を平然と行おうとしている。
大体、合法的な喫煙を強権発動で封じ込めようとしているのだ。
この禁煙を法制化したら、間違いなく次は禁酒の法制化だろう。
世界保健機構が酒の広告と販売の規制に乗り出そうとしている。
厚生労働省はきっとその尻馬に乗るだろう。
冗談で言っているのではない。
現にイギリスではすでにこの法律が機能し公園や海辺で缶ビールなど飲もうものなら警察にしょっ引かれる。
断っておくがボクは酒も煙草もやらない。
自分のご都合で厚生労働省に難癖をつけているのではない。
民主主義を標榜する先進国は所詮、権力を絶えず増強させなければ統治できないのだ。これが民主主義のリスクかもしれないとボクは感じている。
民主主義はこのように異端の人間を排除する。
最近は喫煙者も少数派になりつつあり、異端者扱いされてきた。
だから排除するのだ。
異端を排除したら、その国の文化は死滅するだろう。
異論を排斥したら、社会の民度は低迷する。
今やこの国は皆で決めたことは正しいのだ。
この国の人民は赤信号も皆で渡れば怖くなくなっている。
この危険な国民体質が多くの冤罪事件をさえ助長している。
だから裁判員裁判は危険なのだ。
そんな国民を作っているのが、権力しか見ていない政治家連中であり、官僚でありその腰巾着と化したジャーナリズムである。
連日行われている国民無視の政治茶番と官僚権力の蠢き・・・
そのプロパガンダと化したマスコミ。
国家や資本家の勝者の論理のみが最優先され、庶民たちの尊厳は踏みにじられている。
この国は大崩落に向けて突き進んでいる。
それを不自然に感じない人は死んだほうが良い。
未来の子供たちの悲惨な生活を見ないで済むから。
不自然に感じる人は闘いを挑め。


27002/05 00:02不自然大全集 その2 朝青龍電撃引退
今日、このニュースを知って大多数の日本人はあまりの不自然さに愕然としたのではないだろうか。
これは正確には引退させられたのであり、日本相撲協会理事会の暴挙である。
せっかく貴乃花理事の初参加の理事会でこんな結論をだすとは・・。
結局、貴乃花も裏取引で票を集めての当選と言われてもしかたがない。悪く言えば談合があったのだと思う。
貴乃花を英雄扱いするのは間違いだ。
さて、朝青龍問題であるが、これは相撲協会と横綱審議委員会とマスコミによる明らかな人種差別であり、人権侵害だ。
今回の問題はまだ、朝青龍が殴ったと言う証拠はなにもない。
たかだか酔っ払いたちが悪ふざけした上での怪我じゃ無いのか・・・とボクは思う。
冤罪の可能性だってまだあるのだ。
それは横綱の品格の問題だと、バカなことを後生大事にのたまう似非知識人やマスコミ人も掃いて捨てたいほどいる。
品格?・・今の相撲の何処に品格があるのだ?
懸賞金と称する金を賭けて勝ち負けを争い、勝ったらその金を鷲づかみする相撲取りの何処に品格があるのだ?
タニマチと称するスポンサーに纏わり付き金品を頂くだけの「ごっつ
あん体質」の何処に品格があるというのだ?
協会の理事達に品格があるか?
相撲の勝負も知らない横綱審議委員のおっさん、おばさんに品格を感じたことがあるだろうか?
相撲が日本の伝統文化だったのは、ワンスアポナタイム昔々のお話である。
相撲は日本の神道に発した武道である。
横綱は八百万の神の一柱であり、だからこそ注連縄を付けているのだ。
その日本の神の座にキリスト教徒やイスラム教徒や仏教徒をつけても平然としている輩たちには分るまい。
国技であった相撲に外国人を入れた時に、相撲道は終焉し国技ではなくなった。
単なる裸の男たちの格闘技である。
民主党政府は直ちに相撲協会の財団法人認可を取り消すべきである。
落ち着いて考えれば、現在の相撲なんてこんなものである。
そこでやんちゃな朝青龍がなにをしたというのか?
朝青龍こそ潰れかかった相撲人気を支え続けた大功労者じゃないのか。彼がいたからこそつまらない相撲が何とか持ちこたえたのだ。
相撲協会こそ彼に感謝し、それなりの恩を返すべきである。
そして理事会と横綱審議委員たちこそ直ちに引退するべきだ。
早くしないと、この愚挙は国際問題にもなりかねない。
どう見ても、今回の決定は人種差別がチラチラ垣間見えるのだ。
モンゴル人は協会内で相当な虐めと差別を受けているのだろう。
今日、この問題で記者会見をした白鵬が涙を流す姿には非常な違和感を感じたのはボクだけではないだろう。
本日のこの不自然な出来事は日本人として大変に恥ずかしいことだと感じたのである。
ボクは前からここでも言い続けてきたが朝青龍が大好きなんだ。

26901/31 17:37ニッポンの「不自然大全集」 その1
去年の12月より今日まで2ヶ月間、この「いちご悪書」を休んでいたら
大勢の方々からお叱りを頂き、感謝の念を持って再会いたします。
休んだ訳は簡単で、心に感じた「よしなしごと」を散漫に書き繕う事に嫌気が挿したのです。
バカなアイドルやタレントがブログと称して、てめえが食ったものなどを写真と共に書いている日記もどきと何ら変わらぬ己の姿が恥ずかしくなった訳です。
で、この一年はテーマを明確にして書いてみたいと考えました。
昨年から毎週末、日本中の神社を訪ね歩き、国とは何か?日本人とは何か?ボクとは何か?を見詰めてまいりました。
そして今、ボクに必要な…いや日本人に必要な思考の尺度はこれなんだ!と思い及んだのです。
「それは自然・不自然」と言うモノサシ・・・。
これこそ地球上でも日本人だけが持ち合わせている日本人固有のモノサシであり、感性であり、判断基準なのです。
今、この時代に起きている全ての出来事はこのモノサシで計れば、明確に判断がつきます。
政治、経済、事件、身の回りの雑事など全てに応用できます。
神代の時代から大自然と共に生きてきた日本人だからこそ持つ固有のこの感覚を蘇らせたいのです。
そこでまず、ボクが率先して「自然・不自然」のモノサシで様々な事柄を計ってみます。
題して、ニッポンの「不自然大全集」

その1は・・・
いつも大晦日の夜になると、不自然さに猛烈に腹が立つもの。
NHK紅白歌合戦です。
いや、唄ってる能天気な歌手達には罪はありません。
とんでもない輩たちは、NHKの職員・放送スタッフなのです。
何が不自然かってまず最悪は、毎回番組のエンディングで全歌手が唄う「蛍の光」です。
なんの為にあの場で超不自然な歌を唄うのか?
多分、日常エリート風を吹かせているNHK職員も経営陣も偉そうな番組審議委員のとっつあん方も、あの歌の出所を知らないのです。
「蛍の光」は明治初期に、イングランドの曲に作詞者不肖の詞をつけたものです。
作詞者が軍に加担するのが嫌で、名を隠したの為に作詞者不肖です。
何のために・・・それは北方領土や南方領土拡大の為に続々と若き兵士を送り込む為の軍歌なのです。
一番は国の為に死を賭して出兵する若者達を見送る内容です。
二番、三番と見送る情景が続き、四番の歌詞になると具体的になります。書いてみましょうか・・・。

千島の奥も 沖縄も
八島の内の 守りなり
いたらん 国に いさおしく
つとめよ わがせ つつがなく

と言う、ものすごい軍歌であります。
この「蛍の光」を誰が何の為に大晦日に唄わせているのか、公開質問状でも出して聞きたいものです。
もっとも訳を知っている奴の差し金か、番組では四番は絶対に唄いません。
はやく何とかしないと、今年も卒業式などでも子供達に強制的にこの軍歌を唄わせてしまうことになります。
まぁボクは軍歌が好きだから良いんだけれどね。
更に、NHK関係者のみならず左翼的思想の有識者諸君にも聞きたい。
常日頃、日の丸は日本国国旗にあらずとか言ってらっしゃるが、あの
「紅白歌合戦」と称して紅組・白組に分かれての闘いには疑問を感じないのでしょうか?
紅白こそ、日本人を真っ二つに分断し、血を血で洗った源平両軍の闘いの御旗であったはず。
その悲惨な闘いの象徴である紅白は問題なく、何故に日の丸は問題なのか?
この不自然さ、ボクにはさっぱり分らないのであります。


26811/30 22:36拝啓!必殺仕分け人・蓮舫さま
なんだか先行きがおかしくなって来た民主党政権であるが、国民の支持率を高位置キープしているのは、財務省公開エンターテイメント?である事業仕分けイベントだった。
中でも一躍時の人になってしまったのが蓮舫議員である。
本来政治家は核心となる言葉を控えるのが性であるが、蓮舫議員は歯に衣きせぬと言うか、無邪気さというか、まぁ大陸の血も混じってる人だから少々日本人にはないアグレッシブな精神の持ち主ではある。
そんなことを輝く時の人に言うのは失礼かもしれないが、彼女とは昔馴染みなので許してくれるだろう。

蓮舫とは彼女がクラリオンのキャンペーンガールとして水着のピチピチボディを振りまいていた後、俺が担当したテレビ朝日の深夜の生放送「プレステージ」のキャスターに起用したのが最初である。
まだ碌にコメントも言えない女の子であったが、向こうッ気だけは強くて、どんなテーマ、どんなゲストでも物怖じしなかった。
それと甲乙・白黒ははっきりさせるのが好きな子であった。
このキャスターを始めて確か1年位後だったと思う。
蓮舫が所属する川崎エージェンシーの社長から、今後どのように進んだら良いかの相談を受けた。
そこで六本木のクローバーで蓮舫とお茶を飲みながら、彼女の今後について語り合ったことがある。
その時、俺はこう言った。
これからは自分だけの人生テーマを持つこと・・・例えば今後大問題になるであろう食品添加物、あるいは飲料水問題などは女性として良いと思うよ・・・なんてことをアドバイスした。
蓮舫は素直に聞く子で、それ以後キャスターとしてのコメントががらっと変化してきた。
機を見るに敏・・・かなり器用でフットワークは良いのである。
その彼女が結婚し、双子を生んでから子育てに人生テーマをシフトし、議員になって遂には時の人になった。
別に俺がどうこうした訳じゃないが、昔馴染みとしては、なんだか嬉しいのである。
でも若い時から敵を沢山作ってしまう性質の子だったのが少々杞憂かもしれないが心配かな。
それとバサバサ切りまくるのは結構だが、木を見て森を見ず…切り過ぎて心の貧しい国造りの手先だけにはならないで欲しいな。



26711/18 12:10若者たちの自己犠牲
毎年、俺自身が最も楽しみにしている国際理容美容専門学校の文化祭・「美翔祭」のトータル・ヘアーメークショーが終わった。
綜合演出の俺が言うのも手前味噌に聞こえるが、今年も素晴らしいショーだった。
今年のグランドテーマは「リ・ニューアル」
文化やアートをクリエイトすることは、この国の先達の感性や伝統や魂を継承し、そこに新しい感覚をインプットすること・・・
政治や経済・文化を含め今、この国に必要なのは革命に近いほどの「リ・ニューアル」なのである。
このコンセプトを全校学生が理解して、全員で見事にショーを創り上げたのである。
今回のショーの素晴らしさは、エンターテイメント性もさることながら、ショーを創る過程において、学生達が垣間見せた人間愛とも言える美しさであった。
数百人の学生がそれぞれの役割を分担して行う舞台ショーである。
華やかなモデルもヘアーメークも制作スタッフも観客整理・警備係り
も、すべて学生である。
誰だって華やかな役割に付きたいだろう。
しかし、役割の分担と言う大儀の元に、それぞれが自己矛盾を克服し、更に自己犠牲まで発揮してチームワークを維持してくれた学生もいた。
最近の大人社会では死語に近い「自己犠牲の美しい精神」を俺は自分の教え子達に見た。
この喜びは筆舌に尽くし難いものがある。
これこそ国際理容美容専門学校が校是にかかえる「躾」教育の賜物である。
今年の「美翔祭」は数百名の一体感と何ものにも替えがたい崇高な精神である「若者たちの自己犠牲」を見せてもらった。
俺は自分の学生達を誇りに想うと共に、心から尊敬するのである。
みんな!どうもありがとう。

26610/25 12:37大自然の中への小さな旅へ
俺たちが何の為に生きているかと言えば、命を継承する為だ。
この命の中には知恵や経験や魂など大切なものが詰まっている。
これは地球上のすべての生物に共通した自然の摂理なのだ。
最近、人間だけがこの掟を破り、なんと自分の子供や家族だけに金や地位や権利を継承することだけに汲々とする哀れな奴らがいる。
それも小金を溜め込んだ、企業成金に多い。
そんな晩節を汚すことが無いようにしたいと思っているが、俺は若者たちに何を残し、何を継承していくのかが定まらない。
それを見つけるために、今年から毎週のように神社巡りの小さな旅を続けている。
日本の大きな神社とその周辺には、出雲・大和時代からの長い歴史と
大自然、町並み、人々の生活が微かに残されているからだ。
そのかけらを拾い集め、自分なりの生きた証と目的を確認したい旅なのである。
昨日は千葉県の上総国・一ノ宮の玉前神社へ行って来た。
JR京葉線特急「わかしお」で上総一ノ宮駅で下りると小雨だった。
バスが三台も来たら身動きできないほどの駅前広場、店も駅前食堂と花屋が数軒、おまけに人の姿がほとんどない。
玉前神社へ7分の標識を見ながら町を歩く。
雨だからか歩行者もなく、小さな町並みを見ながら玉前神社に着く。
この神社は上総国の一ノ宮だけあって1200年の歴史があり、大社造りの拝殿も本殿にも大切に守ってきた人々の想いが感じられる。
本殿裏手の神木も見事な歴史の威容を見せている。
この地は縄文・弥生から人々の営みがあったところで、静寂に耳を澄ませると往時の古代人の囁きさえ聞こえるようだ。
玉前神社から雨の中を南へ30分ほど歩くと海へ出た。
駅前から海へのバスは一日に3便しかないのだ。
ここは房総半島の九十九里浜最南端である。
雨の浜は北風が舞い、不規則に潰された波が荒い。
砂浜に傘を差して彼方の沖合いを見詰める。
太古から延々と続くこの大自然の営みの中で、人間はいったい何を見つけたと言うのだろう。
万物の霊長などと大見得を切って、何をしてきたのだろう。
科学・化学万能の時代と胸を張っても、インフルエンザひとつに日本中が右往左往するだけである。
アメリカでは40%以上の母親達が我が子への予防注射を拒否している。副作用が怖いのだ。
日本ではそんな情報もなく、2回摂取だの1回だのと先を争って大騒ぎである。
科学など信じてはいけない。
大切なのは、自分が生きていく上で自然か不自然かを見極める魂なのだ。その物差しを持っているのは日本人だけである。
これも古代人から受け継いだ日本人固有の宝物なのである。
帰りに駅前のひなびた食堂で食べたチラシ寿司がとっても美味しかった。







26510/25 11:13俺の裁判報告だぁ!PARTB
なぜか俺の裁判報告だぁ!が妙に人気があって、「もっとやってください」だの「一緒に裁判所へ連れて行って」だのリクエストがある。
確かに俺も最近は裁判所通いが楽しみの一つではある。
で、先週は20日に霞ヶ関の東京地方裁判所へ行ってきた。
先月、答弁書すら出さず闘う姿勢を示した被告との2回目の公判だ。
東京地裁では、19日は高相被告、20日は俺、21日は押尾学被告と続いていて笑っちゃうね。
もっとも19日や21日の地裁玄関前は報道陣と傍聴券を求める人々で、朝の新宿駅のような雑踏であったが、俺の20日は玄関前に一人もいないと言う寂しさ。
だからその寂しさを携帯カメラで撮ろうとしたら警備員数名がすっ飛んできて止めろと言う。
「報道陣は良くて、なんで俺はだめなんだ?」
と悪態をつくも無視された。
まぁ同じ裁判でも高相・押尾両名は被告、俺は原告…この違いは精神的に大きいね。
でも麻薬取り締まりは難しい事件だ。
正直言って二人とも、いや酒井法子にしても自分が悪事を働いたとは思っていないだろう。
現に今、麻薬を使っている多くの人間達もそうだろう。
心の中では、酒はどんなに度数が強くても、中毒になっても罰せられず、タバコも同様である。
麻薬と酒類の違いはなんなのか?
大麻と煙草の違いはなんなのか?
知識人を自認するお偉い?方々には、甚だ子供じみた意見に見えるだろうが、庶民レベルとはこういうことなのだ。
サプリメントやドーピング違反とされる薬品類や健康食品だって同じことが言える。
それぞれの径庭は誰が何の基準で決めたのか?が判然としないのだ。
渋谷や新宿の街へ出て、通りすがりの若者に聞いてみればわかる。
麻薬の入手方法など分っている奴のほうが多いくらいだもの。
と言って、俺は麻薬など肯定しているのではない。
現に俺は麻薬どころか酒も煙草もサプリメントすら口にしないのだ。
俺の筋肉はドラッグレスである。
まぁ話が長くなったが、麻薬と人間の付き合い・・・これは簡単な問題ではないのは確かだね。
で、俺の裁判に戻る。
第二回目の今回、法廷は前回と同じ6階の608号法廷、裁判官も前回と同じ眼鏡をかけた柔和な顔の小太り中年さんと書記官は気の強そうなアラサーって感じの女性コンビだ。
相手の被告は答弁書を出してきて和解を申し出てきた。
裁判官は「これで結審の方向でどうですか?」
と聞いてきたが、俺は不服を申し立て、今回も膠着、来月の法廷を取り決めてあっけなく終わりだった。
この日、数時間後に被告の相手より直接連絡があり、更なる和解条件を提出してきた。
でも、俺はそれも却下した。
そして新たな条件を提示して、一週間の答弁猶予を提供した。
多分、これで和解条件は整い、来月の法廷で結審するだろう。
今週はもう一件、少し大きな相手との裁判がある。
このワクワク感はいったいなんなのだ?

26410/21 23:00南田洋子さん・ありがとう
今日の朝、女優・南田洋子さんがご逝去された。
長門裕之さんから重態な病であることは伺っていたので、まもなくこの日が来ることは感じていた。
ボクが南田洋子さんと初めてお会いしたのは1970年代、フジテレビの音楽番組ミュージックフェアだった。
長門裕之・南田洋子夫妻が司会進行役でボクは駆け出しの構成作家だった。
三年ほど番組をご一緒したが、南田洋子さんはすばらしい気遣いをされる方で、金の無いボクらスタッフにしばしばご馳走をしてくれた。
六本木の会員制クラブ「TCK CCC]のレストランによく連れていって貰ったのが、昨日のように思い出される。
南田洋子さんは長門裕之さんよりも一歳年上の姉さん女房である。
金のわらじを履いてでも見つけろと、男どもには合言葉もある、一歳年上の女房なのだ。
確かに南田さんは女としての気風が最高だ。
こんなことがあった。
南田さんと京都へ旅番組のロケに行ったときだ。
夜、宿舎の旅館に当時、遊び人の旦那・長門裕之さんが尋ねてきた。
京都の舞妓さんと遊びたいので金を貸して…と言うことだった。
すると南田洋子さんはバッグから分厚い財布を取り出すと、そのままポーンと渡したのである。
さすが姉さん女房だ!とボクは感動したのを思い出すのである。
この旅番組では、南田さんの優しさを実感した強烈な想い出もある。
TBSの全国ネットで始まったこの旅番組のスタートは1990年代。
この頃、ボクはプロデュサーになっていて初回放送のゲストに南田洋子さんを起用し、京都ロケを組んだ。
京都ではテレビ初取材の高級料亭「吉兆」などと話をつけて取材した。テレビの食べ歩き旅のはしりのような注目番組だった。
しかも撮影は当時、最先端のENGカメラを使っての画期的な番組だったのである。
初回のその取材は無事に終わり、東京に戻ってプレビューしてぶっ飛んだ。
すべての画面にノイズという信号が入っていて、とてもオンエアできる作品でなない。
現場ではENGモニターが小さく、技術者がノイズをチェックできなかったのだ。
ボクは南田洋子さんに顛末をお話して、再度京都ロケをやらせていただいた。『吉兆」などにも頭を下げられるだけ下げて了解してもらったのである。
今度は現場でノイズチェックなど充分にやった。
そして帰京して、編集所で腰を抜かした。
なんと今度は音声が入っていなかったのである。
これじゃ放送できない。
もう一度撮影も不可能・・・。なにしろ放送3日前なのだ。
頭を抱えたボクに浮かんだのは、アテレコ・・・。
つまり自分のクチパクに台詞を録音していくのである。
映画などではよくあるが、旅番組の喋りは台本のない、フリートークである。これに台詞をかぶせるのは前代未聞のことである。
ありえないことなのだ。
それをボクは南田洋子さんに土下座しお願いした。
「分った、すぐやろう」
南田洋子さんは嫌な顔ひとつせず、むしろ落ち込んでるボクを励ます言葉さえかけてくれたのである。
こうして今日までボクのテレビ生活40余年の中でも最大のトラブルも、南田洋子さんのお陰で無事放送することが出来たのである。
今、ボクは秋の夜空に旅立っていかれる南田洋子さんに、そっとお声をかけた。
「洋子さん、ありがとうございました・・・」

26310/11 21:27朋友・三浦和義さん無念の逝去から一周年
思えば一年前の今日、ロサンゼルス市警留置場にて三浦和義さんが実に不可解、不自然な死を遂げた。
自殺と言うロス市警の発表であった。
その日の夜から三日ほどテレビや新聞、雑誌マスコミの取材にに追われたが、ボクはキチンと対応し、同じ言葉を繰り返した。
「三浦和義は自殺などしていない。その根拠はこうだ」と・・・。
しかし、いつものようなマスコミの国民への意識誘導記事でなんとなく自殺説で世の中は落ち着き、この大事件は忘れ去られている。
様々な事件は次々と起こるから、仕方のないことではあるが、ボクたち支援グループは決して忘れもしないし、行動を緩めもしない。
ロス市警とはマーク・ゲラゴス弁護士チームが丁々発止の駆け引きの最中である。
一年たってもロス市警が留置場の内部や自殺とする仔細な情報をなんら提出してこないのは、向こうに非がある証拠だろう。
わが国の司法当局が、それをアメリカに請求しないのも、日米間に犯罪捜査に関する密約があるとしか思えない。
そのことはボクはレポートにしてアメリカサイドに提出してある。
日本がアメリカの法体系に合わせる義務など無いはずである。
この国は尊厳も理性もある独立国なのだから。
政権も新しく変わったのだから、ぜひ司法の情報公開を望みたい。
でなければ、最高裁で遂に無罪を勝ち取った男のプライドと無念を晴らせない。
三浦和義さんの一周忌にあたり、ボクは残る人生のライフワークのひとつとして、いつまでも彼の無念を共有する。
この一年前の出来事は、単に一人の男の死ではなく日本の未来を左右する重要な大事件なのである。だからボクは闘う。





26210/05 22:53俺の裁判報告だぁ!PART2
先月、東京地裁立川支部にて俺の本人訴訟による裁判レポートを書いたら、かなり好評だったので味を占めて第二弾。
その前に先月の後日談であるが、あの訴訟では被告の答弁書に記載されていた和解条件を俺が却下して、次回裁判が10月初旬になったのだが、面白いことに、その当日の夕刻、被告側の弁護士より降伏和解の申し出があり、無駄な闘いは好まないので提訴を取り下げた。
さて先月、俺が更に別に2件の提訴した裁判が東京地方裁判所で行われた。
今度は霞ヶ関の地裁である。
地裁ビルの玄関には報道カメラマン達がスタンバイしていた。
今回の俺の訴訟はニュースになるほどの事件ではないのだがと思っていたら、これは例の「のりぴー」が保釈になる日で保釈金の納付を待っていたのだった。暇な奴らだねー。
この地裁のあるビルは地上19階、地下3階、ここに簡易裁判所、地方裁判所、高等裁判所が入った3庁合同庁舎。
地裁だけでも3フロアーに90室の法廷があり、全部では150法廷あるそうだ。
まず玄関から入るや荷物検査で金属類のチェックがある。パスしてロビーにはいると300名ほどの人が、自分の法廷を探して大騒動である。
無理もない、ここには1日平均1万人の人が来るそうだ。
世界でも有数の裁判所らしいが、まぁそれだけ東京には事件や訴訟が多いのである。
今回、俺が行ったのは608号法廷、其処に入ると18席の傍聴席は満席だった。
正面奥に小柄でおとなしそうな顔をした裁判官、一段下の席には中年の眼鏡をかけた気の強そうな女性の書記官、それに庶務という構成。向かって右側が被告席、左側の原告席には今回も予算節約の為本人訴訟なので俺一人である。
ここで2件の訴訟を続けてやることになっていたが、被告Aは昨日までに全面的降伏和解の申し出があり、俺も同意したので取り下げ。
被告Bは無謀にも全面的戦いを挑んできた。俺の訴状に答弁書すら出さない傍若無人ぶりである。
これは面白い。この日の法廷では埒があかないので、裁判官申し出により、次回法廷は10月中旬となったのであった。
今回の一連の裁判はすべて俺が原告であり、更に弁護士いらずの本人訴訟である。
天国で俺の朋友・三浦和義さんも大喜びしてくれるだろうな。
今月は更にもう一件の訴訟も決まった。
今度の相手は少し大物であるし楽しみだ。
俺はもうほとんど裁判に病み付きである。
俺は作家だから当然これらは文章化して出版する予定である。
編集者がこれを読んでいたら、はやくリーチしたほうがいいよ。
この後も法廷に引きずり出したい奴が数名いるから。
では、次回の裁判報告に、乞うご期待!

26110/05 21:26石原慎太郎 大茶番劇場終演
2016年夏季オリンピック東京招致の大茶番劇場が案の定の結果で終わった。
環境を招致のテーマにすること自体馬鹿げているのに、それをお祭り騒ぎのように報道したマスコミにも猛省を促したい。
石原都知事の魂胆はミエミエだった。
環境をテーマにすることにより、環境ビジネスでボロ儲けを企む企業と大手広告代理店と放送局と自分の息子親族の金儲けの為でしかなかった。
東京オリンピックで環境がテーマだと・・・とんだお笑いである。
あの猪瀬直樹副知事まで、わざわざ難しい顔をして「オリンピックの16年には東京を走る車の60%はハイブリッドです」だと。
そんなことオリンピックに関係なく政治家ならやることだろうが。
猪瀬も次期都知事の座を狙ってるから石原の犬と化してきたのが面白い。
そんなことはどうでもいい。
東京都民の大部分の庶民が全く望んでいなかった五輪招致に、税金から150億円も使った責任はどうとるのだろうか。
個人の権力を振り回し、こんな暴挙は考えようによっては犯罪に等しいと俺は思う。
石原知事は自分をどんな人間だと考えているのだろう。
彼が思うほど都民は尊敬も畏敬もしていない。
彼も最近巷にゴロゴロしている小金持ちの裸の王様である。
今回、その王様に摺り寄り、オイショとオベンチャラでお愛想を振りまいた一部のアスリート達と芸能人達も同罪である。
お前さんたちが懐に入れた高額なギャラは都民の涙の税金であることを忘れては困る。いったい幾ら貰ったのだ?
ボランティアなら少しは許すが、そんな奴はいないだろう。
今回、湯水のように使ってくれた150億円の税金、その使い道の細部まで公表させなければ、都民の気持は治まらない。
石原知事は個人財産を投げ出しても責任を取るべきだ。
それが権力者の運命なのだから。
奢れるものは久しからずである。
もう一つ、今回の東京五輪のコンセプトテーマである「環境ナントカ云々」は多分大手広告代理店が提出した企画書だろうが、どれほどの大金が支払われたのだろう。あんな馬鹿げた浮世離れした企画に。
せめてこの日本が世界にオリンピックの開催を招致したいのなら、そして俺が企画プロデューサーなら、テーマは「地球上からの核廃絶&永久の平和の為に」
開催場所は「広島&長崎」である。それしかありえない。
民主党も政権を執ったのなら、そのくらいは考えるべきだ。
鳩山首相が尻尾振ってコペンハーゲンへ行くべきだは、断じてなかったのである。
その程度の政府じゃこの国は危ういね。

26009/04 23:14ガンガン裁判をするぞ!
裁判所に行って来た。
行ったのは初めてではないが、今までは友人や仲間の応援の為に傍聴席にはよく行っていた。
しかし、今回は原告で、しかも弁護士費用がもったいないので本人訴訟である。
東京地方裁判所立川支部401法廷
武蔵野の面影が残る立川の郊外にある新築の裁判所のビルは、冷たい感じはなく温かく俺を迎えてくれたって、それは俺が原告だからだろうね。これが被告だったら氷のようなビルに見えるのだろう。
意外だったのは、セキュリティがゆるく派手なジャケットの俺を咎める人も居らず、身分を明らかにする必要もなかった。
50人は入れそうな法廷には正面奥に裁判官、その前に書記官が座り、向かって左側に原告席、右側に被告席がある。
まず裁判官より俺への本人確認があり、被告の答弁書を開示し、提示された和解条件を承諾するや否やの質問があった。
俺は即座に和解提案を拒否した。
で、今回の審理は終了、次回審理日時を決定すると言う、実にスピーディな裁判であった。
本人訴訟の裁判は面白いとは、我が朋友である三浦和義さんからしばしば聞かされていた。
彼はロス疑惑の件では、本人訴訟で連戦連勝だった。
「弁護士いらず」なんて本まで出版している。
確かに、こりゃ面白い。
実はこれに味をしめて、今月はあと2件も俺が提訴した裁判があるのだ。
勿論すべて俺が原告の本人訴訟である。
そして、今後も提訴したい輩が複数いて、準備に入っている。
心当たりがある方は首を洗って待っていてくれ。
いやぁー、本人訴訟の裁判は面白い。
すっかり病みつきになってしまったよ。


25909/02 09:59まずは政治家たちの改革を・・・
2009年の830政権交代は当然の結果となった。
今週はテレビも新聞・雑誌も同じような評論屋さんや自称キャスター(俺は彼らをキャスターとは思っていない)たちが、同じような話で時間を浪費している。
今だけは民主党への期待感で皆さん互助会のように話を合わせているが、なに、その内悪口を言い始めるに違いな。
今回、政権交代が国民の目的ではないのだ。
民主党政権になっても世の中、変わりはしない。
政治家が替わっても、既にこの国では集団の最小単位である、家庭や地域、職場・学校の生活・環境が破綻・崩壊しているのだ。
政権交代しても国政レベルではもう、どうしようもないところまできてしまっている。
しかも民主党になっても、申し訳ないが政治家たちの志やレベルは自民党と変わりはしない。
ますます独裁政治色が強まるだろう。
今、俺たち国民がすべきこと・・・それは国政にたずさわる政治家の質を根本から変えることだ。
政治家を職業ではなく使命として志す人々にチェンジしなければいけない。
テレビのバカな番組で顔を売るような輩はもっての他である。
だいたい選挙演説で「お願いします」だの「助けてください」だの土下座までした奴等は国政に携わる資格などない。
本来、政治家とは有権者が土下座しお願いしてなっていただくものなのだ。
「私たちの生活のために、どうぞ政治家になってください。お願いします」とこちらから願う存在が政治家なのだ。
そんな政治家が民主党や自民党にいるのだろうか?
その政治家の使命を最も具現化しなければならない存在が、共産党であり、社民党であり、公明党だと思うのだが、彼らはそんな哲学すら持ち合わせてはいない。
我々、国民が政権交代の次にやることは、政治家の交代である。
自民党をぶっ潰した力で、今の政治家達をぶっつぶす事である。
その策を一つ提案したいが、長くなったので次回にします。
乞う!ご期待って…誰も期待してねーか・・・。



25808/23 11:24庶民革命まであと一週間!
8月30日を日本国の歴史上初めて、庶民が底力を結集して成功させた
革命記念日にしなければいけない。
この好機を逸しては絶対にいけないのだ。
今回の衆議院議員選挙は単に保革が逆転し、民主党政権の樹立が国民の目的ではない。
そんなことは、今の自民党員の堕落振りをみれば当然で、国の明日を考える政治家など皆無なのだから。
しかし、830を政権交代だけの記念日で浮かれてはいけない。
戦後、初めてと言っていい大改革を大革命へのスタートにしよう。
自民の一党独裁とも言える悪癖、悪政はこの国の社会すべてを汚染してしまった。
各企業のトップを見れば明白である。
殆どがトップの独裁ではないか。
特に一代にして功なり名を遂げたなんて成金の輩が最悪である。
貯えた金力や権力は、自分の力量のなせる業の如く錯覚している。
社会は本来、すべてが平等に出来ている。
独りに金力や権力が集中したら、そいつの足元で大勢の人々が辛い思いをし、泣いているのだ。
企業の独裁者にはそれが分っていない。
更に金力や権力はまっとうな方法では集まらない。
殆どが公金横領や詐欺を会社ぐるみでやっているのだ。
今こそ、これを許してはいけない。
雇用や福祉の破壊なども、国だけの問題ではない。
もっと末端の企業レベルでのとんでもない格差の創出こそ問題なのだ。
830 この日から、一人一人が内部告発、外部告発をして悪辣な経営者を叩きのめそうではないか?
俺にもどうしても許せない悪の権現のような経営者がいる。
830 この日こそ、国家の政体を根本的に改革し、一人一人の社会生活に重大な変革をもたらそうではありませんか。
庶民の革命まで、あと一週間である。
善良な国民は総決起せよ!


25708/14 21:13さらば白馬童子・山城新伍さん逝く
残念ながら山城新伍さんご逝去の悲報は今朝のスポーツ紙で知った。
すぐさま1975年に新伍さんを司会役に起用してテレビ東京(当時は東京12チャンネル)で作った番組「独占・男の時間」のプロデューサー
彦坂さんに電話したが、なんと「彦さん」まで入院中で驚いた。
山城さんが体調を崩し施設で孤独な生活をしているのは知っていたし、面会にも行きたかったが、なにしろあのカッコマンの新伍さん、
惨めに衰えた姿は見せたくなかったのだろう。
いつも体よく断られていたのである。
でも俺は新伍さんの死が近いことは、その言葉で感づいていた。
彼は最後は再び正義の味方で色男の白馬童子でいたかったのだ。
だからそっとしておいた。
新吾さんとの付き合いは、京都の撮影所を食うや食わずで上京してきた75年ごろ、俺の企画の「独占・男の時間」の司会進行役に抜擢した時からである。
この番組は当時当該放送局では珍しいほどの話題の番組になり、山城新伍の名も再び世間に轟いた。
その後も二人で数々の悪さもし、世の中と大喧嘩もしてきたがそのエピソードは俺が今、執筆中の俺の自伝に書き込むつもりなのでここでは割愛。
今日、新聞各紙を取り寄せたが、新伍さんの死亡記事は全紙バカの一つ覚えのように共同通信からの配信記事の垂れ流しで、すべて同じであった。
せめて親友だった梅宮さんや松方さんの談話くらい欲しかったよね、新伍ちゃん!
じつは新伍さんは俺より年上であるが、出会いのときから「新伍ちゃん」と呼んでいた。
でも今日は各紙・各局いきなりの情報で間に合わなかったのだろう。
明日はきっときちんと大スター並みの報道をしてくれるはずだよ。
だから新伍ちゃんは白い馬にまたがって天空を飛びまわって、あの世ででかいツラしてる奴らをバッタバッタ斬りまくってくださいね。
ではさようなら・新伍ちゃん。


25608/04 11:27靖国の夏・英霊たちは蝉となって・・・
地下鉄にて九段下で下車し階段を上りきらない内に全身に木霊してきたのは圧倒的な蝉時雨である。
靖国の夏、今年も森の中は溢れんばかりの蝉の声だ。
この国の為に散華した人々が今年も靖国に帰って来た、蝉となって。
拝殿に二拝二拍一拝し、空を仰ぐ。
東京の空は涙を溜め込んだような厚い斑雲が北東に流れていた。
ボクは毎年8月に靖国神社に参拝するが決して思想的な感情からではない。
右翼思想を持つ友人も沢山いるが、極左翼の友人もいる。
ボク自身の思想は偏ってはいないと思っている。
純粋にこの国を想い、家族を守り、愛する人の為に散華していった英霊たちへの感謝の気持からなのだ。
彼ら、彼女らの自己犠牲があってこそ、今日のボクの命があるからだ。ボクの命は名も知らぬ人々の犠牲の元にあるのだから。
靖国では今、「矢弾丸尽きるとも、我レ生還ヲ期セズ」と言う催しをやっている。
若くして散華していった学徒たちと、その家族、友人たちの魂の記録展である。
ボクは彼らの遺品や写真の前で立ち止まり、心からの敬礼を捧げた。
まもなく15日が近付きマスコミや政治家が靖国参拝の是非をバカの一つ覚えのように騒ぎ出すだろう。
選挙運動のひとつに利用する輩も現れるに違いない。
靖国はそんな奴らの為にあるのではない。
純粋にこの国を憂い、国の誠を次世代に継承する人々の為にあるのだ。
万鳴の蝉時雨が今日も靖国神社の森に木霊していることだろう。



25508/03 11:24裁判員裁判始まるが・・・私見を・・・。
今日の午後、東京地裁104法廷にて全国初の裁判員裁判がはじまる。
ちょうど今頃は、地裁に集合させられた73名の候補者から6名の裁判員と3名の補充裁判員の選任が行われているだろう。
こうして本日から4日間で結審させようというのだ。
今回の東京足立区で起きた殺傷事件では被害者の遺族も参加する「被害者参加制度」も合わせて行われる。
ところでこの裁判員制度に反対する人々が多いが、ボクもその1人である。
ただしボクの反対の根拠は司法の専門家の方々とは違う。
まずボクはこの日本では裁判員制度は絶対に馴染まないと思うのだ。
人を裁く裁判員や陪審員には必ず責任がある。
人が人を裁き、それが誤審、冤罪の場合、どう責任をとるのか?
この場合、責任の放棄は出来ないのだ。
しかし、一神教の国の人々はそれが許される。
自分の行い・過ちを懺悔し神のお許しを得ればよいからだ。
だからキリストやイスラムなどの一神教の国々の人は、裁判に入る前にそれぞれの聖書をかざして神に誓うのだ。
裁判員や陪審員は神の名において行っているのだ。
だから判断が誤っても責任や自戒の念を回避できる。
しかし、ボクたち日本人は多神教である。
神と約束しようにも、神様が多すぎちゃって、どの神様が担当なのか分らないのである。
やおよろずの神の国、日本には絶対神がいないのである。
天皇は神ではなく、象徴になってしまった。
だから最後に天皇にすがりつく訳にはいかない。
日本には絶対神がいなくなってから、国民の心のボーダーラインが希薄になってしまった。
そこで近世になって中国の助けを借りて、孔子・孟子などにお出ましいただき論語を指針にしたりもした。
しかし、先の大戦で中国との仲もおかしくなり、論語を人生の指針にする人もすくなくなった。
多神教の日本人の心は今、漂流しているのである。
今、この国に必要なものは確かなリーダーであり、明確な国民のアイデンティティなのだ。
政治とはそれを考え作り出すことだと思うが、この国には国を憂う政治家など皆無である。
今月の選挙で保革が逆転しようとも、何も変わらないだろう。
こんなに国の基盤が確立していないのに、裁判員制度である。
この国がますます混乱して行く。
日本列島の大漂流時代である。



25408/01 19:49阿久悠さんの三回忌に寄せて・・・
報道によれば今年、日本の自殺者は記録的な数値で進行中である。6月迄で既に107076人。男が72% 女が28% この国では圧倒的に男の自殺者が多いのだ。
しかしボクは「自殺」と言うネガティブな言葉でのみ報道するマスコミの姿勢があまりにも短絡的で嫌いだ。
自らが自らの意思で命を収めることを「自殺」と言うのだろうか。
それが妥当とするのなら、人間の死には「自殺」と「他殺」しかないではないか。
では病院での死亡は「他殺」なのか?
そんなばかなと言うのなら、ではなんと言うのだろう。
まず「自殺」と言う言い方が命の尊厳を踏みにじる言葉なのだ。
「自殺」なんて言い方は昔の文献にはなく、自害、自刃、自尽などと言っていた。
つまり命を納める方法によって、言い方の違いがあるわけで、ボクたちの国では死も文化なのである。
つまり「自死」なのであり、それ以外は「他死」なのだ。
「他死」の中に「他殺」も含まれると考えるべきである。
ボクは「自死」願望である。
自らの意思で己の命を収めることは決してネガティブ思考ではなく、むしろポジティブな生き方である。
死に方は自らの生き方なのだから・・・。
ボクは身近な人々にも「自死」をすると伝えてある。
絶対に「他死」は嫌なのだ。
実はこのような話を生前の阿久悠さんとよく議論していた。
阿久悠さんも自分のフィナーレは自らの意思で緞帳を降ろしたいと言っていた。
そして2年前の今日、夜明けが近いかわたれ時、阿久悠さんは人工呼吸器と点滴器具を着けたままベッドから下り、カーテンを開けた窓際のリクライニングチェアーに座って静かに鼓動を閉じていた。
「自殺」「他殺」『自死」『他死」・・・阿久悠さんの「死」はなんだったのだろう。
「病死」なんて言ういい加減な概念に当てはめるのはナンセンスだ。
阿久悠さんが命を収める三日前に、病室でボクに渡したメモがある。
彼はしばしばメモをボクに渡していたのである。
そこには筆圧を失った弱弱しいサインペンの文字で・・・
「かわたれどき・逢魔が刻・・・」
と書いてあった。
阿久悠さんは何が言いたかったのだろう。
ボクは知っているが、今はまだ言いたくない。
阿久悠さんの三回忌の今日、ボクは独りで静かに過ごしている。




25307/31 22:14テイチクレコードから突然の圧力が・・・!
それは晴天の霹靂の通達であった。
ボクが当初から担当させていただいていた公園の歌姫・歌手あさみちゆきさんの今秋のコンサートの演出を、今回は降りてくれと言うことだった。
言ってきたのは、あのメジャーなテイチクレコード。
理由は今回のコンサートの楽曲に阿久 悠さんの作品を使うにあたり、阿久悠さんを7年間看病し、その闘病記「勝手にしやがれ」を書いた著者のボクが気にいらないと言うのだ。
なんでレコード会社がそんな人権を無視した行動に出たのか?
不当な理由で仕事を取り上げるのは、完全に人権問題である。
ボクは今、「人権と報道・連絡会」のメンバーであるから、当然この問題はテーマとして追求させていただく。
それは今後のこととして、この問題には続きがある。
どう考えてもレコード会社がボクの著作「勝手にしやがれ」にクレームを付けるのは変ですよね。
調べたら、僕をコンサートの演出から引きずり下ろすことを、阿久悠作品をコンサートに使う許可の条件にしたのは阿久悠さんの音楽著作権を管理している某社であった。
某社がテイチクレコードに言わせたのです。
某社と言ったって、ボクのことを知っている方々なら某社がどこの会社かは明白でしょう。
そうボクが40年も所属していた、あの会社です。
ボクが阿久悠闘病記「勝手にしやがれ」を書いたことが気にいらないのです。
この本を読んでいただければ、お分かりですが
ボクが阿久悠さんを人間として描いたことが許せないのでしょう。
なぜなら作詞家・阿久悠にまとわり付いている連中は、阿久悠をいつまでも作詞界の怪物として偶像化しておきたいのです。
そのほうが歌が売れて儲かると考えているのです。
音楽と言う文化を経済でしか考えられない連中です。
悲しいことです。
末期癌で苦しむ阿久悠さんはいつもボクに言っていました。
「おれは贅沢も嫌いな普通の人間なんだけどなぁ」とか
「病気になったら誰も来やしない」とか。
もっとも余命のカウントダウンになったら、どっと押し寄せてきた輩の貧しいツラのなんと醜かったことか・・・。
そんな奴らが今も阿久悠の楽曲権利を奪い合い、阿久悠さんを人間として書いたボクが許せないというのです。
弱肉強食の寒々しい社会を作ったのは自民党の腐敗政治だけではないのです。
日本の音楽と言う文化の現場でも、人間の優しい心を無視したケダモノたちが跋扈しているのです。
ボクは日本の子供達にこの国をキチンと引き渡すために、こう言う問題に目を瞑るつもりは毛頭ありません。
ただし、可愛いあさみちゆきさんとスタッフ、製作現場の人々に迷惑にならぬよう、コンサートの演出の仕事からは手を引きます。
残念ですが・・・。でも闘う相手が明確になって良かった。
あと2時間で8月1日…あすは阿久悠さんの三回忌です。
ぼくはなぜか呼ばれておりませんが、天に向かって一人で合掌します。

25207/31 11:47足利事件の菅家利和さんにお会いして・・・
菅谷利和さんは細い体躯に強靭なバネを持った男…と言うイメージをボクは持っていたのだが、実際にお会いした彼は枯れた木立のような小さな男性だった。
18年も無実を叫び続けて闘ってきた男の姿は垣間見えなかったのだ。
むしろ人間の尊厳も生きる力さえ抜き取られたような男の残像としかボクには感じられなかった。
ご自分が発言する時意外は、いつも下を向くか虚空に目を彷徨わせていた。
事件の概要や検察の取調べなどは、弁護士の佐藤博史さんが丁寧すぎるほど語ってくれたが、そんな時でも菅家さんは下を向き、目を閉じていた。
18年ぶりに出てきた社会も、菅家さんにとっては決して自由なんかではなく、毎日がマスコミや世間の人々に晒され拘束された日々なのだろう。
佐藤弁護士が無実の弁償にどう熱弁を振るっても、ボクはこの足利事件を云々する立場にはない。
そこまで事件の概要を知らないからだ。
しかし。冤罪被害の残酷さは痛感している。
三浦和義さんのご紹介もあり、多くの冤罪被害者の方々にお会いする機会を得たが、すべて無残な事件ばかりであり残酷な人生を抱えた人々である。
そしてその事件にはまた、被害者と言うもっと残酷な人生を背負わせられたご家族たちがいるのだ。
だからこそ冤罪を作りだしてはいけない。
その冤罪作りにマスコミが大きく加担している現況は異常である。
18年前、あれほど足利事件の菅家利和さんを鬼畜のように報道していたマスコミが今、確かな謝罪もなく英雄の如く扱っている。
背筋が凍りつくようなこの現実も、今こそ打破しなくてはならない。
小さな権力や金力を守ろうとする、心の貧しい人間達はまず、身近な人間を疑い、悪者に仕立て上げる。
冤罪の温床は日常のそんなところから出来上がるのだ。
冤罪を作り出す輩を絶対に許してはいけない。
冤罪は僕らの生活の中まで進入してきているのだ。




25106/28 13:15マイケル・ジャクソンと三浦和義の重大な接点
ロサンゼルスで不可解な死を迎えた二人、昨年10月10日の盟友・三浦和義さんと今月25日のマイケル・ジャクソンさん。
この二人には重大な接点が二つあります。
いつも目先の事件に追われ、俯瞰で世の中を見詰めることをしないマスコミやテレビキャスターや社会評論屋にはわからないだろうが…。

一つは両者とも全く不可解な死亡にも係わらず、警察や司法、マスメディアが踏み込んで調査しようとしないこと。

二つ目は両者の顧問弁護士が同じマーク・ゲラゴス弁護士だと言うこと。

三つ目は両者ともロサンゼルス郡検視局で司法解剖されたこと。

四つ目はその解剖結果に時間がかかり過ぎ、不信感を持たざるを得ないこと。
三浦和義さんの正確な結果データは八ヵ月後の現在もまだ知らされていない。
マイケル・ジャクソンさんのデータは5週間以上かかると発表された。三浦さんの時と同じで結局まだ情報提供されない。

五つ目は両者とも遺族がロス郡検視局を信頼出来ず、外部で独自のプライベート検視を行い、双方のデータを照らし合わせようとしていること。

今回、マイケル・ジャクソンの弁護団がこのような行動をとったことは三浦和義さんの事件が重要なモチベーションになっていることは疑う余地が無い。
ロス市警や検視局はとても信頼できないからだ。
三浦和義さんの件など、8ヵ月後の現在でも何の依頼調査資料も示されていない。
首を吊ったとされる二段ベッドやシャツなども情報提供されていないのだ。
和義さんの指にあった結婚指輪さえ奥様に戻ってはいない。
今回、マイケル・ジャクソンさんの死が明らかにされることにより、三浦和義さんの死も決して自殺なんかではなかった事実が明らかになることを念じている。
マスコミのみなさんにも是非、今回の事件の真実を見詰めて報道して頂きたいのだ。







25006/06 13:16またも不当判決・JR浦和電車区事件
昨日・6月5日 東京高等裁判所にて第五刑事部・中山隆夫裁判長は被告であるJR東日本労組7名の控訴をいとも簡単に棄却した。
傍聴席のみならず高裁前で待機していた数千人の支持者からは、この不当な判決に対する怒りの声が燃え上がり、渦巻いた。
これは天地神明にかけて明らかな冤罪なのだ。
…しかし…
今朝のテレビ・ラジオ・新聞などはこの「JR浦和電車区事件判決」を報道していない。
足利事件の菅家さんを大きく報道していても、JRの事件はどこも扱っていない。
足利事件の菅家さんを十数年前、鬼・畜生のように扱った報道各社の責任などないかのようなお祭り騒ぎである。
昨日の高裁の判決が報道されないのには理由がある。
なんと昨日の法廷には報道席が2席しか用意されていなかった。
これは見えない権力が、暗に作用しているのだ。
「この事件は報道するな」・・・と。
この事件は明らかに国家が介入している弾圧事件だと、俺は思う。
事件、そのものは実に他愛のない何処の職場にもごろごろしている様な出来事なのだ。
それが巨大な労働組合「JR東労組」内で起きたから問題なのだ。
今、国家の見えない力学は、資本家に対立する正規の労働組合を弾圧し粉砕しようとしている。
60年続いた資本主義に刃向かうものは潰す…これが見えない力であり
国家の力学である。
政権交代寸前の民主党に致命傷を突きつけた小沢一郎の秘書逮捕。
三浦和義さんの命をアメリカに売り渡した司法取引。
JR浦和電車区事件の控訴棄却。
これらは皆、国家権力が介入しているのだ。
戦後から今日まで、国家権力に対する市民の闘いは数限りなくある。
以前と違うのは報道の大多数が権力サイドに取り込まれていることである。
だから冤罪事件が次々に起こる。
冤罪事件に報道が加担している国が、他の先進国にあるだろうか。
俺達は北朝鮮を暗闇国家・独裁国家と非難出来るのだろうか。
北朝鮮のほうが権力がはっきり見えていて国民には分かり易いではないか。
俺達は羊の毛皮を纏った狼の国に住まわされているのだ。
こんなことを書く奴を反逆者だとか言うのだろう。
でも反逆なくして改革はない。
JR浦和電車区事件は、未来の祖国日本の繁栄の為に、それを担う子供たちの為に、俺たち大人が命を賭して正義を示すために闘わなければならないのだと思っている。
これは正義のなんであるかの戦さなのだ。
この事件の被告である美世志会の方々の支援を無実が証明されるまで続ける覚悟である。


24905/30 11:16政治家は職業なのだろうか
人間は生まれると様々を学習し職業に就く。
現代社会では自給自足も困難だから働かざるを得ない。
それは生活のためであり、生き抜く手段だ。
その職種は多種多様、自己責任において選び、決定すれば良いのだが・・・。
では国を治める政治家は職業なのであろうか?
官僚はどうだろう?
地方を含めた役人は?
一人一人に聞いてみたい。
特に国政を任せている政治家達に。
彼らは何のために政治家になったのか?
今、この国が行き詰まり、若者たちまで沈滞感に包まれているのは政治家の存在感がはっきりしないからだ。
哲学やアイデンティティを含め政治家の中に人間が見えない。
見えるのは政党であり、派閥であり、権利団体ばかりじゃないか。
日常の重要業務は党利党略ばかり、今、この国に必要なのは自民党でも民主党でもない。
日本人の魂を持った政治家なのだ。
世襲で政治家になった輩に責任感を求めるほうが無理だ。
2代目のぼんくらは昔から「船宿の若旦那」がお似合いなのだから。
今度の総選挙、俺達国民は政党などどうでもいい。
国民の為に命をかける政治家を選ぼうじゃないか。
今の世界情勢で日本は、大変な危機の中にある。
国家存亡の危機と言ってもいいくらいの兆しがある。
国に命をかけない政治家など必要がないのだ。
今週の厚生労働省分割案消滅、森光子さんの国民栄誉賞発表・・・
選挙対策の為の自民党の茶番・・・日本の政治家はこんなことしかできないのか。
テレビに必死の形相で自分の存在をPRしている政治家を見るのはもはや辛くせつない。



24805/20 12:12三木たかしさん・さようなら
初夏のように暑い青空、爽やかな南風、視線を地上に落とせば黒い喪服のおびただしい人の群れ。
どの顔も悲しみを装っているが、足取りも会話も明るい。
マスコミのカメラが縦横に走り回っている。
芸能・文化人の葬儀の定番のような光景である。
芝・増上寺…徳川家所縁の菩提寺で先ほどまで、作曲家・三木たかしさんの葬儀が行われていた。
増上寺の本堂を正面に向かい斜め右を仰げば35階建てのビルがある。
慈恵医大病院中央棟である。
ここの33階が阿久 悠さんと7年間も闘病生活をおくった所だ。
よく病室の窓から二人で増上寺を眺めていたっけ。
まさかその境内で今日、たかしちゃん(阿久さんはそう呼んでいた)
の葬儀があるとは・・・。
阿久さんの魂があの窓辺から見詰めているように俺には見える。
その目は悲しみなのか、哀れみなのか、憎しみなのか、それは境内にいる一人一人が判断すればいいだろう。
阿久さんと三木さんは仕事上の素晴らしいパートナーであったが、俺も三木さんとは特別なつながりがある。
まだ二人とも充分に若く、人生に迷っていた頃だ。
三木さんは突然、スランプで曲が書けなくなり、留学と称してニューヨークへ行った。
俺も当地にいて、三木さんとは随分語り合ったが、今思えば、よくぞ
自殺しなかったと思うのである。
当時のニューヨークの仲間たちは、多分三木たかしは自殺すると思っていたのだから。
そのくらい、何かに追い詰められ、いつも孤独だった。
なんとか堪えて帰国してから、また作曲家として頭角を現したが、彼はいつも狂気と紙一重の人だった。
ゴルフが大好きで、よくラウンドしたが、彼はミスショットすると
「これが悪い!」とゴルフクラブをへし折ってしまうことがよくあった。
昨年、癌が相当進行している三木さんに都内のホテルのロビーでばったりお会いした。
「河村ちゃん、大変だったね、ご苦労様でした」
三木さんは癌でかすれきった声でそう言った。
前年に他界した阿久 悠さんの闘病の看病をねぎらってくれたのだ。
狂気は持っていても、心根は優しい男だったのである。
三木たかしさん・ありがとう・さようなら。



24704/21 18:30状況証拠1000件以上の大茶番裁判だ!
和歌山毒カレー事件
本日15時 最高裁にて裁判長は言った。
「1000件以上に上る状況証拠を見ても被告 林眞須美の犯行は明らかである」
最高裁判所5人の裁判官全員一致の審判だそうだ。
バカ言っちゃいけないよ。
状況証拠の積み重ねで犯行を立証するなら、5件もあれば充分だ。
1000件以上って事は和歌山県警やら検察やらが竹箒と塵取りで集めたゴミみたいなものでしかない。
そんなもの1000でも5000でも同じだ。
人を裁く価値はない。
「塵も積もれば山となる」
この国の司法はそこまで落ちたのか?
物的証拠も動機も自白もないまま、本当に人を断罪して良いのだろうか?
状況証拠の目撃者、使われた砒素の鑑定、いまだに曖昧なままだ。
こんなマスコミと検察がでっち上げた容疑者を死刑にしてしまって、良いのだろうか?
死刑後に真犯人が現れたら、この案件の裁判官はどう償うのだろうか?
俺は眞須美さんとは友人であるが無罪とは言えない。
俺には有罪も無罪も確たる判定をする情報がまだ充分ないからだ。
でもどう考えても、今回の最高裁は高裁へ差し戻すべきだったと思う。
これが死刑となると、来月からの裁判員制度など、とても恐ろしくて認める訳にはいかない。
国民を巻き込んでの裁判官の責任逃れとしか思えないからだ。
「疑わしきは罰せず」ではなく「疑わしきは罰する」ことをますます助長させるのが裁判員制度だと俺は思う。
「死刑囚 みんなで裁けば 怖くない」
断っておくが、和歌山でのカレー事件は凄惨極まりなく、絶対に許されない犯行であることは認識している。
犯人を検挙し動機を解明しなければ、被害者とそのご家族の無念は晴れない。
だからこそ、この事件を曖昧にしてはいけないのだ。
今夜からの報道番組や明日のワイドショーは確たる問題意識も知識も持ち合わせていない、有識者と言う名の評論屋さんたちが好き勝手に喋って面白がるのだろう。
背筋が凍りつくようだ。
本日、この国は崩壊を始めた。
立法府の政治家が駄目、行政もめちゃくちゃ、国家の最後の砦の司法がこのざまである。
この国は遂に漂流を始めてしまったのだ。
 判決!2009年4月21日 日本国を漂流の刑に処す。



24604/05 20:13ゴメン・漢字の変換ミスです。
先ほどのブログ見てくれた方のご指摘で変換ミスに気付きました。
文章のラスト近く「北挑戦は常に」・・・は「北朝鮮は常に日本の仮想敵国・・・」です。ご指摘ありがとう。
漢字変換はうっかりするとこんなミスが発生しますね。

せっかくだから先ほどの続き・・・。
この5月にわが国では「宇宙基本計画」が実施されます。
これは何かと言うと、考えようによっては実に恐ろしいものです。
宇宙基本計画とはわが国の宇宙開発の防衛利用解禁です。
つまり人工衛星などに開発していた宇宙ロケット技術を日本の防衛にも使いますよってことですね。
そうそう、弾道弾のロケットにも使いますよってことです。
迎撃ミサイルだって作りますとも・・・ってことですね。
これに対する日本のジャーナリストのご意見・・・いらっしゃればの話ですけど・・・聞きたいですね。
北朝鮮の皆さんのご感想聞きたいですね。
キム・ジョンイルさんのご意見ぜひお聞かせくださいまし。

24504/05 19:27国を挙げてのプロパガンダ大成功!
背筋も凍る茶番劇・・・本当にマスコミの皆さんは気が確かなのか?
今朝の北朝鮮のロケット発射実験である。
たかが空っぽのロケットになんで大騒ぎするのかね。
迎撃ミサイルだの、イージス艦派遣だの、総理官邸の危機管理だの。
ロケットに核弾頭でも積んでいるなら分るが、人工衛星すら積んでない空のロケットの破片などが日本に落下する確率など、今日、日本上空を飛んだ飛行機が墜落して落ちてくる確率よりずっと低いはずだ。
有識者と言う名の偉い方々が多いこの国なら誰でも分るだろう。
なのになんで?
これはもう日米政府が仕組んだか、米国の命令に属国である日本が従ったかだろうね。
もしかしたら、北朝鮮のあのロケット代金だってアメリカが出したものかも知れないと、俺は思っている。
まぁアメリカの金ってことは日本の金なんだけどね。
この作戦の目的ははっきりしている。
日本におけるアメリカ軍基地の重要性の再確認、そして自衛隊の軍備拡張への布石だ。
これで大多数の日本人はスカッドミサイルだのイージス艦の必要性を感じたであろう。
北挑戦は常に日本の仮想敵国でなければらなない、これは日米政府が仕込んだ一大プロパガンダなのである・・・と俺は思うのだが。

24403/18 17:59吉原遊女の魂の慟哭を本にしました。
 吉原遊郭300年の歴史上、最後の10年間、身体を削って働いていた遊女たちの魂の叫び、呟き、慟哭を集めた文芸本上梓しました。

吉原遊女たちのプレカリアート文芸 「あさき夢みし」(太洋図書)

 いろは匂えど 散りぬる我が身
 この世の哀れ 誰が知る
 飢えの奥山  涙で越えて
 あさき夢みし こりもせず

これは昭和の時代の片隅で、身体を屈辱と恥辱に塗れながらも、家族の為に見知らぬ男たちに身を投げ出していた娘たちの記録です。
厳しい労働時間と理不尽な搾取に合いながらも、手を取り合って団結した遊女たちの労働組合の記録です。
現代のワーキングプア、プレカリアートと呼ばれる人々に、生きる勇気を与えてくれる女郎と言う名の美しい女性たちの記録です。
まさに・・・女たちの蟹工船・・・
でも彼女達は泥水の中にも、可憐な花を咲かせていました。
どのページを開いても彼女たちの温かな優しい心がきっと届きます。
生きる希望や目的や夢を失いかけている人に、ぜひ読んで欲しい一冊です。

また収集した遊女たちの慟哭の詩に曲をつけ、若林ケンさんや中島マリさんたちと歌を作りました。
本日発売の本にもDVDが添付されてますが、
来週の月曜日23日 18時より  「あさき夢みし」の出版記念として青山のライブハウス「月見ル君想フ」(03-5474-8115)にてお披露目します。ぜひおいでください。
若林ケンや中島マリさんたちと素敵なショーをお届けします。


 

24303/17 09:52林 眞須美さんからの手紙
3月10日付け、大阪拘置所 厳正独居特殊二種房からボクに一通の手紙が届いた。
近頃では滅多に見ない、万年筆での柔らかな字体と教養を感じる言葉で綴られた文体に爽やかさを感じた。
差出人は林 眞須美さん。
あの和歌山毒カレー事件から既に10年が過ぎた。
彼女はずっと無実を訴え続け、支援の輪も広がっているが2月24日の最高裁口頭弁論も形式的に行われ、まもなく結審・判決が出るだろう。
先日、安田好弘弁護士もおっしゃっていたが、最高裁での死刑判決は免れられない成り行きである。
今回のマスコミ報道によって立件されたような事件は、高裁への差し戻しが妥当だと思うが、無理かも知れない。
検察の有罪とする証拠は希薄だが、弁護側の無実とする決定的証拠も揃っていないのだ。
死刑判決が出たら、直ちに再審請求へ闘いの場が移るのだが、そんな状況下にも係わらず、眞須美さんの文面には全く濁りがなく、ボクと三浦和義さんへの感謝の言葉で満ち溢れている。
和義さんがいつも「眞須美チャン」と呼んで支援していたのが分るような気がする。
マスコミ報道とは全く異なる、可愛いい素直な女性なのだ。
それは彼女の4人の子供達を見れば分る。
こんな劣悪な環境、こんな悲惨な境遇下でも4人とも真っ直ぐに堂々と逞しく育っている。
性格もみんな優しく、人を憎まず、ただ母の無実を信じて待っている子供たちなのだ。
その姿を見て、応援をしない人間がいるだろうか。
俺には見て見ぬふりは出来ない。
あの事件でのお気の毒な犠牲者の方々の為にも、真実をはっきりさせることが大切だ。
その為の正しい捜査、裁判を望みたいのである。
冤罪・濡れ衣だけは、絶対に避けなければいけない。
眞須美さんの手紙の末尾には、
「無念にこたえるためにも頑張ります。今後とも、どうぞよろしくお願い申しあげます」
とある。
弱者を敗者にしては、絶対にいけない。


24203/08 13:11小沢一郎と三浦和義の共通点
民主党代表の小沢一郎氏の第一秘書が逮捕され、政界に激震が走っているように、マスコミが報道している。
この事件は政治献金の在り方などと言った単純なものではない。
検察や政府高官が日替わりでマスコミに情報をリークし、マスコミはそれを精査もせず垂れ流して、国民を情報誘導している・・・としか
ボクには思えないのだ。
この問題は田中真紀子さんも言っているように、後ろに大きな闇がある。
ロッキード事件の田中角栄失脚事件と同様だ。
今回の事件は、この国の闇の…(闇を装った)組織とアメリカの組織が仕掛けたものだろう。
民主党が政権を執っては拙い力学が、この社会構造にはある。
日本とアメリカのある一部の組織の共通項として…。
それを阻止する日米の合体力学こそ、今回の事件である。
これは昨年の三浦和義さんのサイパン不当逮捕から、ロス市警留置場での不可思議な死亡…(ボクは自殺だとは思わない)と同じ構図なのだ。
三浦和義事件もボクは日米合作の台本があったと思う。
では仕掛け人の目的は?
それは日本での共謀罪の成立キャンペーンだろう。
アメリカはテロリストと不法移民対策に共謀罪を強化している。
これは日本でも早く法制化させたい事案である。
なぜならアメリカから見たら日本はアメリカの忠実な属国なのだから。
アメリカをテロリストから守る為には日本に共謀罪は必要なのだ。
そのキャンペーンで三浦和義さんは不当逮捕され殺されたのだ。
紙面の関係でここには詳しく書けないが・・・。
現代のマスコミ報道は、いつも権力サイドの情報を伝えるだけだ。
今こそ国民はマスコミ報道で意識を誘導されてはいけない。
事実は明らかに映画や小説より奇なる時代なのだ。
弱者こそキチンとした眼で権力者を見詰めよう。
いつも弱者が敗者にならない為に・・・。


24102/15 11:09林眞須美さんを死刑にして良いでしょうか
昨日、和歌山毒カレー事件の被告、「林眞須美さんは無実です」という集会が東京で開催されボクも出席した。
獄中の眞須美さんから、ぜひ出席してくださいと伝言を受けたが、ボクは初めから出席する心積もりだった。
関西では定期的に行われているが、東京では初めての集会でもあり会場は立錐の余地もないほど超満員、マスコミも二十社近くが来て、この問題の重要さが身にしみて分った。
ボクは三浦和義さんを通じて眞須美さんの旦那さんである林健治さんと知り合い、林さんのご家族から見詰めるこの事件に触れた。
それまでのボクはマスコミが報じる眞須美さんしか知らなかったが、その報道が如何に違うかということを感じ、会場の皆さんにもお伝えした。
昨日は林健治さんと二人のお子さんもいらっしゃって、切々と妻であり母である、眞須美さんの無実を訴え、会場の同感を誘った。
安田好弘弁護士と弁護団のみなさんも説得力ある論理を展開してくれた。
この事件、冷静に見詰めれば不自然極まりない。
疑わしきは罰せず・・・どころか眞須美さんの疑わしいところは存在しない。
報道はなぜ、そこを見詰めないのだろうか。
今、この国は恐ろしいことに冤罪だらけだ。
皆さんも明日はわが身と考えてほしい。
マスコミもそろそろ簡単に悪人を作り上げて総攻撃する愚はやめなければいけない。
ひとを人として自分の目で見詰める・・・これをしないで裁判員制度などとても無理である。
昨日、あれほど熱く盛り上がった「林眞須美さんは無実です」の集会だったが、2月24日最高裁で粛々と無表情に口頭弁論が開かれる。
死刑が逆転無罪になる確率は非常に少ない。
しかし、この国のためにも林眞須美さんを死刑にしてはいけない。
絶対に絶対に絶対に・・・・・・・。





24001/26 11:28朝青龍こそ日本男児の目標だ
今朝のテレビ・新聞の相撲報道には心が寒さで悴んでしまった。
なんという露骨な変わり身・・・と言うか主体性の無きこと。
あれほど乱暴者だの嘘つきだの、朝青龍の人格をズタズタにしておきながら、彼らの計算違いの優勝をしてしまったら、一転して大横綱扱いである。
格闘技の何であるかを知らない横綱審議委員と称する人々や、皆で同じことを言えば怖くないことだけを知っているTV有識者と言う人々が、朝青龍を褒め称える姿は痛々しい限りだ。
しかし、一週間もすればまた一転して、朝青龍への波状攻撃が今まで以上に再開されるだろう。
なぜなら彼らは悪役がいなければ、存在できない人々だからである。
例えば内館ナントカと言うおばさんにしたって、朝青龍をけなす以外に何をしている人か知っている人は少ない筈だ。
現在の横綱審議委員のメンバーなど朝青龍がいるから存在が確認されているに過ぎないのだ。
ボクは朝青龍が大好きである。
格闘技は命を懸けたスポーツなのだ。
それぞれの魂の全てを血みどろでぶつけ合うから、見るものを感動させる。
格闘技に国技だの品格だの持ち出す論理こそ間違いだ。
現代の相撲は既に国技とは呼べないし、裸の男の闘争に品格は要らない。
ルールさえ守っていれば、闘う男の個性は自由で良いのだ。
また、個性があるから面白いのだ。
有識者と言う名の世間知らずの輩は、朝青龍1人を悪者に仕立て上げて
自分のポジションを死守しているとしか思えない。
では、考えて見て欲しい。
この10年、低迷した相撲界を支えていたのは誰だったのか・・・。
朝青龍ではないだろうか・・・。
相撲はモンゴル人に支えられて来たのである。
感謝こそすべきで、こそこそ悪口を言うなど恥ずべきことだ。
また彼の一途な闘争心こそ今、日本男児が学ばねばならない精神なのだ。
朝青龍の魂を日本の若者達に植え付けて上げたいと思うのである。

23901/13 21:38人の連帯の凄まじいパワーを肌で掴んだ
今日、JR総連(全日本鉄道労働組合総連合会)の新春賀詞交歓会にお招きいただいた。
午後3時過ぎ、本日は確か国会では第二次補正予算案の強行採決で議員先生方はお忙しい筈なのに、目黒の会場には40名近い衆参両院議員の姿があった。
JR総連と言う組織の性質上、国対委員長の山岡賢次さんはじめ民主党議員が多いのは当然として、なんと与党・公明党代表の太田あきひろさんが10名ほど引き連れて駆けつけていた。(内緒だよ)
政治家もこのJR総連の組織力を無視できないのだ。
如何に今、JR総連の人間力の底力が膨大であるかが分る。
金や権力ではない、今必要なのは人間の素直な力、団結力なのだと再確認できた。
敵ははっきりしている。弱者から労働力や夢まで搾取し続ける権力者だ。それは民間レベルでも様々な職種で権力者がいる。
会社の為と言う大義名分で私欲しか考えていない輩たちだ。
彼ら権力者と稚拙な政治家によって私達の国は格差社会から、今や階級社会になってしまった。
会場でJR総連の武井政治執行委員長自らがボクの手を握って、まだまだたいしたことではなかったボクのお手伝いの労をねぎらってくれた。鎌田寛司書記長はじめ全組合員の連帯感にしびれた。
今。この国に必要なのはこの団結力なのだ。
このパワーをぜひニッポンのプレカリアートたちに分けてあげたい。
団結の仕方が分らない若者達に、そのノウハウを伝えてあげたい。
それこそがボクのこれから役目だと決心した。
団結、団結、人間は独りでは何もできない、特に弱者は・・・。
自分を含めてだが「弱者を敗者にしない!」
これが今年のボクの闘いのテーマである。
今日、JR総連の新年の集いにお招きいただいて本当に良かった。



23801/05 21:50「今、この国は内戦の好機」にご賛同ありがとう
1月3日のボクの意見に沢山の方々からご賛同のメールをいただいた。
やっぱり全てをチェンジの時なんだね、この国は。
今、この国には様々な熱気が充満している。
暴動・革命・テロ・戦争これらを即座に否定する人は少ないのではないか・・・。
心のどこかで求めてはいないか・・・。
今、突然、大地震でも大津波でも来ないかと、心の片隅で待ってはいないか・・・。
今、自分の周りの世界を出来ることならチャラにしたい。
その手段はなんでもいいのだと考えていないだろうか。
これを全て即座に否定する人は、勝者の論理しか持ち合わせていない輩だ。
人権よりも人命よりも金が全ての亡者だ。
今、日本人のアイデンティティがはっきり二分された、区別されたのだ。
今年は弱者や敗者が行動する。
どんな方法でも闘う好機がきたのだ。
資本主義だの似非民主主義だのぶち壊す時だ。
恐らく弱者は連体し膨大な力を持つ筈だ。
年が明け、そんな空気が空を覆っている。
政治だって大転換が必要だし、そうなるだろう。
ボクも闘う決心がついた。
動機はいくつでもあるが、目に見えるのはアメリカの手によって盟友が理不尽に命を奪われた事実だ。
目に見えないのは理由もなくボクのプライドが奪われたことだ。
絶対に許せることではない。
だから闘いに参加する。


23701/03 10:39今、この国は内戦が必要だ。
ここまで勝者と敗者・強者と弱者が明確に提示された時代が、この国の歴史上あっただろうか。
読まれている書籍は「金の儲け方」か人生読本と称する「人生の諦め方」の本ばかりである。
文化の香りなど、微塵もない。
ほとんどの人生読本を要約するのは簡単だ。買わないで良いよ。
つまりこう言うことが書いてあるだけだから。
「あなたの苦しみが大きければ大きいほど、他者の苦しみを背負ってあげているのです。それがあなたの存在感、誰かがそれをやらなければならないのだから・・・」
弱者や敗者はこれで少々納得してしまう。
なぜなら彼らにはノブリスオブリージェ…人を助ける人間の本能があるからだ。
しかし、日本の勝者・強者にはそれがない。
世界の国々のなかで金や権力を持ったやつほどノブリスオブリージェがない人間が多いのは日本だけかも知れない。
そして彼らをじっと凝視する時は終わった。
今年は弱者・敗者が武器を持って闘わなければならない。
その武器はペンでも音楽でも言葉でも鉄拳でも良いのだ。
俺も今年はビシビシ闘って行く。
よその国のことはどうでも良い。h
この国に今、最も必要なことは内戦なのだ。
国の中であらゆるジャンルで、様々な相手と戦いをしよう。
もう話し合いで、日本の未来はない。
2世代、3世代先、百年先を見据えて祖国・日本の為に闘おう。
今年は内戦の好機なのである。
日本中を戦場にしよう。



23612/19 22:15国民栄誉賞に想うこと
今日、作曲家の故・遠藤実さんに国民栄誉賞が贈られることが内定した。
遠藤実さんの受賞に関しては何の異議もない。
古賀メロディと共に遠藤メロディは昭和の時代の人々を元気付け、生きる勇気を助長し、人を愛する大切さを提示してくれた。
「北国の春」「高校三年生」「こまっちゃうな」「せんせい」などすばらしい歌が次々と心に浮かぶ。
まぁこの時期だから、麻生太郎総理ちゃまの庶民人気挽回作戦の匂いが無きにしも在らずではあるが・・・。
この国民栄誉賞、前回の受賞者は2000年、マラソンの高橋尚子さん以来である。
それだけ受賞に値する人材がいなかったのであろうか?
否である。そんなことはない。
作詞家の阿久悠さんがいたではないか。
ボクは阿久悠さんの癌との壮絶な闘いの最中に約束したことが三つある。
「万が一、俺が死ぬことがあったら頼む」と言われたことが3件あるのだ。そのひとつがこの国民栄誉賞の受賞だった。
その為には、我々ブレーン、スタッフがやらなければならないことがある。更にご本人にもやっても貰わなければならないこともあった。
阿久さん没後、その役割は阿久悠さんに最も近い人々の任務だ。
しかし、だれもその事で動こうとはしなかった。
いや、むしろ受賞に足を引っ張った人々もいた。
亡くなった途端、親友だと称する人々が群がり、阿久悠さんの残した権利を貪り食っている。
なんともせつない無残な光景である。
そんな輩どもの心底を、空の彼方からじっと凝視しながら阿久さんは今回の遠藤実さんの国民栄誉賞受賞に何を想っているのだろうか。
阿久悠さんの国民栄誉賞・・・
僅かに残されていた可能性が今日、そっと消えていった。

23512/03 11:50三浦和義 「敗れざる者たち」 上梓しました。
盟友の遺骨を腕に抱き大空に見送って尚、この空虚な心を納めることが出来ず、ここにも何一つ書きたいものはなかった。
今日現在、依然としてロス市警、ロス郡検視局は事件の詳細データを提出しない。
この隠蔽工作に対して、私達の国の政府、司法関係者が一切口を閉ざしているのは非常に不自然です。
更にそれを追求しないジャーナリスト、マスメディアとは、何の為に存在しているのか、甚だ疑問です。
こんな現状を見せ付けられている、この国の若者たちは何を思うだろうか。
それでもこの祖国に愛が持てるのだろうか・・・。
俺はこの事件を断じて風化させない。
それがこの国に生まれ、育てられた人間の義務だとさえ思うからだ。
そんな感情もあって、この三浦和義さんの本は何が何でも出版したかった。
まず偏った報道によって形成されてしまった彼の人格や名誉を回復したかったのだ。
これは本を読んでいただければ、彼の社会感や志や優しい人間性が見えてくるからだ。
まず其処から、彼の人格の正しい提示から事件の解明が始まると思う。
昨日、ぶんか社から上梓されるまで、いったい何社の出版会社に断られただろうか・・・。
それを思い、この本を手に持っていると感慨もひとしおです。
やっとスタートラインに漕ぎついた。
さぁ和さん、行くぞって時に、その友は傍らにいない。
12月6日、この本の出版記念会を各界の同志たちがやってくれる。
三浦和義さんとボクの思い出のライブハウスで・・・。
集まってくれるのは、みんなこの不自然な事件とこの国の有り様に疑問を感じている方々ばかりである。




23410/26 00:14さらば友よ、朋友・三浦和義
今夜、朋友・三浦和義さんのお遺骨を胸に抱きしめた。重かった。
さすが身の丈181cm骨太の男はずっしりと俺の腕の中にあった。
この男が自殺する訳はない。
現に俺の腕の中で彼は叫んでいた。
「ぼくは自殺などしない」・・・と。
分っている。君は自殺する男ではない。
有能な日米の弁護士団も既に活動を開始している。
真相は間違いなく解明できるだろう。
そうでなければ、この社会の秩序も、いや未来さえないのだから。
2月22日、君はなぜサイパンで突然逮捕されたのか・・?
10月10日、ロス市警の留置場で君にいったい何があったのか・・?
君の無念を晴らす為、我々は徹底的に闘う。
必ず真実を解明する。
本来なら母国がやるべきことを、外務省や法務省がやるべきことを、またジャーナルがやるべきことを、我々同志がやる。
やらなければこの国のアイデンティティは消滅してしまうだろう。
これはそのくらい、この国にとって大きな問題なのだ。
もっともっと同志の輪を広げたいと思う。
心ある方は参加してください。
さらば友よ、朋友・三浦和義さん、君の肉体とは別離したが、君の志や想念や弱者を労わる優しさとは、別れることはないし、皆で継承していく。
8ヶ月ぶりの日本です。ゆっくりおやすみ・・・



23310/16 21:24新ロス(市警)疑惑、本日の動向と現況
本日はマスコミが見事に沈黙・・・ロスは膠着状態になっています。
要点は只ひとつ、ロス郡検視局が検視結果を開示しません。
ロス市警もまったく情報をご家族に示そうとしません。
それで遺体を早く持って帰れというのです。
これに返事をすると遺体は即刻、完全に防腐剤処理をされてしまいます。
これでは死因が全く闇の中になってしまうのです。
日本での再検視もできません。
だからご家族が検視結果を求めているのに、マスコミは「ご家族が遺体の引き取りを拒否」と報道しています。
このニュースソースの出所を調べました。
ボクの調査では出所はロスの日本領事館でした。
ご家族も領事館に抗議し、訂正を求めました。
これが昨日までの現状ですが、それから丸一日、進展は何もありませんでした。
明日はゲラゴス氏も帰ってくるでしょう。
一気の進展を望みたいですね。
検視局とロス市警の動きは本当に不可解です。何を隠しているのでしょうか。一体空白の4時間にロス市警の留置場で何があったのか?
どなたかジミー佐古田の動向をしりませんか?
あの出たがり屋の彼が出てこないのも不思議です。 河村シゲル



23210/08 19:24小林亜星さんからの一本の電話
阿久 悠さんとの7年間の闘病生活を共にした記録である、ボクの拙書
「勝手にしやがれ」を読んでいただき、沢山の暖かいご感想・ご厚情を頂いた皆様には感謝しています。
昨日の朝も作曲家の小林亜星さんから留守電をいただきました。
「シゲルちゃん「勝手にしやがれ」読んだよ。感動した。素晴らしかった。よくぞあそこまで書いてくれた。嬉しくて電話した」
小林亜星さんはボクにとっては怖い兄貴分であり、ちょくちょくお説教を貰うのだが、今度ばかりは違った。
おまけに深夜に再び電話をいただき「よく7年もがんばってくれたね。俺達音楽関係者は阿久さんの病気中はみんな逃げていたんだ。それをあやまるよ」とまで言っていただいたのだ。
ボクはその言葉が嬉しくて武者震いが出たほどだった。
確かにボクがこの本を上梓して以来、阿久さんと親しかった人々がボクに冷淡になっていることも意識している。
阿久さんが病気の時は近付きもしなかった輩が、今頃になってああだのこうだの言っている声が聞こえてくる。
金だの権利だのの絆・・・人として惨めだとは思わないのかなぁ。
五木寛之さんがよくおっしゃっていた「この頃は後出しジャンケンの奴ばっかりだ」を思い出す。
確かにボクの業界関係者だけでなく、政治家も経済人も後出しジャンケンの輩ばっかりだな。
でもそうではない人も沢山いることを今回は確認できた。
ぼくは今回、阿久 悠さんが単なる作詞界の怪物なんて陳腐な呼称ではなく、豊かな人間味のある方だったことを伝えたかったのです。
それを分っていただいた方々が沢山いらっしゃった。それがうれしかった。
皆さん、ありがとうございます。


23109/29 11:24共謀罪!闘え!日本の有識者たちよ
やはり的中してしまった。8月17日に書いたブログのように26日、ロス地裁は三浦和義さんの逮捕状無効訴訟について殺人罪は一時不再理で無効、共謀罪では有効との判決を示した。
ネガティブに予想していた事とは言え、あまりにも筋書き通りなのでがっくりきたよ。
これは明らかに米国の共謀罪プロパガンダに利用されたのだ。
彼の国はラテン系の移民が多く、テロリストやマフィアに対して共謀罪を強化させたいのだ。
日本政府か司法関係も加担している可能性だってある。
先進国はネットでの悪事共謀がこれからの大きな問題点になるだろうし・・・。
でも、だからといって罪のない男をキャンペーンのプロパガンダにしてはいけない。
普通の日本人なら駄目だけれど、三浦和義なら仕方ない、いいんでないの・・・マスコミもその程度の認識なんだろうね。
報道によって創られてしまった人格・・・。
それで人の一生を台無しにするなら、これは明らかな人格人権差別に他ならない。
ここが報道の難しさであり、留意しなければならない部分なのだ。
まぁごちゃごちゃ言っても仕方がない。
そして29日の今朝、マリアナ地裁が人身保護請求を認めず、三浦さんのロス移送が決定した。
正確にはバーライン弁護士が保護請求を取り下げた・・・もっと正確に言うなら三浦さんが自らロスへ行くと申し出たのである。
ぼくは彼の決断を27日に聞いて知っていた。
彼は腹を決めたのだ。
サイパンでモタモタ茶番な時を過ごさず、共謀罪について堂々と闘う道を選んだのです。
事件の焦点が共謀罪になった。
これは望むところである。
共謀罪とはなんであるか、明らかにする絶好の機会到来だ。
問題が共謀罪なら日本の有識者の先生方も議論に加わってくるだろう。共謀罪に反対する人は多いのだ。
当たり前だ、日本に共謀罪など成立したら、完全に帝国主義への回帰である。
アジア諸国から警戒され相手にされなくなってしまう。
だから闘え!日本の有識者たちよ!
でも、本当に闘うのはいつも庶民なんだよね。







23009/24 09:54三浦和義さんを巡る疑惑の30分
報道でご存知の方が多いと思うが、昨日サイパンで最高裁は三浦さんが上訴していた人身保護請求を棄却した。
これは弁護側も想定内のことだった、26日(日本時間27日早朝)にロス地裁で三浦さんが申し立てている「不当逮捕」の結審がある。
それまでは釈放はないだろうと思っていたからである。
昨日はサイパンの判事だって「まぁ人身保護請求の件は次回ってことで・・・」くらいの棄却だったのである。
しかし、問題はその30分後の出来事である。
終了したはずの法廷が突然再開され、判事が「ロスへの身柄移送を支持する」との決定を出したのだ。
一週間前には、同じ判事が検察のロス移送請求を棄却したばかりなのに・・・この変化はいったいなんなのだろうか?
昨日、たった30分の間に何があったのだろうか?
そこには大きな圧力が働いたとしか思えない。
サイパンの裁判官さえ左右するほどの圧力である。
ひとりの日本人が海外で不当に拘束され、ここまで翻弄されているのに、なぜ我が国の外務省、法務省、いや政府は救いの手を差し伸べないのだろう。
これも不思議としか思えない。
自国の最高裁判所が無罪とした人間が、海外で同じ罪で裁かれる・・・そんなことがあっていいのだろうか。
国際的な一事不再理の原理原則を知らぬはずはない。
では、拘束されたのが三浦和義さんだからなのか・・・
これが無名の日本人だったら、政府もマスコミも早急な救出を叫ぶだろう。
問題ははっきりしている。
当事者が三浦和義さんだからなのである。
でもこれは大きな人格差別ではないだろうか・・・。
それを承知でマスコミ報道がされているのなら、日本のジャーナリズムとは何なのか・・・考えさせられてしまう。
政治の空白も食品偽装も学習格差も生活格差も全て同根である。
人権と報道・・・これをみんなで真剣に考えるべき時なのである。

22909/08 09:38勝手にしやがれ!
1959年のフランス映画、ジャン・ポール・ベルモント演じるニヒルな男は警官を殺した自動車泥棒。
追い詰められて自らの手で死ぬ時に呟いた。「俺は最低だ・・・」
彼を愛してしまった女・ジーン・セバーグがそれを聞いて呟く。
「最低ってなんのこと?」
阿久 悠さんはこの映画をモチーフに沢田研二に「勝手にしやがれ」を書いた。
コンセプトは「男のやせ我慢」
ボクも負けずに拙書を上梓した。
9月12日にKkベストセラーズより出ます。
「勝手にしやがれ」
ボクの場合は全く個人的なやせ我慢である。
それも結果的にそうなってしまったので、あまり大きなことは言えない。
ともあれ阿久 悠さんとの40年前の出会いから昨年夏の別離まで魂を入れて書きました。
ガン患者を身近に持つ方々にも参考になればと・・・本当はそれが出版の一番の目的だったのです。
「どうせ売名行為だよ」
業界の人々はきっとそう言うでしょうが、そうではないことは読んでいただければ分るはずです。
皆様もぜひ読んでいただけたら・・・・・嬉しいな。
それから10月には三浦和義さんとボクの共著も出ます。
これも結構な代物ですぜ・・・。
また喧々諤々あるでしょうが・・・「勝手にしやがれ」


22808/27 11:17ボクのオリンピック総括
結論から言えば野球と男子サッカーの関係者が日本人の心をずたずたにしてしまった。
それとそれを分っていながら報道しないマスコミも同罪である。
何を言い訳しようがこれは事実である。
オリンピックに何の為に参加するのか?
これさえ考えれば分ると思う。
少ない予算をやりくりしながら、4年間頑張ってくれたJOCの皆さんと選手達には最大限の敬意をはらいます。
そしてその人々を見事に纏め上げた、日本代表選手団団長 福田富昭さんのご努力にも頭が下がります。
福田団長が記者会見でおっしゃった総括の中にも野球関係者への苦言がありました。
ボクはその通りだと思います。
しかし、多くのマスコミはその部分を編集で消去していました。
ぼくも言いたいことは沢山ありますが、ひとつだけ・・・。
例えば男子野球チーム・・・
監督とコーチは仲良し遊び仲間で見苦しいばかりです。
野球チームは選手村に宿泊せず、5つ星の超高級ホテルに滞在し、まさに豪遊です。
選手選びも監督のイエスマンばかりでした。
星野監督はイケイケドンドンの采配しか出来ないので、短期決戦のインサイドベースボールは無理です。
さらに選手達がなんの為に闘うのか認識していない為、全く試合を見るのも辛い状況でした。
上層部の無知と教育のなさが見事に露呈していました。
せっかく他の競技の選手達が奮闘してくれたのに、画竜点睛をかいてしまいましたね。
福田富昭団長は断腸の思いでしょう・・・。って最後はオヤジギャグかよ。
実は福田富昭さんとボクは以前、一緒に駿河湾の荒波の中で釣りをした仲なのです。
あの時は駄洒落の好きな方だったのでーす。

22708/17 10:21三浦和義さんの審理・幽霊の 正体見たり 枯れ尾花
ボクの朋友 三浦和義さんを不当に逮捕し拘束している事件に関しての3回目の審理が日本時間の16日早朝、ロス郡地裁で開かれた。
ボクは今回で逮捕の無効性が立証され、即時釈放もあると思って準備もしていたのだが・・・。
やはりというか、遂にロス郡検事局が「共謀罪」を審理の争点に持ち出してきた。
この事件、アメリカ司法の目的が分らず、もしかしたら日本の何らかの組織との裏取引によるものと思っていたが、やはり「共謀罪」だった。
日本の刑法には「共謀共同正犯罪」はあるが「共謀罪」はない。
日本政府は法律改正でこの「共謀罪」を成立させたいのだ。
この法律があれば、どんな些細な案件でも国民を逮捕・拘束できるのである。
みんなが皆んなを疑い、スパイだらけの国になってしまう。
隣人さえ気が休まらない社会になってしまうのだ。
だからこの「共謀罪」を成立させてはならない。
こんなことをここに書くボクは既にある組織からは要注意人物だろうが、ボクはそれを承知で書いている。
三浦和義さんの不当逮捕はこの「共謀罪」のプロパガンダではないのだろうか。
アメリカと日本の裏取引があるとしか思えない。
そう考えると合点がいく。
あのもとロス市警のジミー時田のおっさんが最近しばしば日本にやって来て検察の人間とコチョコチョ動いてること。
また最高裁の無罪判決を無視され、完全に日本の司法の尊厳や権威を黙殺された事件なのに、わが国の司法関係者も外務省も法務省もまったく動かないのは、そこに動けない何かの力学があるとしか思えないではないか。
それが「共謀罪」成立の為だとしたら恐ろしい。
三浦和義さんの不当逮捕事件こそ、日本人がもっと関心を持たなければならない大問題なのである。
幽霊の 正体見たり 枯れ尾花
幽霊の正体は「共謀罪」だった。

22607/28 11:57「地球にやさしくい」・・・その言い方がすでに違うよ
国民総環境問題の時代、お笑い芸人からAV女優まで環境の本質も分らず、学ぶこともしない連中まで「カンキョーカンキョー」の連呼・・・
これこそお笑いだ。
それをNHKをはじめ天下の公共メディアが後生大事に取り上げている。
でもね、環境問題を語るならまず、「地球にやさしく」だの「環境にやさしい」だの、あの馬鹿げた表現は止めるべきだ。
日本語の「やさしい」は、そこに上下の関係が存在している言葉だ
大人は子供にやさしくとは言うが、子供は大人にやさしくとは言わない。
やさしいには上から下を見詰めるニュアンスがあるのだ。
近頃は日本語がめちゃくちゃになってきて、マスメディアさえ麻痺して気付かなくなっている。
日本人が盛んに使う「地球にやさしく」はちっぽけな人間の浅はかな驕りに過ぎない。
人間は地球より上位の存在なのか?
馬鹿馬鹿しい、地球はそんな小さな存在ではない。
60億年も宇宙に存在しているのだ。
人間の存在なんて高々60万年じゃないか、
地球から見れば人間なんて表面に束の間くっついたゴミだ。
ゴミが地球を破壊できる訳がない。
「地球にやさしく」が日本人だけの表現だとしたら、如何に今、日本人は勝者の論理を振り回し、格差社会も極まったと言わざるをえない。
世界の国々に対しても恥ずかしい、よくぞ福田総理はサミットなどやったもんだともう感服するしかないね。
環境を考えるなら、対象が地球ではなく、人間の反映によって無残な被害を被っている全ての生物に対して考えるべきなのだ。
CO2の排出・削減も全ての生物にたいして行なうべきなのだ。
まずは一人一人が「身近な全ての生物にやさしく」これが環境を考えることだと思う。
「地球にやさしい」なんて子供達にも間違った言葉を教えてはいけない。




22507/11 22:57右も左も上も下もない人間のチカラ
昨夜、横浜の中華街にて三浦和義さんへの不当拘束・逮捕拘留に抗議する集会が盛大に開催された。
目的は長期間の拘留で出費の嵩む弁護士・通訳費用のカンパ集会だ。
ぼくも発起人の1人として当然参加したが、実に感動的な集会だった。
参加者がユニークだったのである。
まずは右翼の理事長、会長、代表など要職にある方々、そしてこの国に僅かに残っている労働組合の中で代表的な労組の方々、更に左翼の方々、ヤクザの方々、弁護士、法学者他多数の業種の方々が百名以上も終結した。
日頃、中道を標榜しているぼくも、イデオロギーではない人間のケミカルボンド・科学的結合に感動したのである。
昨夜の人々を終結させたのは、この国への主権の侵害と憂国の情、正義とアイデンティティの消失危機感である。
当たり前だ。
日本の最高裁判所の無罪判決を無視するアメリカに対し抗議一つ出来ない日本の司法と政府の弱腰・・・。
いや、法務省や外務省はロス田舎市警如きに捜査協力までしようとしている。
私達国民は何を信じてこの国の一員として生きていけばよいのだろうか。
それを問う事件なのにマスコミにはこれっぽっちの問題意識もない。
その危機的連帯感で集まったのが、昨夜の人々だった。
自国を心から愛し守ろうとする時には、人間には些細なイデオロギーなど関係ないのである。
それを皆で確認できたことが大きな収穫だった。
昨夜のアクションを大きな力に育て今、この国の迷っている若者達の
お手伝いをしたいと思うのである。



22407/09 21:16G8サミットに「いのち」のリアリティを感じなかった
環境問題だ食糧危機対策だと、各国の閣僚達が偉そうな御託を並べても所詮は勝者の論理でしかなく、途上国の人々には心が届かない。
G8諸国のように人間が合理性を根拠に利便・利益のみを追求し、それによって失われる「いのち」のリアリティを論じたところでうそ寒さが募るだけだ。
老子や荘子、ブッダなど東洋の哲学・宗教思想家たちは未来を予測して、こんな事態はとっくに看破していた。
日本の政治家や官僚は、その程度の勉強はしておいたほうがいい。
こんな結果は分りきっているのに、あれほど大金を投じてやるサミットの価値が何処にあったのだろう。
G8が先導してCO2の削減など出来るわけがない。
経済を優先する先進国の立法・行政の人間には、環境改善など出来るわけがない。
出来るとすれば、世界中のNGOの結束が重要な条件になると思うが、残念ながら最近の日本国のNGOは隠れODAが多すぎるように思う。
20年ほど前はこんなんじゃなかったけれど・・・純粋なNGOが少なすぎる。
だからサミット会場周辺でもNGOの集会は盛り上がらなかった。
今、この国を立て直すのは本当に難しい。
あまりにも「いい歳をした大人たち」の心が荒み切っている。
だからまだ純粋さの残る若きプレカリアートたちに期待したいのだ。
今、日本人がもっとも大切なことは「わたし」を捨てて「いのち」のリアリティを感じることだ。
「色即是空・空即是色」俺は仏教徒ではないけれど般若心教のこの文言には大きな哲学を感じる。


22306/23 19:29死ねないから生きているだけの毎日・・・
昨年の自殺者3万3千人、60歳以上の割合が増大を続け、その7割が
男性である。
これに自殺未遂、自殺願望者を含めると大変な数になる。
「死ねないから生きているだけの毎日・・・」と言う人は今、この国に数えきれないほどいる。
死に方はまた、その人の生き方であるから俺は反論はしない。
命の尊さを分った上で自らの命を閉じることに異論はないのである。
反論はしないが「老い」と云う事に関しての俺の考え方を書いてみたくなった。
「老い」とは何か?
地球の生き物は皆、無常である。
宇宙の中で限られた時間を生きているだけなのだ。
生病老死の因果法則を誰も免れ得ない。
しかし、生殖を終えると殆どが死にゆく生物の中で、人間だけがなぜ老いるのか?「老い」の期間が長いのか?
これこそ宇宙が人間だけに与えてくれた、素晴らしいひと時だと俺は思うのだ。
「自分とはなにか?を考える掛け替えのない時間」
それこそが「老い」だと思うのだ。
「次の世代に何を残してあげようか・・・」
このワクワクした時間こそが「老い」なのだ。
「老い」とは豊穣で優美な心を持てる人間の時間なのだ。
そして、自らの死を快く認め、受け入れる覚悟が出来た時、「老い」
の時間が傍らにやって来る。
「死ねないから生きているのではない」
「死ねるから生きているのだ」
どうだろう、俺はこう思うけれど・・・。


22206/15 21:26秋葉原のホコ天が中止?おいおい!
俺の若い友人・雅樹君を励まし支える会が昨夜、横浜であり仲間たちが大勢集まった。
その大多数が元暴走族・・・現役もいたか・・・。
雅樹は暴走族同士の抗争事件で殺人や監禁などの主犯とされ10年ほど服役して帰ってきた。
雅樹は最高裁まで冤罪を主張し続け、服役中も罪を認めることはしなかった。だから満期出所であった。
彼の仲間たちも塀の外から雅樹のプライドのために冤罪を叫び闘ったが、この国の司法は暴走族の正義など慮ってはくれなかった。
でも雅樹はこれからもプライドをかけて闘うだろうし、俺は協力を惜しむことはない。
そんな会に出席して、雅樹の仲間たちに囲まれふと思った。
ここにいる多くの若者達もまた、この時代のプレカリアートなのだろう。
一人一人の心はまだ満たされていないし、空洞を持っているのだろう。でも彼らはまだいい。
元暴走族の素晴らしい仲間たちがいる。
支えあう友がいる。
しかし、この国の大多数のプレカリアートは孤独である。
その1人が先週、秋葉原で馬鹿なことをした青年である。
彼には1人の仲間もいない。作る術を知らなかったし誤っていた。
その原因こそが問題であり、マスコミが報道すべき論点である。
しかし、今日のマスコミはなんだ。
NHKニュースは絶対に報道してはいけないラガーナイフの性能や使い方を得意そうに伝えていた。
その報道は、事件予備軍たちの好都合な情報にしかならない。
また、全てのマスコミ報道が、秋葉原のホコテンを36年ぶりに中止にしたことを当たり前の面をして伝えた。
馬鹿げている!
ホコテンを中止にしたら、凶行に走った若者とその予備軍を喜ばせるだけではないか。
そして、なによりホコテンの仲間を失ってしまった、多くの若者達の悲しみと憎しみのエネルギーを溜め込ませただけなのだ。
今、この国の大人たちの判断基準はなんなのだろう。
俺にはまったく分らない。
だれが孤独な若者達を作り出しているのか、真面目に考えろ!



22106/08 19:43プレカリアート逆襲の好機到来だ。
新潮文庫の「蟹工船」は18万7千部の増刷だと云う。
俺の推察であるが小林多喜二のこの作品は、その3年前に葉山嘉樹が書いた「海に生くる人々」を大いに下敷きにしている。
蟹の工作船と石炭の運搬船の違いはあるが舞台は北海道の冬、葉山の作品は小林のそれよりはるかに力があると俺は思う。
どちらもわが国のプロレタリア文学の最高に近い作品ではあるが。
興味のある方は読んで欲しい。1926年に改造社より出版され復刻版もある筈だ。
その描かれている状況は今の日本、いや新自由主義経済の先進諸国の現状に似ているのだ。
今、大騒ぎしている原油価格や穀物相場の高騰、これは一部資本家による営利金融操作に他ならない。
この影響で世界中の民衆が貧困層へと転落しているのだ。
それは日本でも同様である。
民衆意識のかけらも持ち合わせていない政治家による規制緩和と民営化の弊害がとんでもない姿となって現れてきた。
社会保障より自己責任を声高に唱え、効率至上の世の中にしてしまった結果、一握りの富裕層と多数の貧困層というとんでもない経済格差社会を造ってしまったのだ。
そしてその一握りの資本家たちがフリーター、ワーキングプア、学歴難民、マックジョブ達から、好きなように搾取している。
今こそ、世界のプレカリアートが立ち上がる好機だ。
プレカリアート・・・この言葉はイタリアの失業者達が壁に描いた怒りの落書きなのだ。
世界中で資本家に不当に搾取されていた不安定な労働者達が決起している。
韓国では中学生や高校生まで立ち上がったではないか・・・。
日本でも「蟹工船」をマスコミのブームで終わらせては駄目だ。
単なる共感ではなく、社会改革のエネルギーにしなくてはいけない。
これは堕落しきった日本におけるプレカリアート達の最初で最後の聖戦なのだから・・・。
もう負け組などと呼ばせてはいけない。




22005/28 23:55三浦和義さんからの一本の電話
今日の昼過ぎ、ぼくの携帯にサイパンの三浦和義さんからの電話。
和さんの声が妙に弾んで明るい。
「エッ、和さん保釈になったの?」
と感じるほどの屈託のない声だった。
でも和さんはまだサイパンの刑務所の塀のなかだった。
しきりに俺の身体の心配をする。
でも俺は相変わらず身体だけは頑丈そのものだ。
いつでもK−1のリングにたてるくらいの気持の準備は出来ている。
では、なぜ三浦和義さんは俺に電話してきたのか?
理由は直ぐにわかった。和さんの茶目っ気なのだった。
実は昨日から奥さんと息子さんがサイパンに行っている。
俺も行きたかったのだが都合がつかなかったのだ。
そして刑務所に面会に来た時、お二人はオレンジ色の服を着てきたと云うのだ。
拘束されている和さんはいつもオレンジ色の刑務所の服を着ている。
奥さん達はそのオレンジにお茶目に合わせたので、三人ともオレンジのお揃踏み、これには弁護士も看守も大笑いでした・・・。
という事を伝えたくて俺に電話してきたのである。
その上、それを聞いた俺もオレンジのジャケットを着ていたのである。サイパンの和さんと電話で笑い転げてしまった。
三浦和義さんはまだまだ元気いっぱいである。
我々も彼の救出の為にもっともっと動かなければ・・・。
電話の和さんにそれを誓って暫しの別れを告げた。



21905/28 23:22横綱審議委員会こそ消去しましょうね
昨日から今日の新聞、TVワイドショーの全く示し合わせたような相撲報道はなんなのだろう。
これがまともなメディアの目かと思うと背筋が寒くなる。
気の毒にも優勝したブルガリアの琴欧州はそっちのけのバカ報道。
朝青竜と白鵬の千秋楽横綱対決のことばかりである。
白鳳がすかされて土俵に手をつき、そこを朝青龍が駄目を押し、白鳳が肩を朝青龍のぶつけた。
これのどこが悪いのか?
これは裸の男の力と力の格闘技なのだ。
横綱審議委員とか云う輩はだれ?
なんの為にいるの?
いつも思っていたが、格闘技の経験も知識もない人が格闘技を語るのは変だ。
だからあんな頓珍漢な爺の説教になる。
闘う人なら判る。瞬間を闘うのが相撲なのだ。
白鵬をイナシ、白鵬が手をついた瞬間は朝青龍にはわからない。
それが見えるのは行司と観客だけだ。
朝青龍が二の矢を放ち駄目を押すのは相撲という勝負の流れの動作である。北の湖理事長もそう言っていたではないか。
そんな基本は相撲の好きな人なら判る。
それを横審の連中は横綱二人に侘びを入れさせろだと・・・。
朝青龍はなにも悪くないと断言できる。
勝負の後、肩をぶつけた白鳳にも同情はするが悪人呼ばわりはいけない。不甲斐なく負けた悔しさを身体で現しただけだ。
そして最後に睨み合った二人も面白くてよかったじゃないか。
「いや、相撲は相手への敬意や挨拶を重んじる国技」と言う人もいるだろう。
でもそれは昔の話である。
日本の国技を捨て、国際的なスポーツにシフトした時点で相撲道も武士道も哲学も消えたのだ。
神道に通じる相撲を異教徒に開放したした時点で相撲道も変革したのである。
異教徒に神道を押し付けるわけにはいかない。
それにまだ拘っているのが横綱審議委員会の面々である。
昨今、相撲をつまらないものにしたのは彼らと、それを助長させたオイショマスコミである。
相撲くらい自由にやらせ、自由に見せていただきたい。
横綱審議委員会などいらない。

21805/21 14:18「蟹工船」が若者たちの愛読書に!
ブラボー!
ついに待っていた好機が来たぞ。
小林多喜二の「蟹工船」がロストジェネレーションを中心にした若者達に読まれている。これは何を意味するか?
そうそう昔・プロレタリアート、 
そして今・プレカリアート(不安定な労働者、失業者階級)
このプレカリアート達が遂に立ち上がろうとしているのだ。
若者達の間に社会運動が始まったのである。
明確に「敵」の存在を若者達が認識したのだ。
若者達に目を向けようとしない政府や企業、フリーターやニートは社会の屑と斬って捨ててきた奴らに対する階級闘争の始まりだ。
現代は小林多喜二の時代よりもっと酷い格差社会である。
教育現場から既に格差を作り出している。
現代の金融資本主義で獲得された一部の人びとの高額所得は、若者達や外国人労働者の低賃金の結果だと思う。
これをマルクスの資本論的には搾取と言うのだ。
「資本家の獲得する利潤は、真面目に働く労働者からの労働力の搾取である・・・マルクス」
弱者から搾取している人間は冷や汗を掻くことだろう。
でも今の若者達は左翼の思想は持っていない。
勿論、右翼思想でもない。
それで良いと思う。今更イデオロギィーなど拘ることない。
階級闘争の戦略や労働組合のパワーを知らない若者たちなのだ。
心ある大人たちがそれを教えてやれば良い。
先進国の中でもただ一国、とんでもない方向に堕落しているこの国だが遂に若者達が立ち上がってくれそうだ。
この時を待っていた。
最近、嬉しいことにそんな若者達から相談も受けている。
今の日本では「蟹工船」の現場があらゆる職場にあるのだ。
プレカリアートたちの底力を見せてやれ。
小林多喜二は、この思想で惨殺された。
俺も生命を賭けてプレカリアート達を応援する心算だ。





21705/10 22:33三浦和義さんの釈放は近いと思う
昨日のロス郡地裁の審理で三浦和義さんのロス移送は不要との判断が出た。
移送しなければ逮捕状の有効性の審理が出来ないと云う検察の主張は却下された。
次回は検察側が日本での裁判記録の英訳を用意することも要求された。
マーク・ゲラゴス弁護士の笑顔から、次回審理で和義さんが釈放される公算が大きいことが判る。
裁判記録は完全な無罪判決である。日本の最高裁判所の5人の裁判官は全員一致で検察側の上告を棄却したのだから。
来週、サイパンの弁護士が和義さんの身柄拘束解除の手続きに入る。
サイパン当局は直ちに身柄の拘束を解除すべきだし、日本政府もそれを強行に申し入れるべきだと思う。
今までだってアメリカの行動には無理がありすぎる。
日本の最高裁判所の決定を無視することは、日本人の尊厳を根底から傷つけることに他ならない。
日本人のアイデンティティの否定である。
司法にも人種差別意識で取り組まれてはたまらない。
これを日本政府、外務省、司法に携わる人びとはどう感じているのでしょうか。
皆でで知らん顔を決め込んでいる偉い人々の行動に注目しましょう。
ぼくは今、山際永三さん、浅野健一さんと共に友人代表として、弁護士費用のカンパを皆様にお願いしています。
三浦家には不可抗力の事件なのに、アメリカの裁判の弁護士費用には多額の金銭が必要です。
そこで、心ある人びとに浄財の支援をお願いしている次第です。
尚、カンパ資金は一括するほうが間違いがないので、統一しました。
これは弘中惇一郎弁護士にお願いして開設しました。

 みずほ銀行新橋支店(支店番号130)普通預金
 口座番号 1527996
 三浦和義さん弁護団預り弁護士弘中惇一郎

 原則として銀行の振込表をもって領収書にかえさせてください。
 いずれ、会計報告はきちんといたします。

この事件は国際的にも日本人の愛国心が試される事件です。
今、不当に理不尽な環境にいる三浦和義さんを救出するのは、当たり前のことです。

21605/04 11:08憲法音頭だ!チョンホイナ!
「憲法音頭」

サトウハチロー 作詞
中山晋平    作曲

 おどりおどろか チョンホイナ 
 あの子にこの子
 月もまんまる 笑い顔
 いきな姿や 自慢の手ぶり
 誰に遠慮がいるものか ソレ
 チョンホイナ ハ チョンホイナ
 うれしじゃないか ないか
 チョンホイナ

偉大な詩人サトウハチローをして、このどこが憲法音頭なのと思ってしまう歌詞です。
チョンホイナの掛け声は中山晋平の発案とされています。
これは日本国の新憲法が施行された昭和22年、その普及の為に時の社会党内閣が作ったが、芦田 哲首相が1年で総辞職してしまった為、幻の憲法音頭になってしまったものだ。
4番目の歌詞・・・

 そんじょそこらの チョンホイナ
 ちょっとないものは
 春の桜に 秋の菊
 雪の富士山 海辺の松に
 光りかがやく 新憲法 ソレ
 チョンホイナ ハ チョンホイナ
 うれしじゃないか ないか
 チョンホイナ

当時の作詞・作曲の大看板のお二人を使って作ったものだが、これが日本国憲法のテーマソングなのである。
社民党をはじめ護憲派の皆様はぜひこの歌の普及に勤めてはいかがでしょうか。
この音頭をラップで唄ったり、ダンスも今話題のバイラバイラなどにアレンジしてみたらどうだろう。
俺がプロデューサーを委託されればそうしたのになぁ。
そうすりゃ昨日の憲法記念日も国民が注目したし、マスコミも取り上げたと思うのだ。
憲法記念日ったって何の日なのか、まるで認識がない単なる祝日である。
日雇いの庶民には日銭を稼げない日であり、パチンコ屋が儲かる日、
それが今の憲法記念日である。
だから殆どのマスコミが取り上げなかったのである。
国の憲法に国民が関心がない・・・これを異常事態と云うのだが、その意識すら政治家連中にはないのだろうなぁ。

初めに「憲法記念日に想う・・・」などと書き始めて空しいのでやめた。
その残骸が、下記です。



21505/04 10:29憲法記念日に想ったこと
昨日は61回目の憲法記念日だったが、マスコミは殆どこれを無視状態であった。
僅かに憲法9条を片手間に持ち出した新聞社もあったが、パンダの死や
ガソリン価格や船場吉兆が客の残したものを

21404/29 11:08ガソリンスタンドに殺到する人々へ
明日、衆院で政府・与党がガソリン税を元に戻す法案を再議決する。
明後日からガソリン代は値上げになる。
その為、昨日あたりからガソリンスタンドは長蛇の列、TV局も取材にバカ騒ぎである。
そんな映像を見て心が寒い、もう初夏だと云うのに・・・。
少しでもガソリンを安く・・・それも庶民感情でしょう。
でもガソリンどころか今日の食事さえ、ない庶民だってたくさんいます。
ガソリンスタンドに並び、数千円の儲けに一喜一憂する人びとが庶民でしょうか。
ひと月前、ガソリンが安くなる時、ぼくはこう思った。
「どうせ一ヵ月後に元に戻るんだ。だったら小売価格はそのままで、その差額は福祉や環境に廻せないのだろうか?それを提案するのが政治なのじゃないか・・・」
車を運転し、心ならずもCO2を撒き散らしている、ドライバーたちの、せめてもの自己の慰めにもなるではないか。
大体ガソリン代が飲料水より安いと云う価格設定は不思議です。
どうして政治家や毎日テレビで偉そうに社会を切っているコメンテーターや有識者と呼ばれる偉い先生方は気が付かないのだろう。
彼らは全員、勝者の論理しか持っていないからです。
心から弱者救済など考えていないのです。
それがあるなら後期高齢者の健保問題など簡単です。
差し引くだの、引かないだのの問題ではない。
政治に哲学があるのなら、75歳以上の方々には全てを無料にするべきでしょう。
国の為にここまで生きて来られた方々です。
その方々をなぜ大切にできないのか?勝者の論理しか持っていないからです。
これは、この国の政治家が抱えている最悪の精神のひとつにすぎません。つまり哲学を持ち合わせていないのです。
これから消費税の値上げ問題もあるでしょう。
でも、値上げを考える前に、例えば欧米諸国は水や主食などのライフラインや文化育成には消費税を考慮するという基本哲学を持っていることなど勉強するべきです。
今、私達の国は国際競争力は27位、少子高齢化は超1位だと云う情けない事実を認識しましょう。



21304/24 10:23何の為の聖火リレーなんだろう
世界に騒動の火種を振りまきながら明日、聖火が日本に来る。
オリンピックの聖火リレーは素晴らしい企画イベントだ。
世界の人びとを共通の目的で繋ぎ走るのだから。
スポーツを通しての世界平和、その壮大な理念には共鳴する。
そこにイデオロギーや宗教、民族問題を持ち出さなければの話だが。
では、今起きている騒乱はなんのだろう。
中国のチベットに対する人権問題、アフリカ・スーダンの石油資源に関するジュノサイド・・・。
しかし、発展途上国に対する人権問題や民族紛争の原因はほとんどの先進諸国が関与している。
今、中国を攻撃している国々だって、同じ穴の狢じゃないか。
中国だけを殊更問題視するのは矛盾している。
ぼくも人権問題をこれからの人生の大切なテーマとしているが今、
今回の騒動をここで総括するつもりはない。それはいずれ・・・。
明日、やって来る聖火は日本にとって何のための聖火なのか、それを
日本の優秀なメディアがどう伝えるか、そのお手並みが楽しみなのである。
日本と中国の優秀な警備軍団により、人の心より大事だという「炎」が如何に守られるか、固唾をのんで見つめてみたい。
芸能スポーツ著名人がランナーで大挙参加するらしいが、彼らのギャラは誰が払うのだろうかなぁ?
宿泊費や交通費や食事代は?
沿道の整備や警備代金はいくらで、誰が負担するのだろうかなぁ?
スポンサーが降りたと云うが本当だろうかなぁ?
本当に降りたのなら予定していた資金の手当てはどうしたのかなぁ?
そうだ、今回なぜ長野だけでやるのかなぁ?
聖火ランナーをなぜ一般大衆だけでやらないのかなぁ。
高齢者や障害者や落ちこぼれや・・・こんな時こそ弱者に明かりを当てるための聖火なのではないのかなぁ?
なぜ聖火まで下らないバラエティショーにしてしまうのかなぁ。
著名人と言われる人びと、常日頃庶民の味方顔している人びとなら、なぜ自分は辞退して弱者に機会を与えてくれなかったのかなぁ?
なぜなぜ・・・こんななぜを考える日本人なら、聖火リレーを妨害などする人がいるわけがない。
大切なのは国の姿勢なのだ。
日本人の姿勢なのだ。
今、私欲にどっぷり浸かっている政治家や有識者の皆様には無理なご注文なのだしょうか。
まぁ土曜日、世界が注目の日本の聖火リレー楽しみに拝見します。







21204/13 20:55危機管理意識高揚の目的は?
今年の2月、警察庁が発表した犯罪統計によると、昨年の国内殺人認知件数は1199件。戦後最低の数値です。
殺人認知件数とは殺人未遂と殺人予備も入っているので、実際に殺された人は600人ほどです。
そして、その原因は心中事件が多くを占めています。
つまり人が人を金品や恨みで殺した数値は非常に低い筈なのに、警察庁はこの数を発表していません。
マスメディアもこれを怪訝に思い、調査報道しようとはしません。
殺人事件だけではなく、他の刑法犯も減少しているのです。
メディアは何をしているのでしょうか?
今の世の中は「危ない」「怖い」と悪戯に危機管理意識を高揚しているとしか思えないのです。
少年事件や外国人犯罪だって年々増加していません。
マスコミは虚偽に犯罪の増加を助長していませんか?
日本の治安は決して悪化していません。
世の中を見張る側と見張られる側に分析したい人々がいるだけです。
少年や在日外国人やニートをスケープゴードにして、自分達の権力や財産を守ろうとする気の毒な精神の人びとが、世の中の方向を決めているのです。
街やビルの中の監視カメラの狂ったような増加はその為です。
権力者は自分の家族さえ疑うのは歴史に明らかです。
メディアも危機管理を煽る企画でTV視聴率や雑誌の発行部数を上昇させるという市場原理にガンジガラメになっているのです。
今、この国には資本主義の一番悪い面が顕著に出ています。
それは国民の生活格差の増大です。
一部の権力者が日本には本来意識として存在しない性悪説を強引に振り回しているのです。
それを監視し問題提起し是正するのがメディアやジャーナリストではないのでしょうか?
素晴らしい春だと言うのに、街中にある監視カメラに寒気がします。




21104/11 10:55メタンハイドレードの報道に想うこと
21世紀は人類が初めて、この地球が滅亡に向かって進み始めたことを認識した世紀じゃないかと思う。
環境問題、食糧問題、民族問題どれをとっても解決の糸口がない。
特に日本に於ける少子高齢化へ向けてのスピードは世界最速だ。
このままでは日本の国家としての存在は百年持つかどうかの瀬戸際だと俺は思っている。
そのくらい危うい処で生活している意識が国家にも市民にもあるのだろうか。
道路財源だの年金問題だので議論や報道をする前に、もっと人類の根本的なところで議論することが沢山ある。
例えば、ガソリンの値段が25円安くなったと大騒ぎする前に、このガソリンは既に地球上で枯渇の時期に入っていることを認識しているか。ガソリンや天然ガスに代わる新エネルギーとして先進各国がメタンハイドレードの掘削調査に血眼になっているのを認識しているだろうか。
このメタンハイドレードこそ21世紀の新エネルギーとの報道も最近あるが報道メディアの認識はその程度なのか。
メタンハイドレードは生物の死体などが高圧低温化の海底の地層に蓄積されたものだ。
このままでは温室効果ガスであるメタンガスなので精製技術が必要である。その安全を保障する技術はまだない。
にもかかわらず、既に試験的掘削は始まっているのである。
良識ある科学者達は十年も前からこのガスには人類は手をつけるべきではないと警告している。
もし、膨大な埋蔵量のこのガスが噴出したらどうなるか・・・。
メタンハイドレードの温室効果ガス濃度はCO2の44倍もある。
地球上のCO2の上昇率が現在の水準でいくと、我々人類を含む全生物の生存猶予期間は80年から160年と言われている。
CO2濃度が大気中で3%を超えたら人類の生存は不可能なのだ。
だから各国が泡を食って環境問題を真剣に考え始めたのであるが・・・。
なのに安全が保障されていないメタンハイドレードに手をつけていいのだろうか。
メタルハイドレードが海底から噴出したら、地球上のCO2濃度は一気に3%を超える事態だって想定しなければいけないのだ。
それを日本の政治家たちはどこまでご存知なのだろうか。
自分達の私利私欲や権力欲で日々、忙しそうにしている政治家達や経済人たちを俺は信用しない。
また、それをのんべんだらりと報道するメディアも同様である。
21世紀の我々人類は実は大変な事態に直面しているのである。
21世紀に産まれた子供達や若者達のために、我々大人たちがやらなければならにことを真剣に考え、行動したいと思う。



21003/29 23:25サヨナラ丸さん!また1人友を送る
弥生の空は見渡す限りの桜です。
日本が一番美しく色ずく季節に友が急いで旅立って逝った。
せっかちな人ではあったが早すぎるよ、丸さん。
先月は全く元気そのものだったのに・・・末期癌ってことはないでしょ。
丸さんは丸岡寿昭さん、友と言ってしまったがとんでもない。
舞台の仕事では俺の大先輩、舞台演出の何であるかを俺は丸さんからたくさん勉強させてもらった。
仕事では鬼のように頑固で厳しい人だったが、人格はとっても人懐っこい笑顔の人であった。
だからみんなに「丸さん丸さん」と呼ばれて慕われていた。
日本のステージ照明を確固たるビジネスにした先達である。
ビートルズから世界三大テノールまでのステージ照明を世界にも負けない文化にまで昇華確立した恩人である。
昨日からやっている東京ドームのX−JAPANのコンサートだって半分以上は照明効果で観客を熱狂させているではないか。
あのステージ文化の礎を築いたのが丸さんなのだ。
しかし、満開の桜に包まれての旅立ちは格好よすぎるよ、丸さん。
桜は日本の男にとっては散る美学ではあるが、もう少し丸さんとやりたいステージがあったのに・・・。
昨年、青山劇場でやったあさみちゆきのコンサートを思い出す。
フィナーレで丸さんはステージに巨大な富士山をバックに8本の満開の桜をセリで咲かせてくれた。
まさに俺の拙い演出に花を添えてくれた。
あれは大好評だったよね。
丸さん、どうもありがとう。
桜の季節の度に丸さんを思い出すよ、きっと。

 「風誘う 花よりも尚 我はまた 春の名残を いかに問やせん」

 

20903/13 20:44仰げば尊し我が師の恩
毎年一度、学生達からこの歌を唄ってもらえる立場にさせていただいて、はや幾年・・・いや十年が過ぎた。
この歌は唄うのもいいが、唄ってもらうのも実に感激なのである。
我が師の恩・・・なのである。
しかし、我が師を変換すると「和菓子の・・・」と出てしまう。
学生達が今日、生まれて初めてこの歌を唄いましたというのも納得。
今じゃ小、中学校では唄わないのだろうなぁ。
さて、ぼくが講師をしている国際理容美容専門学校、本日が卒業式だった。
卒業生360名、特筆すべきは理容・美容科とも国家試験全員合格の快挙をやってのけた。
いや、もっと快挙だと思うのは、360名中76名が皆勤賞なのである。
21%である。皆さんの周りで2年あるいは3年間、一度も休まなかった人がどれほどいますか?
手前味噌で言うのではないが、この学校の若者達は本当に素直で礼儀正しいやつらばっかりなのである。
去年の秋、こいつら全員とヘアーメイクのステージショーを創ったことを式の合間に思い出した。
全員が一丸となって凄い感動が生まれたのだった。
ショーのテーマは「昭和ジャパネスク」
今年の卒業生は昭和最後の年に生まれた若者達である。
明日から社会にでても、時代の流れに棹をさすだけでなく、昭和の良いところは捨てずに継承してくれると思う。
謝恩会も楽しかったよ。ありがとう。
最近、ギスギスした話題ばかりだったから、今日だけは清々しい春を先取りしたような一日だった。
また、明日からは泥んこ道に突っ込むのかなぁ。


20803/10 11:29人間の道路情報は一方通行ばかりだなぁ
インタラクティブな双方向の時代だと言うのに、マスコミ報道は一方通行過ぎやしないだろうか?
最近、特に人間の道路・・・人道に係わる報道に一方通行が多いと思うのだ。
司法制度の脆弱さや見識の無さからしばしば起こる冤罪事件や、三浦和義さんに関する報道、鈴木宗男さん関連の報道、朝青龍や倖田来未へのバッシング、先のイージス艦と漁船の事故関連報道・・・などなど枚挙に暇がない。
その一つ一つをここで述べる訳にはいかないが、全ての報道が総攻撃状態で
救いの手がないのだ。
例えば、イージス艦と漁船の事故、防衛省の危機管理能力の怠慢や情報伝達の稚拙さは指摘されてもしかたがないと俺も思う。
しかし、漁船との衝突事故は報道のように全てイージス艦だけに非があったのだろうか?
確かに海上衝突予防法では全ての船舶は右側通行なので、あの場合イージス艦に右への避航義務があった。
でも規則は原則ではないだろうか。
海での航海を経験した人なら分ると思う。
小さな漁船やプレジャーボートが大型船舶と相対したり、横切り関係が生じた場合、衝突予防法の原則論だけではなく、臨機応変さが小型船舶には要求される。
大型船舶は瞬時に舵を切っての避航な難しいので、小型船舶が逃げることが
多い。特に夜の本船航路上においては小型船舶は、そのように判断することが多い筈だ。
一般の道路で、ダンプカーと数台の自転車が相対した場合を考えてみれば分る。ダンプカーがハンドルをやたらにきったら怖くてどうしようもない。ダンプカーは真っ直ぐ走り、自転車が臨機応変に避けるだろう。
道路の左側通行は原則であって、右側を走る自転車だってある筈だ。
そう云う現状も加味して、報道して欲しい。イージス艦の乗員にも何か言いたい事はある筈だと思う。
それをきちんと報道するのがジャーナリズムではないのだろうか。
全員で一人の僅かな短所を攻撃する風潮は小学生にまで蔓延している。
実はそれが恐ろしい。
今こそ、大人たちの損得勘定ではない、背筋を伸ばした姿勢が要求されていると思うのだけど・・・。

20702/29 21:2627年目の疑惑の銃弾に想う
三浦和義さんがサイパンの空港で身柄を拘束されたことを知ってから一週間
が過ぎた。
凄まじいハリケーンのような報道合戦はまだ続いています。
ぼくはロスの事件を精査したわけでもなく、法律を勉強したわけでもないのでロス疑惑といわれる事件については語るスタンスを持ってはいません。
しかし、三浦和義さんが無罪放免になってからのこの5年間は、お互い良き友だと思っています。
だからマスコミ媒体にも友人というスタンスで、彼のパーソナリティや近況を語っています。
そして想う、この一週間・・・。
日本のマスコミが重心を置く軸足の不安定さを感じました。
三浦和義さんを「三浦容疑者」と呼んでみたり「元社長」などと呼称として変てこな呼び方をしてみたり、まるで朝三暮四です。
日本の最高裁判所が無罪の判決を出した人物を、外国が訳の分からぬ逮捕をしたのに、容疑者と呼んでいいのでしょうか?
これが仮にアメリカではなく、韓国、モンゴル、ロシア、コンゴ、チリなどの国でも同じことをしたのでしょうか?
日本で無罪、他国で逮捕された人を容疑者と呼びますか?
鈴木宗男さんではないけれど、これは日本国の司法の崩壊に繋がるのではないでしょうか。
こんな事を大人がしていると、日本の若者達の心が傷つきます。
それと20数年前と同じ報道の大騒ぎは如何なものでしょう。
事件の本質から反れた取材は止めるべきだと考えます。
三浦さんのご家族、ましてや仕事の取引先などは何の関係もありません。
それよりジャーナリストとしてなぜアメリカがこのような行動に出たのかを考えていただきたいのです。
例えば大きな事件や法改正などの目眩ましや国家間の裏取引に使われたのではないのか?
ぼくは共謀罪というのが妙に心に引っかかります。
この事件、まだまだ先が読めません。
日本人として、日本国として見つめていきたいと想います。
日本人のアイデンティテイが試される時かもしれません。


20602/24 13:30三浦和義さん逮捕について
三浦和義さんとはこの2年間ほど、共通の思いがある為、毎月ライブハウスでのトークショーをやっています。
取り扱うテーマやゲストも冤罪事件関係が多いのですが、まぁ彼とはそんな友人関係ということで、今回マスメディアから取材を求められていますが、まだ状況が不明のためお応えできません。
ただ、彼のためにノーコメントともしたくないのでこの場で今時点での私見を書いておきます。
三浦和義さんがサイパンの空港で逮捕されたことは、奥様の良枝さん経由の情報で知りました。
ご夫妻から18日から出かけて23日に帰国と聞いていたので正直驚いたのですが、もう一方では「やっぱり」という思いがありました。
以前から彼はアメリカでは召喚状が出るかも知れないと言っていたし、ハワイは危ないけれど、サイパンは信託統治だから大丈夫なんて冗談半分の会話を良くしていたのです。
サイパンは今回が3回目位でしょう、良枝さんの会社の決算が終わった時などに二人でいそしそと出かけていました。
今回、なぜ逮捕状なのか、これは分りません。
ただアメリカでは今、コールドケースの犯罪捜査が盛んに行われています。
今回もロス市警強盗殺人課のコールドケースチームが動いたのでしょう。
でも26年前の事件を何のために?
日米間の取り決めで、事件は両国で個別に立件できるとは云え、日本の最高裁が無罪を支持した事件に介入するのは、日本の司法のメンツが丸つぶれです。当然ぼくのように疑り深い奴は、日米の司法取り引きを考えます。
例えば今、日米間の厄介な問題、沖縄駐留米兵の強姦事件との関連はないのか・・・。
日本の町におけるアメリカ人の犯罪多発との関連はないのか・・・。
まだまだ色々考えられるでしょう。
ただ今回、マスメディアにお願いしたいのは、三浦和義さんが逮捕されたことによって、最高裁での無罪確定はおかしいと云う見方はしないでほしい。
すでに彼を犯罪者扱いで三浦容疑者とクレジットしたTV局もありました。
人道、人権に関しては熟慮を望みます。

さて、次回の三浦かずさんとのトークショーは3月2日、彼は戻ってくるのでしょうか?
ゲストは奇しくも三浦さん推薦の元暴走族のヘッド、抗争事件で相手を殺したとされ、懲役10年の刑期を終えてきた男です。
彼も自分のプライドをかけて冤罪を主張して、これから戦います。
そのお手伝いをしようとした矢先の今回の出来事です。
どうなることやら・・・。


20502/03 23:31事実はメディア報道より奇なり
三浦和義さんとやっているトークショー、「怖いもの見たさライブ・現代人別帳」も今日で19回目。6年ぶりの大雪の代官山ライブハウス。
ゲストは「暴力的コンゴ人」だの「疑惑にまみれた政治家秘書」だのマスメディアに散々叩かれたジョン・ムウェルテ・ムルアカさん。
身長209センチの大巨人である。
でも2時間語り合って俺が感じたのは、大きいのは身体だけでなく、その精神、志である。
アフリカ人でありながら、日本の武士道精神をその心根に潜ませているのだ。相貌は透き通り睫毛が長い。
嘘をつかない人間の瞳である。
彼の語るアフリカの悲惨な歴史と闘争まみれの血の現実。
白人諸国に踏みにじられた黒い肌の人々・・・。
そして日本人の役割・・・鈴木宗男さんが20回以上もアフリカ諸国を飛び回り、尽力されていた事を始めて知った。
ロシアでも一番信頼されている鈴木宗男さんがアフリカの人々にも「ミスターアフリカ」と呼ばれていることも知った。
ムルアカさんは自分のことより鈴木宗男さんの人間味について目頭を熱くして語ってくれた。
あの瞳に嘘はない。
鈴木宗男と言う政治家をもう一度見つめて見たくなった。
もしかしたら本当の政治家なのかも知れないと思い始めたからだ。
そしてこのジョン・ムルアカという男ともっともっと語りたいと思う。
出来たら一緒にアフリカの大地を裸足で踏みしめてみたい。
いや、アフリカの土に還ってもいいとさえ思う。
だって人類の祖先は只一つ、白人も黄色人も黒人もアフリカ人なのだから。
今日はつくづく再確認した。
鈴木宗男さんといい、ムルアカさんのイメージといいマスメディアの報道は嘘だらけである。
権力者のプロパガンダに成り下がって恥じる事がない。
それにどっぷり浸かっている日本人・・・せつなくなってきた。
外の雪景色よりも尚、心が寒い。



20401/29 23:50朝青龍には武士の一分がある。
朝青龍は相撲界の傾奇者・・・だから彼の土俵は面白い。
暴力的であり常に粋がっている・・・だから楽しい。
まず相撲は格闘技である。格闘技にルールはあるが容赦はない。
昨今の魂まで無くしたような相撲取りが魅力的な訳がない。
だから今、大相撲を支えているのは、横綱審議委員会がどう御託を並べようと朝青龍に他ならない。
白鵬は横綱ではあるが人格においても技量においても第一人者ではない。
相撲道の根底は武士道の精神の継承である。
だから髷を結い、太刀を持つ。
今、朝青龍の品格を横綱審議委員やテレビ評論屋どもが云々しているが、相撲取りの品格は土俵上においてまず論議すべきものではないのだろうか。
では、先の千秋楽結びの一番、土俵上にて横綱の品格があったのは白鵬ではなく朝青龍ではなかったか・・・。
あの立ち合いの瞬間、張り手から入った白鵬には武士の一分も情けもなかった。あのユルユルに締めたまわしに横綱の品格はない。
でもそれを誰が問題にしたのか?
そこを問題にするのが横綱審議委員ではないのだろうか。
あのゾンビのような連中になぜ楽しい相撲を云々されなければならないのだろう。あの横審なるものは、なんのために存在しているのか。
ナベツネだの元NHK会長だの、おじさん顔したおばさんだの、勝者の論理しか持たない超小型キムジョンイル達は相撲を知っているのかさえ疑わしいと俺は思っている。
あの雨戸に鼻をぶつけたような内館おばさんは、なぜ面だけでなく態度もでかいのか?
おまけに正義面して御託並べておいて、ちゃっかり朝青龍をネタもした本を出版しているではないか。朝青龍の天敵顔していたのは金儲けの手段だったのである。
所詮、横綱審議委員会なんてそんな輩の集団なのだ。
相撲は一瞬一瞬の勝負である。その一瞬一瞬に武士の一分がなければ、単なる裸の男の闘いだ。面白くもない。
その相撲の本質を書こうとしないのか、書く力量がないマスコミに相撲をとやかく云う権利などない。
スポーツでメシを食わせて貰っているのなら、朝青龍関に感謝するべきである。彼こそ日本の武士道を継承している男である。
おいおい・・・今、ふと思ったが彼がモンゴル人だから差別的な報道しているんじゃあるまいね・・・。


20301/27 20:59俵 孝太郎さんの意見に大賛成だ。
映画「アイ・アム・レジェンド」
ウィル・スミスが地球最後の男になって、ウイルスに犯された人類のために闘うって云うストーリーである。
予告編が面白そうだったので、ついつい観てしまったが映画そのものは俺の想像を遥かに越えたものだった。
どう越えたかと云うと、マイナスの方向にではあるが・・・。
まず、ウィル・スミスは地球最後の男ではなかった。「嘘つきめ!」
それよりも俺の大嫌いな怪奇ものだったのだ。
気持悪いの何の・・・予告編では見せなかったじゃないの、気持の悪いウイルスに犯された人間達をさ・・・。
まぁその話は今回の枕。

人は人のために死を選べるだろうか・・・。
ウィル・スミスではなく、俵 孝太郎さんが日刊ゲンダイに連載している「辻斬り説法」で書いていた。全世界に爆発的感染が心配されている
「鳥インフルエンザ」についてアメリカ政府がワクチン供給の優先順位をまず
医療・公共秩序の担当者、高齢者としていたのを、高齢者は後に廻して乳幼児や若者優先に改めた。
数に限りのある人工呼吸器を末期がん患者や重症者から外し、若い世代に廻す方針も世論に支持されている。
俵 孝太郎さんはこのアメリカ政府の方針に大賛成と云う記事である。
実際、日本の政治家にこんなことを言える奴がいるだろうか?
いいないだろうなぁ。マスコミだって人命に軽重はないなどと絵に描いたような似非正義論を振り回すだろう。
エゴの塊のような勝者の論理しか持たないテレビ評論家どもも、人間差別などと、普段自分達がやってる論理を振りかざすに違いない。
俵 孝太郎さんはこう言い切っている。
「国家国民が危機を生き延び、社会を再建する為に私の命を投げ出す事に何の躊躇もない」
俺も同意見である。
俺達は命をつなぐ為にこそ生きているのだ。
権力や金儲けではない。
ここまで生きてこられた感謝をこめて、若者達にいつでも命を捧げよう。
命の継承とはそういうことだと思う。



20201/27 19:41殺意の展望・ダボス会議に想う
人には殺意がある。
宗教、倫理、心理、生物、医学・・・あらゆる人間勝手な学問で人間の感情を統一しようと試みても、人類から殺意を消し去る事など出来る訳がない。
所謂、殺人者が行動に移してしまった殺意と、自己が日常ふと抱く殺意にどれほどの径庭があるだろうか。
それは行動したか、止めたかの紙一重のことである。
一人でも殺せば殺人者、1千人も殺せば大ヒーロー・・・人間社会なんて所詮、これほど危うい基準に浮かんでいる病葉である。
また人類の殺意は人間だけに留まる訳がない。
科学の進歩は人類にとって明るい未来の如く語られてきたが、人類以外の生物たちにとっては生息環境の破壊に他ならない。
科学の進展は地球生命体の滅亡への加速にも成りかねない。
地球誕生から40億年・・・この間、何度となく地球の生命体が全滅している。
恐竜・マンモスの全滅から高々数万年から数千万年・・・それはとても人間などには計り知れない、この宇宙の事情によって繰り返されてきた。
私達生命群も滅亡する。
しかし、人類はそれを自らの手で加速していると思えてならない。
この世界の事、この時代のこと、真剣に考えたい。
私達人類は今、何をしたいのだろう・・・何をしようとしているのだろう。
この地球の全生命群が命の営みに必要な他の生物の命を無駄に奪って、それが人類の進歩のためと云うならそれは違う。
人類の体のいい殺意の転換で作り上げた科学の過ちを総括せず、単にCO2の
削減などと世界の首脳と称する輩が集まったスイスのダボス会議のうそ寒々しいニュースを見てこんな事を想った。
21世紀は科学の夢ではなく、科学の害を世界が語り合う時代にしなければならないのだ。



20101/04 14:31不都合な真実の前に全て色褪せて
謹賀新年
・・・この言葉さえ憚られるくらい、この正月は正月を実感出来なかった。
何十回も正月を迎えているが、正月の意識を持てない、心を新たに出来ず
口先だけの「おめでとうございます」が言えない・・・のは俺だけではないだろう。
年賀状も遂に書けなかった。年賀状を頂いた方々には申し訳ありません。
マスコミは誰かを悪者に仕立て上げる魔女狩りに始終し、テレビは安っぽいお笑い芸人の氾濫、NHKの紅白歌合戦など大手芸能プロに支配されて、NHKは完全にアイデンティティを失ってしまった。
すでに公共放送としての責務は放棄したのだろう。
新聞の一面は正月から株、ドル急落と大騒ぎ。
こんなこと大多数の日本庶民に必要なニュースなのだろうか?
この国はどこを向いて何をしようとしているのだろう。
大多数の庶民が一握りの人間達に支配され、左右されている現実は狂っているとしか思えない。
この50年余り、日本はとんでもない方向へ来てしまった。
世界の国々が今、日本を褪めた目で見つめている。
金儲けではなく、何かをしなくてはいけないのだ。
金が人生、金が全てと言う意識を棄てなくてはいけないのだ。
例えば・・・日本がリーダーシップをとって、この傷ついた地球のために努力することだって良い。
この地球を傷つけてしまった日本の罪は相当に大きいのだから。
46億歳のこの地球が養っている動物や植物の中で、たった一種類の人間が
この百年ほどでメチャメチャに破壊してしまった環境を取り戻さなければならない。
毎年、何千と言う動植物が絶滅するのを無視してはいけない。
人間が他の全ての生物を思いやる心が自分達を守ることにもなるのだ。
政治だ、経済だ、金融だと欲のままに生きるのではなく、このかけがえのない地球の危機のために生きる・・・
俺はマイノリティでもそっちにシフトした。
微弱な人間ではあるが同じ魂を持った人は必ずいるから・・・。
百年後の世界の子供達に素晴らしい地球を見せてあげよう。
人間の科学で厚化粧した世界など、結局は砂上の楼閣に過ぎないと思う。


20012/23 17:45田園調布 資産家殺人事件に思う
田園調布資産家殺人事件と言っても、既に記憶が薄れた人も、事件そのものを知らない世代の人もいるでしょう。
これは昭和55年 東京田園調布に住む資産家の男性が失踪し、五年後にこの男性を殺した容疑で一人の男が逮捕されました。
高級住宅地の田園調布、そして被害者が資産家ということで当時のマスコミは大騒ぎをしました。
三浦和義さんの「ロス疑惑事件」と同じ頃です。
ワイドショーを騒がせた二大事件でした。
それから20年の歳月が流れ、その逮捕された男が先月釈放され今、俺の前に座ってにこやかに二人でコーヒーを飲んでいます。
人生の不思議な縁で先週の木曜日、田園調布に程近い自由が丘の喫茶店でお会いしました。
折山敏夫さん。中肉中背64歳の温和な顔はとても殺人者には見えないし、
20年間も千葉刑務所に服役していたとは思えない爽やかな相貌です。
この事件は調べれば調べるほど合点のいかない事が多すぎます。
まず、まず折山さんが資産家の男性を殺したとされる年月日が特定されていないし、殺した方法も凶器も場所も不明なのです。
目撃者もいません。物的証拠も何一つありません。
では、なぜ逮捕され最高裁での上告棄却になって懲役20年の刑が確定してしまったか・・・。
それは本人の自白とされています。
でも折山さんは俺にも
「自白はしていません。やってないのに自白は出来ません。警察官と検事の証言だけなんです。」
と真剣に訴えられました。
犯罪捜査の暗闇。
確かに当時の資料によると警視庁での取調べは136日間という異常な長さです。あの隔離された取調室で136日間責められたら人間は狂います。
俺にもそれが正常なやり方とは思えません。
「冤罪」折山敏夫さんのケースもこれなんじゃないか、俺の印象です。
冤罪事件はいつ我が身に降りかかってくるか知れません。
電車内の痴漢容疑なんてまともな男でも防ぎ様がないからね。
そこで、冤罪事件では第一人者・・・いや大先輩・・・いや大御所・・・まぁなんでもいいや、自ら冤罪を晴らした三浦和義さんとのトークライブに折山敏夫さんをゲストに迎えて「田園調布 資産家殺人事件」を検証することにしました。
期日は新年の1月6日 日曜日 昼の12時開演
東京 代官山のライブハウス「晴れたら空に豆まいて」です。
まだ、マスコミにも未発表、どうぞいらっしゃってください。
とんでもない話が聞けると思いますよ。



19911/05 19:17真実を封じ込めてはいけないのだ
国家を形成するもの・・・
立法・司法・行政、この三権に現代は報道を加えて四権と言う。
報道は勿論、国民に代わっての三権の監視役である。
この三権が勝手に動き回り、それぞれがそれぞれを触らない以上、報道の果たす役割は大きい筈なのだが、どうだろう。
俺は今の報道機関は真実の一部しか伝えてないと思う。
北朝鮮の拉致問題にしろ、亀田親子の問題にしろ、特に政治などテロ特措法や民主党小沢党首の辞任パフォーマンスにしろ、マスコミ報道は真実の一部しか伝えていないのである。
またこの国の国民も真実の一部で満足し、次の事件を首を長くして待っている有様である。
見えざる何かに飼いならされてしまっているかのようだ。
マスコミが自ら独裁国家のような働きをしてはいけないのだ。
事件の新たな真実を考えなくては、事件の裏を見つめなければこの国は本当に堕落してしまう。
国民が本当の真実を考える手助けをするのがマスコミではないのだろうか。
真実の一部だけで信じてしまう・・・。
実はこの意識構造が一般社会にも蔓延している。
会社でも学校でも団体でも、一部の真実だけで悪しきに判断されてしまう弱者がいかに多いことか。
真実の一部をチラつかせ、弱者を圧迫するのが、この国の権力者の常套手段なのだ。
宇宙に真実は只一つである。
その真実を閉じ込め、封じ込めてはいけない。
報道が出来ないのなら、心有る国民がやらなくてはいけないと思う。


19810/29 20:46誰がカモだか判らない時は自分がカモだ。
これは俺がしばしば親しい人にアドバイスする時に使う警句
である。
「誰がカモだか判らない時は自分がカモだ」
特に最近のこの国は、あっちでもこっちでも集団でカモを作って集団で攻撃する、まるでブームのように。
このカモ・・・早い話が悪役である。
みんなで悪役を作り出して攻撃する。みんなでやりゃ怖くないってなもんだ。この集団的悪役作りには一般人も政治家もマスコミさえ参加する。
先進国でこんなことが日常行われているのは日本が一番だろう。
なぜならこの国は多神教の国だ。一神教の国のように国家や民族の共通概念が希薄である。国や民族のアイデンティテイがない。
辛うじて昭和時代までは「論語」などがこの国のアイデンティティに一役かってくれていたが、平成時代にはそれがない。
そんなことが起因して国単位、地域単位、組織単位で日夜、それぞれの共通項である悪役作りが行われているのだ。
だからこれには国も地域も組織もマスコミさえ参加している。
最近では相撲の朝青龍。ボクシングの亀田親子。
そして今日、国会で証人喚問された守屋前防衛事務次官。
彼らはみんな集団的な、ある意図で作り上げられた時代のカモである。
国や全マスコミ挙げてお祭り騒ぎするほどの問題ではない。
守屋のおっさんなど、なんで今更俺が?と思っているだろう。
そりゃそうだ、守屋のおっさんは自民党のスケープゴード、野党の政局に使われているだけだもの。
この集団的カモ作り、悪役作りが今、会社組織や学校、住居地域にまで蔓延していることが怖い。
俺の知っている会社なんか、四六時中社内に悪役を作って社長を先頭にみんなで攻撃している。
こんなことをするしか権力の存続が出来ない事実が遣る瀬ない。
とにかく悪役を次々作らなくては人間のまとまりがつかないのだから。
そんなことをのんびり書いている、この俺も今、カモになっている気がする。
いやぁ、マサカとは思ったけれど、どうやらこの俺が、ある集団から悪役にご指名されたようなのだ。
面白い、カモが時には鷲に変身する様を見せてやろうじゃないの。
って、これじゃなんの事やら分らんよね。
まぁこの事は後日、書籍にして公開するからお楽しみに!









19710/28 18:23人の心の結び目を解いて生きて何になるのだろう
昨日、青山劇場での「あさみちゆきコンサートV・阿久 悠 魂の詩」は
台風20号通過の暴風雨模様の中、満員のお客様に来ていただき、熱いステージを演出することができました。
あさみちゆきを始め全ての出演者・スタッフが見事に纏まって、素晴らしい内容だった事を誇りに思います。
井の頭壮年合唱団の皆さんも楽しいステージでしたよ。ありがとう!

今回のこのショーもそうだけれど、阿久 悠という稀代の作詞家の歌に託した志を繋げていきたいと言う俺の気持を皆が賛同してくれてステージが出来上がっています。
これは俺が毎月一回、青山のライブハウスでやっている「阿久 悠を唄う」
も同じです。
今月の14日は20回目だったこともあり、出演希望のゲストもあふれ、お断りしてしまったアーティストもいました。
お客様もハウスの床が抜けるほど来ていただき、ホスト歌手の大至など感激で泣きながら唄いました。

でも最近、残念なのはこの僕達の活動を営利目的と単純に思い込んでいる人々がいることです。
ライブハウスなどのショーは金儲けなど出来る訳がないのに・・・。
阿久 悠さんが歌に託した社会へのメッセージに賛同した人間が、一生懸命やっているのに、それを冷めた目で目詰めている人たち・・・。
哀しい人々だなぁ。
そんなに金が大切なんだろうか・・・。
文化の夢を広げるのに、なぜ経済を持ち出すのだろう。
文化は経済に馴染まないことを、なぜわからないのだろう。
もっともっと、人間を大切にしようよ。
人間が人間に興味を持つ意義を忘れた人ほど、哀れな奴はいない。
金や権力より、広がる夢のある会話が出来る人が、俺は大好きだ。
阿久 悠さんは「歌は人の心と心を結んで行く力がある。だから音楽に携わる人間はその結び手にならなければいけないんだ」と熱く語っていた。
今、人の心の結び目を、解いてまで生きていこうとする人が俺の周りにもいる。
なんとせつない人たちなんだろうか。





19609/24 21:57馬鹿げた政治より楽しい映画を・・・
無理だろうとは思っていたけれど、やっぱり駄目だよ福田新総裁殿。
まずは党三役人事から談合見え見えの派閥人事だ。
協力してくれた各派閥の首領たちのご意見で、党三役が前代未聞の党四役だってさ。
最高権力者の権力者たる所以は人事権にあるはずなのに、福田おじちゃまは
あっさり放棄して古賀の狸の言い成りだ。
もう組閣など勝手にやれば・・・ってな気持。
楽しい話をしよう。
そうそう最近映画も自民党の閣僚みたいに外ればかりだったけれど、久々のヒット作に出会った。
「さらば、ベルリン」
監督はスティーブン・ソダーバーグ、今アメリカで最も元気がいい監督だ。
この映画は40年代のテイストを忠実に再現したいためにモノクロでの撮影。
CGを使えば簡単な戦争直後のベルリンの町も、当時のニュースフィルムを使っていい味を出している。
で、ストーリーは殺人の裏に潜む政治的陰謀とラブロマンスというこの手の映画の定番。
どこかで見たことあるぞと思ったら、あの「カサブランカ」のパロディで監督が遊び狂っているではないか。
これで気分が楽しくなった。これぞ映画、これぞ娯楽。
マイケル・カーチス監督もあの世で抱腹絶倒してると思うと笑える。
設定はベルリンとモロッコの違いはあるが、ハンフリー・ボガードがジョージ・クルーニー。イングリッド・バーグマンがケイト・ブランシェット。
時代も1940年。
それでラストシーンはトレンチコートと飛行場というお約束場面構成。
ほとんどの登場人物が煙草を吸いまくっていたのも楽しい。
エンターテイメントってのは金かけて派手にドンパチしなくても監督の腕一本でステキな作品が出来上がる。
だからさ、この映画を日本人に観てほしい。
映像文化が人間をいかに豊にしてくれるか・・・政治が駄目なんだからこれしかないよ。




19509/14 23:42土居ちゃんと呼ばせてください。
不覚にも今日の終わりに夕刊紙を見て知った。
土居 甫さん、本日ご逝去の悲報が目に飛び込んできた。
60年代から70年代の歌謡界は振付家・土居 甫によって一変し華やかにして楽しい世界になった。
当時、振付師は何人かいたけれど、土居 甫の振り付けはいつも斬新でアイデア抜群であった。ピンクレディを始めスター誕生出身歌手のほとんどは土居 甫の振り付けでステージを飾った。
俺と土居 甫さんはある一時期、べったりいつも一緒状態だった。
スター誕生という番組の俺は台本書き、土居ちゃん(当時はそう呼んでいた。土居ちゃんは俺をシゲルちゃんと呼んでいた)は振り付けとステージングを担当していたので始終顔を合わせていたのだ。
特に三ヶ月に一回ある日本各地での公開録画の時は泊まりになるが、土居ちゃんと俺はいつも二人で相部屋であった。
二人でつるんでよく悪さもしたなぁ。バカな遊びの武勇伝には事かかない。
目を閉じると土居ちゃんのかすれたハスキーな声が聞こえてくるようだ。
それとあの細目の笑顔・・・。
実は一昨日、阿久 悠さんの四十九日法要を終え、飯田久彦さんから土居ちゃんが都内の病院のICUに入院している事を聞いた。
面会が出来ない状態と知り、気がかりだったのだ。
土居ちゃんも死んじゃったんだね。
そうそう、新聞で土居ちゃんの年齢を知り驚いた。
俺よりずっと年上だったんですね。そう言えば二人で年齢の話なんかしたことなかった。ごめんなさい、タメグチきいちゃって。
でも今日は許してください。
土居ちゃん!楽しかった日々をありがとう。
さようなら。ダンディな三枚目の土居ちゃん・・・。



19409/14 23:00安倍首相の行動は犯罪に等しいのに・・・
TV,新聞はじめ各マスコミは安倍首相の後継問題でお祭り騒ぎである。
自民党員のなんと生き生きとした顔、顔、顔、盆と正月が一緒に来たような笑顔だらけ・・・のように俺には見える。
今、この国の国民の多くはどんな生活をし、どこまで追い詰められているのか政治家やマスコミ人はご存知あるまい。
今日一日でも100人以上の日本の人々が自殺しているのだ。
知っていりゃこんなバカな騒ぎなど出来るわけがない。
その上寂しいのは、安倍首相の言語道断の行動になんでこの国の学生諸君、
右翼のみなさん、左翼の方々・・・論客と呼ばれる人たちが抗議行動のひとつも起こさないのだろう。
民主党まで死んだ振りしてるのはなんなのだろう。
あの幼稚な二世おぼっちゃまの安倍の責任問題をなぜ糾弾しないのか。
あの行動は犯罪に等しいのではないのか?
あの行動は間違いなく世界中の笑いものである。
世界の歴史上にもいないよ、あんなバカな首長は。
あの行動で日本国民が世界の人々からバカにされているのだ。
これは国民一人一人への侮辱罪ではないのか?
なぜ日頃偉そうな事を言っているテレビ評論屋さんたちは黙っているのか?
少なくとも安倍首相が日本人の尊厳を傷つけたのは事実である。
「美しい国」が聞いて呆れる。
このおとしまえは付けなければいけない。
さらにこの国会を空転させバカな政治家どもがアホ騒ぎをしている、この空白で使った金を精算するべきである。
あいつらが会議と称して一流ホテルや料亭に払う高額な金は俺達の税金ではないのか?
いったい今回幾ら金が浪費されたのか?
この間、遊び呆けているほとんどの与党、野党の国会議員の歳費が幾らになるのか?
国会空転のその部分も精算し、この全ては安倍首相に請求するべきだと俺は思う。
俺達の日常では、自分の勝手な行動で起こした損害は弁済するのが常識である。それをなぜマスコミは取り上げないのだろう?
この国は本当に腐敗している。
情けない。
でも国民は国を棄てる事が出来ないのである。





19309/11 11:30阿久 悠を送る会・胸の中で何かが消えた日
昨日、「阿久 悠を送る会」が都内のホテルで盛大に行われた。
昨夜から今日のニュース・ワイドショーはこの映像で賑やかだが、それを見つめつつ気持が沈んでいくのは何故だろう。
約千人の参列者に来て頂いた。
作家・作詞家・阿久 悠の偉大さを改めて感じた人も多かった筈だ。
皆さん、それぞれが阿久さんとの想い出を偲びつつ過ごされたと思う。
マスコミ報道関係者も大変な数だった。
もっとも彼らの目的は、参列した大勢の歌手達の取材であったけれど。
俺は盛大な式典の進行係りをやりながらも、なぜか心が晴れなかった。
「阿久さん、こんなに来ていただいて良かったですね」
と遺影に心から言えない自分を感じていた。
粛々とお別れに来るよりも、阿久さんの体調が優れない時に声をかけ、元気をつけて欲しかった。
「さようなら」より「こんにちは」の言葉をかけて頂きたかった。
癌と闘ったこの6年半の時間を共有した俺はそう思うのだ。
でも、会場で楽しい事もあった。
過去に仕事上や些細な人間関係で別れてしまった演出家やプロデューサーの仲間たちが沢山来てくれた。
つまらない事で意思の疎通をかいた仲間達にも会えた。
そして今の俺の良き仲間達も・・・
みんな阿久 悠さんが会わせてくれたのだろう。
この日、俺の現実世界から何かが消え、過去の世界から何かが浮かび上がって来たように思える。
俺の歩く道が大きく変わるのだろうな。
これも阿久 悠と云う男の存在感なのか。
今週、阿久さんの「四十九日法要」が済んだら、その道がはっきり見えてくるだろう。






19209/05 00:32愛国心とお行儀
盟友・三浦和義さんとやっているライブハウスでのトークショーも今月の2日で14回目であった。
この閉鎖された世の中に小さな風穴でも開けようよと始めたのだが、ますます面白くなってきた。
今月のゲストは俺の希望もあって、右翼・一水会顧問の鈴木邦男さんである。
俺は愛国心について語りたかった。
最近、政治家の口からやたら、愛国心が語られ憲法にも入り込んできた。
安倍首相も美しい国だの、愛国心だの言っているが、あの首相の言う愛国心とは何なのだろう。
俺には愛国心などない。愛国心の意味すら分からない。
ふるさとの海や川や森をいつまでも慈しむ気持や人間への優しさや弱者へのいたわりの心ならあるつもりだ。
でも愛国心といわれてもなぁ。具体的に何をどうしてよいのかわからない。
右翼の鈴木邦男さんは愛国心についてこの国に殉ずる心だとおっしゃった。
そのとおりだ。それが右翼である。
鈴木邦男さんは激しい心とは裏腹にやさしい穏やかな表情の男である。
その彼が右翼は国に殉ずるとキッパリ言い放った。
最近、左翼の人々が弱くなったためか?右翼も少々元気がない。
多少のエールを贈っておきたい。
さて、困った首相の愛国心であるが、愛国心とは右翼の言動でも分かるように究極的には国家に命を捧げる覚悟を持つ事である。
どう奇麗事で取り繕っても、愛国心とはそういうことなのだ。
その愛国心を今の政府は国民に求めているのである。
国に命を委ねることが美しい日本人なのか・・・。
これでは戦前の政府や軍部と同じではないか。
その安倍首相、新閣僚がまた粗相をやってるのに、国民の前にノーネクタイで登場である。クールビズはお行儀に勝るのか・・。
民主党員や閣僚のほとんどがネクタイしているのに・・・安倍のおぼっちゃま君にはブレーンやご家族はいないのか?
お行儀を誰も教えてやらないのだろうか?
今日のニュース見てると安倍首相は完全に裸の王様状態である。
一日も早い御退陣をお薦めしたい。


19109/04 23:08JR浦和電車区事件に思う
縁あって「JR浦和電車区事件」7人の被告人のお一人にお会いした。
俺はそれまで不覚にも、この事件には関心もなく存在すら心中にはなかった。数年前、週刊現代がやたらとJR東日本の労組に革マル派がいるとかなんとか、しつこくキャンペーンをやっていた記憶があるが、あれに関係のある事件なのだった。
この事件を知らないのは皆さんも俺と一緒だと思う。
実は大変重要な事件なのだが、なぜかマスコミは報道しようとはしない。
これでは知る術がない。
なぜだろうか?
なぜマスコミはこの事件を報道しないのか?
実はそのことが恐ろしいのである。
この事件の内容に関しては、ここでは割愛するが、とんでもない事件なのだ。(関心のある方はネットで検索してください)
俺も被告の方にお会いする前に、俺なりに事件の概要は調べ上げた。
どう考えても冤罪に近いと思える。
事件そのものは実にちっぽけな、どこの会社にも日常茶飯事で見られる言動なのである。
それをなぜか警視庁の公安が乗り出して7名を逮捕し、検察は344日間の長期拘留をかしたのである。
法律に詳しい方ならすぐ分かるはずだ。あり得ない事件なのである。
なぜこうなったのか・・・ひとつ考えられるのは、7名の所属するJR東日本労組・JR総連は今や日本に唯一残されたような、経営者の権力に屈しない本来の労働組合なのである。良き昭和時代の良き労働組合なのだ。
今や大企業の労組は経営者の総務部みたいに成り下がっている。
労働組合の存在はそんな事じゃないだろう・・・とみんな思っていると思うが目先の生活の為には背に腹は替えられないのがせつない。
JR西日本もJR東海も労組は変質してしまった。
労働者の唯一、最後の砦がJR東日本なのである。
そこに突然、国家権力が介在しマスコミは知らぬ顔を決め込んでいる。
これでは素人でもJR東日本労組つぶしと思ってしまうよ。
この国は今、やはりおかしい。
俺はまだこの事件が冤罪だとは断言するほど情報がなく、勉強もしていない。でもこれからはこの事件の展開に関心を持つつもりである。
何だかおかしい・・・そんな直感はするのだ。



19008/16 13:02阿久 悠を唄う 18回ライブ
毎月行っているこのライブ「阿久 悠を唄う」も18回になった。
阿久さんの歌の中からこの国や日本人へのメッセージを拾い集めてトークと歌で綴るショーだけど、今回は辛かった。
阿久 悠さんの追悼ライブにする気は毛頭なく、いつものように粛々と進めるつもりでいたが、超がつく満員のお客さんを前に阿久さんの歌詞を見つめるだけでこみ上げるものがあった。
出演者やバンドメンバーやお客さんに涙を悟られまいといやー辛かったよ。
それにいつもはライブが毎月の第二日曜日で次の日が阿久さんの透析治療の日なので、俺はライブをCDに録音して病院への道すがら車の中で阿久さんに聞いてもらうのが楽しみだった。
今週の月曜日、CDはあるが聞いてくれる人がいなかった。
まだまだ阿久さんの存在が俺の日常には残ったままだけど、いないことをこうして確認する事は辛い。
満員のお客さんの前でも俺は、これから阿久 悠さんの志や理念を継承してゆくなどと語ったが、時間経過と共にそれの困難さが圧し掛かってくる。
それが俺にできるのか?
「一をもって 之を貫く」を見事に実践した阿久さんであった。
その一とは「作品は派手に 生活は地味に」である。
哲学は「やせ我慢」なのだ。
最近の著名人では数少ない晩節を汚す事のなかった人である。
今の日本人はノブリスオブリージェがなさすぎる。
特に権力者や金持ち気取りにそれが顕著だ。
勿論、政治家連中も同じ穴の狢である。
俺にはノブリスオブリージェがあると言ってるわけではないよ。
俺もまだまだだよ。おっと横道にそれた。
だから、その阿久さんの志を継承するなんてとても俺には出来そうにない。
出来そうにはないけれど、何か方法論が見つかるかもしれない。
そう信じて考えてみたいと思うのである。
それをやらなければ、俺は阿久 悠のただ一人のブレーンなのだから。



18908/05 23:05阿久 悠さんが天に翔んだ日
永すぎた梅雨が明け相模湾には真夏の陽光が煌めき涙の目に痛いくらいだ。
海に面し伊豆の山々に囲まれた緑の中で、阿久さん、いや深田公之さんの密葬が静かな時の流れのままに行われた。
近親者だけのゆったりとした急ぐ事のない葬儀だった。
蝉たちの声が葬送の音楽のように・・・。
阿久さんとの6年半に及んだ壮絶なんて言葉では済まされない闘病が終わったのがまだ実感としてはない。
葬儀の間にも次の透析はいつだっけ・・・などと考えてしまったほどだ。
必ず来るお別れの日は覚悟の上とはいえ、その日の訪れは早すぎた、突然過ぎた。心に準備が出来なかった。
もっと闘えた筈だ。今までだってあらゆる危機に連戦連勝だったのに、阿久さんはうっかり深い眠りについてしまった。あまりにも安らかな眠りだったので起こせなかった。そんな想いの最終章だった。
俺をシゲルちゃんと呼んでくれる貴男がもういない。
貴男は人間にはなかなか出来ない事を二つも同時にやり遂げた偉人だった。
作詞家・阿久 悠としては歌謡界に燦然と君臨したけれど、決して統治しようとは思わなかった。支配力、権力欲は優しさにすりかえていた。
人間・深田公之としては男のやせ我慢を貫き通した。
生活は金殿玉楼ではなく、幸せはささやかな暮らしにこそ宿ると信じていた。そんな素晴らしい男が昨日、天に翔んだ。空の上からあの素晴らしく、美しく、優しい言葉を雨・霰と降らしてくれるだろう。
それを拾い集め、人びとに伝えるのが阿久 悠ブレーンとしての明日からの俺の仕事である。天に飛翔した阿久 悠さん・・・戒名は・・・
「天翔院詞聖悠久居士」です。







18808/01 22:51偉大な志が天に昇った日
今日、阿久 悠さんが静かに眠るが如く生命を終えた。
何千曲も素晴らしいドラマと云う歌を大空に飛ばしつづけた阿久さんが、自分自身のドラマはあっけなく、そっけなくエンディングにしてしまった。
今朝の明け方、消えかけた生命を前に俺は阿久さんの素足を撫で続けた。
その行為に何の効果があるのかは分からない。
心臓マッサージをする医師の傍らで俺はだんだん冷たくなって行く阿久さんの足を擦りつづけた。
「ご臨終です」午前5時29分、機械的な医師の最後通告を聞きながらまだ擦りつづけた。」
6年半、俺は阿久さんと共に癌と闘いつづけてきた。
けっして負けたとは思わない。
阿久さんはサムライのように美しく闘った。
癌との闘いにも男の鮮やかな美学を貫き通した。見事だった。
惚れ惚れした。
阿久さんの足を擦りながら、無念の遺志が手先から伝わってくるのを待っていた。
それが来たかどうかは、ここではいい・・・。
今日、偉大な志は天に昇っていったが、あの素晴らしい歌のように俺達の頭上に降り注いでくるに違いない。
俺のこれからの役目はその遺志を受け継いで日本中に更に振りまく事だ。
それを阿久さんにきっちり誓ってきた。
さようなら、兄貴!


18707/22 20:49金 正日がいっぱいいる国の選挙なんだ
人間には器が必要である。これを器量という。
政治家にも器が大切である。ましてや閣僚ならば。
社会主義、独裁主義より民主主義がいい・・・は幻想に違いないと気付き始めた人々がいる。
俺もその一人だ。
人間が複数集まり社会を構成すれば、そこに秩序が必要になる。
秩序を求めれば、そこに権力が必要になる。
権力を集中すれば独裁になり、社会主義が生まれる。
しかし、同じ権力を分散しただけなのがこの国の民主主義ではないのか。
権力を集中すれば責任も集中するが、分散すれば責任も分散する。
この国の民主主義は責任感の分散・・・俺にはそうとしか思えない。
地方分権などますますの責任感の分散どころか、なすり合いである。民衆が痛めつけられても誰の責任だか分からないようにしてしまっている。
なんのことはない、あっちこっちにキム・ジョンイルがごろごろいるだけなのだ。
今の内閣など正にキム・ジョンイル内閣である。ほとんどの大臣が政界だけに存在するという世襲制度で押し出されてきた輩ばかりではないか。
能力は関係ない。世襲だけの地位なのである。
ほとんどの大臣がおぼっちゃま育ちゆえ、口の利き方も、金の使い方も知らない。放言や使途不明金など当たり前の話なのである。
マスコミが騒いだって、「えっなんの話?」ってなもんだ。
次元が違うのである。
ましてや国民の心などに触れたことがないから知る由もない。
金 正日型民主主義、みんなで国民に押し付ければ怖くない。
そんな連中がこの国を牛耳っているのである。
そして知らない間にこの国は、とんでもない格差社会になってしまった。
今の税制など一生懸命に働く人を痛めつけているとしか思えない。
しかし、その社会を造ってしまったのも、また俺達国民なのである。
来週の参議院選挙、俺達弱者の最後の底力を見せつける時だぜぃ!
ここでアクションしなければ国が死ぬ。




18607/22 20:04戯論・自殺願望についての・・・
全国の中小企業の全従業員の一割が、過去一年間に自殺を考えたことがあるそうである。
その2%は実際に自殺を企てている。
俺にはもともと自殺を否定する考えはないから、そういう人びとを弱者だなんて思っていない。
自殺は誰にでも平等に与えられた自分自身で決められる数少ない手段である。誰だって死ぬ瞬間は一人で引き受けなければならない。
誰だって他人に殺されたくはない。
だから自分の意思で死ぬ瞬間は幸せに違いない、少なくてもその人の現実よりは・・。
俺自身も死ぬ時は自殺と決めている。
人には殺されたくない、ましてや病気などに殺されてたまるかい。
死ぬ方法も決めてある。だから死ぬ事は少しも恐ろしくない。
むしろ楽しみである。
こんなこと言うと、すぐ善悪や良し悪しや清濁のモノサシで意見を言うのが世間だが、俺はこの共同体の二元論的な概念が大嫌いである。
あの右翼民族派の野村秋介さんが言っていた。
「俺に是非を問うな。激しい雪が好き」・・・と。
俺は右翼でも左翼でもないが、なんでも二元論で解決してしまうこの国の政治家、役人、マスコミ、有識者連中は大嫌いだ。
人間の考えはもっと自由で良い筈なのだ。
生と死は等価なのかを自分自身に問うてみてください。
そうすれば人生には弱者が勝つ瞬間が必ずあることが分かるし、この国の一割の労働者が抱いている自殺願望が心から理解できる筈なんです。
人生はいつもリスクがある方向に進まなければ何も生まれません。
俺達は死ぬために生きているのだし、死に向って生きているのだからね。

18507/01 23:32意外だった!愛染恭子さんの人柄と事件
毎月第一日曜日に代官山のライブハウス晴たら空に豆まいてでやっている「怖いもの見たさライブ」も今日で12回目である。
盟友三浦和義さんとは1年間くらい続けるつもりでスタートしたが、やればやるほど面白くなってきて、どちらともなく無期限続行の雰囲気である。
まぁこの間には三浦さん自身がゲスト以上にマスコミを賑わす騒動を起こしてくれたりして実にスリリングなトークショーである。
で、今日のゲストは日本初のハードコア本番女優の愛染恭子さんであった。
まず聞きたかったのは、先日マスコミを騒がせた「14歳の姪に対する暴行事件」の真相だ。
事件は逮捕された愛染さんが50万円払って釈放された罰金刑だった。
姪に対して教育のために手を上げた事が暴行罪になるのだろうか。
しかも逮捕されたのは愛染さん一人ではなく、愛染さんのお兄さん・・・つまり姪子さんの父親と愛染さんの母上・・・つまり姪子さんのおばあちゃんである。同居の家族が全員逮捕と言う異常な展開の事件だった。
これに対しマスコミは愛染恭子がいかに悪い女であるかを突付きまわし、さらには一人の男を姪ととりあった三角関係とまで面白がって報じたのである。でも愛染京子さんが淡々と話してくれた真相はまるでニュース報道とは違う。
本当に今、日本の警察内部では何が起きているのだろうか?
事件に対する捜査力の激減は、何が原因なのだろう。
またその警察報道を鵜呑みにして取り上げてしまうこの国の報道機関も病んでいるとしか思えないのだ。
三浦和義さんの万引き騒動も愛染恭子さんの暴行騒動も、真相を知れば有罪はありえない、無罪であり冤罪事件ではないか。
和歌山毒カレー事件の林 眞須美さんだって冤罪の可能性のほうが大きいと俺は思う。旦那の林 健治さんと会って話をして本当にそう思うのだ。
この国は事件の真相がキチンとでる国になって欲しいと願うし、今は小さな力しかないが、このトークショーを続けていかなければならないと痛感するのだ。社会への小さな風穴でもいい。まず開ける事が大事なのだ。
最後に愛染恭子さんとは数十年前にテレビでご一緒した仲である事が判明した。この先、ポルノとか風俗ではなくアートとしての女性美を創りだす仕事をご一緒したいと思う。
俺にそう思わせるくらい今日の愛染恭子さんの目は澄んでいて綺麗だった。
この瞳の人が意味のない暴行などする訳がない。



18406/18 21:19現代に梁塵秘抄を編纂する・・・。
「この時代に梁塵秘抄を編纂したら、大多数の歌は阿久 悠さんの作品になるのではないでしょうか」
作家の五木寛之さんが新聞にこう書いていた。
この記事を読んだ俺は小躍りするほど嬉しかった。
梁塵秘抄は12世紀に後白河院によって編纂された全20巻566首からなる平安後期の短唱叙情歌謡集である。
京都の今様と云われた流行風俗、世相の変転を鋭く浮かび上がらせ、また軽妙なタッチで時代性と人間性を捕らえている作品が多い。
「声技の哀しき事は、我が身隠れぬる後、留まることのなき也」
梁塵秘抄のこのコンセプトはまさに、俺と仲間達が毎月一回青山のライブハウス、月見ル君想フで開催している「ライブ・阿久 悠を唄う」のコンセプトそのものだからである。
五木寛之さんに背中を押されるまでもなく、俺は現代の梁塵秘抄をすでに編纂し始めているつもりである。
昨日の「阿久 悠を唄う」は16回目、テーマは「歌の中のオノマトペ」である。この一見難しいテーマ、なかなか面白く展開できたと思う。自画自賛かもしれないが・・・。お客さんもいっぱい来てくれた。
大至、中島マリ、深田太郎、森友美子、横森 文、ゲストの元タカラジェンヌ真園ありすさん、コメディアン坂本ちゃんのボーカルメンバー。
バンマスの森藤晶司、花輪直弥、宮坂 薫、アキレス健のバンドメンバー。
小さなライブハウスに毎回こんなに大勢が集うのである。
お金が目的ではない。使命感のような重たいものもない。
でも月に一度のこの集まりが、みんなのパワーになりまたやすらぎになっているのだ。
これは制作スタッフやお客さんたちも同じなのだろう。
だからいつまでも続けていくつもりである。
まだ見たことのないかたはぜひ見に来てください。
毎月第二日曜日、正午開演です。






18306/14 23:25お口直しの映画が観たい・・・。
最近観た映画から・・・「ロッキー・ザ・ファイナル」 
シルヴェスタ・スタローンのボディにはガックリきたなぁ。真面目に身体を鍛え上げたとはとても思えない全身これフルドラッグって感じの見るに忍びない身体ばかりに目がいってしまった。
俺自身もボクシングが大好きで、今でも週一回はジムでトレーニングしているし筋トレだって週二回はやっている。
俺の身体は勿論ノードラッグ製であるぞ。
俺のボクサーとしての夢は世界チャンプになること・・・スタローンに負けちゃいないのである。シニア級ではあるけどね。
その俺が観たこの映画、ファイティングシーンは面白く創っていたけれど、ストーリーがチンケな父子愛じゃねぇ。スタローンのボディももう見たくないし、本当にファイナルでいいんじゃないかな。

「パイレーツ・オブ・ザ・カリビアン」
こちらもファイナルだというので、渋々観にいったがコリャやっぱり・・・
ってのが俺の感想。
前回はキャプテン・スパローがタコに喰われてお仕舞いという実に気持の悪い幕切れであったので、誰がもう観るもんかと思っていたのだが、つい怖いもの観たさでうかうか観にいった俺がバカだった。
三時間もあるだらだらストーリー・・・もっとも俺はその間に一時間半は居眠りしていたが。
もう完全に制作スタッフがジョニー・ディップへのゴキゲン伺いに創った駄作である。
あっちこっちに撮影現場でジョニーが思いつきで決めたのであろう楽屋オチのオンパレードである。
あの製作者達とジョニーは間違いなく、今回をファイナルにはしない。
断言できる。あんな映画で日本人は尻尾振って観に来るんだもの、美味しいよね。俺も尻尾振ったひとりだけど・・・。

「300」・・・スリーハンドレット
これは結構シリアスな歴史スペクタクルだと思って観に行ったのだが、なんじゃこりゃ・・・が感想。
300人vS100万人の軍隊の戦い・・・。どこが?といいたいね。
戦ってるのはいつもニ十人程度じゃないか。
時々見せるCGの大軍勢はとても人間とは思えないシロモノである。
とにかく二時間無意味な殺し合いの連続、剣捌き、槍捌きにも何の工夫も無し。戦いそのものに工夫がないのである。空から無数の弓矢が雨のように降り注ぐシーンが2回もあったが、これは完全に中国映画「英雄」のパクリである。
この映画の最悪はスパルタのレオニダス王の人間味が何にも描かれていないことである。だから攻め込んでくるペルシャ軍も漫画そのもの、目的がよく分からない。残酷だけのアクションゲームが好きな世代にはいいかも知れないが、まともな大人にはとても無理な作品であった。
こういう映画を褒め称えてる映画評論家って人々は、どこ観てるのかなぁ。
これじゃ「ダイハード4.0」も思いやられるよ。




18206/10 22:03新たな悪役へのバッシングが始まった
今月の悪役が決定した。
マスコミの満場一致でスポットライトに浮かび上がったのは、グッドウィル・グループの折口雅博会長さんである。お気の毒に。
俺は別に折口さんを擁護するつもりはない。
コムスンの介護保険事業を巡る一連の不正問題は許されない。
なぜなら介護福祉事業には他の事業以上の倫理観があって当然だからだ。
しかし、マスコミ全体での折口バッシングも如何なものかと思う。
この約十年の間、社会、とりわけマスコミの姿がおかしい。
マスコミ全体が柔軟な方向性を失って、ひとつの方向にだけ傾いてしまう。
ジャーナルの見識も哲学もないから当然右も左もない。
安心してみんなで悪口を言う悪役を作る。
TV,雑誌、新聞みんな同様だ。
日替わり、月替わりで悪役を作り出し、みんなで仲良く攻撃するのである。
今月の折口バッシングの頭領は田原総一郎である。
久々の頭領役に張り切っているが、折口会長をインチキ野郎と切り捨てるのは、あまりにも自己顕示欲見え見えで見苦しい。
あなただってかなりの高額な金をとって、日夜講演会で稼いでいるじゃないの。社会の清掃人を気取るなら、あなたこそ収支を公表するべきだと思います。田原さんだけじゃない。TVで偉そうに無駄話をしているキャスターや自称有識者の皆様方も、ぜひ収支を公表するべきです。
だいたいマスコミが云う有識者ってなんなんだろうね。
何をもって有識者というのか?
有識者といわれて謙遜の姿勢がない輩がこの社会の方向を決め付けているのである。おお怖い・・・。
ところで折口会長は何のために介護福祉事業をしているのか?
金が儲かるからであり、そのあぶく銭に群がっている政治家などが裏で暗躍しているのは当然だろう。
本当の悪人は折口会長ではない。それをあらゆる方向から追求するのがマスコミだと思うのだが・・・。


18106/04 22:30愉快な友・音楽家の死に思う
水無月2日の深夜、稀代のピアニスト羽田健太郎さんが逝去された。
あまり知る人はいないが、俺と羽田健太郎・・・いやハネケンさんとの付き合いは結構古い。
まだ加山雄三さんが若大将の面影があったころ、TVでの加山雄三ショーでの構成担当の俺と音楽担当のハネケンとの出会いがあった。
その後、ある音楽製作・出版会社の経営株主としてご一緒した。
さらに俺が担当したTV番組では出演者として参加してくれた。
そんな古い付き合いがあるため、かなりお互いに云いたい事を言い合う仲であった。
10年前、赤坂の病院で人間ドッグで来ていたハネケンがトイレで突然ぶっ倒れた時も偶然俺も別件でその病院にいた。
その時も生死の渕を彷徨ったハネケン、回復後また暴飲暴食を繰り返すハネケンに「そんなに死にたいの」「お互い長生きしようよ」「酒やめたら」
と言ったのに俺の言葉は彼の体の中までは届かなかったのか・・・。
友人の中では俺が一番きつい言葉を投げ付けたと思うけれど。
一年程前、ハネケンが肝臓癌だと知った。
少しずつ少しずつ痩せていくハネケンに俺は何もしてあげられなかった。
そして二週間ほど前にはハネケンとの別離を覚悟した。
死に急ぎ・・・ハネケンは確かに死に急いでいた。
仕事も充実し、人生に何一つ不足は無いはず・・・と他人の俺からは見えたけど彼の内面には死に急いでも価値ある何かが蠢いていたのか・・・。
それが人生、それも人生・・・そう思って俺は俺の人生をまっとうしよう。


18006/03 20:02さすが時代のエロリスト・高須基仁さんだった。
三浦和義さんとこの閉塞した時代に風穴の一つも開けるつもりで始めたトークショー「怖いもの見たさライブ」も今日が11回目である。初回からゲストには世間から後ろ指をさされている人限定でやっているが、今回のゲストはモッツ出版の代表取締役というより、脱がせ屋だのヘアーの商人だのの呼び名で知られた高須基仁さんであった。
ご存知ヘアーヌードの仕掛け人である。
この高須さんに口説かれると、ほとんどの女優さんが脱いでしまうから不思議だ。藤田朋子、大西結花、林葉直子、西川峰子、天地真理、島田楊子など枚挙に暇が無い。
口説く場所はシャブシャブ屋専門って話も面白かったが、女性がこの人にヘアーヌードを任せるのだから、高須さんには何か人間の魅力があるのだう。
ノーパンシャブシャブもこの男のアイデアなんだろうか?
この高須さんと三浦さんと俺が意見の一致を見たのは、最近TVメディアで金のために日本も日本人も棄てて、他愛のないことをしゃべくり回しているTV評論屋どもを駆逐する勢力を作りましょうと云うことだった。
例えば鳥越俊太郎、例えば勝谷誠彦などなど勝者の論理でしか物事を語れない輩たちである。
こと人びとに大衆が意識誘導されたら、この国はますますおかしくなってしまう。
その為に何とかしなくてはいけない。
日本人が失ってはいけないものはなんなのか?
日本の素晴らしさはなんなのか?
それを後ろ指さされ組の皆んなで守って行きたいって、いつになく俺もハードなコメント書いちゃったなぁ。
高須基仁って男は結構影響力のある奴なんだよ。

17905/30 19:09弱者に鞭を打つ人々へ
松岡農水相の自殺に伴う昨日から今日の各マスコミの報道姿勢・・・。
特に今日の地元熊本での葬儀ニュース報道はお涙頂戴の昔のワイドショー状態である。
なんで彼の自殺を美化するのか?この事件の本質はなんなのか?
また明日の朝のTV各社のワイドショーはいつものTV評論屋さんたちが、各社誰も同じようなコメントを並べるんだろうなぁ。
あれで食っている評論屋さんたちは誰かを敵にするような言論は言わない。
言うとすれば弱者への強弁攻撃である。
今、政治家のスキャンダルをTVの話題にすること自体がおかしいと思わないか。パフォーマンス見え見えの議事堂内での与野党乱闘シーンなんか放送することが可笑しい。
それを無視するのがジャーナリストの良心ではないのか?
政治家はそんな芸能的存在なのか?
そんな政治家を選んだのは国民じゃないか?
政治はもっと目を向けることがある筈だ。
例えば今、この国にあふれ返っている弱者への眼差しである。
この国は犯罪者が多すぎて、刑務所が満員ラッシュアワー状態である。
国はなんとか受刑者の良いところを見つけ出し、それを理由に仮釈放をやっている。早く出さないと次が来る。満期までお勤めして出てくるのは逆に不真面目な受刑者なのである。今、この刑務所からの釈放者で行き場所、つまり受け入れ場所が無い人が44%もいるそうだ。
30年前はわずか9%だった。
それだけ世の中が弱者に冷酷になった証拠である。
そしてその釈放者の49%は五年以内に再び罪を犯し、刑務所に戻って行く。これだから日本中に犯罪者があふれているのである。
誰も好き好んで犯罪などやりはしない。人間は誰でも普通に生きていきたいのだ。それをさせないのがこの国、この社会なのである。
そんな国にしてしまった、本当に悪い奴は誰なんだ?
政治屋か?経済屋か?TV屋か?
そろそろそれをはっきりさせなければならない時が来たと思うのだ
が・・・。潜在的な弱者パワーを見損なっちゃいけないぜぃ!


17805/27 17:38更新再開B 和歌山カレー毒物事件に思う
先日、俺と三浦和義さんとで毎月やっているトークショーのゲストに和歌山カレー事件で大阪高裁から死刑判決が出ている林眞須美さんの旦那である林 健治さんをお招きした。
この日は三浦和義さんが腰痛やら、例のコンビニ万引き騒動やらなどで欠席した。
この万引き事件に関してはカズさんが俺たちに「ぼくはやっておりません」とはっきり否定し、今マスコミ等相手の訴訟準備中の為、俺も多くを語るわけにはいきませぬ。
さて、それまでの俺はマスコミ報道から林眞須美さんの有罪を確信していた。
なにしろホースで報道人に水はぶっかけるわ、保険金詐欺はするわ、拘置所では完全黙秘を行使するわで非常に印象が悪かった。
しかし、二時間のトークショーの後、俺の印象はほぼ覆って、林眞須美さんは冤罪ではないかとの方向に転換してしまった。
林 健治さんは東京に来たのは30年振りとかで、非常に優しい物腰で(怒れば気が強そうなのは俺に似ているが)目が非常に澄み切った男であった。
7億円近くの保険金詐欺を働いた男の面影は消えていた。
4人のお子さんと共に奥さんの無罪立証の為に動いている姿が過去を消し去ったのであろうか。
ここでは紙面の関係でトークショーの仔細は書けませんが、とにかく健治さんから話を聞けば聞くほど、眞須美さんの有罪の根拠は薄れていくのである。
これは何か他所の力にでっち上げられた冤罪としか思えないのである。
今後もこの事件に関しては林眞須美さんの4人のお子さんたちの無念を晴らすためのサポートなら喜んでするつもりである。「疑わしきは被告人の利益」この原理原則を忘れてはいけない。
現在、最高裁に上告しているが、逆転無罪の判決を待ちたい。
待ちたいが・・・、近頃、裁判訴訟で怪訝に感じることが多すぎる。
日本の裁判所が何か変だと思いませんか?
例えば「ドミニカ移民」の裁判、例えば「中国残留孤児」の裁判、国を相手の民間人訴訟は80%以上が国の勝訴で決着している。勝訴の後の国からの和解勧誘も変だよ。
裁判記録を見れば見るほど、この判決は不合理いや理不尽と言ってもいい。
裁判長は国家の手先機関としか思えない判決である。
これになぜジャーナリズムは喰い付かないのか?
多分、この国にはまともな精神を持ったジャーナリストが少ないからだろうね。




17705/27 17:33更新再開A 阿久 悠作品に言霊を見た!
今年も病魔と闘いながらも、阿久さんは作詞活動を続けている。
その作品の中で、俺が絡んでいると云うか、関係していると云うか、まぁ三人の歌い手がいる。

あさみちゆきさん・・・井の頭公園の歌姫などとマスコミに紹介され話題になった。
彼女の最近のシングル・アルバムCDの全作品を阿久さんに書き下ろしてもらったが、
どれも魂が染み出すような凄い作品である。
俺は国立劇場、青山劇場でのあさみちゆきコンサートの構成・演出をやり、その歌の素晴らしさをさらに実感した。
どの作品にも、今誰もが抱いている「昭和時代に置き去りにしてきたモノ」へのレクイエムがほとばしっているのだ。
これはあまりにも先を急ぎすぎる時代へのアンチテーゼなのである。

若林ケンさん・・・還暦からの歌手デビューなどとマスコミに取り上げられているが、実力はとんでもないパワーの持ち主である。
まず見た目も歌唱法もセンスもその辺のお子チャマ歌手とはモノが違う。
歌舞伎町で30年間店をやり、そこでシャンソンを唄っているが、今回縁あって阿久さんが一曲書き下ろした。ケンさんにとっても始めてのオリジナル曲である。
「嘆きの天使」がタイトルだが、作品の言葉は凄まじい女の人生を綴っている。
それを若林ケンが言葉に血を絡ませて唄う。聞く者をして背中をゾクッとさせる凄みがある。

ペギー葉山さん・・・今年の始め、ペギー姉御から一通のメール。
「私、今年で歌手活動55周年、ついてはその記念ソングを阿久 悠さんに創ってもらえないかしら、
シゲルさん?」てなことだった。
そして事は着実に進み、7月27日にキングレコードから発売される。
A面作詞 阿久 悠 B面作詞 石原慎太郎と云うペギー葉山歌手活動55周年に相応しい作品になった。阿久さんの作品タイトルは「神様がくれた愛のみち」
ペギー葉山さんへのオマージュを込めた歌であるが、また全ての人々への愛の歌でもある。
今まで出会った人びと、別れた人々、泣いた人びと、笑った人々・・・これは阿久 悠が全ての日本人に捧げたい渾身の愛の歌なのである。
俺にはそれが分かる。ペギーさんにも俺の心はお伝えしてある。
きっとすばらしい歌にして聴かせてくれるだろう。


17605/26 17:54本日更新再開@ この半年の総括を・・・。
始めに・・・
俺に注目してくださっているマイノリティの皆様、本当にごめん!
この半年、どうしてもやらなければならないことがあり、それに時間を費やしておりました。
本日堂々(って自分で言うな!)再開します。
この半年で頭だけは磨いた(って禿げてはいないが)、これからは以前にましてこの世の中に言いたい事、言わなくちゃならないことは言わせて頂く。
・・・と共に有言実行、俺は言論だけでなく行動も起こす。
その為の腕力も鍛えている。知的腕力ではあるが・・・。
では今年これまでを、俺なりに総括。
まず、俺が兄事する阿久 悠さんが大病と闘って6年目になった。
思えば開戦の日は、あのNY同時多発テロ 9・11と同日であった。
阿久さんは後にこれをエッセイで「癌とテロリスト」として書いている。
当時は阿久さんも側近の俺も、こんなに長い闘いになるとは思っても見なかった。その闘いはまだ続いている。
戦況は勝ってはいないが、負けているとも思わない。
阿久さんはこの凄まじい状況の中で、実に潔く正々堂々たる精神力で闘い抜いている。俺だったら心が折れてしまう、いや、自分で折ってしまうかも知れないと思うことも何度かあった。
男として惚れ惚れする闘う男の姿勢である。
「ロッキー・ザ・ファイナル」あのボクサー・ロッキーは何の為に最強の敵と闘ったのか?
それは彼が「ロッキー」であるからだと思う。
阿久さんは何の為に最強の悪魔と闘っているのか?
それは彼が「作家・阿久 悠」だからである。
だから俺はセコンドについている。
だから闘いが終わるまで離れない。





17511/15 23:21今年も美翔祭のヘアーショーは最高だぁ!
今や理容美容業界でも話題になってきた、毎年恒例の国際理容美容専門学校の「ヘアーメイクショー2006・美翔祭」が無事終了した。
毎年、総合演出を担当し学生諸君と大いに楽しみながら舞台製作しているが
自画自賛と言われようとこの学校のショーのクオリティは日本では最高峰だろうなぁ。
異論のある奴はいつでも受け付けるから挑戦しに来なさい。
そこら辺りのプロのヘアーショーなんか、こそこそ逃げ回るであろうよ。
それにクオリティだけではない。学生たちの熱心さや集中力、責任感などすべてにおいてすばらしいのである。
また校風である「躾」の精神が行き届いていて、学生たちの挨拶や態度が特筆ものである。
世間で騒いでいる教育再生などこの学校では無用である。
また若い先生たちの熱意もガンガン伝わってきた。
学校の51年の歴史は伊達じゃない。
ヒューマンチェーン・・・確かにこの学校は何かでしっかり歴史が繋がっているのである。
この学校の講師でいられる幸せを大切にしてゆきたいと思う。
ショーの概要を見たい人は学校のホームページをご覧あれ!

17411/15 22:59戸塚ヨットスクール・校長を迎えて
朋友・三浦和義さんと始めたトーク・ショー「怖いもの見たさライブ」も4回目、今回のゲストは戸塚ヨットスクール校長の戸塚 宏さんであった。
テーマは「教育とはなんだ?」ってことで予定していたがライブの当日、週刊現代が大きな見出しで「戸塚ヨットスクールでまた死者!」と報じてくれた。おいおいあまりにもタイミングが良すぎるぜ。
三浦さんも電話してきて「戸塚さん、来れるかなぁ」と心配そうであったが
トークショーは無事定時にスタートした。
しかし、会場に多くの報道関係者が来たため、マスコミ嫌いの戸塚校長が結構気分を高揚させてしまった。
打ち合わせの様に三浦和義さんとの会話が続かない。
戸塚校長は一人の講演会のように勝手にしゃべり続ける。
これはルール違反だし、おとな気が無い。
俺も週刊現代の記事を持ち出し、討論に持ち込もうとしたが無駄だった。
体罰について語り合いたかったが、戸塚校長はマスコミを恐れてか体罰の話を避けてしまう。三浦さんも俺も体罰賛成論者だし、スパルタ教育も徴兵制度だって大賛成なのに戸塚校長は話しに乗ってきてくれない。
トークショーとしてはつまらないものになってしまった。
戸塚校長も時代に風穴を開けようと孤軍奮闘は分かるけれど、全てを敵に廻すやり方は如何なものかなぁ。
信じるものがなく、一人で闘っても無理なんだけどね。このトークショー 12月4日のゲストは日本人でありながらフランス軍隊の傭兵だった男である。
「人を殺してはなぜいけないのか?」ってテーマでやる予定である。

17311/15 22:28ありがとう!上智大学・我が母校
上智大学ソフィア会より10月21日付けの文書を手紙で頂いた。
それは2006年秋季役員会において俺を文学部ドイツ文学科卒業該当と認め、
推薦会員としてソフィア会へ迎えてくれたのだ。
なにしろ数十年の間、俺は大学を中途退学したので学歴は高校卒業で通してきた。これまで学歴を必要とするような仕事をしたことがなかったので、気にもしなかったが、突然卒業該当なんて言われて驚いた。
正直に言えば嬉しかった。
こんな俺でも学校の行事を手伝ったことをキチンと評価して貰えたのだ。
別に学歴が欲しくてやったわけではなかったが、思わぬ評価をしてくれたことが嬉しかったのである。
まぁこれには可愛い後輩の松本こうどう君が中心になって努力してくれたのだ。
その上、推薦者になってくれた多くの先輩・後輩の皆様に感謝・多謝である。
なんか思わぬ時に人の温もりに包まれるって最高の瞬間だよね。
金や地位なんかより、なんて清々しいのだろう。
なんとなく細々とアッチコッチでボランティア活動を続けてきてよかった。
これからも一層、お役に立つようやらなくちゃ・・・と思うのである。
我が母校・上智大学の皆様、ありがとうございました。

17209/17 23:4935年後の連合赤軍兵士
三浦和義さんと始めたトークショー「こわいもの見たさライブ・現代人別帳」・・・2回目のゲストは元連合赤軍兵士・植垣康博さんだった。
19歳で学生運動に参加し、23歳で逮捕され27年間刑務所と拘置所暮らしをした男である。
罪状は殺人、爆弾製造、連続銀行強盗・・・。
しかも獄中でいちども権力に反省、謝罪はしていない。
だから恩赦もなく27年間投獄の身であった人だ。
俺は初対面だから一応35年前に何があったのか、連合赤軍が何をし、世の中がどうだったのかは即席勉強したが、実際にお会いしたら、そんなことはどうでも良い事だった。
植垣さんには、他の学生運動家崩れのような理論武装もなく、裸でこちらに対してくれた。
人間として素直に話のできる男であった。
三浦さんと一緒に革命について、テロについて、最近の学生の精神について語り合ったが、時々連合赤軍兵士の頃の爆弾製造や銀行強盗の手口などの話は新鮮で面白かった。
娑婆に出て銀行口座の暗証番号を刑務所の囚人番号にしたそうだが、そうしたら三浦和義さんも東京拘置所の番号を使っているそうで、これには場内大爆笑だった。
世間的にはとんでもない事をやってのけた連合赤軍であるが、三十五年経った今でも、植垣康博さんは自分を隠さず、知らん振りもせず、自分のとった行動を堂々とお話になる姿勢は、立派である。
ありのままを伝えることにより、当時を知らない若者たちにも何かを感じさせるモチベーションになった。
現に会場で感激して涙ぐむ茶髪の若者もいた。
今回の会場には若者たちから、熟年の方々、右翼の方から左翼の方までまさに玉石混交、呉越同舟、この閉塞の時代に小さくてもいいから風穴を開けたい人びとが集まってくれた。
三浦和義さんも俺も、ますますこのトークショーが面白くなってきたのである。

17109/05 23:43大盛況感謝・ライブ阿久 悠を唄う
昭和時代への忘れ物、日本人の心を探す旅のつもりで始めた青山の「月見ル君想フ」での「ライブ・阿久 悠を唄う」
3月からスタートして9月3日で7回目を大盛況の内に開催できた。
客席も満杯状態で、その中に小林亜星さんまで来てくれて出演者一同、それなりの良いプレッシャーとなった。
レギュラーの大至の歌唱力は格段に進歩し、歌心もしっかりつかめるようになってくれた。
中島マリさんの演技力にも磨きがかかってきた。なによりここで何かを掴み取るんだという気持が全面に出ていて、台本を書く俺の筆も楽しく軽い。
深田太郎も何か目的が明確になってきて、才覚が煌めき始めたのが嬉しい。
ミスタースリムカンパニーの山本明子さんとダンサーのサミー姐とカメちゃんも劇団とは違う何かを掴もうと真剣である。。
バンドマスターの森藤晶司クンのアレンジも各所にステキな爆発力を見せてくれる。
ギターの花輪くん、パーカッションの薫ちゃんもしっかりパートを固めてくれてる。
制作スタッフも見事なチームワークで俺の演出の呼吸を理解してくれる。
7回目にしてここまでなるとは嬉しい誤算かもしれないな。
そして今回のゲストは伊藤咲子さん。
彼女もこの音楽会の存在を知り、自ら出演を志願してくれた。
その上、俺のきつい注文にも、見事な歌唱力で応えてくれた。
さすが、岩崎宏美と並ぶ歌唱力は人生途中の十数年のブランクを全く感じさせない、いやむしろブランクを歌の味に代えて見事である。
伊藤咲子・サッコと初めて会ったのは、彼女が15歳の頃であるから、久しぶりにステージを共にした俺の感慨もひとしおであった。
これを機会にサッコとも楽しいショーを創っていきたいと思う。
以上のメンバーが俺の厳しい構成・演出に毎回平気な顔で?ついてきてくれる。
みんなの前では言わないが嬉しい。
来月はもっと難しいテーマでみんなを寝不足にするとしよう。


17008/20 08:45痛快!現代人別帳楽しかった。
三浦和義さんと以前から企画していたトークショーを昨日から東京・代官山のライブハウス「晴れたら空に豆まいて」で開催した。
これは後ろ指を指された者だけが感じる世間の矛盾や堕落や不正義を語り合うものである。
アウトローだからこそ見えるこの時代・・・敗者だから透視できる世間がある。
毎月一回、第三土曜日の夜にやることにしたが、最初のゲストは二十一世紀書院代表というより、あの伝説の右翼・野村秋介さんの後継者である蜷川正大さんであった。網走刑務所4年間の塀の内側経験者だ。
三浦さんのロス疑惑解説やら靖国問題、右翼の現状、拘置所と刑務所の楽しそうな生活やら教育問題にまで話題が広がり大爆笑のトークショーだった。
客席も一般の人々と右翼、ヤクザな人々が玉石混交、呉越同舟状態のホットな雰囲気で楽しかった。
テレビのワイドショーや報道番組のようなお抱え知識人や評論屋さんたちとは一味違う心からのトークショーになったと思う。
来月のゲストは浅間山荘に立て篭もり、機動隊と銃撃戦を繰り広げた、あの連合赤軍の闘志を予定している。乞う、ご期待!


16908/03 09:29何か変だよ!ボクシング亀田の勝利・・・。
5月6日のこの「いちご悪書」に亀田の親子、協栄ジム、日本プロボクシング協会とTBSテレビに対して品格の無さを書いたところ、多くの方から賛同をいただいていた。
そして、昨日のWBA世界ライトフライ級のタイトルマッチである。
試合開始の1時間半も前から放送を始め、だらだら視聴者を引っ張ったTBSの放送の品格の無さを書くのは、筆が汚れる。
あの放送局もクライアントもお客様である視聴者のことなど考えていない。
さて、試合である。
あの亀田勝利の判定におかしいと感じた人は、まだ正常な判断能力と確かな人間性を持っている方々だ。
俺は、あの試合の裏に何かがあったと思う。
ジャッジへの買収である。
正しいスポーツ精神を持ったジャッジマンだったら、あの採点はない。
完全に買収されている。
仕掛けたのは誰か?
亀田親子?いや。協栄ジム?いや。TBSテレビ?いや。
俺は日本プロボクシング協会そのものが、なにか暗躍したように思えてならない。
現在のプロボクシングの衰退を救う為に亀田兄弟人気にすがりたいのは自明の理である。
そのために亀田選手という似非偶像を作り出し、人気回復を図る戦略は見え透いているではないか。
俺のこの意見に反論があるなら、昨日の試合判定について、原田会長は談話を出すべきである。
試合後、そそくさとインタビューも受けず帰ることはない。
テレビの解説者連中も歯にでかいゴミが詰まったようなしゃべりかただった。プロボクシングが衰退してきたのは、この協会の運営方法の独走性にある。そろそろ人員のロンダリングが必要なのではないだろうか。
まぁ、この国にはスポーツジャーナリズムなんかないと思うが、今日からマスコミが昨夜のあの試合をどう論評するのか楽しみである。

16807/24 21:54欽ちゃん球団の報道に思う
最近、連日のようにマシコミ報道されている欽ちゃん球団「茨城ゴールデンゴールズ」の解散問題。
今日も朝、昼、夜のワイドショーはこの問題を馬鹿の一つ覚えの狂乱報道である。
しかも、中身は報道互助会のように皆一緒。ゲストのテレビ評論屋さんたちのコメントも皆一緒。
やれ、欽ちゃんがかわいそう・・・
やれ、野球をやめちゃいけない・・・
やれ、欽ちゃんは良い人・・・
やれ、欽ちゃんは男ッ気がある・・・
おいおいおい!
お前ら、テレビってのは画面の向こうに何百万人も見てんだぜ。
お前ら、自分のコメントに確たる自信持って発言してるのか?
鳥越俊太郎さん「結果は、欽ちゃんのために良かった」だと・・・。
馬鹿言うな!誰か一人でもあの事件の発端となった、馬鹿やろうなコメディアンに陵辱された少女のことを考えて発言してるやつがいるのか!
欽ちゃんを救うのが問題ではない。
人間として不完全なお笑い芸人をスターのように祭り上げてるのはテレビではないか。
スターなんだから群がる女どもは食い放題・・・そんな風潮が芸能界に蔓延している。
そこを追求するのがジャーナリストだろうが・・・。
もっとも、この業界にはジャーナリストなんて期待するほうが無理だけど。
萩本欽一さんだって、とまどっているじゃないか。
責任取りたくても取りようがない。
高校野球は学校の生徒が一寸の悪さしただけで甲子園出場を取り消される。
スポーツはそれほど厳しい世界だと子供たちに言い聞かせ、大人の野球は部員が未成年者を婦女暴行してもいいよ、いいよじゃどの面下げて子供に説明するのだろうか。
欽ちゃんは監督として責任を取るべきなのだ。チームにも連帯責任がある。
そうじゃないとこの国の品格はますます地に落ちる。

16707/17 19:03青春のたまり場
俺が珍しく応援団に加わっている歌手の、あさみちゆきに新曲が出来た。
俺が兄事する先輩作家、阿久 悠さんの作詞である。
タイトルは「青春のたまり場」
多分、ちゆきのファン層である熟年の人びとは、この歌を聴くと泣ける。

純愛がぶつかれば 時に傷つけ
その後で悔いながら 泣いて詫びたり
かけがえのない時代 ともに過した
あの店も今月で 閉めるそうです
もう誰も希望など 語らなくなり
カサカサに乾いた 街は汚れて
青春のたまり場に 閑古鳥鳴き
マスターも苦笑い 見せるだけです
もう一度 あの場所で逢いませんか
泣きながら さよなら言いませんか

この歌の応援やら自分のライブハウスでの音楽ショーの企画演出にかまけて、ホームページの更新をさぼり、多くの方に怒られた。
これほどの方々が読んでいてくれるとは…。
ありがとうございます。
上智大学の後輩たちもありがとう。
特にリクエストの多かったエッセイやコラムの新作更新しましたよ。


16606/14 09:02青山ライブ「阿久 悠を唄う」 4回目
青山のライブハウス「月見ル君想フ」で今年の春から始めた「阿久 悠を唄う」も4回目になって、なんか凄いパワーになってきた。
これは音楽のすべてのジャンルをコラボレーションして、阿久 悠さんの作品を教科書に日本と日本人を見つめ直してみたいと云う企画である。
歌謡曲、ジャズ、オペラ、クラシック、シャンソン、邦楽、ダンス、コメディアン他すべてのエンターテイメントの仲間たちが集まってくれる。
今回も大至、元OSKトップの波輝一夢、ロシアの歌姫エカテリーナ、阿久さんの息子の深田太郎、そして音楽生活47年のボニージャックス・・・
小さなライブハウスでは俺以外にはやらない構成である。
6月のテーマは「昭和への忘れ物探し・・・」
そのうえ伊藤咲子さんが来るわ、亀淵昭信さんは来るわで最高に楽しいショーになった。
バンドリーダー森藤晶司とミュージシャンたち、宮坂薫、花輪直哉、アキレスKENも俺の意図を理解してくれるから、俺が即興で舞台演出を変更しても見事に合わせてくれる。
それに俺の制作スタッフたち・・・
以上全員が交通費程度のギャラでやってくれる。
勿論ライブハウスも採算より、このショーを継続する事を一番に考えていてくれる。お客さんもそれを分かって来てくれる。
やっぱり文化を創り、大きく育てるにはこう云う仲間が集まらなければ無理なのだ。
最初から事業だの利益だの言い出したら文化など生まれないし育たない。
日本の音楽文化も経済性など持ち出してからおかしくなった。
金もうけ優先の輩の玩具にされてしまった。
それを打破しなければこの国の音楽文化・・・いやこの国自体が諸外国から水没してしまうだろう。
俺の力など微力だが、でも前に歩き出せば誰かが後ろから付いて来てくれるのを信じている。
今、おれの周りには、その素晴らしい仲間たちが大きな輪を作って集まってくれている。
この幸せを抱きしめながら、この国の未来の為になにかやっておきたいと想う。
青山ライブ、次回は7月2日の日曜日のお昼です。
どうぞ覗きに来てくださいね。

  

16506/08 18:28倖わせはここに・大橋節夫さんが逝ってしまった
昨夜ハワイアン音楽のトップスターである大橋節夫さんが遊行の旅に逝ってしまった。
その訃報はご家族からの電話で知らされた。
以前から体調が優れない事をお聞きしていたので驚きはしなかったが残念である。
俺は高校生の時から、大橋節夫とハニーアイランダースの大フアンであった。大橋節夫は俺のアイドルであり、時代の教祖だった。
毎週土曜日は鵠沼海岸から銀座のライブハウス「タクト」に通い続けた。
カッコイイ立ち居振舞いやファッションや女の子への視線など全てを学んだのである。
そして幾年月・・・人生の不思議な縁でご家族と知り合い、ご本人にもお付き合いいただき、俺には大切な人生の先輩のお一人になった。
そしてこの度、大橋節夫さんの作詞集と写真、物語で構成する書籍を出版することになり、俺が構成と大橋節夫物語の執筆を任された矢先のご逝去であった。
実は今日も本の装丁でデザイナーとの打ち合わせを予定していた。
ご本人に見せたかった本が追悼本になってしまうのか。
大橋節夫さんの歌で俺が大好きな「倖わせはここに」・・・
今日一日は車の中で大声で唄わせてもらうつもりだ。

秋の夜はふけて すだく虫の音に
疲れた心いやす 我が家の窓辺
静かに ほのぼのと 倖わせはここに

大橋節夫さん・ステキな歌をありがとうございました。

16406/07 23:48亀淵さんと俺が昭和にやり残したものは・・・
「おめでとうございます」と云う俺の言葉にキョトンとした亀淵昭信さん。
村上ファンドの代表が逮捕されたから、ニッポン放送前社長の亀淵さんもさぞや嬉しいだろうと思っての言葉だったが、亀淵さんにとってはそれほど嬉しくもないようだった。
今日久しぶりに亀淵昭信さんとランチをした。俺が奢ってもらったのだが。
亀淵さんが専務の時に昼飯を食べて以来だから、ホントに久々である。
俺は今日とても嬉しかった。何十年ぶりに亀さん、シゲルちゃんの仲が戻ってきたように感じたからだ。
亀淵さんが出世して社長になってから、なんか敷居が高くて疎遠になっていたのだ。その敷居が一気に外れた。
まだ昭和の頃に俺たちはラジオ局の新米ディレクターと駆け出しの放送作家として出会った。
以来二人のコンビで数々のヒット番組を作った。
あの頃の二人に戻ったように感じたのだ。
二人であんなことやろうか、こんな企画どうかなと楽しい雑談が続いた。
「おれさぁ、レコード廻しを完全にやりきってないんだよね。もう一度レコード廻してみたいんだ」
「そうだったなぁ、亀さんとよくニッポン放送のレコード資料室にとじこもったよね」
「俺あのサラ廻しの仕事をやり残してきちゃったんだよ」
「ぼくも昭和にやり残してきたものがありそうだなぁ」
確かに俺たちの世代は昭和の時代にやり残してきたものがたくさんありそうだ。新しい時代に遅れまいと急いで生きてきた。それを取り戻したい。
それは決してノスタルジーなんかではない。
これからの輝く未来のために、やり残してきたものをやるだけなのだ。
俺は昭和に何をやり残してきたのか・・・それを考えるだけでも胸がワクワクするほど楽しいのである。
亀淵さんとの楽しいランチタイム、やっぱり天は俺たちの味方だった。
金に汚い奴、ずるい奴には天罰が下るのだ。
巨大な権力なんかより一握りの友情のほうがずっと輝くものだ。




16306/02 23:07因果は巡る・・・今日一日の出来事編
日曜日の上智大学での出来事・・・
そして昨日の麹町での出来事・・・
これらの点を線で繋いでいくと、一本の道が俺には見えてきたのである。
そして今日、その道があらたに先へ進みはじめる出来事に遭遇した。
朝、ニュースで東京地検が村上ファンドを捜査している事を知った。
午前中に阿久 悠さんと会い、その話をすると「これで亀ちゃんもよろこんでるんじゃないのかな」(亀ちゃんは元ニッポン放送社長の亀淵昭信さん)
阿久さんはそう言い、俺も同意した。
その数時間後、俺の携帯が着信を知らせ電話の相手はなんと、その亀淵昭信さんであった。これも凄い偶然・・・いや必然なのか・・・。
「シゲルちゃん、今僕渋谷にいるんだけれどこれから会えない?」
俺は今日は会えないと伝えた。
「これから内野二朗さんの三回忌に行くんですよ」
「そうなんだ、もう三回忌か・・・じゃ来週昼飯食おうよ」
亀さんとはそんな話をした。
亀淵さんと俺とは、数十年前亀さんがニッポン放送のアルバイトAD,俺が駆け出しの放送作家としての出会いであった。
その後、二人で結構ラジオのヒット番組を創った。
そして今、亀さんも俺もまた振り出しから歩き始めようとしている。
さらに、今日三回忌の法事に行った故・内野二朗さんはビートルズから世界三大テロールまで世界のほとんどのミュージシャンを招聘した世界的プロモーターであった。
たまたま内野二朗さんの最後の仕事に俺が関わったご縁で一周忌の記念音楽ショーの演出などさせていただき、今日もお招きにあずかった。
俺は内野二朗さんとお会いしてから、ステージ演出が面白くなり、またいい仕事が次々と舞いこんできた。
内野さんが亡くなっても俺の中に内野さんがいるようでステージもライブハウスのショーも充実した楽しいものばかりである。
今日、内野二朗さんの墓前にも俺は誓ってきた。
「内野さん、俺に付いててくださいね。日本の音楽文化と日本のためにがんがんやりますからね」
そうそう亀淵昭信さんも内野二朗さんを兄事するひとりである。
今週から始まった俺の人生の道・・ワクワクするほど縦横に広がっていくようで楽しい。




16206/01 22:44偶然?必然?これは天のミッションなのか・・・
今週の日曜日、俺にとっては思いもかけない出来事だった上智大学での喜びのひと時。
人生の朱夏から白秋に歩き始めた俺が、一挙に青春に立ち戻った瞬間。
あの上智大学での奇跡は俺に新たな人生を与えてくれた。
数十年前の俺のようにギラギラした瞳で夢に向って突進する若さが身体中にみなぎり始めた今週なのである。
そう数十年前、俺の社会と云う名の人生の出発地は四谷の杜だった。
そして今週、この四谷からの再スタートをひとり誓ったのであるが、その矢先の今日、再び奇跡に巡り会ったのである。
毎月1回やっている青山のライブハウス・月見ル君想フでの音楽ショー 「阿久 悠を唄う」
6月12日のゲストはボニージャックスの皆さんである。
俺にとっては音楽界の大先輩なので、打ち合わせがてら事務所にご挨拶に伺ったのであるが、その地が四谷の隣の麹町。
麹町はかつて、俺が上智大学からはみ出し、放送作家の夢に向って歩き始めた町である。
ここで奇跡が起こった。
ボニージャックスの事務所が入っているビルは、麹町一帯の都市開発で建った真新しいビル群に囲まれ、たった一つ取り残されたような古いビルであったが、俺にはそれが黄金のビルに見えた。
なぜなら、そのビルは数十年前、新米放送作家の俺と少しは仕事があった阿久 悠さんが毎日仕事場代わりに原稿を書いていた喫茶店が一階にあったビル、そのものであった。今はラーメン店になっていたが、その頃は「舟」と云う喫茶店だった。
俺と阿久 悠さんは毎日ここに入り浸り、せっせと放送台本を書いていたのである。食事も当時のマスターがいろいろ作って食べさせてくれた。
まさに想い出の地である。
あのビルがまだあったことが奇跡に思えた。
今週の俺は、なにか天に導かれて歩き始めたように思う。
面白い、これが俺への天のミッションならば、精神も肉体もあずけて思うさま突き進んでみようと思う。
今までの人生を白紙に戻してもいいではないか。
楽しく幸せだったけれど、どうせたいした人生でもなかったし・・・。
なんか人生をもう一回楽しめるようで得したような幸せな気分である。
俺はなんて幸せな男なのだろう。


16105/28 22:55ブラボー!母校が俺を温かく迎えてくれた!
今日、「オール・ソフィアン・フェスティバル2006」が上智大学四谷キャンパスで行われた。
上智大学の卒業生たちが全国から集まる、一年に一度のお祭りである。
そのメーンエベントである「ソフィアン・トークショー」にゲストで呼ばれたのである。俺は上智大学に約4年間いたが、卒業はしていない。いや、できなかったのである。
トークゲストは他に衆議院議員の野田聖子さん、民主党のイケメン論客加藤公一さん、フジテレビアナウンサーの政井マヤさんである。
この中には五年かかった人もいるが、みんな卒業生である。
俺は中退であるから、まるでその場に相応しくないのである。
なのに俺をキャスティングするとは何と無謀、なんと太っ腹。
しかし、何十年ぶりに訪れた上智大学は俺を温かく歓迎してくれた。
ゲストの皆さんも、先生たちも学生たちも、みんな正面から俺を見つめてくれた。はじめは敵地に向う兵士のように身構えていた俺もキャンパスに1歩足を入れた途端、一人のソフィアンになってしまった。
あっと云う間に先輩、後輩、ご同輩の仲間に囲まれて幸せな気分に浸った。
そして俺には今まで、想像もしなかった素晴らしいコミュニティが出来たのである。年齢、性別、職業・・・全てを超越した仲間ができたのである。
まるでシャガールの絵のように突然目の前に出現したのである。
今、しみじみ想う。人生に無駄な時間などない。
俺にとっては空虚な4年間であった、あの時代が今の俺には無くてはならない時間だったのである。
上智大学に入学して良かった。今になって心からそう思う。
今日、キャンパスで会った全ての皆様、本当にありがとう。

16005/22 09:00緊急提起・大相撲・白鵬の優勝に待った!
昨日の大相撲夏場所千秋楽の白鵬と雅山の優勝決定戦。
俺はそのテレビ中継を見ながら「おやっ」と怪訝に思ったことがあった。
決定戦を前にして両力士の支度部屋にカメラが入り、緊迫した雰囲気を伝えていた。
俺が「おやっ」と思ったのは白鵬の支度部屋の状況である。
モンゴルの先輩力士旭鷲山がまだマワシを着けたまま白鵬に耳打ちしていた。やがて土俵へ行く時間になった。
一方の雅山はすでに部屋を出て行った。
白鵬はなぜかゆっくりした動きで部屋を出ようとしない。
係りに促されると、また旭鷲山が擦り寄って何やら耳打ちした。
すると白鵬は部屋を出るのではなく風呂場に入っていったではないか。
10秒ほどで出て来た白鵬の肩から胸のあたりは汗でびっしょりだった。
その汗も拭かずに白鵬は土俵へ上がった。
俺はその汗が気がかりでしかたなかった。
そして制限時間になり両力士が立ち上がった。
突っ張るい筈の雅山がすんなり「よつ相撲」になってしまった。
これでは勝ち目がない。
案の定、雅山が負けた。
俺は白鵬の汗が妙に気になっていたが、ただの杞憂だろうと忘れることにした。
しかし今朝、新聞で雅山の談話を見て再び「おやっ」と思ったのである。
敗因を聞かれた雅山は「立会いでのもろ手突きで左手が滑ったのがすべてです」
立ち会いの前から白鵬の右肩が汗でびっしょりなのが気にはなっていたという。しかし雅山にはもろ手突きしかないのである。
そして汗で手がすべり、すんなりよつ相撲になってしまったのだ。
白鵬と旭鷲山に言いたい。
まさか勝負の前に風呂場で何かしたとは言いたくない。
しかし、白鵬が横綱を目指すなら気をつけたほうがいい。
白鵬の優勝にこの言葉を贈る。
「李下に冠をたださず」



15905/20 20:14「ダ・ヴィンチ・コード」の封切りを観たけれど・・・
世界で六千万部、日本で九百四十万部売れている「ダ・ヴィンチ・コード」
が映画化され今日、世界同時公開。
配給会社の広報戦略とマスコミの煽りにまんまとはまって、俺は朝イチで観てしまった。
それで俺の感想「案の定、面白くなかったなぁ」
やっぱり小説もそうなんだけど、この作品はキリスト教徒乃至は一神教の信徒には興味あるだろうが、仏教乃至は多神教が下敷きにあるこの国の人間には興味の本質がわかる訳ないよ。
まぁ明日あたりからテレビ文化人どもが、「面白い」だの「最高」だの「久々の感動」だの言うだろうが、そりゃ嘘だ。
ストーリーはイエス・キリストには女房も子供もいて、その子孫もいる。
この事実をカトリック教会が隠すために様々な陰謀・術策を巡らすといったものである。
これじゃバチカンが「神と教会への侮辱」と怒るのも解かる。
キリスト教徒にとってイエスが人間じゃまずいよね。
でも日本人の俺たちには関係ない問題だ。
そうそう青森の八戸の近くには戸来(ヘライ)と云う村があって、そこには今でもなぜかイエス・キリストの墓があるよ。
その墓を先祖代代守っているのが近くに住む戸来さん。ヘライはヘブライのなまったものらしい。
俺にはこっちの話のほうが面白そうだよ。
なんならロン・ハワード監督に頼んで映画化してもらおうか。
トム・ハンクスもジャン・レノも出演させたいね。
ミステリーとしちゃキリストニッポン死亡説のほうがインパクトあるんじゃないの?
なんなら俺が台本書こうかね?
だれか俺に発注しないかな、するわけねーか・・・。


15805/19 23:14松坂慶子さんはやっぱり大女優だったよ。
昨日東京プリンス・パークタワーホテルのボールルームで松坂慶子さんの
ショーを演出した。
衛星放送WOWOW開局15周年の大イベントがあり、そのメーンイベントとしてのショータイムだあった。
俺が話をいただいて慶子さんと会い、企画を創って台本書いてキャスティングしてリハーサルを重ねて二ヶ月、まさに嵐のような怒涛の期間であった。
松坂慶子さんにとっては7年ぶりの音楽ショーである。
そのプレッシャーは大変なものであった。
並みの女優や歌手ではない、松坂慶子だからこそ自らのビッグネームゆえの重圧がかかるのである。
それはリハーサルを重ねる毎に大きくなっていった。
おれは最初から容赦なくダンスや慶子さんの知らない曲目をラインナップした。彼女はそれを全て受け入れて特訓を重ねた。
映画の撮影やテレビのレギュラー収録をぬってのリハーサルだから大変だったと思う。たかだか一時間のショーである。
歌だけ並べたってなんとかなるのだが、生憎俺はそういった流す仕事はしない性分である。
一分でもつまらない時間を創らないのが俺流の演出なのだ。
俺の表現者としての制作哲学は「お客の立場で創る」この一点である。
だからダンスも歌も慶子さんにとっては厳しいものであった。
本番前日でもまだ完全ではなかった。
当日の通しリハーサルでもまだ小さな不安は残った。
そんな状況下での本番。
松坂慶子はやっぱり稀有な才能を秘めた大女優であった。
俺の演出を見事な大輪の花にしてくれた。
俺は舞台のそでからステージセンターで見事に舞い、唄う松坂慶子を見つめ、なんと美しい女優だろうと息を呑んだ。
俺も数十年音楽作りの現場にいるが、これほどオーラに包まれた女優を見たことはなかった。
今秋、松坂慶子さんとはもっと大きな舞台仕事の話もある。
この次はお互いにもっと厳しい現場に身を置いて楽しく切磋琢磨してみたい。
最後にすばらしいJAZZミュージシャンたち、タンゴのZACCOさん、タップの玉野和紀さんと美しいダンサーの皆さん、見事に動いてくれた全ての製作スタッフどうもありがとうございました。またやろうね!









15705/09 23:09自由を永遠に 「Vフォー・ヴェンデッタ」は最高だ
最近、暇さえあれば映画に行っているが、久々に一回も眠らなかった映画に巡り会えた。
俺は映画でも芝居でもライブショーでもつまらなければすぐ居眠りしてしまうのだ。
タイトルはすぐに憶えられないような「Vフォー・ヴェンデッタ」
これは1981年の英国のコミック雑誌に連載していた劇画の映画化である。
しかし、ジェイムズ・マクティーグ監督はじめスタッフがマトリックスの製作メンバーなのでアクションシーンはそれなりに楽しめた。
俺は個人的には主演女優のナタリー・ポートマンがキュートでセクシーでよかったなぁ。
彼女があの「レオン」でジャン・レノと競演した可愛い少女だとすぐには気付かなかった。いい女優になってくれた。
さてストーリーは英国が独裁者に牛耳られ人民が虐げられている時に救世主として現れたのがVと呼ばれる仮面の男である。
彼は人民を救うためではなく、自分の復習のために独裁政治と闘うのである。
始終笑顔のこの仮面男、なにやらオペラ座の怪人に似ていなくもない。
仮面の男はなぜかせつなさや、やせ我慢を感じるね。
まぁストーリーはまだ観ていない人の為に、ここまでにしよう。
俺がこの映画を観て思ったのは、独裁政治は人民を虐げるが、俺たちのこの国の民主主義だって同じようなものじゃないか。
独裁はごく一部の奴が全権力を持つが、民主主義だってその権力を大勢に分散しただけで、人民がつねに虐げられている事に代わりはない。
民主主義ってのは、放っておくと小型の独裁者だらけになって人民を苦しめる国になってしまう。小役人が威張りくさったりね。
さらに今、法制化されそうな共謀罪だって人民には恐ろしい。
今、俺たちの国は、その危険な方向に向ってないだろうか?
そんなことを考えさせてくれた映画であった。
仮面の男が最後に命を賭けてこう言った。
「人民が政府を恐れるのではない。政府が人民を恐れるのだ」
この国もそろそろ人民がおとなしくしている場合ではない。

15605/08 22:00武術とは、その人の人生哲学だ
格闘技が一大ブームだと云う。
俺も格闘技は観るよりやるのが好きで、今でも毎週道場に通っている。
しかし、テレビの格闘技番組を見る限り、それは本物の武術とは言い難いのである。
どちらかと言えば昔のサーカス小屋の見世物に近い。
まず闘う男たちには、相手に対するオマージュがない。
武術はルールがあるとは言え、命を落とすかも知れない闘いなのだ。
だから闘う相手には最大限の礼節を尽す・・・これが武道の精神である。
今、この国の武術にはそれが感じられないのがせつない。
映画「SPIRIT」を観た。
ジェット・リー主演で中村獅童も出演している中国映画でる。
ジェット・リーは百年ほど前に中国に実在した伝説の武術家、フォー・ファンジャを演じている。
1910年頃の上海が舞台であるが、現代に置き換えてもなんら不都合はない。
金と云う権力や地位と云う権力全盛の時代に、武術を通して自分の人生哲学を人々に伝えようとした武術家の命をかけた物語である。
その武術家の哲学は「平和」である。
武術は時に己の命を賭けても、闘う相手に最大限の礼節を捧げなくてはならない。
この不器用とも思える一人の男の生き方が、時の中国の民衆に圧倒的に支持されたのである。
さて今、格闘技がブームだと云う俺たちの国できちんとした哲学を持った武術家や格闘家はいるのだろうか。
またその視線で伝えるスポーツマスコミが存在するのだろうか・・・ねっ。



15505/06 23:04テレビ放送の良心は・・・亀田兄弟の悪夢
ジョージ・クルーニーの監督2作目作品「グッドナイト&グッドラック」を観た。
1950年代のアメリカ、CBSテレビ放送の報道局員たちが、政治家の権力に真っ向から立ち向かう物語である。
さすが報道のCBS放送局と云われたスタッフたちである。
国民の為、国家の権力にも怯むことなく放送人の良心を見事に守りきった。
最後に主役のエド・マローが言う。
「放送の良心を守らなければ、テレビはやがて先端メカの詰まった単なる箱になってしまう」
50年後、今日本のテレビは完全に素晴らしいメカニズムの箱である。
そこには良心もクソもない。
たんなる馬鹿げた箱である。
テレビ局員のプライドや尊厳や品格はそこにはない。
その証拠が昨日のTBSテレビを筆頭にした各在京キー局。
ボクシングの亀田兄弟の馬鹿げた品の欠片も無い若者いや、ばか者に媚びた報道はなんなのだ。
各ワイドショーのお抱え評論屋どもの、あの品格のない亀田兄弟への媚びたオイショコメントはなんのつもりなのだろう。
俺の知る限りただ一人、漫画家のやくみつる氏のみが「あんな失礼きわまる兄弟をまともに放送することはない。私は彼らが嫌いだ」
ときっぱり言っていた。
これが普通の大人の感覚である。
試合の相手に対する亀田兄弟並びにオヤジさんの態度は失礼である。
ボクシングは100年以上の歴史がある、スポーツ文化にまで昇華したスポーツである。いくら人気がなくなってきたからといって、プロレスやショー化された他の格闘技とは違うのだ。
そこにはルールもインテリジェンスも必要だ。
特に日本人は格闘技に、闘う相手に対するオマージュを大切にしている。
相撲、柔道、剣道をはじめ日本の全ての格闘技は、戦う相手への敬意を大切にしている。技よりも礼節を重んじているのだ。
これこそ武士道なのである。
そんなことも知らず、亀田の弟に弁慶の格好をさせるなど滑稽である。
いや、関係者の無知さがせつなく、悲しい。
まぁ、亀田の兄弟は大人たちに踊らされているのだから仕方が無いが、反省すべきは亀田兄弟に金儲けのために群がっている大人たちである。
帝拳ジム、日本ボクシング協会、そして最悪がTBSテレビである。
亀田兄弟に対する報道をはずかしいと思わないのだろうか。
報道のTBSも地に落ちたものである。
これじゃ楽天に乗っ取られたほうがいいんじゃないかい。

15405/04 11:37童謡・唱歌・JAZZコンサート
昨日はパルテノン多摩にて「こどもまつり2006」のイベントに参加。
松本佳子さんプロデュースのJAZZコンサートの演出と出演。
佳子おばさん…こんな呼び方するのは世界で俺だけだが…はあの伝説のテナーサックス奏者であり、この国の音楽界をここまで隆盛させた貢献者である松本英彦さんの奥様である。
佳子さんに頼まれたら嫌とは言えない、いや言わない。
子供たちにJAZZの楽しさを伝えると共に、日本語の大切さも教えたかったので、俺は唱歌の「夏は来ぬ」を題材にその詞の解説をステージで行った。
その時にサプライズなことが起きたのだ。パルテノン多摩の小ホールは満員のお客だったが、その前列で真剣に聞いてくれる女性と目があったので、俺はステージから話しかけた。
「あなたは若いから、この詞の意味がわかりにくいでしょ?」
すると彼女は大きく首を振り、言葉を発した。
もう一度近寄って聞くと…「私…作詞者の孫です」と彼女は言ったのだ。
なんと「夏は来ぬ」の作詞者であり万葉歌人であり、国文学者の佐々木信綱
さんのお孫さんだったのだ。
「夏は来ぬ」を題材にすることは当日の朝、俺の独断で決めた事なのだ。
なんと言う偶然…事実は小説より完全に奇なりである。
このステージでは子供たちの親御さんもたくさんいるので、日本語の楽しさの伝達の為に俺は今やっているイベント、阿久 悠さんの歌「北の宿から」の詞を題材にしたトークショーもやった。
国会では教育基本法だのでごたついたり、文部科学省は小学校から英語教育をするだの言っているが、今、一番大切なのは日本語の正しい教育であり、国語力をつけるべきだとの俺の持論を、ついついしゃべってしまった。
こどものためのJAZZコンサートでは少々場違いかとも思ったが、終演後である。ひとりの中年女性が楽屋にきた。
「とてもいいお話ありがとうございます」と言われた。
差し出された名刺を見て俺は彼女の顔を見つめなおした。
彼女はここ地元多摩市の市長さんであった。
彼女は取り巻きも連れずおひとりで観に来てくれたのだった。
「あなたのような市長がいるからこそ、この多摩市は文化を大切にする市なんですね」
俺は心からそう言った。
このショーをお手伝いできて良かった。
一日に二回もサプライズを経験できたもの。
松本佳子さん、どうもありがとう。 

15304/30 22:48昭和にあって平成にないものは・・・
この時代、なんか日本人の心が変だと怪訝に思うのは俺だけではないだろう。
人間が怪訝に思うときは、なにか本質的な欠如があるのだ。
それがなんだかを知りたくて、俺はこの三月から東京・青山にあるライブハウス「月見ル君想フ」で「阿久 悠を唄う」と云う音楽ショーを演出している。
俺が今の時代に欠如しているものは、日本人の心からの交流だと思うのだ。
それは心が発する言葉の欠如ではないかと考えた。
この時代の人びとの言葉は言葉であって言葉に非ず、俺から見れば暗号である。
目的が適当に届けば良し、心情や優しさや温もりは不要…俺には日本人の会話がそう見えてしかたがないのである。
そこで日本の言葉を大切にする何かのアクションをと思い、「阿久 悠を唄う」を企画した。
阿久 悠作品の詞の言葉は生きている。心があるのである。
言葉の陰にいたわりや、恥じらいや、やせ我慢や温かさや、芯の強さがある。
阿久さんの歌にはどれも社会性があるのである。
まさにこの時代の教科書だと俺は思う。
歌謡曲と云う最も庶民的なツールで社会に問題提起をしているのが、阿久 悠作品なのである。
俺はその伝道者として末永くこの音楽祭を続けるつもりである。
先を急ぐあまり、昭和の時代に置き去りにしてきたものはなんなのか…。
幸い、同じ志を感じてくれた多くの素晴らしきアーティストたちが集まってくれた。
ギャラなどはない。全員が手弁当である。
毎月やってます。
時間があったらぜひ観に来てください。













15203/12 19:40ピアニスト兄弟 レ・フレールはいいね
親しき友人に誘われ品川プリンスホテルのClub exでレ・フレールのピアノデュオを観てきた。
斎藤守也、圭土の今、話題の若きデュオユニットでキャトルマンスタイルの一台四手連弾である。
一台のピアノを二人で自由自在に操るテクニックは相当なもので、今までのピアノコンサートのイメージを完全に払拭させてくれた。
二人のアクティブな演奏スタイルは聞く側も手拍子や足拍子で乗ってしまう。サウンドもブギーをメーンにしたものなので、その内に踊りだす観客も出てきそうだ。
まぁ、まだ若いのでやや乱暴な指使いや曲目の構成、トーク術などは今後の課題だけれど、二人の性格も清々しく、このまますくすく伸びてくれたら世界にも立派に通用するミュージシャンになるだろう。
願わくば、この国のマスコミにメチャメチャにされない事を。
日本のマスコミの連中はすぐ誰でも自分たちと同級の人間にしたく、タレント扱いをする。
スポーツ選手でもミュージシャンでもお構いなしだ。
スケートの荒川選手はアスリートであり金メダリストである。レ・フレールはミュージシャンである。芸無しのタレントではない。
マスコミは彼らへの心からのオマージュを忘れないでほしい。
それを願うばかりである。
まぁ荒川静香選手はマスコミに負けるようなやわではないと信じるけれど。



15103/10 23:58松本英彦さんへのオマージュ
今年、縁あってあのジャズ界の巨星、松本英彦さんの奥様と知己になった。
松本佳子さんである。
ジャズシンガーであり音楽プロデューサーの佳子さんはエネルギッシュを絵に書いたような馬力のあるおばさん、いやレディである。
その佳子さんプロデュースの「松本英彦追悼ジャズコンサート・7th anniversary」の演出をスイートベイジルでやった。
松本英彦・スリーピーの音楽感性を若き才能あるジャズプレイヤーたちと楽しんだ。「音楽は楽しくなければいけない」俺はスリーピーのこのマインドを忠実に演出した。
だから満員のお客に負けず、俺も目イッパイ楽しんだ。
俺の我がままを聞いてくれた川嶋哲郎、鈴木ひさつぐ、太田 剣、秋田慎治
山下弘治、守 新治さんたちこれからのジャズ界を背負うミュージシャン。
そしてダンスユニットLALALAの皆さん、さらにゲストの水谷八重子さん、大至、さらに音響、照明等オールスタッフありがとうございました。
ジャズライブが楽しくなって今月21日には多摩センターで佳子さんプロデュースでまたやります。
まだ企画考えてないけれど。そろそろ台本作らなくちゃ佳子おばさんがうるさい。・・・おっとその前に13日のライブが先だ。
青山のライブハウス「月見ル君想フ」で「阿久 悠を唄うライブ」をやります。大至やあさみちゆきさんや中島マリさんやいろいろ集まります。
お暇でしたら来てくださいね。
この台本はこれから夜なべして書かなくちゃ・・・眠いなぁ・・・。
最後に松本英彦さん、ステキなジャズの機会を与えてくれてありがとうございました。
スリーピー松本さんの志を次世代に受け渡すミッション、微力ながらお受けいたします。




15003/10 23:21松坂慶子さんは常にスターでいてほしいから・・・
先日、シャガールの絵のように突然空から降ってきた松坂慶子さんにお会いした。
用件はショーをやりたいとのことだった。
松坂慶子さんは日本だけでなくNYなど海外でもショーをやってきた大スターである。
その松坂慶子がなぜ俺に・・・と一瞬思ったが、面白い事が何より好きな俺には興味のある話である。
しかし、俺がものを創る時はまず自分が納得し、相手も納得してくれなくてはやりたくない。俺はその場で「あなたは日本でも稀有な大スターなのだからみんなの手の届くところにいてはいけない。あなたを大空に飛ばし、今よりも更にすばらしいスターにする仕事なら喜んで・・・」
みたいなことを俺は言った。
後日、彼女から少女のように可愛いい直筆で曲目が書いてある紙が届いた。
ショーで歌いたい曲目だった。
俺の心は一気に松坂慶子ショー創りに燃え上がった。
グラミーショーのマドンナなんかに負けるもんか!
企画を考えるのが楽しみである。
ショーは五月にやる予定である。
今年はなんで次々に素晴らしいひとびとに巡り会えるんだろう。
俺は自分を本当に幸せものだと思うよ。




14903/09 22:19彼は叫んだ「三年間スイマセンでした」と・・・
長いことここに書かずにいた。その間、俺は元気に生きていたけれど何故か
ここに書くほどのインパクトある現象に出会えなかった。
ここには俺自身が書きたいとのモチベーションが湧き上がらない限り書きたくはないのだ。この間、耐震偽装やらホリエモンやら殺人やらアホンダラ民主党騒ぎやらトリノ五輪やらあったがどれも書きたいとは思えなかったのだ。
マスコミの低レベルな報道に書きたいモチベーションが萎んでしまうのである。俺のHPを毎日のように見てくれている方にはお叱りを受けたがいかんともし難い事なのだ。
さて今日は俺が講師の末席を汚している国際理容美容専門学校の卒業式だった。その卒業式の進行中、担任の先生から名前を呼ばれた卒業生たちが次々と起立をするのであるが、理容科、美容科、美容二部、ビジネス美容科と進み高等科の生徒になった時である。
それまでにも何人かの男子生徒が「はい!」という言葉だけでは感激が止まらず「三年間ありがとうございました!」と叫んだやつがいた。
しかしその高等科の男子生徒は「三年間スイマセンでした!」と叫んだのである。顔を見ればいかにも聞かん坊の面をしていた。
俺はこの「スイマセン!」にジーンときてしまった。
彼は三年間先生を困らせて、今日気が付いたのだろう。
こころからの男の「スイマセン」の言葉はなんと清々しかったことか。
さすが50年以上の歴史ある国際理容美容である。
この学校にやんちゃな奴は世間並みにいるが、心根は温かい奴ばかり、それもこれも「躾」を校風の精神にかかげるこの学校ならではの教育の成果なのだろう。
すばらしい学校に加わっていられる俺は幸せ者である。
ちなみに今年の卒業生は404名・・・内、皆勤賞は95名であった。

14801/23 22:35葉書一枚の恋文・60歳のラブレター
昨日、グローブ座で「60歳のラブレター」のショーを演出した。
前日の大雪の影響を心配したがお客さんはたくさん来てくれた。
出演者の大沢悠里さん、西村知江子さん、テナーサックス鈴木ひさのぶさん、造形作家中村 園さんはじめスタッフの皆さんには俺の勝手な構成・演出に快く動いていただき、楽しい舞台を創ってくれました。
ありがとうございました。
しかし、ステージショーとかイベントってどうしてこんなにも楽しく、充実感があるのだろう。
以前はテレビの現場にもみなぎる熱気や楽しさがあったが、今は皆無である。
それがステージやライブハウスには充満しているのである。
それを見つけ、またその世界から声をかけていただける自分はなんと幸せ者だろうと思うのである。
今年はガンガン楽しいステージを創ろうとワクワクしている。
なんかテレビの創世記に感じた、あのじっとしていられない気持なのである。時の短さを感じるあの楽しさである。


14701/20 23:53堀江、小嶋などはサムライにあらず!
ホリエモンやオジャマモンや今、社会を騒がしている奴らに共通するものはすべて日本男子たる美意識の欠如である。
このことは俺のcolumnにある「阿久 悠・語」にも書いた。

右手にソロバン・左手に論語
利益追求と道徳・・・この相反するものを両の手に掲げたのが明治時代の実業家の草分け・渋沢栄一だ。
彼が書いた「経営論語」には「盛って入るものは盛って出づ。一攫千金の相場で儲けた金銭など求めても空しい…」
渋沢栄一は商業にも道徳的な美を求めた。
右手にソロバンを持ってはいても、左手に日本男子の美意識は失っていなかった。
だから百年後の今でも慕われているのである。
人生に美意識を失わない日本男子をサムライと云うのだと俺は思う。
今日も東京地検特捜部に追われている堀江貴文には美意識など皆無である。
そんな男をチヤホヤさせた自民党の政治家もテレビマスコミも同じ穴の狢である。美意識の欠片もない。
こんな男のために足元をすくわれ、フジサンケイグループ内で、一人で悪いクジを引かされた我が友、元ニッポン放送の亀淵昭信社長の無念を想うと切ない。
でもカメさんはサムライだよ。「やせ我慢」と云う日本男子特有の美意識を最後まで失わなかったもの。

14601/18 00:00ステキな歌い手・あさみちゆきさん
最近、公園や路上での野外ライブが盛んになってきた。
そこからステキなミュージシャンが現れ始めたのはうれしい。
俺もかつて劇団・一世風靡をはじめ何組かの路上アーティストのプロデュースをしていたので、路上組の復活は大歓迎だ。
今年になって、その中の話題のミュージシャン二人のライブを見た。
ひとりはサックス奏者の中村健佐さん
もうひとりは歌い手のあさみちゆきさんである。
中でもあさみちゆきさんには驚かされた。
彼女は東京の井の頭公園を本拠にしているそうだが、毎回2百人は集めるという。
俺は彼女の屋内初ライブを赤坂東急ホテルで見たが、まず驚いたのは客の大多数が50代、60代のおっさんが主体なのだ。
次に驚いたのが、そのおっさんたちが非常に元気なのだ。
日本にこんな元気なおっさんたちがまだ生存しているとは思わなかった。
さらに驚いたのは、彼女は歌が上手い事だった。
最近、へたくそなプロ歌手ばかりなので気持ちよい歌手に会えた。
声が透明で心に染みこんでくるようだ。
一つ気になったのは、彼女が唄う歌の詞があまりよくないことだ。
彼女が良い歌に出会えれば大ブレイクするかもしれない。
楽しみな歌い手である。
ぜひ今年から俺が青山で始めるライブショーに参加して欲しいものである。


14501/17 23:30今年の成人式に思うこと
ことしも芸能マスコミと化した日本のジャーナリズムは、毎年お決まりのパターンの報道をしていた。
成人式には若者の一部が大騒ぎをしてくれないと困るのである。
なにしろニュースデスクからそれを取材してこいと命令でもされているのだろう。
スタッフは必死で各地の成人式会場での小競り合いを針小棒大に報道していた。
毎年、成人式での新成人たちの元気な行動を非難はするが、キチンと彼らの声や心の叫びを聞いたことはない。
そんな声を聞く耳を持たぬのが、この国のジャーナリストである。
「まるで不成人式ですなぁ」なんてワイドショーで自分の発言に悦にいっていた馬鹿なTV評論家もいた。
話は飛ぶが昨年の日本の若者の失業率は8%だった。全世代平均の2倍である。
若者の失業率が突出しているこんな先進国はない。
なぜか、世間はニートだフリーターだと、いかにも原因は若者にありと言っているがとんでもない。
企業がコスト、合理化と云う美名の下に正社員を抑え、パートや派遣で手抜きしている社会のしわ寄せが若者にいってしまったのは明白である。
そして所得格差を作り出し、「勝ち組、負け組」が流行する異常な社会をつくってしまった。
そんな汚い社会に背を向けた若者たちの気持を誰が考えているのだろう。
そんな大人にはなりたくない新成人たちの心を誰が理解しているのだろう。
馬鹿げた成人式のテレビ報道を見ながら、大人としての責任を痛感した。


14412/30 09:35阿久 悠さん作詞家40周年記念特番
昨夜のTBSテレビでの「作詞家・阿久 悠40年記念特別企画」は日本中の歌謡曲フアンが楽しんでいただけたと思う。
今更ながら阿久 悠さんの凄さを思い知らされた3時間30分だった。
この数年間、公私ともに阿久さんの一番身近にいる俺にとっては感慨もひとしおであった。
阿久 悠さん、電話では言わなかったけれど素敵に輝いていましたよ。
それにカジュアルな衣装も短めなヘアースタイルもグッドでしたね。 
さて、TBSが作った番組内容に関しては不満だらけである。
まず、制作スタッフ全員の歌謡曲に対するオマージュがまるで感じられない。名曲への敬意がないのだ。
阿久 悠が時代に残した名曲はすでに文化でありアートの領域である。
しかし、構成者や演出家に文化やアートを創り出す能力がない。
番組内容のクオリティは実に酷いものであった。
歌を写し出すカメラのカット割も音楽を知らないディレクターやスイッチャーでは話にならない。
多分、楽譜も読めない演出家なのだろう。
カット割のフレームがまるでずれていた。
それよりも番組全体のVTR編集がADにやらせたのかと思ってしまうほどひどかった。
まぁ今のテレビ番組はどこもこんなものと諦めなけりゃいけない時代なのかなぁ。
俺は俺の方法で阿久 悠さんの創ってくれた文化を様々な場でエンターテイメントすることにしよう。



14312/25 23:44グローブ座にて「60歳のラブレター」
五年前に住友信託銀行が募集した「60歳のラブレター」が依然として人気を集め、今秋五冊目のハードカバーが日本放送出版協会から出版されベストセラーになっている。
俺もその存在は知っていたが、来年の一月にそれの舞台化が予定され、その構成・演出を依頼された。
俺の演出のモットーは「必ずお客さんを楽しませてみせるから、好きなように創らせてほしい」なのだ。
制作のザ・カンパニーの天野社長も主催のTBSラジオ門田さんも俺の良き理解者だし、司会進行の大沢悠里さんも西村知江子さんも実力者だし、今から楽しいショーになるとワクワクしているのだ。
まだ俺自身が台本も書いてないのにね。
さてこの「60歳のラブレター」…
オジサン・オバサンの老いらくの恋、焼けぼっくいに着いた残り火と思ったら大間違いだ。
実は俺も最初はそう思っていたのだが、本を読み進めていく内に感動さえ覚えた。
電車の中で読んでいた時など、涙がこぼれて慌ててしまったのだ。
日本中からの投稿者のみなさんの感覚も感性も最高に素敵だ。
みんな恋をして、愛を大切にしている。
人を愛するのは年齢ではない。
人が人を愛するのだ。愛を放棄した奴は人を放棄した奴だ。
日本全国にこれほどステキな愛に生きてる人々がいるなんて、この国はまだまだ捨てたもんじゃない。
こんなすばらしい人びとの作品を舞台化できる俺はなんて幸せ者なのだろう。
確か、二年前に秋元 康さんが一度舞台化している。俺はそれを観てはいないが、必ずそれ以上の感動を創り出してみせるよ。
観てくれるなら「大沢悠里のゆーゆーワイド」に応募して招待券を手に入れてくださいね。


14212/25 23:14シゲルワールドをお見せしましょう
俺のフィールドであったテレビが日本の芸能文化を育てる場を放棄して以来、なんとか違うメディアで有能な芸能文化人が育っていく場を造りたかった。
それが遂に見つかった。
俺と同じ思い、感覚、感性の持ち主たちと出会った。
俺はまず大人の鑑賞にたえるアートを創り、育て、大きな世界に送り出したいのだ。
アーティストの最初の種を撒き、苗に育てるのが俺の役目だと思っている。
何も知らず、何も出来なかった俺を育て、まがりなりにも今だに現役で働かせてくれているこの芸能世界への恩を返す時が来たと思っている。
「恩は遠くから返せ」これは俺の父親の遺言でもある。
その場はまず、青山にあるライブハウス「月見ル君想フ」での定期ライブショーである。
すでに共に活動していくアーティストたちは大勢俺の周りにいてくれる。
すぐにでもやりたいライブでのショーは両手の指でも足りない位ある。
昨年亡くなってしまった世界的プロモーター内野二朗さんへのご恩返しを含め、内野先輩の口癖であるオペラからストリップまでオールジャンルのエンターテイメントにチャレンジするつもりだ。
今から胸は少年のようにときめいて仕方がない。
だから、来年はシゲルワールドに乞うご期待って誰もまだ期待してねーか!


14112/25 22:45一億総バラエティ感覚時代
今年も様々な事件が起きたが、中でも絶対に許せないのは弱者を標的にした犯罪者である。
特に女子学童をターゲットにした犯罪者たちには、もっと社会が闘わなくてはいけない。この国は口先だけは子供を守るようなことを言うが、先進国ではもっとも子供を守らない社会である。
通学途中の学童の横を車がスピードを落とさずにすり抜けてゆく先進国は日本だけであろう。
あれほど雑多な民族のいるアメリカでさえ、道路にスクールバスが停車したら対向車線も含め全ての車はその場に停車する。
社会が子供たちを守っているのである。
そこまでモラルが低下したこの日本なのに、マスメディアの人間たちはそれに気付くどころか、事件を助長しているとしか思えない。
特に今年、女子学童の事件報道は酷すぎた。
被害に遭った学童を報道するのに「オンナの子」とか「○○ちゃん」と言っている。
これではロリコンの犯人や犯人予備軍を刺激するだけである。
ジャーナリストならロリコンの心理くらい勉強しろ。
特にNHKのニュース番組、はっきり言ってニュース10のアナウンサーは最悪だ。
いかにも被害者の立場に立っているような顔を作って、実は最悪の報道をしているのである。
まぁ姉妹が殺されたら「美人姉妹」だの「美女」「女性全裸」が報道されてもだれも不思議に思わない国である。
殺人事件もバラエティネタになるような国じゃ仕方ないか。

14012/25 22:102005年・総括相撲甚句

大至の年末恒例イベント「ちゃんこと甚句の会」のオープニング相撲甚句を
作詞した。

アードスコイ ドスコイ
アーエー アードスコイ ドスコイ

2005年を 甚句によめばよ
アードスコイ ドスコイ
今年もいろいろ ありました
まずはいきなり スマトラの
大きな津波に ゆさぶられ
イラク情勢 ままならず
拉致問題も 膠着し
脱線事故やら ハリケーン
暗い事件の 続くなか
明るい愛の 地球博
人気集めた ipod
韓流ブームに ムシキング
寒天ブームに クールビズ
電車男に ハードゲイ 「フォー!」
世間騒がす ヒルズ族
お引越しオバサン ごみオジサン
強かったのは 千葉ロッテ
宮里藍ちゃん 朝青龍
デープインパクトに 自民党
軽くやばいよ 小泉さん
ヒラリーマンや チルドレン
素人政治家 目白押し
政界巻き込む 耐震偽造
鉄骨抜いての なすりあい
暗い世間の 花一輪は
紀の宮さま ご成婚
涙と笑いの この一年
皆様 健康 なによりでした
今宵一夜は 浮世の垢を
きれいさっぱり 流し去り
楽しくすごして まいりましょう
アードスコイ ドスコイ


13912/25 21:58琴の若関・男の引き際
11月場所中に突然現役引退を余儀なくされた琴の若関、佐渡ヶ嶽満宗新親方に会った。
俺の友人である大至の紹介である。
現役をやめてまだ日も浅いが七キロ痩せたと言っていたが、とにかくでかい。あの大至が小さく見えるのには笑った。
三人で写真を撮ったが完全に大中小である。
場所中に突然、佐渡ヶ嶽親方が引退を表明したため部屋の後継者に決まっている琴の若関は翌日現役を引退して新親方を襲名しなければならなかったのである。相撲界のルールなのだそうだ。
彼はその日の夜、男泣きに泣いたそうだ。まだまだ相撲が取りたかったのだ。しかし、翌日には腹が見事に決まっていた。前親方の優しさが分かっていたからだ。前親方は琴の若関の膝が立っているのも困難なほど痛いのに、部屋の若い衆のために先頭でがんばっている彼を休ませたかったのだ。
もういい、相撲を取らなくてもういい、この親方の優しさに琴の若関は泣いたのかもしれない。
親方は琴の若関の義父である。
実際、新親方は琴欧州の稽古相手を心配していた。
2mを越す琴欧州の稽古相手は琴の若関くらいの大きさが必要なんだそうだ。相手が小さいと背中が丸くなって相撲が小さくなり、姿勢も悪くなるのだ。なんとか稽古相手になってやりたいと新親方は膝を擦った。
早く新しい横綱が相撲界には欲しい。佐渡ヶ嶽満宗親方には期待したい。

13811/20 10:32断末魔のNHK紅白歌合戦
NHK紅白歌合戦、今年の司会者にみの・もんたが起用された。
人間と云う動物は一度判断を誤ると、ど壷にはまってしまうもので、それは集団でもそうなのだ。と云う生物学的醜態を今回のNHKが証明してみせた。
昨年、紅白歌合戦の視聴率は第二部で39.3%まで落ち込んだ。
俺が構成作家として加わっていた1970年代は80%あったから隔世の感があるね。
紅白歌合戦はここ数年明らかに誤った方向に進んでいる。
紅白歌合戦本来のコンセプトを無視して制作しているのである。
紅白歌合戦の揺ぎ無いコンセプトは庶民感覚であり、地方感覚である。
これを忘れてはいけない。
この番組の視聴者は雪深い故郷でコタツを囲んで見ているお年寄りを中心にした御家族・・・俺ならこんな想定をして台本を書くだろう。
テレビがデジタルになろうと、紅白歌合戦だけはいつまでもアナログでいいのである。
いや、アナログでなければ存続の意味はない。
映像はなくとも音声だけで南極基地と繋ぎ、地方の芸達者がNHKホールに集まり、野鳥の会が投票を集計する・・この温かさと優しさがNHK紅白歌合戦なのだ。
これは決して安っぽいノスタルジーではない。
NHK紅白歌合戦は日本人のアイデンティテイなのだから。
この時代、視聴者は個性化、多様化している。
我が世の春のみの・もんたを出演させようが、ユーミン、スマップに唄わせようが現代日本の無関心層は動かないだろう。
歌に耳を傾ける時代は終わったのだ。
いや、正確には耳を傾けるような歌も無ければ、演出もないのである。
このままNHKが変わらないのなら、今年限りで紅白歌合戦はやめたほうが良い。これ以上の醜態は見たくない。

13711/15 21:03今年の秋のヘアーメイクショーは・・・
俺にとっては毎年秋の恒例イベントである国際理容美容専門学校の学生たちと一緒に創る美翔祭ヘアーメイクショーを昨日と今日、日暮里のサニーホールで5ステージ行った。
キャパ450席がすべて満席だったことがまず、うれしい。
大相撲は半分もお客が入らないというのうね。
今年のテーマは時代性を考えて「LINE]
学生たちは5チームに分かれ、それぞれのメッセージをステージ上から見事に伝えてくれた。
今日の昼、理容界・美容界のジャーナルの記者会見で俺は「このショーは日本のみならず世界と比しても負けることの無い感覚とセンスがあります」
と自画自賛の大見得を切ってしまったが、それは俺が総合演出をしているからではない。
毎年、毎年約10年間世界に追いつけ追い越せで創ってきた感性がDNAとしてこの学校の生徒たちに遺伝されているのである。
文化とはこういうことなのだ。
今のテレビ界をはじめ日本のエンターテイメントの質が悪く、つまらなくなったのは、このセンスや感覚の後輩への伝達がないからである。
文化は人から人へ繋いでいかなければ昇華しないのである。
まさにLINEなのだ。
この国際理容美容専門学校が他の学校、組織より数段すぐれているのは、
50年間に渡り、技術と文化を伝承していることに起因している。
その学校で毎年秋にヘアーメイクショーを演出できることは本当にうれしいのだ。
来年あたりは、そろそろ世界と勝負したいと思う。
そのくらい今回のステージは最高の仕上がりだった。
世間にだまって見せたら、モデルたちが全員学生なんて誰も思わないに違いないだろう。
今年度の美翔祭運営の学生諸君、それを支えた先生方どうもありがとうございました。


13610/25 22:41六本木バーガーイン本日閉店
朋友のデザイナー井上のぶおさんより昨夜メールにて、バーガーイン閉店情報を知らされた。
で、今日のランチはバーガーインにてハンバーガー&ホットドッグセット。
ドリンクはもちろんコカコーラで830円也。
本日閉店を惜しむセンチな奴らで店内はごったがえしていた。
何の訳があって閉店するのかは、俺の預かり知らぬところではあるが、この店の閉店を少しの悲しみで見送る権利くらい欲しいものだ。
なぜって俺は数十年前にこの店に来て、生まれて初めてハンバーガーってモノを喰ったのだ。
当時バーガーインは日本のファッションの最先端だった。
だから、新しもの好きな俺は、鵠沼海岸の家からここまで喰いにきた。
店の前にはまだ都電が走っていた。
日本でただ一箇所、この六本木の町だけは朝までやってる店がいくつかあった。バーガーインもその一つだったのである。
俺にとっては少年時代の思い出の店であった。
その店がなくなることに、別に深い感慨もノスタルジーもない。
俺くらい長く生きていると親をなくし、親友をなくし、家をなくそうとも寂しさなどはない。
カタチあるものはなくなるのだからと腹も括れる。
いずれそう遠くはない頃に俺もなくなるのだしね。
バーガーインの閉店も今日は残念に思ったが明日にはもう忘れているはずだ。
それよりバーガーインの一寸先のドンキホーテの屋上に作られた絶叫マシーンはなんなのだ?
マシーンの真下は墓場だぜ。
まぁ不良外国人が麻薬でもやりながら絶叫マシーンから転落するのが目に浮かぶ。
なくなったものと出来たもの・・まぁいいか・・・。

13510/18 00:16拝啓!小泉純一郎様
台風20号が秋雨前線を刺激して冷たい雨がそぼ降る秋の日の朝、精一杯の演技での靖国神社参拝お疲れ様でした。
またマスコミの皆様も知っていながら知らない素振りの報道ご苦労さまでしたね。
今日の参拝が私的か公的かなどの判断は陳腐です。
あなたがスーツ姿でわざとらしいお賽銭の演技をしようとも、あなたの参拝は公的に決まっているじゃありませんか。
百歩譲ってあなたが、先の戦争で心ならず無念の戦死をとげた同胞に心からの哀悼を捧げたいのなら、マスコミはじめみんなの目を盗んで行けばいいことです。
夜でも早朝でもいいじゃありませんか。
大阪高裁が去年のあなたの参拝を憲法違反だと判決を出したのですよ。
立法の長が司法の判断を無視とは、なんと情けない国なのでしょう。
しかし、今日のあなたは突然参拝を決めたふうに装っていましたが茶番もいいとこです。
小泉チルドレンや志を失った自民党議員なら誤魔化せても、人間の心を持ったアジア人は誤魔化せません。
今朝、あなたは参拝の前に秘書官を通じて報道各局に一斉に連絡しましたよね。靖国の周囲に国民と称する仕込みの群衆を配置しましたよね。
警察は前日から警備体制を布いていましたよね。
あなたは今日の参拝を誰かに認知させる必要があったのでしょう。
それは誰かは俺も武士の情けでお聞きしません。
でも行った事を内緒にせず、公表しなければならない誰かがいたはずです。
この話はここまでにしておきましょう。
こんな安っぽい芝居は観たくもありません。
さて俺には中国人や韓国人やアジアの友人が沢山います。
彼らは来日すると靖国神社がどんなところか見物にいきます。
そして一番驚くのは、これ見よがしに飾ってあるゼロ戦でも大砲でもありません。
売店で売っている「純ちゃん饅頭」です。
これが今、靖国で一番の人気グッズだそうですね。
小泉純一郎様、あなたはこれになんと答弁されますか?

13410/13 22:08すいません・・この言葉の温かさ
昨日のことである。
ジムで筋トレした俺は、いつものようにスチームサウナに入りポッカポカで出てきた。
「すいません」男の声に振り返ると、青年がロッカーのキーを差し出した。
俺がサウナルームに忘れたのだ。
青年は裸で俺を追いかけて届けてくれたのだ。
「ありがとう」「ありがとう」
俺がこう言っている間に青年は微笑んでサウナに戻って行った。
「すいません」・・・か・・・。
日頃から日本語の誤った使い方に不満を持っている俺は、青年のこの言葉使いが気になった。
あの状況で文法上は正しくはない。でもあの時、「すいません」より良い言葉があるだろうか?
青年は心からの親切で年上の俺に「すいません」とキーを手渡してくれた。
俺は青年の言葉にサウナより温かい何かを感じたのである。
「すいません」・・・なんとステキな日本の言葉じゃないか。
話は変わるが・・・・・
最近の日本人がビジネスの場ですべての挨拶に使う「おつかれさま」・・・
俺はこの無意味で社交辞令そのもののような言葉が大嫌いだ。
朝から仕事場で「おつかれさま」なんて言われても返事を返したくない。
俺はまだ疲れてねーや!なんて悪態までつくこともある。
しかし、言葉の正しさってなんなのだろうか?
「おつかれさま」が間違った使いかたなのだろうか?
俺はあの青年の「すいません」のここちよさから、こんなことまで連想して考えた。
「おつかれさま」が違うのなら、「さようなら」はどうだ?
「おはよう」「こんにちわ」だって本来の意味とは違う語法で使われているではないか?
言葉なんて生き物で時代と共に生まれ、消えてゆく存在ではないか。
「おつかれさま」なんて言う奴を小馬鹿にしていた俺は、自分の軽薄さが恥ずかしくなってきた。
あらゆる場、あらゆる人に使える「おつかれさま」・・これもステキな言葉ではないか。
「すいません」の青年、ありがとう。
良い勉強させてもらいました。おつかれさま!

13310/09 15:13俺はNHK受信料を払っていない
テレビ界の期首期末特番バカ騒ぎ大会がやっと終わった。
そのほとんどが芸もない芸人の佃煮みたいな番組ばかりである。
もっともこの特番大会は視聴者のためではなく、スポンサーから制作費を余分にふんだくる為なのだから、放送局経営者は内容などどうでも良いのだ。
この国には大人がいないのかと他国の人は間違いなく勘違いするほど、普通の感覚の大人が見る番組は皆無であった。
だからこそのNHK放送局の存在なのであるが、結論を言えばこの放送局はいらない。今の経営陣と制作者が牛耳っている間はね。
昨日のNHK番組審議委員会も酷かった。肩書きだけは立派であるが、碌にテレビの楽しさも庶民感覚もない輩が、何を言っても雲上の空論に過ぎないのである。
庶民とは感覚も感性も違い過ぎる。勿論審議委員の先生方が勉強不足と云う意味だけどね。
皆で偉そうに良い番組のあり方など議論せずに、NHKの存在そのものを議論した方が良い。
ただし、NHKの民営化などとんでもない。バカな民放をこれ以上増やしても仕方がないのである。
そして昨年の事業収入が500億円も下回って、慌てて出したNHK新生プランの三本柱も酷いもんだね。
NHKらしい放送で、1200人リストラのスリム化で、受信料の公平負担だと。
これの何処が新生プランなんだ。
NHKの抜本的改革は、俺が前から言っているように、視聴者に番組制作費の実行予算を公開すればいいのである。
技術、美術費からタレントギャラ、弁当代まですべてディスクロジャーするべきである。
国民に受信料を負担させるなら、当然の義務である。
それをひた隠すNHKには、俺たちが受信料を払わない権利もあるのである。
だから俺はNHKの受信料は払っていない。
それにNHK職員12000人全員は払っているのであろうかね?



13209/27 21:55大至デビュー3周年の9月ライブコンサート
時間のないところで、場所決めも企画も一気に作ってしまったけれど、結構楽しいショーになったよね。
大至も歌の道3年目でやっと心が入るようになってきた。
歌唱に心が引き込まれる歌がいくつかあったもの。
べつに俺が構成、演出やったから誉めるわけではなく、こいつひょっとしたらひょっとするぞ!って期待感さえ出来てきた。
大至には今回のショーでもその一部を披露したアジアをテーマにした大きなショー作品を作ってあげたい。
必ず歌手大至のライフワークになる大きな作品になるだろう。
彼は今回、その成功の予感さえ感じさせてくれた。
まぁしかし、ショーなんてものは、歌手と演出家がいてもどうなるもんじゃない。
今回のステキなバンドさん、音響、照明さんなどバックステージのみなさん、そして歌姫メゾソプラノの郡 愛子さん、女優で物真似も日本一の中島マリさん、ロックンロールミュージカル劇団・深水龍作率いるミスタースリムカンパニーの皆さん、宝塚の水月 舞さんなどすばらしいゲストの皆さん
、そして最高のお客さんたち・・・。
ブディストホールに集まってくれた全員のおかげで俺も楽しいエンターテイメントが創れました。
どうもありがとうございました。
そうだ、最後に大至のために病床からステキなコメントを書いてくれた我が大兄の阿久 悠さんありがとうございました。
あの珠玉の文章で会場が一気に盛り上がりました。
俺は素晴らしい人々に囲まれたもんだなぁと実感しています。
ありがとう!

13109/25 10:17愛知万博とハリケーン・リタ
世界121カ国と国際機関が参加した愛知万博・愛 地球博が今日終了する。
入場者は目標を大幅に上回ったと万博協会は鼻高々だが、今回はリピーターが非常に多かっただけのことだ。多分、無料入場券をばら撒いての仕込み客だろう。
この愛・地球博のグランドテーマは地球環境問題である。
しかし、大成功だったと云うこの万博から、いったいどんな環境問題が提起されたのだろうか。
提灯マスコミが伝えるのは人気パビリオンは何時間待ちだとか、土産の人気ベストとかだけであった。
僅かに環境テーマらしきものは、会場内のゴミを八つに分別するゴミ箱の設置である。今時ゴミを八つに分類だなんて、これが人類の輝く未来の生活なんだろうかね。
そんな未来なら昔に戻ったほうが良いんじゃないのかい。
さて八つと云えば今日現在、地球上には八つの暴風雨が大暴れしている。
テキサスのハリケーン・リタ、房総沖の台風17号、中国海南島に向かっている台風18号、さらにヨーロッパも大きな被害が出ている。
八つの暴風が同時に地球上に発生しているこの状況は非常に稀有で、恐ろしいことなのであるが、マスコミは問題にしていない。
しかし、この原因こそ地球環境の破壊ではないのか。
先進諸国の自分勝手な産業拡大による環境破壊が原因ではないのだろうか。
地球高熱化による、海水温の上昇での世界の海流と大気の流れの異常な変化がこの台風大発生の元凶だと俺は考えている。
これは地球からの人類への何らかのシグナルなのである。
それに気付かない政府、環境専門家、マスコミに対して、やりきれない思いの日曜日である。
小泉チルドレンの女帝と化した小池百合子環境大臣、今日愛知博で閉幕挨拶をするなら、ぜひ環境問題をここまで突っ込んで語ってほしいなぁ。


13009/21 09:33今朝の夢日記はサッカー
国立競技場と思しきグラウンドでサッカーの試合が白熱している。
オールジャパンの相手はリアルかマンチェスターであろう。
俺はそれをテレビで観ているのか、観客席なのか定かではないがゲームは結構シリアスに進行していた。
日本が僅差の一点をリードしたままのロスタイムであった。オールジャパンのゴールキーパーが突然メンバー交代された。
登場したのはなんと明石家さんまである。
観客たちが一瞬目を疑う間もなく、ベッカムからのロングシュートが飛んできた。ゴール正面への弾丸シュートだ。
さんまが情けないジャンプをしたが、このボールはラッキーにも上のネットに引っかかった。
キーパーのさんまがゴールキックする。が、これがミスキックで敵の前に落ち、これをあっさり蹴り込まれてしまった。
その時であった。観客の一部がグラウンドに抗議に入った。武装した機動隊が迎え撃つ。
観客は明石家さんまの起用に抗議しているのである。
暴力的な機動隊の行動に観客は怒り、大群衆がグラウンドに雪崩こんだ。
暴動の勃発であるが、俺は清々しい目でそれを見ていた。
それは数十年前の学園闘争そのままのエネルギーであった。
違うことには違うと抗議し、立ちはだかり、戦うのが正常な人の道ではないのか。あの当時のエネルギーがまだ日本人に残っていたのが嬉しかった。
俺は観客席から立ち上がり、戦いの渦に入っていった。
この格好の良いシーンで目が覚めた。
この夢はなんなのか?
サッカーもそうであるが、プロ野球やバレーボール、水泳、陸上競技など
テレビで取り上げるスポーツには、なんで素人の芸能人が訳知り顔で起用されるのか。
例えスポンサーが喜んでも、それがスポーツの試合をつまらなくさせ、競技を衰退させている元凶であることに気が付かないのであろうか。
プロ野球の衰退なんてまさに、これが原因である。
野球中継にドラマの宣伝を兼ねた芸能人を呼び、愚にもつかない話をさせているなんて最悪である。また勉強不足の解説者も鼻につく。
あっけない巨人人気の崩壊は当たり前だ。庶民のファンを完全に無視し、営業利益のみ優先させた結果である。
我々はスポーツを純粋に楽しみたいのだ。
ギャラ目当てのお馬鹿な芸能人など見たくもないのである。
すべての組織には聖域と云うボーダーがある。他者はそれを踏み越えてはいけないのである。とくにプロ集団は自分の領域の尊厳を守るべきである。
そんなこと考えながら、昨日の自民党の新人議員研修会なる愚行を思い出した。なんじゃあれは!
小学校のクラス委員じゃあるまいし、村会議員だってあんなことやらねーぞ。ましてや国政のトップの奴らがお勉強会だと。
給料を2500万円も貰い、宿泊費、交通費が只の国会議員が勉強会だって。
それを粛々と伝える日本の報道機関もどうなってしまったのだろう。
さらにそれをテレビで見つめる国民は何を感じているのだろうか。
団塊の世代も暴動起こすパワーなんかないもんなぁ・・・




12909/19 11:02温暖化と民営化、この美名の下に
今朝、目覚めるまま散策中に小さな神社の社に無数の土蜂の死骸が散乱していた。この土蜂は神社の床下に住んでいた群である。
俺が時々、この神社に行くと一匹二匹が威嚇のために飛んできていた。
いつか人間の手によって殺虫剤が撒かれることもあるかな・・とは思っていたがそれが昨日であった。腹に縞模様がある五ミリほどの蜂が数百匹累々と散らばっていた。
イラクやアフガンの大量殺戮現場が目にちらついた。
神社と云う聖域でのこの生態系の破壊行為に複雑な思いがかすめたが、人間の考える地球環境なんて、常に天につばを吐く所業であろう。
何かを言えばそれが自分にも降りかかってくるのである。
しかし、今、大問題にすべき地球温暖化の取り組み方は違うと断言する。
まず、温暖化という名称が違う、温暖化とはポジティブな平和な名称ではないか。なにかほのぼのとしたイメージ、この言葉には危機感がない。
今や地球はものすごい速度で高熱化しているのだ。
温暖化ではない。高熱化である。
すべての生物が存命の危機状態に追い込まれているのだ。
その下手人は先進国の人類である。
我々生物の使命は住みやすい環境を、人間を含む未来の生物たちに伝達譲渡することではないのだろうか。
地球高熱化と云う人類の大問題より、俺たちの国は郵政民営化のほうが大事なのである。
地球温暖化と云う言葉は、人類全体を誘導する態の良いプロパガンダだある。そして俺は郵政民営化と云う言葉にも何か大切なことが隠されてしまっているのではないかと疑うのだ。
温暖化と民営化・・・美しい言葉には土蜂より恐ろしい毒針があるのである。









12809/15 00:56これを「後の祭り」・・と言うんだよね
今日、突然安達祐実ちゃんが結婚した。
彼女が結婚しようが妊娠しようが構わないが、24歳と聞いて驚いた。
何が驚いたって時の流れの速さにね。
俺の中では安達祐実ちゃんはいつまでも幼い女の子なのだ。
あれはそう、15年も前になる。人の紹介で30代の母親に連れられて可愛い女の子が俺の前に現れた。
母親はどうしても、その子を芸能界に入れたいと言うことであった。
その剣幕・・いや熱心さに負けた俺は当時大場久美子や松本伊代や本田美奈子のいたボンドの高杉社長に紹介した。
祐実ちゃんとはそれっきり・・あんなに売れるとはねぇー後の祭りだって、実はそんなことが言いたいのではない。
今日あたりから先の選挙の自民党の大勝で反作用が起き始めた。
こんなに勝つのなら自民党に入れるんじゃなかったとか・・。
これから小泉自民党は何をやらかすか分からないから恐ろしいとか・・。
でも「後の祭りだ!」
国民はスッポリ自民党の思う壷にはまってしまった。
これは誤報道・・いや意識誘導を繰り返したマスコミに大きな責任があるが、俺がいつも言っているようにこの国にはジャーナリズムなんてないのだから仕方がない。
自民党を支持した人でマニフェストを読んだ人がどれほどいたか?
自民党のマニフェストは200項目もあった。
郵政民営化なんてその一つにすぎないのだ。
しかしマスコミが小泉総理の手先と化して郵政郵政と騒ぐもんだから、あとの199項目が目晦ましされてしまったのだ。
この199のマニフェストの中には原子力発電所を4割に増やすだの、消費税の増税やら所得税減税の廃止だの、防衛庁を防衛省にすると云う文字どおりの自衛隊の軍隊化、つまり憲法9条の改憲だのが目白押しである。
これを国会で70%の絶対多数で押し通してくるのだ。
なにしろ国民に新任された自民党だから敵無しである。
つまりこれからの日本はそうなるのだ。
今ごろ小泉の選挙ポスターの写真はまだ若い4年前のものだったとか、肥満の候補者たちは美容整形で脂肪吸引をやっていたとか言い出しても、もうもう「後の祭り」である。
両手を広げて立ちはだかる者がいないこの国は、ただ成るように流れて行くだけなのだ・・せつないけれど・・・。

12709/12 21:29昨日の選挙はナンジャラホイ!
今日の新聞各紙の見出しは面白かったね。
自民大勝、小泉独裁、中には民主主義の崩壊なんてのもあった。
また知識人と称する人びとが勝手な論評を書き、テレビで得意満面に無責任論を吐いている。
日本の政治はすっかりワイドショーの定番企画に成り下がってしまった。
まぁそれもいいかな。
小泉の一党独裁になろうが、民主主義が崩壊しようが日本の現状は変わらないと想うからだ。小手先の改革は出来るだろうが、遥か彼方に失ってしまった日本人のアイデンティティや尊厳は最早戻っては来ないだろう。
そんな国民には独裁も民主主義も同じである。
権力者にとっては独裁で行こうが、民主主義で行こうが同じだからである。
この国の民主主義なんて権力を分散しただけに過ぎない。だから官だろうが民だろうが、役職になれば職権と云う権力を振り回すではないか。
権力を分散したほうが責任が少なくなるのである。
民主主義なんて所詮そんなものなのだ。
庶民たちには何の良いことなんかありゃしない。
今回の選挙結果に野党各党は言い訳ばかりしてる。
民主党も共産も社民も国民、日本新党もなんの総括をしていない。
庶民がなぜ野党を選ばなかったのか気付いていないのだ。
その答えは簡単だよ。
例えば、民主党は今年、庶民に何をしてくれた?
新潟地震で何をしてくれた?
先の台風14号の被災地に何をしてくれた?
民主党が全員泥だらけになってボランティをなぜしないのだ?
共産党?社民党?皆さんはこの国の庶民のために泥だらけになった事があるか?
出来もしないマニフェストを並べたって庶民はついては行かない。
この国の政治の間違いは野党まで権力者気取りなのである。
さらにスター気取りの奴までいる。
庶民はいつも静かにじっと見つめていることを忘れてはいけない。

12609/06 23:42ちょっと切ないことばかり・・・
9月に入って、俺には切ないことばかり舞い込んでくる。
まず俺が高校生の時から大ファンの大橋節夫さんの身体の調子が良くない事だ。俺にとっては最高の憧れであった大橋節夫とハニーアイランダース。
高校生の俺は毎週末、鵠沼海岸の家から銀座の「タクト」へ大橋節夫のライブに通っていた。俺の感覚や感性やセンスはオッパチさんから盗んだといっても過言ではない。
そのオッパチさんが咽喉癌でまもなく声が出なくなりそうだと、大橋さんの家族から電話で知らされた。
俺は返す言葉がない。もうあの甘い歌声は聞けないのか・・。
『倖せはここに』がもう聞けないのは切な過ぎる。

そして高校生といえば女子高生の頃、俺が可愛がっていた女優の藤谷美和子から昨日、オフィス・トゥ・ワンに電話があったそうだ。
用件を要約すると「私をマネジメントしてくれませんか」と云うことらしい。
社員が「なぜ、うちの会社を?」と聞くと・・・
「昔、河村さんにとってもお世話になったんです」
彼女はそう言ったそうだ。
このことを社員から聞いた俺は心の隙間になんだか冷たい風が吹き込んできたようだった。
確かに美和子が「プッツン女優」なんて呼ばれてマスコミに虐められていた頃、なんで連絡してこないのだろう・・なんて考えていた事もあった。
でも俺よりすばらしい相談者がいるんだろうと思っていたんだ。
それがなんで今ごろになって・・・もう俺の美和子は笑顔が可愛くて、屈託のない昔の女の子のままで心の中に仕舞っておきたい。
とっても切ないことだけれど。


12509/04 11:13国政選挙の内側はこんなものさ
今日は朝からテレビ各局が党首討論の佃煮状態である。
小泉、岡田をはじめ新参の田中康夫に至るまで各局たらい回し、皆でぞろぞろまるでプロレスラーの巡業旅行の風情である。
いい加減空しさを感じていたらふと四年前の夏の第19回参議院議員選挙を思い出した。
あれはとても空しかったなぁ。
2001年の7月9日だった。
タレント女優の林 寛子から電話がありすぐ会いたいというのだ。
赤坂東急ホテルロビーで彼女、「選挙に出ることにしたから手伝って頂戴」
「明日記者会見、明後日NHKで政見放送の収録があるの」
「その原稿書いてお願い」
「そうそう選挙カーでのコメントもお願いよ」
「そうそう街頭演説もあるからよろしくね」
林 寛子は一挙にまくし立てた。
「分かったよ、で寛子の政策は?」
「ないわよ、私に立候補の話が来たの昨日だもん」
「ということは君の政策も・・・」
「そう、貴方が書くの・・・」
林 寛子はあっけらかんと言い放った。
「で、立候補はどこから?」
「埼玉選挙区よ」
「寛子は埼玉に関係あったのか?」
「ない、生まれは東京、住まいは横浜、埼玉は遊びで軽井沢に行く時に通るだけよ」
「それがなぜ埼玉から?」
「自由連合の埼玉からの立候補者が他にいないからじゃないかしら」
面白い事が大好きな俺がこの話に乗ったのは言うまでもない。
俺は林 寛子の為にあらゆる原稿を書いた。7月29日の当選ご挨拶も落選用コメントも。
女優の彼女はそれを全て完璧に丸暗記した。
真夏の暑い3週間の空しい戦いだった。その時の面白いエピソードは次回にしよう。
林 寛子は勿論落選した。
が、彼女の懐にはそれなりの金が残った筈である。
政党の公認候補は選挙で儲かるのである。だからタレントや評論家が恥を偲んでも立候補するのである。莫大な選挙資金が貰えるのだ。
あの時の想い出が、今回の刺客と称する自民党の女性候補者にオーバーラップしてしまうのである。

12409/04 00:56韓流タレントのギャランティに思う
ある筋から韓国のスマップとか言われているグループタレントのファイナルコンサートを日本でやりたいが・・と云う問い合わせがあった。
なぜファイナルかと云うと彼らには来年兵役が待っているから解散せざるを得ないのだと云う。
で、それを招致したい会社より俺に問い合わせがあったのだ。
コンサート一回のギャランティが3000万円だと云う。
食事、交通、宿泊費・・所謂アゴアシマクラは別だと云う。
韓流タレントや俳優のイベントはプロマックスの遠山社長がほとんど手がけている。情報は正確に掴んでいるだろう。
そこでその関係に聞いてみるとギャラは妥当な額だそうだ。
だいたいヨン様呼んでも3000万円はかかるのだそうだよ。
そりゃヨン様だってニコニコするよな。
しかしその金は日本の女性たちが払っているのである。
金を取られただけじゃねえ、心まで獲られちゃったんだ。
俺たち男が韓国の男に日本の女が獲られる訳ゃねえ・・なあんて高を括っている間に見事に獲られちまった。
落ち着いて考えてみるとそうだよなぁ。
近頃の男は女性に優しくないもんな。
権力だの地位だの金だのに現を抜かして、それもほとんど失敗して落ち込んで身体壊して・・口から出るのは愚痴ばかり。
これじゃ女性はたまらない。
まともな恋も出来なけりゃ愛も語れない。
其処にヨン様たちが現れた。
女性が男と違う点は異性に耳でする会話は必要ではない事だ。
女性は目と心で男と会話する動物である。
しかも韓流の男は軍隊経験があるから身体も筋肉質で美しい。
セクシーである。言葉も分からないからイメージが膨らんで都合が良い。
女が男に求める究極は金や権力じゃない。
逞しい心や強い精力と腕力なのである。
女には強い子孫を後世に残すと云う本能があるのだ。
だから女は本能の判断をいつも優先する。
それを日本の男は分かっていない。
そのうち日本女性は韓国や中国の男に夢中になるだろうな。
日本の男どもは少子化を愁う前に、日本男子の絶滅を心配したほうが良さそうだ。
そんな空想に浸りながら馬鹿げた衆院選挙騒動を見ていると空しさばかりがこみ上げてくるのである。


12308/23 23:17殴って教えるのも教育なのだ
夏の甲子園で連覇した駒大苫小牧高校の野球部部長が部員に暴力をふるったとか云う事件があってマスコミは大騒ぎの一日だった。
校長はどんな罰も受けると記者会見。高野連は徹底的に調査しろ!と下駄を北海道高野連に預けちまった。
これから学校に報告書を提出させ、決定権も責任感も持たないいくつかの組織が協議の真似事をして結論を出すのだろうね。
校長や高野連は優勝旗の返還もちらつかせている。
ふざけるんじゃねーや、アホなおっさんども!
生徒たちが何をした?
野球部員は毎日毎日、汗と泥にまみれて練習したんだ。
そして快挙を成し遂げた。
なんで優勝を返還しなけりゃならないんだい。
校長も校長だ。記者会見するなら「生徒に何の罪もない。私が全責任をおいます。私の首で収めて欲しい」くらいのことが何故言えないのだ。
高野連も即刻生徒に罪無しと通達をなぜ出さないのだ。
皆んな偉そうな面して、テメエを守る事しか考えてない。
だいたい殴られた生徒の親の面が俺は見たい。
自分の子供を殴られたくない奴は、子供を運動部に入れるんじゃねーや。
子供が殴られたら礼を言え。
もともと教育の教の字の語源には鞭で殴るという意味がある。
教育とは殴って教える事だ。
いつから日本はこれほどに軟弱な人間だらけになっちまったのだ。
この国の子供に必要なのは愛の鞭なのだ。
それが学校で出来ないのなら、他の先進国のように徴兵制度にするべきだと俺は思う。
子供を殴って教育する事を暴力とは言わない。絶対に!



12208/21 14:50牽強付会の輩は死ね!
牽強付会…「ケンキョウフカイ」
     道理に合わなくても自分に都合の良いように理屈をつけること
     
刺客…「セッカク」他人を付け狙って暗殺する役目を持った人・「シカク」    は慣用的な読み方で「セッカク」と読むのが正しい。「シキャク」    は言語道断なり。

今回の郵政民営化問題に端を発した衆議院解散総選挙は劇場型選挙であり、
日本の国政において茶番劇の最たるものである。
その主役を務める小泉総理は正に牽強付会の人物であり、それに追従する自民党の輩も同様である。
さらに主役に踊らされ「刺客」と煽てられ、その気になって立候補した女性たちも同様である。
俺には彼女たちが傾国の美女軍団にしか見えない。
突然現れた堀江ライブドア兄さんなど茶番劇のお囃子である。
さらに驚くべきは、これを報道する新聞・テレビのジャーナリズムも同様に
牽強付会の輩に他ならない。
大体、この国のジャーナリズムは国政をなんと心得ているのだろうか。
民営化に反旗を翻しただけの自民党員に「刺客」をおくるなどと言う表現をおかしいと思う人はいないのだろうか?
ジャーナリストがジャーナリストたる信念は体制批判の客観報道にあると俺は思う。体制に追従し主観報道しかできない、今の日本のジャーナリストにその志があるだろうか。
また反旗を翻した亀井静香が現状を安政の大獄と言ったり、荒井広幸参院議員が大政翼賛会を持ち出したり、反対派もすでに劇場型選挙に巻き込まれてしまっている。
「刺客」を得意になって送り込む小泉純一郎はすでに気分は織田信長である。俺たち国民はそんな三文芝居に騙されてはいけない。
小泉純一郎は自民党どころかこの国をぶっ壊す気である。
もっともこの国は一度ぶっ壊れた方がいいかもしれない。
敗戦後60年、もう一度みんなで60年前に戻る事もいいなぁ。
そのほうが若者たちも夢が持てるかもしれない。



12108/09 22:24筋肉モリモリ、思考力ゼロの日々
真夏の暑さの所為ではなく、この国をリードすべき人々の情けなさを見続けていたら何も書く気が起こらない。
まともに論評するに値しないことばかりである。
郵政民営化の茶番劇、六カ国協議は俺の予想どうりの完敗、安保理の常任理事国入りなど、唯一の見方アメリカにまでしっぺ返しされ、外交のお粗末を露呈した。だいたい小泉と町村で外交など無理だよ。
その他何一つ充実しない日々、プロ野球は凋落の一途で坂道を転がり落ちるように人気がない。
世界水泳も国際陸上もイマイチだ。
夏休み映画もつまらねえ作品ばかりだし・・・。
ほんとに何も書きたいことがないのだ。
こんな時、俺はめちゃめちゃ身体を動かして発散する。
筋トレはウエイトがアップして体がひと回り大きくなった。、ジョギングは砂浜10キロ走を毎週日曜日の朝やっている。空手は中段廻し蹴りが出来るようになり面白さが倍増である。ヨットは先月の海の記念日のレースで完全ぶっちぎりのファーストホーム賞である。今週の日曜は相模湾横断ヨットレースに出場する。勿論優勝を狙う。
おかげで大好きなゴルフに行く暇がない。
このように今、体力は絶好調である。
しかし、文化活動はどうも迫力がない。
文武両道を旨とする俺である。暦の上では秋になったことだし、創作活動をガンガン行こうかな。
世の中の馬鹿を相手にしてないで・・・。

12007/23 23:22中国・海南島でサーフィンしよう!
俺の夢の一つがこの秋からいよいよ実現する。
この計画には三年かかったけれど、石の上にも三年の例えもあるからね。
それは中国の海南島でのサーフィンである。
海南島は中国唯一のリゾート、別名椰子の実の島と言われるほど島に椰子の木が多い。緯度はハワイと同じくらい。
面積は九州ほどであるが、人口は八百万人、島のほとんどは森に覆われ、空気の清浄度は世界第二位である。
砂浜は真っ白でそのほとんどが未開発、どこへ行ってもプライベートビーチである。
この島を拠点にして中国にサーフィンブームを創る事が俺の夢なのだ。
勿論この計画には俺の甥である河村正美も一緒である。
正美はサーファーなら誰でも知っている日本のトップサーファーである。
正美なくしてこの夢は実現しないが、正美もすでに現地のサーフポイントの視察も完了し、この島を舞台にしたサーフィンDVDも先月発売された。
そして先週、海南島のツアーを実施する海南省中国国際旅行社副総経理の
万 泰明さん、王 志超さん、そして日本サイドの実施旅行社である東急観光との合同会議もつつがなく行われた。
いよいよこの秋から「河村正美と行く海南島サーフィンツアー」がスタートする。
すでにサーファーたちの間では大きな話題を独占している。
これは俺にとっては日中友好のお手伝いだと位置付けている。
政治家が出来ないのだから俺たち民間人がやらなくてはいけない。
日本のサーファーが日中のスポーツ文化交流をするのだ。
三年後には海南島を中国人サーファーでイッパイにしたい。
なんとステキなことだろう。
皆さんもぜひ参加してください。
食い物は豊富で美味いし、人々は心優しい。
特に女性にはお薦めのすばらしい島、そうチャイナチックな宝島です。

11907/15 22:45誰がカモだか分からない時は自分がカモだ
やっと一年ぶりの六カ国協議が今月末に開かれそうだ。
だいたい北朝鮮の為に各国が協力する協議会だったはずなのに、最近では北朝鮮の顔色を伺い、ご機嫌を取りながら参加をお願いする雰囲気である。
完全に北朝鮮の外交戦略にやられている。
中国、韓国、ロシアに摺り寄り遂にアメリカのライス女史まで軽くいなしてしまったキム旦那。
それに引き換え日本外交はどうだろう。
中国とは海底のガス田や歴史教科書問題、韓国とも竹島や歴史認識、ロシアとは北方領土などなどが膠着状態である。
頼みのアメリカはこの日本の弱みにつけ込んで、国連常任理事国の飴玉をちらちらさせて、牛肉輸入再開を強要してきた。
よーく考えたら我が祖国ニッポンは四面楚歌状態じゃないか。
これじゃ六カ国協議も日本がカモにされるだけ、拉致問題は先送りされ食料やお金の供出を押し付けられる・・・俺はこうなると思う。
今、日本外交はどうしようもないところへ来てしまった。
これでは完全に世界からの孤立である。
メトロポリタンだのインターナショナルだの能天気なこと言ってるけど、この国はすでに世界から相手にされていないのではないか・・俺はすでにその兆しがあると思えて仕方がないのだ。
最近の海外の日本批判の多くは、「日本の理屈は人類社会が追求する普遍的価値と合わない。日本の理屈は日本でしか通じない」
こんな状況なのだから政治家は青くなって然るべきなのに、この国の政治家いや、政治屋にはその認識はない。
あれば、馬鹿臭い郵政民営化なんて愚策に大切な時を浪費したりはしない。
もう一度この言葉を噛み締めてほしい。
俺も人生の澪漂の一つにしている言葉である。
「誰がカモだか分からない時は、自分がカモだ」

11807/09 14:11相模の洋上で想う、人の終わり方
7月4日 一人の海の男の死が確認された。
畑下 栄さん 81歳 ヨットマンである。
宮城県金華山沖東南東1400kmの太平洋上であった。
ヨット「MIYA号」はマストが折れていて、畑下さんはキャビンに倒れていたという。
俺は畑下さんの死を予想、いや確信していた。
俺は相模湾の洋上より敬意をもって畑下さんの死を称えたい。
畑下さんはUSAサンディエゴから奥さんの遺骨を持って、ヨットで単独太平洋を横断して来た。
日本の肉親の墓で眠る事が奥さんの希望だったからである。
畑下さんは遺骨を長野の墓に納骨して、愛する奥さんを弔った。
そして皆の反対を押し切り、再び単独ヨットで太平洋に帆走していった。
出港は俺たちがいつもクルージングしている三崎港であった。
その日も俺は洋上にいた。
畑下さんが命を燃やし尽くした日も同じ洋上にいた。
俺は畑下さんがアメリカには帰らないと思っていた。
きっと太平洋上で自ら命の終焉を迎えるだろうと思っていたのである。
なぜなら畑下さんのラストセーリングはきっと遊行の旅だったのだから。
この遊行の旅は俺の憧れでもある。
俺も俺の人生の最終章は一人静かに楽しく大海原で迎えようと決めている。
最後は海中深く没したい。
この楽しい遊行の旅に出る日までは、残る人生・・いつまでだか分からないが好き勝手に生きていこうと思うのだ。
俺は人生の最後に最高の楽しみがあるから死ぬ事など怖くはなし考えることもない。
畑下さんの死に方は俺の生き方なのである。
だから俺は畑下さんの死に最大の敬意をもって洋上より敬礼を捧げた。
俺もいつの日か、この海で眠りたい。
畑下 栄さん、ヨーソロー!


11707/08 23:45レトロビジネスがブーム・・馬鹿か!
食い物やファッション、音楽、インテリア、様々なジャンルでレトロが大受けである。マスコミはレトロビジネスのブームを能天気に報道している。
本当にこの国はどうしてしまったのだ。
活力を失った人間は昔に戻ろうとする。ノスタルジーと云う甘い罠にはまって、古き良き昔を懐かしむ。
ありもしない過去の美しい日本と日本人を都合よく捏造し、昔は良かった良かったと古き良き日本への回帰を願うのだ。
不変なものなどありはしない。それが文化あれ、風物であれ、人の心であれ不変であり続けることなどできない。
変わらず残るものなら、歴史の試練に耐えて必ず残っている。
この今と云う時代に無くなったものは歴史の試練に負けたのである。
そんなものを懐かしむことはなんとネガティブで愚かなことだろう。
進むものは別れなければならないのだ。
しかし、団塊の世代がじじい、ばばあになったせいなのか、若者が夢を持てなくなってしまったのか今、この国は過去を向きすぎる。
なにがレトロビジネスだ!なにがノスタルジーだ!
なぜ俺たちのこの国は、世界に馬鹿にされるような事ばかりするのだろう。
やはりその元凶は政治だろうな。
夢のない政治家が牛耳っているこの国は救いようがない。
クールビズなんてぶざまなシャツ姿で国政に携わる与党と野党・・
お前らはみんなデキレースやってるだけだ。
今、日本のニュースは世界に配信される。政治家たちは本当にはずかしくないのだろうか。まさにこの国は異常事態宣言を出したくなる現状なのだ。
一年の大半を郵政民営化に費やす政治をおとなしく見ている国民じゃ、どうしようもないね。
日本以外のアジアの国々ならとっくに大暴動が起きている。
日本とアジアの国々との温度差はここにあるのである。
それは国民の熱情の違いなのだ。

11607/03 21:47今朝、不思議な魚を見た!
そいつは体長は15センチほど、メジナのように青黒い魚体にタカノハダイのような斜めの縞模様、そして背鰭と胸鰭から各一本づつ50センチはあるひも状のものがついている。まるで天女の羽衣のようである。
それを優雅にたなびかせながら海面をゆっくり泳いでいたのである。
俺は最初は電気クラゲのカツオの烏帽子だと思っていた。それは今の季節、ここの海には沢山いるから珍しくもない。
しかしよく見ると、そいつは俺が今まで見たことのない不思議な魚であった。
場所は逗子マリーナのハーバーのヨットバース、俺は2メートル上の岸壁から水面下10センチを悠然と泳ぐそいつを見つけた。
魚の種類には相当詳しい俺だが、こやつの正体は分からなかった。
慌てて携帯のカメラで撮影してみたが距離がありすぎるのと海面の反射で写らなかった。
そして今、魚類図鑑で調べてみたが載っていなかった。
磯魚のチョウチョウオのようでもあるし、ツノダシやハタタテダイの変態にも思える。また深海魚のフリソデウオのようでもある。
俺は相模湾の魚ならほとんど見て分かるから、多分深海魚が何らかの事情で海面に迷い出たのではと考える。
一番考えられる事情は、その魚が海底地震のような異変を感知して、いち早く生息場所を変えたのではないだろうか。
またハーバー内にはこれも珍しく20センチはあるキビレアジの群が泳いでいるのも見た。
野生のアジは通常は海面には浮上してこない。
海が何か変だなぁと感じながら、あまり大騒ぎも憚られて、俺は一人寡黙にヨット練習に励んだ一日であった。
17日に今夏最初のヨットレースに出場するのである。
俺は今日はラットを担当したが、かなり良い練習が出来た。
後は地震が来ない事を願うのみだ。
あの魚がかなりドジ間抜けな奴で、勘違いして深海から浮かんで来ちゃったのだと信じたい。


11507/02 00:08スピルバーグ・親子の断絶回復に138億円
鬱陶しい梅雨空なので午後は六本木シネコンでスピルバーグ監督が今迄で、一番制作費をかけたと言う映画「宇宙戦争」を観た。
六本木シネコンだけで4館同時公開、日本全国では768スクリーン、世界80カ国同時公開・・この映画の関係者の切羽詰った賭けとも云える勝負である。
この映画はH・Gウェルズの原作とはかなり違ったストーリーになっていた。
原作は火星人だったが、こちらは異星人、彼らの操る戦闘物体トライポットも原作にはない。
このトライポットは100万年も前に異星人が地球の地下に隠してあったものだ。それを世界16ヶ国で掘り出して、一斉に地球人を攻撃するのである。世界中の人間たちは難民となり、主演のトム・クルーズも息子との断絶を抱えたまま逃避行を続けるのである。
最後にはトムと息子はハグハグの仲になり、異星人も思わぬ地球の敵に遭遇して全滅しちゃうのである。
親子の仲直りも簡単なら、異星人の全滅も簡単なトリックであった。
しかし、この結末を映画を観た何十%の客が理解したかなぁ。
結構サラッと終わっちゃったからなぁ。
スピルバーグもヤバイと思ったようでラストに説明のナレーションなんか入れていた。
正直何処に138億円使ったのって感じだね。
これじゃスターウオーズに勝てないよ。
まぁ救いはトム・クルーズの娘役のダコタ・ファニングちゃんの天才的演技力が今回も充分発揮されていたことだね。
それで俺も久しぶりに一回も居眠りせずに映画を観た。まさにファニング効果だね。

11406/28 22:52つまらない朝日新聞が今夜は!
今日の夕刊の素粒子は秀逸で面白い。
おーい朝日新聞どーしちゃったの?って聞きたいくらい良いよ。
この数年、朝日新聞が面白くないけれど、他の新聞屋さんが勧誘に来なかったのでズルズル読んでいた。
でも本当に今月で毎日か産経にしようと思っていた矢先の出来事である。
朝日は俺の心の中が読めるのか・・そんな馬鹿な・・と思うほど夕刊の素粒子は面白い。そのまま引用しよう。
「惨敗しても戦果を列挙し、撤退を転進、全滅を玉砕、敗戦を終戦、占領軍を進駐軍と言い換えて、ことの本質から目をそらすのはわれらの得意とするところだ。」
戦時中の報道機関の過ちを見事に自己批判してみせた。
「保存とは放置、慎重とは怠慢、検討とは先送りだった文化行政」
まさにこれがすべて・・この国を駄目にした元凶である。
この言い換えが日本中に蔓延している。
それをチェックするのが本来のジャーナリズムと云うものであるが、この国にはないね。ジャーナリズムもジャーナリストも。

11306/27 21:22愛が憎しみに変わる時・少年犯罪に思う
最近の凶悪事件は少年犯罪が多いように思うが、これはことさら連日、新聞やテレビ報道がそれを取り上げているからだろう。
本当に少年犯罪が多いのかと云うとそうではない。
この20年ほどのデータを見ると少年犯罪は30%ほどに減少している。激減と云ってもいいだろう。
その代わり大人や女性が被疑者になる凶悪事件が激増しているのである。
テレビで少年犯罪を分かったような顔をして語っているテレビアルバイト評論家の先生方はもう少し真面目に勉強しなさいね。
少年事件は増えてはいない、ただ被害対象者が親、兄弟、肉親に向いているのである。
このような事件は教育者や心理学者や精神科医に語ってもらうより、宗教関係者が良いと俺は思う。これは日本人だからこそ起こす事件なのだ。
なぜならこれは愛情が因をなす事件であるからだ。肉親介在の事件はほとんどが愛憎である。
愛と憎しみ、この日本人特有の愛憎劇は仏教の範疇である。
人間の愛は時、場合で憎しみに変わっていく。
愛にのめりこみ、愛情に執着してしまう状態を仏教では愛着・アイジャクと言う。
このアイジャクは愛と憎しみ、正気と狂気が渾然と絡み合って生まれる。
今、日本人の家庭にこの恐ろしい愛着が生まれてしまったのである。
この愛着はさらに日本の家庭に蔓延するだろうと俺は思う。
この20年間ほど、子供たちの心を無視して己の権力や金力に執着した社会の責任である。
この日本ほど子供たちを大切にしない国家はない。


11206/25 21:50貴の花親方が激ヤセってアホかマスコミ
今週のテレビマスコミは花田兄弟のケンカ報道に飽きたのか、貴の花親方に金魚のウンチみたいにくっ付いて名古屋に行った。親方がサービスなのか、何か意図のあるプロパガンダなのか、はたまた取材費欲しさのアルバイトなのか真意は分からないが、稽古場をマスコミに開放しただけでなく、親方自ら弟子たちに稽古をつけた。
するとマスコミは貴の花親方の裸を見た途端、どの局もどの新聞も雑誌も「親方が激ヤセ!」と大騒ぎだ。
まるで貴の花親方が今にも死にそうな勢いである。
馬鹿か阿呆かマスコミ・・・貴の花はすでに現役じゃねえぞ。
160キロが70キロ減らして90キロになったんだから実に立派じゃないか。
彼の身長で90キロはベストだよ。
しかも、脂肪、贅肉はすべて削ぎ落とし綺麗な筋肉質じゃないの。
まぁ俺も肉体派だから、一言不満を言えば貴の花に必要なのは腹筋だね。
それ以外はグッド、身体の細部に至るまで良い細かな筋肉がしっかり付いている。
だから四股を踏んでも体幹が微動だにしていない。現役力士より見事だ。
それに弟子たちに胸をかして、右手のおっつけの強力なこと、あれは相当な腕力がなければ無理だ。
しかもあれだけの無酸素運動をして、呼吸が乱れない強靭な心肺機能のすごさ・・どれをとってもスゲーと思わせてるのに、マスコミのあのネガティブ報道は何なのだ。誰も相撲を知らんのか?
悪意なのか、無知なのか・・俺には日本のマスコミが無知としか思えない。
だれも皆んな報道物件に対して勉強不足なのだ。それで報道し放送する事は失礼な行為である。
つまり日本のマスコミ人の最大の欠陥はリスペクトの心を持ってないことなのだ。
報道する人に対する敬意の心がないのである。
先進国の報道機関では日本ぐらいのもんだよ、リスペクトを持てないのは。
といっても、俺は貴の花を擁護してるわけじゃないよ。
庶民の心も知らずに育った坊ちゃんに心を傾ける暇はない。



11106/20 22:58日韓首脳会議・・やっぱりね。
今日、韓国の青瓦台で行われた日韓首脳会議は日本と韓国の大方の国民の想像通りの結果で終わった。
所詮、外務省の役人が何とか両国の付き合いを現状維持するための愚作として首脳の定期的会議を設定しているだけなのだ。
両首脳は単なる人形であるから、会議の内容はとっくに役人たちによって作成され、了承されたものだ。
しかし、日韓問題は確実に悪い方向にシフトしている。
だから二人の首脳は役人が作った言葉を一字一句間違えないように気を使っていたなぁ。
どうせ両国の国民に支持されてない両首脳のスパイラル外交だから、交わる事なんてありえないのである。
でもなぁ、俺が小泉首相であり、ノ・テウ大統領だったら今日は勝負したね。
話が合わないなら国交の断絶くらい宣言しちまうね。
「じょうだんじゃねぇやい、おーい、帰えろう帰えろう!
と、晩飯も食わずに帰ってくるよ。
するとアメリカやロシアや中国が大慌てだ。
なにがどうしてそうなったのか・・国際的にも問題点がはっきりするではないか。
それからひとつひとつ解決すれば良いではないか。
そこまでして裸になって両国民が話し合わなければ日韓問題は解決しない。
もう政治家や経済人ではだめだ。
これから両国をコネクトするのは民間外交でしかない。
それと文化交流であろう。
そのためにもまず政治家が両国をメチャクチャにぶち壊して欲しいのである。日韓はもうそこまで危機的状況なのである。
ヨン様ヨン様なんて言ってる場合ではない。

11006/19 18:00愛・地球博・・俺は行かない
3月25日から開催中の愛知万国博覧会の入場者が昨日の土曜日17万人を超えて新記録だったそうだ。それは結構なことだが俺は行きたくはない。
今まで沖縄の海洋博や筑波の科学万博では企画スタッフとして参加してきたが、俺は日本で開催する博覧会が好きになれない。
なぜならいつも決まって、グランドテーマが「輝く未来のために・・」と云った馬鹿のひとつ憶えだからだ。
未来と云うのは現在があり、現在は過去があるから成り立つものだ。
だから未来を語るときこそ、過去をキチンと見つめなければならない。
温故知新である。
まぁこれは中国の思想であるが、日本では言葉は知られているのに、ほとんど無視されているのである。
だから日本の博覧会的イベントでは未来ばかりが優先され、過去の歴史が軽んじられている。
博覧会場にある過去は「今と昔」の対比でしかなく、歴史の遠近感がなく時間を平面で見せるだけだ。
歴史認識が薄いのである。
日本人はいつから自らの歴史を軽んじるようになったのだろう。
今、アジアの諸国から指摘されている日本人の歴史認識のズレは確かにあると俺は思う。
学校でも社会でも自国の歴史を正確に教えてはいない。
今、我が国は戦後60年、世界に伝えなければならない事が日本中にいくらでもある筈だ。
それなのに「愛・地球博・地球の未来に会いに行こう」だなんて本当にこの国の軸はズレている。
今、地球上の未来は輝いてなんかいない。
日本のジャーナリストたちは、どういう目で愛知万博を観ているのだろう。
きっと昼飯の弁当で悩む、野次馬のおっさん、おばさんでしかないのだろうね。


10906/17 20:07米は食ってもライスは食うな!
「ねぇねぇ、あなたは確実に入れてあげるから私の提案に賛成してね、お願いよ」
アメリカのライス国務長官はしたたかな女性だなぁ。昨夜町村外務大臣の自宅にこう電話してきたそうじゃないの。
いつもは女に甘い外相も問題が問題だけにすぐ小泉総理に報告したらしい。
ライスの提案はこうだ。「国連安保理の常任理事国入りに日本ともう一カ国をアメリカは推薦するからG4の約束を蹴飛ばして頂戴ね。」
G4は新聞読んでない人の為に説明すると、日本、ドイツ、インド、ブラジルの四カ国がガッチリ結束して共に常任理事国入りしようねと云う男の約束である。そこにジェラシー女が美味しい身体をくねらせて来たもんだから小泉さんどーするの?
しかし、いつもは優柔不断な小泉ちゃんが珍しく「だめだめ、俺たち男の約束しちゃったもーん」とライス姉さんを蹴ったのだ。
久しぶりに良くやったね。
この問題はこれが正解である。ライス姉さんはドイツが嫌いなのである。
イラクでも協力しないしさ。
だから二カ国提案は日本とインドであるが、G4を考えれば結局最後の調整に入れば常任理事国入りは三カ国になるだろう。
だから国際的に日本が汚ねーだの米国の手先なんて言われないためには、ライスを蹴るのが大正解なのだ。
どっちみち常任理事国入りできるからね。
しかし、俺はこの常任理事国入りに大反対である。
なぜなら常任理事国の最大の特権である拒否権を持てないのだ。
拒否権は現在の五カ国だけで新入りには与えられないのだ。
金とられて、戦争に参加させられての常任理事国入りに、日本はいったい何のメリットがあるのか?
政治家が外遊した時、いい顔できるだけの話じゃないか。
でも、こんな大きな問題を今日のこの国のマスコミ、いやジャーナリズムはなんの問題意識も持ってないのが切ないね。
せめて学生、労働者諸君がデモでもやってくれればと願うが、もうこの国では無理なのかな。
郵政民営化で50日間国会会期を延長したところで、庶民の生活が良くなる訳ではないのである。

10806/14 00:00いかがでしたか?内野二朗さん。
今夜、「内野二朗さんを偲ぶ友人のつどい」を内野さん思い出のキャピトル東京ホテル真珠の間で行った。
日本の音楽界関係者や放送、舞台関係のトップクラスが集まった。
このすばらしいイベントの構成、演出を任せていただき、とても幸せな時間を持てた。
俺の我が儘な演出に快く協力してくれた皆さんに感謝したい。
ペギー葉山さん、坂本スミ子さん、森サカエさん、雪村いづみさん、郡愛子さん、大至さん、森進一さん、ジュディ・オングさん他大勢のミュージシャンの方々。
おーっとオープニングでダンスをがんばった劇団ミスタースリムカンパニーありがとう。
そしてなによりこの会を企画した日本を代表するバックステージの皆様、お疲れ様でした。そしてこんなステキな機会を与えてくれたことに感謝します。
会場には阿久 悠さんや亀淵昭信さんや内田裕也さんなどなどすばらしい方々も内野さんとのお別れにきてくれた。
内野さん!いかがでしたか?
俺の拙い演出を気に入ってくれましたか?
俺には本当に楽しい時間と空間でした。
これも結局は内野さんがくれたんですよね?
ありがとうございます。
そして安らかに遊行の旅へお出かけください。さようなら・・・


10706/12 12:12三浦和義さん、久しぶりですね
なんとなく、馬鹿臭いサンデージャポンを見ていたら、なんと三浦和義さんがVTR出演していた。
和歌山カレー事件の林 真須美被告を尋ねて東京拘置所へ接見に行ったらしい。真須美被告の旦那が刑を終えて娑婆に出てきたし、真須美被告の冤罪の可能性を探しているのであろう。
三浦和義さんとは三年ほど前からのお付き合いである。
それまでは彼がロス疑惑で大騒ぎされていた頃も、俺にはあまり関心のない男であった。
人生のひょっとした事で彼と知り合い、人間性に触れ、また彼の奥さんの三浦良枝さんとも食事をするようになって、先の夢を語り合う仲になった。
三浦和義さんのファッションセンスは俺も認めるところである。
だからいつの日か、彼とテレビの通販番組などやってみたいと思っている。
しかし、いまだにマスコミは彼を恐れているのか、恨んでいるのか、出演や取材を敬遠している。
今日の番組出演もVTRのみで、スタジオにおりても誰もそれについてコメントしなかった。いや、出来なかったのであろう。
みんな彼がまだ怖いのである。でも失礼だよね、わざわざ出演させておいて、新聞タイトルもトップで「衝撃スクープ 三浦和義・・・」ってだしているのに。その上、三浦和義って呼び捨てにも驚いたなぁ。
確かにロス事件に関しては無罪になったとは云え、日本人のイメージは未だグレーである。
これをいかに払拭するか、友人の一人である俺の役割である。
だから彼が一生懸命やっている冤罪事件への応援も、俺は全面的に賛成はしていない。
彼のイメージアップからすると、とても難しい問題である。
もっとも三浦和義さんは言い出したら聞かない頑固者だからなぁ。
まぁ和義さん、今日のサングラスは以前よりは良かったよ。

10606/05 11:33中野区沼袋の片隅の・・・
居酒屋とん八は十人も入れば満員御礼になってしまう。
そこのおとーさんとは初対面なれど、以前どこかで出会っている気がする。
聞けばおとーさんもそんな気がしていたと言う。
二人で数十年前を振り返る。
おとーさんは稲村ガ崎で釣りに興じていたと言う。
俺は稲村ガ崎で波乗りに興じていた。
あの湘南の海で出会っていたのか。殴り合いでもしていたかもしれない。
そんな二人のクロニクルに深水龍作が入り込み、山本明子がページを捲る。
大至が加わって脱線し面田 成や千夏先生や石井奈々など劇団ミスタースリムカンパニーの面々が温かな笑顔で空間を満たす。
都会の片隅に流れるステキな時間。
昨夜は13日に行う内野二朗さんを偲ぶ会のダンスリハーサルを行い、そのまま沼袋のとん八に流れ着いたのだ。
このダンスシーンは1965年内野さんが銀座に作った「モンキーアゴーゴー」の再現である。
ロックンロールミュージカル劇団のミスタースリムカンパニーの団員たちはゴーゴーダンスの経験はないがリハーサルはさすがにエネルギッシュだった。
13日にはすばらしいオープニングシーンに仕上がることだろう。
居酒屋とん八での一人一人の目の輝きに俺は安心感と汗ばむほどの温かさを感じたのであった。

10506/04 11:24やったね!小池百合子環境大臣は偉い!
昨日、環境省より特定外来生物の駆除対象20種と地域が公示された。
不法または悪意によって我が国へ持ち込まれ、自然界へ放置された外来生物により日本由来の生物が絶滅の危機状態になったのだから当然であり、むしろ遅すぎたと俺は思っている。
なかでも魚類のオオクチバス、コクチバス、ブルーギル、チャネルキャットフィッシュの全国規模の駆除は大賛成である。
この4種はフィッシュイーターつまり肉食魚である。日本の河川、湖沼に住む魚類はほとんどが草食であるから肉食魚には天敵もなく食い放題である。
まぁ外国人によって日本人の居場所がなくなってしまった、現在の夜の東京六本木の街みたいなものである。
この魚類の駆除には釣り人たちが大反対である。ブラックバス釣りは金儲け至上主義の釣具メーカーや釣り業界人によって喧伝されブームとなった。
ルアーでの釣り人たちは釣った魚をキャッチ&リリースとか言って逃がしている。それを優しさやかっこよさだと思い込んでいる。いや、事実は釣り業界に洗脳されているのだ。
この特定外来生物駆除に反対する署名が10万人分集まったと言う。正確には
業界が引っかき集めたのだろうね。
なにしろこれで釣り業界の損失は3000億円になる。
しかしこの外来魚の不法放流により酷い目にあった日本の魚たち、そして各地域の漁師さんたちの迷惑はこんなものではなかったはずだ。
俺も釣りは大好きな趣味である。
しかし、趣味にもいや、趣味だからこそ其処に哲学が欲しいのである。
大自然を共有する思いやりや優しさが欲しいのである。
フィッシャーマンズシップを持たない釣りなど能天気な人間の自然破壊なのである。
最後に釣り業界の賄賂にぶら下がっている多くの国会議員たちの猛反対を押し切り、この外来生物法の施行に尽力された小池百合子環境大臣に心からの敬意を表します。
俺が国会議員を誉めるなんて滅多にないもんなぁ。



10406/02 23:06どうしたの?国会議員の先生様!
なんだか突然クールビスとか言い出して我が国の国会議員たちが実に恥ずかしい行動に出たね。
環境問題を考えないのは現代人に在らずとか言い出して、とってつけたような変質的な集団行動である。
郵政民営化、アジア外交、中東情勢、道路建設に伴う巨大談合事件など問題山積の今、なにがクールビスだよ。
放送禁止用語を使いたくはないが、お前さんたちにはこの言葉しかない。
お前ら国会議員は狂ってる!
自分たちの行動を恥ずかしいと思う議員はいないのかよ。
今日、見たくは無いが衆議院予算委員会の集中審議をテレビで見たが、なんだい、あのだらしの無い議員たちの姿は・・・
小泉総理のウグイス色のボタンダウンのシャツ姿。
民主党岡田克也代表のシャツの腕まくりを始め、議場内はセンス最悪のだらしないおっさんたちの佃煮状態である。
服装がだらしないから座り方もだらしない。
だいたい国会議員になろうなんて輩は服装のセンスなんてあるわけがない。
どうせこれも小泉政権の目晦ましなんだろうけどさ。
それにおめおめ嵌ってしまう野党の議員たちも集団辞職でもしたらどう?
とにかくこの時代のおっさんたちにカジュアルウエアを着せる事に無理があるのだ。
この国のおっさんたちは自分で服装など考えられない。
だからあのカジュアルフライデーも見事に一瞬で消滅した。
クールビスもまぁ風の前の塵に同じだな。







10306/02 23:04どうしたの?国会議員の先生様!
なんだか突然クールビスとか言い出して我が国の国会議員たちが実に恥ずかしい行動に出たね。
環境問題を考えないのは現代人に在らずとか言い出して、とってつけたような変質的な集団行動である。
郵政民営化、アジア外交、中東情勢、道路建設に伴う巨大談合事件など問題山積の今、なにがクールビスだよ。
放送禁止用語を使いたくはないが、お前さんたちにはこの言葉しかない。
お前ら国会議員は狂ってる!
自分たちの行動を恥ずかしいと思う議員はいないのかよ。
今日、見たくは無いが衆議院予算委員会の集中審議をテレビで見たが、なんだい、あのだらしの無い議員たちの姿は・・・
小泉総理のウグイス色のボタンダウンのシャツ姿。
民主党岡田克也代表のシャツの腕まくりを始め、議場内はセンス最悪のだらしないおっさんたちの佃煮状態である。
服装がだらしないから座り方もだらしない。
だいたい国会議員になろうなんて輩は服装のセンスなんてあるわけがない。
どうせこれも小泉政権の目晦ましなんだろうけどさ。
それにおめおめ嵌ってしまう野党の議員たちも集団辞職でもしたらどう?
とにかくこの時代のおっさんたちにカジュアルウエアを着せる事に無理があるのだ。
この国のおっさんたちは自分で服装など考えられない。
だからあのカジュアルフライデーも見事に一瞬で消滅した。
クールビスもまぁ風の前の塵に同じだな。







10206/02 00:37ケーシー高峰さんの思い出が・・・
今朝の新聞でケーシー高峰さんが舌癌で手術をした記事を見て驚いた。
20針も縫う大手術だったそうだ。
まぁ病気が癌だけにガンばって欲しい・・なんてことは俺とケーシーさんだから言えるのだ。
そういえばケーシー高峰さんとは3年ほど会ってないなぁ。この二十年は3年に一度くらいしか会ってないと思う。
偶然にテレビ局の廊下とか飛行場とか葬式会場とかそんなところでの突然の再会である。
そのたびにケーシーさんは俺を飯に誘ってくれる。
それには理由があるのだ。それは今だにケーシーさんが営業で使っているドクター漫談のネタの半分以上は俺が昔書いたものだからだ。
だから再会したとき俺が「著作権!著作権!」と冗談半分に言うと飯をご馳走してくれるのである。
当時はケーシーさんがテレビや寄席に出るときのネタ台本は俺が書いていた。で、ケーシーさんが俺に払ったギャラは一本確か5万円だった。
30年前の5万円である。
当時はこのようにネタ台本書きを大事にする芸人やコメディアンが多かった。今はそんな奴がいない。金を惜しんで自分で作るから面白くない。
たまに受けても長くは続かない。
「ハーイ!セニョールセニョリータ!かあちゃん、人間の身体は部分部分で名前がついてんの知ってっか?頭は・・そう頭部だ。腹は腹部、腰は臀部だな。じゃかあちゃん、胸は何だ?えっ胸部・・かあちゃん胸は乳チチ部だなや。じゃ背中はなんだ?なにセブ背部・・かあちゃんフィリピンじゃないんだからセブはないだろが。背中はなぁ日本医師会では「おんぶ」と言ってるのだ。(ドカーンと笑いがきた)
「そうそうチチ部の話だが、女性のパイオツの形は大きく4つに日本整形学界では分類してます。まずふたつのパイオツが上を向いてるのはバンザイオッパイ、下を向いてるのはゴメンネオッパイ、ふたつの山が左右を向いてるのはサヨナラオッパイ、ふたつが内側を向いてるのはコンニチワオッパイと言ってるぞ。まぁ最近このパイオツの形を変えたいと云う女性が多くてなぁ、整形学会でもこの手術の名人と言われているのは菊池 寛先生だ。
チチ変える(父帰る)なんちゃって・・・」
なんてこんなのを週に30本は書いていたっけなぁ。
でも毎日、俺もケーシーさんもネタを真剣に考えていた。
そのケーシーさんが癌と聞いて驚いたのである。
だから本当にガンばって欲しいのである。グラッチェ!





10105/23 10:56ごめんなさい、通信回線のトラブルで・・・
なんだか5日前よりwebへの接続が出来なくなり、俺はてっきりブロバイダーサイドのトラブルと思い込んでいた。
そこでSOーNETに連絡を試みたが、なんでwebの業界は連絡となるとなかなか通じないのだ!機械の音声が二分待てとか、十分待ちですとか言いながら、じつに三十分も待たせて、結局こちらがあきらめて切る羽目になるのである。
そんなわけで担当者と話をするのに五日もかかったのだ。
そしてあの画面を出せ、この画面をクリックなんて向こうの指示どうりにキーボードを叩く事一時間、結局原因はブロバイダーにあらずして、俺の家の回線不良ってことになった。
そんな訳でこれから電話工事をしなくちゃならないのだ。
そんなわけで当分は毎日パソコン抱えて外出して、他所様の回線を使わせて貰う漂白民と化したわけです。すいません!

10005/17 23:15お会いできて幸せです、内野二朗大兄!
今週のマスコミはどこも高額納税者番付をネタに馬鹿騒ぎをしている。
そんなことに大多数の日本人が関心を持っていると思い込んでいるマスコミの人々が悲しいね。
なんでも金、金のこの国ではこんなニュースが最大のネタなのかな。
金がそんなに大事なものなのかな。
今日、そうじゃない人々とテーブルを囲んだ。
あの内野二朗さんの一周忌に「内野二朗さんを偲ぶ友人の会」のイベント制作会議があった。
みんなジットしていられなくて馳せ参じた面々である。
しかしテーブルを囲む二十名ほどの面子をあらためて見つめて俺は感動したね。なんじゃい!この人々は!日本の音楽舞台のバックステージをほとんど制覇した音響、照明、美術、映像の大御所ばっかりだ。
しかも大多数が内野二朗さんのためにギャランティなど無視してのボランティア参加である。金じゃない。心なのだ。
一人一人が内野さんへの感謝の気持を捧げたいのである。
だから真剣に制作討議をしているのに、みんなの目は優しく輝いているのである。全員から笑顔が絶えないのだ。
まるで内野プロデューサーのもとで全員が仕事しているようなアットホームな雰囲気である。
こんな素敵な面々とご一緒で、しかも構成 演出を任せられた今日の俺は、きっと世界一の幸せ者である。
ありがとう、内野二朗さん、大兄がきっと喜んでくれるステキなショーにしてみせます。 

9905/16 22:15メルボルンにて10年前の今日
1995年5月16日朝 オウム真理教代表の麻原彰晃容疑者が逮捕された。
この日、俺はメルボルン大阪間のダブルハンドヨットレースのテレビ取材でメルボルンの海岸にいた。
テレビのニュース画面に突然見慣れた上九一色村に列をなす防毒マスクの機動隊。その先頭の捜査員が場違いの鳥篭を持っていた。
オーストラリアンたちが俺に質問した。「あれはなぁに?」
それは俺が聞きたい。しかし日本人は俺だけだ。
俺が答えるしかないではないか。
「あの鳥がオウムだ」
「うそ、小さすぎるよ。カナリアでしょ?」
よく見りゃ確かにカナリアだ。
麻原はカナリアなんか飼っていたのか。
「カナリアが証拠品として押収されたのだ。」
おれは怪訝な顔をするオーストラリア人の面々にそんな解説をしたなぁ。
そして翌日真相を新聞で知り一人赤面したのだ。
昔から炭鉱などの有毒ガス漏れ感知にカナリアの力を借りるそうなのだ。
あれは警察鳥であったのだ。
あれから十年・・・山梨県の上九一色村は来春、町村合併により村の名前は消える。
好むと好まざるに拘わらず、時は確実に過ぎてゆき、想いは悠久の彼方に流れ去って行くのである。



9805/15 16:4772年前のチャップリン
1932年5月15日、アメリカの喜劇俳優チャップリンが来日した。
日本人を前にしての第一声。
「日本がいつまで西欧文明のウィルスに感染しないでいられるかが問題だ。
日本人の好みもやがては西欧的企業のスモッグに侵されて、失われてゆくことになるんだろうね」(チャップリン自伝より)
チャップリンの予想した通り、日本は瞬く間に西欧文明のウィルスに完全に侵食されつくしてしまった。
日本の文化が西欧の文明に負けてしまった。
文化が文明に負ける・・こんな情けない国は世界でも稀有な存在である。
しかも、そのことにこの国の人々は淡白である。
その結果が今日の日本の文化のこの惨状である。
アイデンティティを失った国民性である。
5月15日はチャップリンのこの言葉を日本人が噛みしめる日にしたらどうかなぁ。
5・15記念日としてね。
そういえばチャップリンが来日したこの日に犬養毅首相が青年将校らによって暗殺された。
「話せばわかる」が最後の言葉になってしまったが、日本人は話したって分かりゃしないよ。
素朴な風土と温かな人間性に溢れた当時の日本が大好きだったチャップリンは計4回も来日していた。


9705/12 23:29いよいよ時代はロックンロールだ
ロックンロールってのは悲しみや辛い心を楽しく唄う音楽だ。
だから幸せそうで、本当は幸せなんかじゃない人々にジャストミートする。
今、どれほどこの国に幸せな奴がいるだろうか。多少の金や権力を振り回して幸せぶっている奴はただ能天気なだけだ。
だからそろそろロックンロールを時代が求めているなぁと感じていたところへグッドタイミングで劇団ミスタースリムカンパニーからの声。
「おい、ちょっと手伝え!」と劇団主宰者深水龍作大兄の影の呟き。
で、今日劇団トップ女優の山本明子さんが二人の女史と共に俺の眼前に登場である。
この劇団は東京キッドブラザースと共にロックンロールミュージカル一筋、今年で30周年である。
劇団の運営の為に二人の女史が専任するから、まぁ早い話が俺にもプロデュース部門を手伝えってことなのだ。
なんと言うタイミングなのだ。
ロックンロールをやりたい俺とやらせたい劇団、こりゃ運命だなと思いつつ、俺は三女史に思いつきプランを喋りまくり、すっかり女史どもの作戦にまんまと嵌ってしまった。
でも、面白そうだからやろうじゃないの。小さな劇団の演出はいくつかやったが、大きな劇団のプロデュースは「劇団一世風靡」以来だなぁ。
やると決めたからには、勿論勝算はある。
なんたって時代がロックンロールを求めているもんね。
人々の心にモヤモヤしたものがあるのに、それを言葉や文章でうまく表現できないジレンマ、それを伝えるのがロックンロールなんだからね。




9605/12 00:26くじらを殺したのは誰?
東京湾に迷い込んだコククジラがやっぱり定置網に引っかかり窒息死した。
実は今日の朝、朝のワイドショウが相変わらずクジラを追い掛け回している映像を見ながら、定置網に引っかからなければいいなぁと言っていたのだ。
東京湾にはいったい何百本の定置網やら刺し網があるんだろう。
クジラは魚と違って網にかかれば即刻呼吸困難になって窒息する。
だからオーストラリアやニュージーランドなどの海洋国では湾内に迷い込んだクジラやイルカには人間や船が100メートル以内には近寄れない決まりがある。
近寄れば彼らがパニックになり網に掛かってしまう危険があるからだ。
しかし、我が海洋国の人間たちは一頭の迷いクジラにおびただしい数の船で接近するわ、テレビ局のヘリコプターが海面すれすれまで降下するわ、沿岸は黒山の人だかり、これじゃコククジラは大パニックになり網に引っかかってしまうのは自明の理である。
本来、クジラの生命の危険性を指摘し人々の馬鹿騒ぎを静止するのがマスコミではないのだろうか。自分たちが先頭に立ってお祭り騒ぎをしているんだもんね。
やっぱり俺たち日本人はクジラを可愛がり大切にするなんて似非ヒューマニズムなんかで着飾らないでクジラは食いものとして扱ったいたほうが身の丈じゃないのかなぁ。
俺だってクジラは見るより食う方が好きだなぁ。ここだけの話だけどね。


9505/08 10:51才色兼備と知勇兼備
世の中の話題はライブドアの次がJR西日本の企業体質の問題ばかり・・・
マスコミはなんでみんな同じ話題ばかり追っかけるのかなぁ。
それと、どの報道機関も全てが主観報道に近く、ジャーナリストの本質である客観報道が出来ていない。
そのマスコミ体質のほうが問題だと思うけれど。
そんな訳で俺は人間の話題を。
男33.9歳 女32.2歳、これは首都圏の20,30代男女を対象にした結婚希望年齢である。
また今までに結婚したい相手にめぐり合えた確率は男10%以下、女5%以下なのである。つまり碌に恋もできていないのだ。
ここから推察するとみんな結婚なんて事に夢や希望を持っていないよね。
まぁそれもいい、だいたい結婚なんて権力者が押し付ける儀式に過ぎないと俺は思っている。結婚して得なのは税金対策や財産管理くらいのもので、結局お金だけの繋がりにすぎない。
結婚と愛する事は別だからね。こんな単純なことに気が付かない人が多い。
日本の離婚率が35%もあるのはその為だ。
男と女が愛しつづけることに結婚なんてなんら関係もない。
才色知勇・・俺はこの言葉が大好きだ。
女は考えがシャープで色気ムンムンの人がいい。
男は溢れる知恵と勇敢な腕力がなくてはならない。
これが男女の基本だ。
金や権力なんて愛する事において何の意味ももたない。
日本人が潜在的に、このことを思い始めた結果が結婚希望年齢の高齢化だと俺は思いたいね。
愛する人のいない人生なんて、俺には考えられないのである。

9405/05 22:07子供の日がなんか変だぞ?
怪訝に思う・・まさに今、俺は今日一日を振り返り怪訝に思っていることがある。
それは今朝から一日中全く鯉のぼりを見ていないのだ。
別に家の中にいたわけではない。
朝は近所を散歩したし、自由が丘の美容室へ行き、六本木から麻布十番を歩いた。しかし鯉のぼりには一匹も会えなかった。
今日は本当に子供の日なのであろうか?
そういえばこの連休中、玄関先に国旗を掲揚するお宅も見なかったなぁ。
日本のしきたりが消えてゆき、休日だけが意味無く増えてゆく。
それを国の豊かさというならそれは違う。
この国はやっぱり何か変だよね。
しかし、子供の日にも勝てないジャイアンツもだらしないなぁ。
金に飽かして選手集めても効果もなけりゃ意味もない。
人間の集合体で大切な事は人間同士のケミカルボンド・・化学的な結合だ。
これがなければ如何なる人材を集めようとパワーが出てこない。
ジャイアンツが弱いのは決して選手の責任ではない。原因は違うところにある。そうフロントと監督の無能さである。
ケミカルボンドを知らないのだ。
去年までのNYヤンキースにはケミカルボンドがあった。が、今年はなぜかなくなってしまった。
今年もワールドチャンピオンにはなれないだろう。
これじゃ子供たちが野球に夢を持てないよなぁ。日本もUSAもさ。



9305/04 21:53いいなぁ ヒトを楽しくする仕事をする人
GWの前半はヨットで相模湾遠征をやったが海上は荒天でくたびれたなぁ。
それに顔面は日焼けでボロボロだ。
こんな顔で昨日は東京都現代美術館へ行ってきた。
「ハウルの動く城/大サーカス展」を見るためではなく、そのイベントを製作しているArregroの代表であり造形作家としても著名な中村 園さんにお会いするためであった。
が、約束の二時になっても彼女は見つからない。と、思っていたらなんと子供たちにピエロメークをしているピエロ姿の女性が中村 園さんであった。
子供たちのメイク希望者は後を絶たず、結局俺は一時間三十分待っていた。
が、その合間に大サーカス展をじっくり見ることができて満腹したのだ。
なんと言う夢舞台、なんと言う深みのあるイマージュの世界、なんと言うセンスのある色使い、そしてすべての作品から滲み出る心の温かさと人間の味、久しぶりに名作の楽しさを堪能させてもらった。
これこそ人がヒトを楽しくさせてくれる良い仕事だなぁ。
で、中村 園さんと話をする前に俺はもうこのひとしかいないと決め付けてしまった。
実は6月13日の内野二朗さんを偲ぶ会での俺の演出上、どうしてもやりたい俺のイメージを具現化してくれる方として、ザ・カンパニーの天野社長に中村 園さんを紹介していただいたのだ。
お会いした彼女はくどくど説明する必要がないほど俺の胸中を読み取り、さらさらと白紙上に素描を書いて見せた。
俺の言葉のイメージを瞬時に数倍に膨らませて具現化して見せる手腕、久しぶりにプロのクリエーターに会えた。
仕事ってのはこれが醍醐味なんだよなぁ、近頃の放送業界にはこの興奮がないのだ。
イメージとイメージの異種格闘技、これがなくちゃヒトが人を楽しくさせる仕事なんかできやしないのだ!ってじつは俺、今テレビでK1ワールドMAX見ながらこれ書いているもんでね。

9205/02 23:04今年は舞台の演出を何本かやるかなぁ
先日、物真似が上手な女優の中島まりさんのファンの方から、一人芝居の台本はまだ書けないのですかという問い合わせを貰っちまった。
そうだ、そろそろ台本を完成させないと中島まりさんに怒られそうだ。
彼女とは一人芝居で芸術祭賞を狙う約束をした。この連休に書こうかな。
それと、6月13日に世界的な音楽プロデューサー内野二朗さんを偲ぶ会がある。内野二朗さんが急逝してもう一年か・・・。この偲ぶ会の構成、演出を
光栄にも指名された。
音楽、放送、舞台業界の重鎮が全て集まることだろう。
司会候補はあのニッポン放送社長の亀淵昭信さんを打診したが断わられちゃった。そうだよな、時期が悪いよね、株主総会があるもんね。
まぁしかし、大袈裟に言えば命をかけて天国の内野さんが大喜びする音楽と花の咲き乱れるパーティーを演出してみせるつもりだ。わくわくするなぁ。
それと今年は俺が私的にプロデューサーを自認しているロックンロールミュージカル劇団「ミスタースリムカンパニー」が創立30周年である。
その記念イベントやら舞台が何本かある。劇団の親分深水龍作旦那のためにも、お手伝いしない訳にはいかないだろう。
その他、毎年のヘアーメイクショーもあるし、なんとか楽しい年になりそうだな。
それに中国、海南島のマリン事業もスタートしたし、でももうひとつくらい新しい仕事を見つけたいなぁ。
一年に一つ新しいジャンルの仕事を手がける事・・・これが定職を持たないし、持ちたくも無い俺の自己ノルマなのである。

9104/28 23:23針小棒大にして騒ぐつもりだ!NHK!
俺はテレビの世界で何十年もメシ食ってるから、いまさら可愛いだけの民放アナウンサーがアクセントを間違えようとテレビ評論家おやじどもが、八方美人的決め台詞でお茶を濁そうが、どうでもいいや。
しかし、NHKだけは許せねえ。国民から金とって番組を制作している以上やってはいけないことがある。
26日のおはよう日本、8時のニュースで尼崎市のJR福知山線快足電車の脱線事故で2号車から17人の遺体が搬出されたことを現場からの生中継でしめやかに伝えていた・・
が、その次の瞬間である。いきなり香川からの生中継に切り替り讃岐うどん屋の行列を楽しそうに伝えはじめた。
このメンタリティはなんなんだ!NHKには編成マンやニュースデスクがいないのか?番組審議委員のシェンシェ方はほんとに番組見てるのか?
それともニュースなんて見ている人の気持など考えずにラインナップしても良いと言う法則がNHKには存在しているのだろうか。
悲惨なニュースの後に幸せニュースのラインナップは民放では日常茶飯事であきらめてもいるがNHKは許せねえやい。
で、今日夕方の首都圏ネットをたまたま見ていたら千葉の富津海岸からの生中継であぶなそうな・・つまりたよりなさそうな・・女子アナが囲い網漁をレポートしていた。獲れた魚を紹介していたが最後に海タナゴを持って、「わぁ この海タナゴはお腹に卵をいっぱい持っておいしそう!」だってさ。俺は思わずひっくりかえっちまったよ。
あのなぁ、海タナゴって魚はなぁ胎生魚なんだよ。腹がふくらんでるのは卵ではなく子供たちだよ。そんなことも知らないスタッフどもが偉そうに放送なんかするんじゃない。
ほんとにNHKはどうしちまったんだ。もう受信料なんか払うことないな。
学校放送だってもう少しマシな番組作るぜ。
閑話休題
俺は明日から3日間ヨットで相模湾のクルージングの旅にでます。
テレビのない世界へヨーソロー!

9004/24 22:24良き哉、故郷の海その微笑
この週末より4ヶ月間冬休みしていたヨットの練習が再開した。
これから毎週末土日は相模湾のセイラー生活である。
シーズンオフは自分なりに自主トレをつんできたが、なんせ俺のポジションはジブトリマーで頭脳よりもやたら腕力が要求されるのである。
筋肉は昨年より1600グラム増えたし、脂肪は1200グラム減らした。
なんとか一年乗り切る体力はついたはずである。
去年は地中海ですばらしいヨットレースに参加できたし、今年はできることならUSAのニューポートのレースに行きたい。
その為にはもう少し腕を磨かなくては・・・。
相模湾は俺の故郷の海だ。海の潮の匂いが俺をすぐにガキの頃に引き戻してくれる。
今朝も5時に起きて逗子から稲村ガ崎まで砂浜を10キロほどジョギングしながら、すっかり子供の自分にタイムスリップしてしまった。
故郷の海はいつでも俺に微笑んでくれる。この海で育った俺は幸せ者である。そうそう砂浜を久しぶりで走ったけれど、あの足の裏に感じる砂の不安定さは足腰の強化には最高だな。
今、はまり込んでいる空手の鍛錬にはいいかもいれない。
で、これから毎週日曜日の早朝は10キロの砂浜走りをすることにした。
俺は文化人になりたいけれど、どうみても体育会系だよなぁ。


8904/21 23:08世界史上稀有な国民だなぁ
ローマ法王にドイツ人のラツィンガー枢機卿が選ばれた。世界の首脳がお祝いコメントを出す中で我が日本の総理大臣閣下は「コンクラーベ」は簡単に終わったが、自民党の郵政こんくらーべは大変ですね。などと能天気おじさんであった。そのおじさんが今日の夕方ジャカルタへ飛んで行った。
明日、日中首脳会談を開きたいらしいがどうせ建設的な話し合いなど無理だろうなぁ。
まぁ適当に双方歩みよりの格好だけ見せてお茶を濁すことだろうね。
この日中、日韓いや日本対アジアの国々との関係悪化は簡単には解決できないだろう。
アジアの国々は日本が先の戦争責任を果たしていないと思っている。日本は金を払ったじゃないかと言ってきた。しかし侵略された人々の心は金では癒せない。悲しいかな俺たち日本人はそれに気付かなかった。
なぜなら今の日本人は戦争に負けて尚、勝者の論理が社会の大勢を構成している稀有な国民なのである。
経済人も文化人もスポーツマンもジャーナリストも勝者の論理を振り回す奴が多すぎる。
中国の反日デモは戦争に負けて敗者の論理を持ち得ない日本人に対してのアジアの人々のバッシングなのである。それを謙虚に認めることが解決への糸口だと俺は思う。
新しいローマ法王はドイツ人、しかもナチスの党員であった男である。その人間を11億人のカトリック教徒が問題なく法王にした。
つまりドイツは先の戦争責任を完璧に果たした証明でもある。
日本は謙虚にドイツに学んだほうがいい。
選挙の票欲しさに靖国参拝を止めないおじさんに国政を任せている場合ではないのだ。
 

8804/18 23:28アインシュタインと特殊相対性理論
50年前の今日、あの特殊相対性理論で科学に一石を投じたアインシュタイン博士が76歳で永眠した日である。
E=mc2 エネルギーは質量×光速の二乗に等しい。
エネルギーも質量も実は同じものが異なる形であらわれたものである。
故に、小さな質量は大きなエネルギーに変換される可能性がある。
これが博士の理論であるが原子爆弾に応用されてしまったのは余計であったなぁ。
しかし、この理論は科学だけではなく人の心にだって応用できる。
まさに今の日中、日韓関係に応用しよう。
両国の関係を政治や経済に求めず、(どうせ政冷経熱の付き合いも崩れ去ってしまったことだしね)小さくても心の通い合った民間交流をしたい。この心の通った質量は必ずや大きなエネルギーになるはずである。
金やメンツに拘っている奴らには分かるまい。
ところでアインシュタイン博士は1922年に日本に来て、10ヶ月間滞在し各地で講演をやって大歓迎された。
帰国するとき博士はこう言った。
「山水草木は美しく、日本人の生活は自然に叶い価値がある。日本国民が欧州感染をしない事を願う」
博士!日本国民は見事に欧米ウイルスに感染してしまいました。
アジアの人々から嫌われてしまったのも自業自得ってやつですよね。
日本は白鳥の群の中のアヒルなのか、アヒルの群の中の白鳥なのか、まぁどっちでもいいけれど、無理な事はもう止めてアジア人に戻ろうぜ。

8704/17 22:47中国の反日騒動と久米さんの新番組
昨日、今日と中国各地でまた反日デモがあった。
日本の政治家やワイドショーの有識者さんたちのコメントはいずれも同じ、
中国人の圧力に屈することはない、どうせ経済力では日本を頼ってくるのだからと手前勝手な意見ばかりであるのが悲しい。
なぜ中国の若者たちが反日運動に走るのか、反日教育をされているからと言うが、その歴史教育は間違ってはいないではないか。侵略された国が侵略の事実を子供たちに伝えていくのは当然である。
侵略した国もその事実を正確に次世代に伝えなければいけない。
でなければ、彼らが大人になったときのお互いの心の径庭は広がりすぎてしまう。もうすでにその影響が出始めているからこそ、中国のこの騒動に日本のマスコミ人のこのズレた対応であると俺は思っている。
政治体制の違いはあるが、お互いの価値観の違いを埋める努力を惜しんではいけない。
日本は中国文化の影響を大いに受けた国である。
だから共通項がたくさんある。
しかし、今の日本人がそうであるように、今の中国人も日本のことをあまり知らない。双方の国のマスコミが伝える偏った情報だけでは不幸になる。
だからこその民間交流が必要なのである。そして今日から放送がスタートした久米 宏さんの日本テレビの新番組を見たが、ガックリだったなぁ。
手法が新しいようで古すぎる。インターネットでスタジオのVTR収録はなかんべー。しかも出演のアジアの人々はやらせの段取り取材ばっかり。
トップが中国の肥満児問題ってのも、今の現状認識が無さ過ぎる。
第一現地出演した家族は平均的中国人ではなく5%の特権階級家庭である。
木を見て森を見ず・・・
これで今の中国を語るという、この心遣いのなさが今のアジアの国々と日本人の径庭であることが分かっていない。
なんなんだこの能天気な番組は!ってこれは俺の関係する会社の制作であった。次回にささやかな期待をしようかな。

8604/17 22:01やるなぁ 日本の若者たち!
土曜日、ボクシングのダブル世界タイトルマッチがあった。
WBAミニマム級チャンピオンの横浜光ジムの新井田 豊は韓国の強い挑戦者を根性で打ち負かした。
この光ジムの会長は関 光徳さんである。現役時代はフライ級の名ボクサーだった。必殺の左のストレートがかっこよくて、俺にはあこがれのボクサーだった。おれがボクシングを始めたのもこの関 光則さんの影響であった。
以来、いまだにボクシングをやっている俺だが得意なパンチは左ストレートであることは言うまでもない。閑話休題・・・
もう一試合、WBCバンタム級タイトルマッチは強力なチャンピオンであるタイのウィラポンを初挑戦の長谷川穂積選手が見事に勝ってくれた。これも根性で勝った試合である。
スポーツの試合で日本人が根性で勝つことが少なくなった今日この頃、これは嬉しい。その上、今日は横峯さくらちゃんがゴルフ ライフカードレディースで見事に初優勝した。これも根性の勝利であった。
やるなぁ、近頃の若者たち!それに引き換え、おっさんたちはどうした。
国の最大関心事が郵政の民営化って何か根本が違うんでねーのかい。
俺は若者たちに刺激され、夕刻の川原を10キロほど走ってきたよ!

8504/10 23:02いつの世も 律儀に花咲く 桜かな
週末は俺が講師を務めている国際理容美容専門学校の入学式だった。
この学校は理容美容では日本一の歴史があり、今年は51年目になる。
今年の新入生は476名、みんな初々しく行儀が良い。
世間の大人どもは「近頃の若い奴は云々」すぐに批判ばかりするが、人間なんて50年や100年でそんなに変わるもんじゃない。
若者はいつ世も初々しく、生意気盛りである。
良心と悪気を併せ持っているのだ。どちらを引き出すか、それが大人の仕事である。
今年の476名、みんな目が実に輝いていた。
光を輝きに替える力の無い目を持つ若者が多いこの国に、これは稀有なことである。
新入生たちは、将来の理容師、美容師というはっきりとした夢と目的を持った若者たちだからこその、目の輝きである。
その目の輝きに笑顔を加えてあげるのが、大人の仕事である。
彼らとヘアーメイクのショーを創るのが、俺は今から楽しみである。
入学式の清々しい気分で会場をでると、荒川公園は満開の桜であった。
俺の中からこんな一句が出てきた。
「いつの世も 律儀に花咲く 桜かな」
こんな国、こんな時代、こんな世の中でも桜だけは律儀にこの季節に咲いてくれる。その刹那だけ日本人から微笑を引き出してくれる。
今年の桜も思い出に残るステキな咲きっぷりだった。

8404/09 00:59テレビメディアとプロパガンダ
今朝のテレビ朝日のスーパーモーニングである。
森 進一の心温まる似非ドキュメントを放送していた。
俺は胸糞が悪くなった。こんな見え透いたプロパガンダな番組を恥ずかしげも無くオンエアするテレビ局。
そこには社会に対する責任や良心や自負心のかけらもない。
今、森 進一を美化する事は森 昌子とその子供たちを貶めることである。
スメさんやキタさんがナベプロに頼まれたのかどうか知らないが、単なる夫婦問題をテレビメディアを使ったプロパガンダ放送したことに俺は見てみぬ振りができないのだ。
森夫婦が離婚しようが因りを戻そうがどっちでもいい。
俺が言いたいのはテレビをプロパガンダの手段に使わせては絶対にいけないということだ。
あのホリエモンだってソフトバンクだってテレビに食指が動くのは、テレビをプロパガンダに使えたらとんでもない効果が期待できるからである。
政治家がやたらテレビにでたがるのも政策や党利を簡単にプロパガンダできるからにほかならない。
今、権力者がテレビメディアを持ちたがっているのは、テレビの持つプロパガンダの力がほしいからなのだ。
そして今、その事に唯一気付いていないのがテレビマンなのである。
だから利用され放題なのだ。
そうそう森 昌子はスター誕生出身で俺はその番組の構成作家だった。
森 進一が「女のため息」でデビューして初めて出演したテレビ番組である
NTV紅白歌のベストテンの構成作家も俺だった。
なんとなく二人に縁のある俺だから、二人には幸せになってほしい。
特に森 進一の病状はあまりよくないと聞いている。ことし一年は安静にしているほうがいいそうだ。昌子の代わりに進一の妹さんが面倒見ていると聞く。もっとも結構やり手の妹のようだけれど。
まぁ今回は二人には不幸な問題である。
だからこそ、周辺の人々はテレビや週刊誌でのプロパガンダに手を染めるべきではない。

8304/09 00:22桃井かおりはやはり桃井かおりだった。
渋谷パルコにて桃井かおりの一人芝居を観た。
俺も中島マリさんの一人芝居を創りたくて、構想2年今だ脚本が半分しか書けてねーのだ。二ヶ月に一度くらいづつマリ殿より督促の電話などいただいている。今年中には実現せねばと誓いつつ桃井かおりを拝見したが、面白くもなんともなかったなぁ。脚本も演出も完成度が低いし、桃井かおりも自信なさそうに演技していた。新しさをだそう、時代を出そうって気持は分かるけれど完全なる空回りってやつだ。
舞台のオープニングのセットが俺がやりたい事と似ていた。
もっともこの芝居の演出はイッセイ尾形が深く係わっているから、彼の一人芝居で良く使う設定に似ているのだ。
イッセイって言えばもう随分長く会ってないなぁ。彼が出始めで突っ張っていたころ、いやがる彼をプロデューサーだった俺がテレビに引っ張り出してしまった。コントのおまわりさんの役だったなぁ。あの時は古舘伊智朗もテレビ朝日のアナウンサーをやめてすぐ俺の口車に乗っかって初めてのバラエティ出演だったなぁ。閑話休題・・・
桃井かおりの芝居があまりにも面白くなかったので、俺は逆によっしゃって気になったね。
それで安心して半分くらい居眠りしちゃったなぁ。ザ・カンパニーの天野さん・・すいません。でも客は満席だった。
桃井かおりフアンは健在だ、おまけにSK-2がスポンサーについてるし興行的には大成功であろう。
しかし、どこの劇場もそうであるが、客の八割は女性客である。
この国の芸術文化はほとんど女性によって守られている。
男がこれほど自国の文化に無関心な国は日本だけだろうなぁ。
なさけねー。

8204/07 00:16歴史教科書問題に思うこと・・・
昨日の新聞、テレビニュースは一斉に教科書検定に伴うアジア各国の反応を伝えていたが今日はパッタリどこも死んだ振りで報道をひかえたようだね。
微妙な問題が内在しているから、どのように伝えて良いやら分からんのだ。
中国や韓国の反発も強烈だし、それに戦う根性もないし、第一闘う根拠がないし。
でもさ、最近の教科書は酷すぎるね。文部科学省なんてなにを根拠に検定してるのだろう。歴史や地理の教科書だけでなく小学生の性教育の教科書などへたなAV顔負けだよ。
中山文部科学大臣閣下は現実をどこまで知っているのか知らぬのか・・・。
それにテレビワイドショーの自称評論家ども、例えば鳥越某太郎や室井某月などは、この件でとんでもない、お馬鹿丸出しの発言をしていたなぁ。
テレビ各局には番組審議委員のシェンシェイ方がいらっしゃるが高給貰って番組は見て見ぬ振りらしい。
今年は戦後60年、日本は金払って、すっかり償いをしたつもりだが、アジア諸国の人々の心の傷までは償っていない。
今、我々の目の前にある問題はすべてこれにつきる。侵略した国と侵略された国、その径庭を俺たち日本人はもう一度見つめなおし、行動をするべきである。アジアの人々は別にわが国の国連常任理事国入りに意味無く反対しているのではない。反日感情は心の傷の問題である。金で償うことなどできない。それを政治家も有識者と言う名のお馬鹿さんたちも分かっていない。
今こそ心の償いを俺たち大人がやらなければ日本の子供たちの未来は暗い。
今、歴史教科書問題を、堀江だのソフトバンクなどと同レベルでテレビで論じる事が間違いである。
そうそうテリー某藤はホリエモンから一億貰ったって話があるね。そういやぁ彼のこの問題の発言へんだよな。猪瀬某樹も気付いたらしく、テリーには妙に冷たくなったしな。
まぁ日本の有識者なんてこのレベルさ。
アジアの人々から馬鹿にされる訳だ。

8104/05 23:25花粉症の原因は自分自身にあるのだよ
俺は花粉症ではないが、あまりにも周囲に苦しんでいる人々が多い。
電車や町の中は変てこなマスクを掛けたカラス天狗の集団である。
でも笑えない、天狗さんたちは苦しんでいるのだから。
では、誰が苦しませているのか?
何か起きたときの犯人探しは日本のテレビの得意技なのに、この件に関してはどこの局も触ろうとしない。
やりそうな事件や問題点をテレビがやらないときは「何かあるぞ!」って考えると楽しいのだ。
それはやりたいけれどやれないのである。なぜなら提供スポンサー様に抵触ないし関係してしまうからである。
簡単な例だが、食物が美味しいという馬鹿げた番組や身体に良いという番組は掃いて捨てるほどあるが、この反対の番組はない。
それをやるとどこかのスポンサー様に怒られるからである。だったらNHKにがんばってほしいが、この局は民放以上に根性がない。
で、花粉症であるが原因を杉やヒノキや自然界の何かにするのには無理がある。だってこの自然界のなかで俺たち人類は60万年も生きている。
それに対する完全な免疫力がある。なのに何故たかが杉の木に・・・
つまり原因はそんな身体にしてしまった食物である。
正確には有害物がたっぷりの食品やサプリメントと称するわけの分からないものである。メーカーが金儲けだけの為に作ったものだ。
それをマスコミを利用して、がんがん宣伝販売する。
自分の身体に良いか悪いのか、判断のつかないお馬鹿さんたちが見事に引っかかって自らの免疫力をなくし、花粉症になるのである。
だから花粉症の犯人を草木にするテレビなんか信じてはいけない。
信じた奴は、俺から見れば自業自得、今の世の中を甘く見てると命を縮めることになるのだ。本来生き抜くことは楽な事では無い筈だ。


8003/28 23:12桜の開花と靖国神社
昨日のNHKニュースである。
東京の桜の開花予測をわざわざ中継をいれて放送していた。
まだ咲いている訳がないのにアナウンサーを派遣してである。
さらに信じられない事に靖国神社からである。驚いて調べてみたら東京の桜の開花宣言は靖国神社の桜の木を見て判定するのだそうだ。
気象庁が桜の開花宣言をするようになってからずっとそうなのである。
なぜ?なぜ靖国神社なのか?
日本の国花である桜の開花を靖国でやることに特別な意味があるのか、ないのか、それは知らないが中国や韓国の人がこのニュースをみたら何を感じるだろう。
俺はそれが気掛かりだった。
桜の開花なんて上野の山だってどこだっていいじゃないか、靖国神社以外ならどこだっていい。
なにをわざわざ靖国でやるのか?
それをなぜNHKはニュースにするのか?
日本のジャーナリズムにはデリカシーがないのだろうか。
今日、俺の親しい中国の友人に会ったら昨日のNHKニュースを見ていた。
感想を聞いたら切なそうに俺の目をじっと見詰めるだけだった。
李下に冠を正さず・・・今、日本がアジアの人々に示さなければならないのはデリカシーの心である。
それなくして竹島や魚釣り島の問題は語れやしないのだ。
それが分からないNHKなどもう必要ではない。

7903/28 23:11桜の開花と靖国神社
昨日のNHKニュースである。
東京の桜の開花予測をわざわざ中継をいれて放送していた。
まだ咲いている訳がないのにアナウンサーを派遣してである。
さらに信じられない事に靖国神社からである。驚いて調べてみたら東京の桜の開花宣言は靖国神社の桜の木を見て判定するのだそうだ。
気象庁が桜の開花宣言をするようになってからずっとそうなのである。
なぜ?なぜ靖国神社なのか?
日本の国花である桜の開花を靖国でやることに特別な意味があるのか、ないのか、それは知らないが中国や韓国の人がこのニュースをみたら何を感じるだろう。
俺はそれが気掛かりだった。
桜の開花なんて上野の山だってどこだっていいじゃないか、靖国神社以外ならどこだっていい。
なにをわざわざ靖国でやるのか?
それをなぜNHKはニュースにするのか?
日本のジャーナリズムにはデリカシーがないのだろうか。
今日、俺の親しい中国の友人に会ったら昨日のNHKニュースを見ていた。
感想を聞いたら切なそうに俺の目をじっと見詰めるだけだった。
李下に冠を正さず・・・今、日本がアジアの人々に示さなければならないのはデリカシーの心である。
それなくして竹島や魚釣り島の問題は語れやしないのだ。
それが分からないNHKなどもう必要ではない。

7803/23 22:20提案!ホリエモンにNHKをまかせようよ
ニッポン放送の新株予約権に関する高裁の判断が下された。
亀淵昭信さんには残念な結果になってしまった。その上午後は冷たい雨である。阿久 悠さんと電話でこの件を話題にしていても、なにかお互いにむなしい気分になるのであった。
「かめちゃんにもう一度DJやってもらおうか」
「じゃ、台本は俺が書きますよ」
なんて会話もいまひとつ盛り上がらないのであった。
ホリエモンの目的は定かではないが、どうせ放送局を獲りたいのならNHKを狙えば良かったのにね。
それなら世間も応援するよ。
なにしろNHKに対する受信料支払い拒否は今月末までに70万件達する。
当たり前だ。これは制作者が金を遣い込んだり、エビジョンイル前会長のワンマン経営に対する不満だけではない。
根本は番組内容なのだ。低俗でセンスの悪い民放のまねをして平然としているその姿勢に対しての抵抗なのである。
俺から見れば、あの制作費の湯水のような無駄使いも言語道断である。
つまらない番組作りに、ほんとうにとんでもない無駄を平然としている。
俺は前から言いつづけているが、NHKは全ての番組制作費を公にディスクロジャーするべきである。
それができないのなら民営化するべきだ。
この先受信料支払い拒否はますます増えつづけ、NHKは間違いなく破綻する。できる事ならホリエモンにお願いがある。
ニッポン放送をあきらめてNHKを乗っ取ってくれ!頼む!
かめさんをいじめるなぁ!



7703/20 17:54ついに来るべき時がきたのだ!
ついにその時が来た。
と言っても全く個人的なことなのだが、十年間使っていたカシオのワープロが、先ほど突然にぶっ壊れた。
しかも朝から取り組んでいたテレビの企画書をほぼ書き終えた時に動かなくなってしまった。
そりゃないぜセニョール。
そういやぁケーシー高峰さんには随分長い事あってないなぁ。
まだ俺の書いたネタを営業でつかっているのかなぁ。
十年程前に一度、ネタの著作権代ですき焼き奢ってくれたっけなぁ。
まぁどうでもいいや。さて閑話休題・・・
いつかはこの日が来ると思って、フロッピーに保存してある原稿を早くパソコンに移さなければと思いつつやってなかった。
小説やエッセイなどのフロッピーが数十枚はある。このワープロのフロッピーはパソコンとの互換性がないから俺は今、ボーゼンとしている。
が、ボーゼンとしながらはや頭の後ろっ側あたりから「まぁしかたないっか」なんてささやきが聞こえてる。
ほんとに俺は執着心がない男であるなぁ。
で、精神がつかれたから少しジョギングでもしてこようと思っている。
4日ばかり走ってないから、身体が動け動けと五月蝿いのだ。
実はこの三ヶ月間一度も休むことなく続けていた空手の練習を昨日休んでしまったのだ。これも身体が疼く原因である。
まぁ四月からの新番組のVTR収録だったので残念だがあきらめた。
今、この空手が楽しくてしかたがない。キックも不恰好ながらなんとか中段蹴りまで足が届くようになってきた。
今年中には上段回し蹴りまで到達したいものである。
そしてあのオヤジ狩りに遭遇してみたい。実は密かに期待しているのだ。
しかし、世間で俺は軟派系のように思われているらしいが、どう考えても硬派の体育界系だよなぁ。
先週、体脂肪率が12%台に戻ったし、あと一月で11%台にしなくちゃ。

7603/18 23:37金力闘争の果てに光明があるなら・・・
仕事帰りの首都高速がやけに渋滞していると思ったら、国務長官ライス女史の来日時間とぶつかっちまった。
どうせ牛肉輸入を早く再開して頂戴と小泉さんに甘えにきたのだろう。
再開してもいいから、その見返りをがっちり取ってほしいね。
それが出来る人が政治家なんだからね。
しかし彼女の日本滞在時間は20時間だって、こりゃだめだ。
政治家っていやぁ今日、麻生総務大臣が何を狂ったかライブドアがフジテレビ買収の動きに出た事について「電波は公共のもの、独占とか支配とか言う話は如何なものか・・」とわけの分からないことを言っていた。
そうそう、それと民放27局のフジテレビ系列局も「テレビは公共のものであり、真摯な倫理観をもって携わる仕事云々」言っていたね。
俺はライブドアの肩を持つ気はない。いや、ニッポン放送社長のカメさんとは戦友なので彼が苦しんでいる姿を見るのは切ない。
しかし、大臣やテレビ局どもは何を言ってるんだろう。
電波に公共性があって真摯な倫理観があるって・・・あんたたち自分の局がどんな番組を放送しているか知っているのか?
低次元のバラエティ、三番、四番煎じのニュースワイド番組の氾濫、何の芸も技もない互助会的タレントたちの学芸会にもならない番組、そこになんの倫理観があるというのか?
俺もテレビで育った人間だけど、ホリエモンでもドラエモンでもいいから、一度テレビ界をグシャグシャにぶっ壊してくれたほうがいいよ。
じゃないと、このテレビのオオバカどもは真剣にならないもの。
そんな意味があって俺は今、興味深々でこの金力闘争を見ているのだ。
この闘争の果てにテレビ界に再び輝く光が戻ってくるならそれもいい。
ついでにNHKも受信料払わずにぶっ潰して民営化しちまおう。
あのNHKの体質は直らない。現行番組はほとんど倫理観欠如の民放の真似ごとばかり、完全に民放化してるんだからさ。
破壊するなら徹底的にやろうぜぃ!

7503/10 22:57気持の良い 卒業式だったな
今日は俺が10年ちかく講師を務めている国際理容美容専門学校の平成16年度の卒業式だった。
俺のような風来坊でも生徒たちは河村先生と呼んで慕ってくれる。
その心地よさがまさに教師冥利ってやつなのだ。
これは教師にならなければ分からない喜びだ。
特に卒業式は生徒より先生のほうが興奮したり感動したり大変である。
生徒より先に泣き始める女性教師たち、男の教師の中にも目頭赤くしてる奴が結構いる。
かく言う俺もしばしばジーンときちまった瞬間が何度かあった。
こんなにも人間同士が恩や愛を間にはさんで素直になれるひと時があるのである。人間っていいなぁ・・ほんとうにそう感じるのだ。
さて、今年の卒業生は392名、内皆勤賞は86名・・22%である。
毎年、この学校の自慢はこの皆勤賞受賞者の多さなのだ。
今時の学校や会社で2年間の皆勤率22%なんてところがあるだろうか。
この22%こそ、生徒たちにとってこの学校が如何に楽しく、如何に必要な場所であるかと言う証明であろう。
姿形は今時の若者たちだが、素直で明るく礼儀正しい奴らである。
今年で創立50周年になったこの学校のモットーは「躾」である。
その教育方針が見事に結実した生徒たちである。
俺は本当にすばらしい学校に出会え、講師にしていただいて幸せ者である。
これからもヤクザな世界に生きる人間の精進落しのつもりで講師の聖職に微力ではあるが邁進していきたい。
夕方からのホテル・ニューオータニでの謝恩会も楽しかった。
今年の392名・・明日からは社会人である。

7403/01 22:45オペラ座の怪人の弱点は・・・
仕事の隙間を見つけて「オペラ座の怪人」を観た。
六本木にシネコンが出来てすぐに映画へ行ける環境は楽しい。
最近、俺は昼間時間が空くとスポーツジムか映画で過ごす事が多い。
で、「オペラ座の怪人」であるがまぁこんなもんかなぁというのが感想。
なんかやたら湿っぽい映画である。
オペラミュージカルのエンターテイメントが伝わってこないのである。
映画の虚構世界の中に入っていかれないのだ。
その原因はすぐに判明した。
この映画の翻訳は戸田奈津子さんであるが、これがいけない。
戸田奈津子さんの翻訳は分かり易い直訳である。
しかし、この映画はミュージカルである。台詞の歌は詩であり詞である。
直訳だとうーむ・・なるほどなるほどと意味は分かり易いのだがそれだけのこと。元歌は韻を踏んだり、比喩、誇張など言葉つくりのあらゆる技を駆使していることだろう。なのにそれを単なる直訳では歌の感性や心が全く伝わってこないのである。
歌の部分の訳は詩人か作詞家にやらせれば面白いのにね。
例えば阿久 悠さんがやったらそれなりに話題になると思うし、映画好きの阿久さんのことだからきっとすごい訳詞にすることだろう。
オペラやミュージカルが日本ではイマイチ開花しないのは実はここに問題があると俺は思う。
言葉というものはとても大切なものである。
特に歌の言葉は、ただ意味が通じればいいってもんじゃない。
そこをなんとかしないと日本の音楽文化はドメスティックカルチャーで終わりだね。



7302/26 16:13オーシャンズ12はなぜ不人気なのか・・・
昨日、六本木ヴァージンシネマにて「オーシャンズ12」を観た。
客席はガラガラ、観客はざっと30人ってとこかな。
裏金を貰っていない映画評論家や観た人の感想は最悪。
なるほどね、確かにまじめに観ていたら訳がわからない。
なんで11人が12人になったのかも不明。俺なんか誰が増えたのか未だにわからないもの。
でも、見方を替えるとこれが実に面白い映画である。
なにが面白いかって製作現場の雰囲気が手にとるように分かるからだ。
だいたい出演者がジョージ・クルーニー、ブラッド・ピット、ジュリア・ロバーツ、キャサリン・ゼタ・ジョーンズなど五月蝿そうなのがゴロゴロ。
製作総指揮が三人もいて監督はゾダーバーグである。
多分最初の台本からかなり方向が違ってしまったのだろう。
製作現場に船頭が大勢いると必ずこういうことになるっていう見本みたいな映画になってしまっている。
後半に突然予定外で出てくるブルース・ウィルスなどはまさに楽屋落ちの出演であろう。クルーニーの奥さん役のジュリアが本物のジュリア・ロバーツのそっくりさんで出てきたりもする。
ブラッド・ピットなんか、おいおいこの映画どうなっちゃうのって顔で演技しているのが面白い。
だから総体的にみればこの映画は実に面白い。
いまやコンピューターグラフィックスに頼ってばかりでなんの人間的工夫の無い映画作品ばかりのなかにあって、これはじつに人肌の温もりが伝わってくる大虚構作品であった。

7202/24 23:33頑張れ!亀淵昭信社長!
ニッポン放送の株式を巡って大きな騒動になっているけれど、金だの権力だの俺には興味の無い問題だ。
しかし、この戦いはニッポン放送を応援する。
なぜなら社長の亀淵昭信さん・・・カメさんは俺の戦友なのだ。
俺がまだ駆け出しの放送作家のころ、カメさんはニッポン放送のアルバイトADだった。構成作家とディレクターのコンビで随分たくさんのラジオ番組をヒットさせた。そのカメさんが今やなんと社長である。その社長をいじめる奴がライブドアとかいうチンピラである。
なんか今日になって戦いが司法の場にもつれ込みそうだな。
まぁ勝負はカメさんの勝ちだろう。
あのフジサンケイグループの鉄の結束を軽く見ちゃいけない。
だいたい、今ごろになってラジオとインターネットの融合で業務提携なんて堀江某のやりたいことは古いよ。
今の放送局はお前さんに言われなくとも皆んなITくらい視野に入っている。
俺も六年前、まだ亀淵さんが専務の時にラジオとインターネットの融合企画書をカメさんに渡したことがあった。
カメさんはすぐさま社内のスタッフを集めて企画書を検討してくれた。
その時の結論は「時期尚早」であった。
その6年後にこんなことが起きるとはね。
カメさん、あの時俺の企画書を採用していればこんな面倒に巻き込まれずにすんだのにさ。

7102/24 22:58本当は今ごろは・・残念!
本当なら今の時間あたりは中国の海南島で美味しい中華料理をたらふく食っているはずなのだが残念!
今日から海南島でサーフィン開発のための視察とDVD撮影と雑誌取材がはじまるのだった。俺の夢の一つは中国の人々をサーフィンにはめてしまう事なのだ。中華人民共和国13億人の内、何人の人々を夢中にさせられるか・・・
こんな楽しい事は無い。
なのに・・なぜ俺だけ行けないかと云うと、皆より仕事の関係で先に帰る予定だった俺の帰りの航空チケットが手に入らなかったのだ。
まぁ今回は主役で俺の甥の河村正美が行っているから問題はない。
彼は今、日本では一番人気のあるロングボードのプロサーファーである。
もちろんグランドチャンピオンも取っている。
その正美と俺の夢が中国の海岸線をサーファーで埋め尽くすことなのだ。
その為にも海南島へ行きたかったなぁ。
そのショックかなぁ・・この頑丈な俺が風邪ひきそうだ。再見!


7002/01 22:50色即是空 空即是色、全体性という考え方
般若心経の一節であるこの言葉は宗教と云うより、一つの精神論である。
と俺は解釈している。
色と空・・俺はこれを体と心に置き換えてみる。
心と体を最近は別々に考える人が多い。精神が体より気高いとか、様々な人間の不都合を全て心の問題として片付けてはいないだろうか。
色即是空 空即是色・・心と体も互いに関わりあって存在する全体性なのである。
この全体性という考え方が、現代の日本人には希薄なのである。
俺は近頃、中国語の勉強などを始めたのだが、中国にはこの全体性という考え方が日常にあるのだ。
例えば「老眼」と云うと日本ではなんか老人の入り口みたいに思われている。少なくとも老眼になったらホジティブな環境にはない。
中国ではこれを「花眼・ホアイエン」と云う。
花は細部を見るものではなく、一つの全体性を愛でるものだ。
生け花を見るとき花の一輪一輪をじっくり見る奴はいない。
生け花は全体を見て鑑賞するものだ
つまり中国では老眼・・いや花眼になると「やっと花が良く見える目になった」と喜ぶのである。なんとホジティブな人々、なんと全体性を持った民族であろうか。
最近の日本人はなんでもすぐ固定概念化、固定言語化してしまう。
テレビがそうだ、マスコミがそうだ。
俺たち生命体の本質は変化することである。全体性は常に変化している。
少なくても俺はそう思って生きている。俺は日々変化していたい。
河村シゲルの人生を固定言語なんかで表現されたくはない。
年を重ねる事はとても幸せなことである。

6901/30 16:03頑張れ!小池百合子大臣
今、突然思い出した。確か二週間ほど前、ゲームフィッシングの対象魚である大口ブラックバスを特定外来生物に指定して駆除する法案が、いつものように先送りされそうになった時、敢然と立ち上がり先送りを反対したのが小池百合子環境大臣ただ一人だった。
俺は日本の政治家なんてと最近、高を括っていたのだがこの時ばかりは小池百合子を見直したぞ。
これぞ政治家、これぞ大臣、いよーっいい女!である。
釣具業界とその子分の釣り雑誌、テレビ、自称プロの釣り師たちの営利目的の意見など絶対に聞いはいけない。
ブラックバス釣りは業界の奴らが大儲けできる対象魚なのだ。
釣具業界と釣り人は自分たちの利益しか考えていない。
この日本の自然界を後世の人々にきちんと残すのであれば、ブラックバスを日本の河川、湖、涸沼に生存させてはならないのである。
この魚は獰猛な肉食魚である。日本にはこの魚の天敵が存在しないから、日本の弱い淡水魚はブラックバスに好き勝手に食われてしまう。
しかも釣り人たちは「キャッチ&リリース」なんてニセモノの優しさをブームにしてしまった。釣った魚を逃がす・・「また会おうね」なんて臭い台詞まで言う釣り人がいる。なんて気持ちの悪いやつらなのだろう。
ブラックバスの恐ろしさをまるで分かってないのである。
今こそこのブラックバスを駆除するアクションしなければ日本の在来生物が全滅してしまう。
日本の自然界の生態系をぶち壊してはいけないのだ。
だから小池大臣が云うようにブラックバスを特定外来生物に指定して駆除する必要がある。が、釣り業界から裏金もらっている政治家や釣り業界関係者が要注意外来生物に格下げして駆除をしない方向へ持っていこうとしている。じつはこれは日本の環境問題のなかでは最重要課題であるが、マスコミも知っていながら知らない素振りである。
小池百合子大臣には、がんばってもらいたいが最近このニュースがないところを見るとすでに小池百合子は潰されてしまったのであろうか。日本の大手のジャーナリズムは釣り業界に金を貰っている側なのでまず取り上げようとはしないネタなのである。
NHK特番への政治介入問題なんかより余程大事な問題なんだけれどね。


6801/30 15:04ライフ イズ コメディ
六本木シネコンで「ライフイズコメディ・ピーター・セラーズの愛し方」を観た。ピーター・セラーズ役のジェフリー・ラッシュの演技が最高だった。
ピーター・セラーズよりピーター・セラーズだったなぁ。
スティーブン・ホプキンス監督の小洒落た演出もなんとなく飽きさせることもなく面白かった。
コメディ俳優の素顔をシリアスに狂気を描いて見せてくれた。
確かにピーター・セラーズの素顔には人格というものがないのだろう。
だから彼はどんな人物でも見事に演じてしまう。
彼の異常さは渥美 清さんにオーバーラップする。
渥美 清さんも素顔はとても異常なライフスタイルを持っている俳優だった。彼の自伝を映画にしたら面白いと思うけれど、日本には撮れる監督がいねーなぁ。
もっともこういう映画は大人に見て欲しいけれど、日本の大人は今、映画などに夢中になる文化度ないからね。
六本木シネコンもガラガラ三割の客だった。



6701/16 11:02PGAツアー・ハワイアンオープンを見ながら
今日は三日目。
丸山茂樹がすごい。今9番ホールを終わって9アンダーでトップである。
昨年の賞金王ビジェー・シンが7アンダーで追いかけてきているのが怖い。
俺はゴルフをやるのも見るのも大好きだ。
いや、スポーツはみんな面白くて大好きだ。
なぜだろう・・それはまだまだ人間の個人の能力が優劣を決定するからだ。
先ほどの天気予報がそうなのだが、なぜ外れるかは理由が明確だ。
先端の機械に頼りすぎるからだ。まぁ機械に判断させて人間が責任を取らないシステムに気象庁がしてしまったこともあるけれど。
先日の俺の健康診断のとんでもない誤診もそうなのだけれど、医療の世界も先端技術の機器に頼りすぎている。
最先端機器がどんなデーターを出してきても、最後に判断するのは医師である。人間である。しかし機械に頼りすぎるため人間の判定が甘い。
いや、さまざまな自分自身のデーターで判断できる人がいないのだ。
いや、いるけれど判断しないのだ。
間違って責任を取らされたくないからだ。機械は責任転嫁するためにある。
だから経験者よりも機械至上主義が医療界だけでなく、あらゆる世界に横行している。
音楽界もデジタル音楽機器に占領されて、手作りのアナログ音楽が凌駕されてしまった。
テレビ界も映画界も経済だけでなく文化の世界も機械に占拠されてしまったのである。だから優秀な能力が育つわけがない。
優秀な作品がないから優秀な人材が集まらない。
この日本の世の中のつまらなさ、閉塞感はその辺にあるのではないだろうか。
人間の世界だもの、人間の力を一番信じたいよね。
人間の能力を楽しみたいよね。人間を好きになりたいよね。
スポーツ界はまだ機械に凌駕されていないから面白い訳だ。
で、丸山・・・ありゃいつのまにかクイグリーに抜かれて二位になっちゃったよ。
丸ちゃん!がんばれー!


6601/16 10:21天気予報はなぜ外れるのか?
金曜日に発表された土曜、日曜の関東地方の天気予報は雪であった。
新聞もテレビマスコミも全て雪と報じた。
日頃から最近の天気予報など信じていない俺は雪にはならないだろうと判断した。
それは木曜と金曜日の天気図の気圧配置を見たからである。
南海上から普通の低気圧が本州に近づき少しづつ発達しているがテレビの天気予報が言うほどのたいした発達はしない。
なぜなら金曜日の夜、広島県沖の日本海に小さな低気圧が生まれたからだ。
そのため東北地方にある高気圧が関東に張り出してはこれない。
この高気圧は寒波を伴なっている。
この寒波が低気圧に吹き込んだときに雪になる。
しかし、関東地方が雪になるには一つだけ条件がある。
それは南海上の低気圧の中心が伊豆七島の八丈島の内側、つまり相模湾寄りを通過するときだけだ。
外側を通過するときは雨になる。
これは昔から伝えられていることだ。相模湾の漁師だって知っている。
金曜日の気圧配置では南海上の低気圧は関東のはるか沖を通過するだろう。
だから俺の予報は雨である。雪になるわけが無い。
で、その通りの天気である。
俺にできる天気予報がなぜプロの予報官にできないのか?
テレビの天気予報士たちはなぜ全員が同じコメントで同じ予報しか言えないのか?
理由は、これも日本の政治の問題である。
気象庁を守るための民間への圧力である。民間に勝手な予報を出され、それが当たってしまっては気象庁の役割が消滅してしまうからなのだ。
気象庁は政治家に結構なお金を生み出してくれる役所なのだろう。
予報機材に莫大な予算がとれるに違いない。
これを政治の圧力という。かなりの高気圧である。
マスコミはこれを知っていながら抗うことをしない。
俺がいつも日本にジャーナリズムなんて無いというのはこういうことなのである。
天気予報ひとつ国と闘えずにテレビキャスターやテレビ評論家たちは偉そうな事を言うべきではない。近頃の天気予報の酷さでいったいどれだけの人々が迷惑していることだろう。
天気に左右されるのは弱者のほうが圧倒的に多いのである。


6501/15 23:43土星衛星タイタンと東京環状八号線
冷たい雨の中、今年二回目の空手練習に行って来た。
足の筋トレをかなりハードにこなしたので筋肉がついてきた。
やっと少しは足が上がるようになり、多少キックらしいキックが撃てるようになって楽しさが増してきた。
パンチはボクシングを三年間続けたので自信があるがキックはまだまだ修行しなくてはいけない。
気持ちの良い汗をかいて家に帰り夕刊を見ると一面に欧州宇宙機関の小型探査機ホイヘンスが土星の衛星タイタンに着陸して地表の写真を送ってきた。
その写真・・白い氷の塊がいくつもころがっているのだが俺はどこかで見た景色だなぁと感じつつ思い出した。
それは東京都世田谷区上用賀六丁目の環状八号線内回りの中央分離帯の生垣である。そこにはなぜだか毎日おびただしい量のゴミが白いビニール袋に包まれて捨てられているのだ。
この三年間くらいそれは続いている。
なぜそこに生ゴミを捨てるのか。わざわざ自宅からゴミを持って車でそこまでやって来る人間たちはどんな奴らなんだろう。
だいたい二百メートルくらいの間に7,80個は捨てられている。
道路は三車線だから一番右の追い越し車線から投げ捨てるのだろう。
それは一回マスコミに取り上げられて逆にゴミが増えてしまった。
つまり捨てる奴らは愉快犯なのである。犯罪を犯して自らマスコミに通報する奴らなのである。ゴミを捨てるくらいならいいが、それがエスカレートすると放火だの誘拐だのになるのだ。
潜在的凶悪犯が世の中にはゴロゴロ存在している。
日本人をこんな人間たちにしてしまった元凶はなんなのだろう。
俺はやっぱりこの国の政治だと思う。哲学と文化を感じさせない政治はとても先進国の政治とは言えないのである。

6401/15 14:50センター試験と倒木更新
北海道のエゾ松の新芽は地上に倒れて朽ち果てた親木の上からしか育たない。つまり親が倒れなければ子供の誕生は無い。
しかし、親は倒れると自らの屍を子供に提供しその命を守る。
子孫を繋ぐ営みである。
今、俺たち人間は子孫を繋ぐという行為を一番真剣に考えていない生き物ではないだろうか。
親が子供をいじめ、虐待し、殺すのは地球の生物の中で人間だけである。
なぜなんだろうか。
俺は生物の親は全て子供たちに優しさを持っていると思う。
命を繋ぐ親の原点は優しさである。
で、今日のセンター試験である。
幸いと言うか、いつものようにと言うか雪の天気予報は関東では外れてよかったが、この試験が大問題なのである。
センター試験だけでなく入学試験をなぜこの季節にやるのだろうか?
1月、2月は日本では一番寒くつらい季節である。日本の半分以上の地域の受験生はいつも大雪による交通事情を心配しなければならない。
勉強も寒い、風邪の予防にも気をつけなければならない。
こんな季節に子供たちに試験を科す日本の行政にこそ問題がある。
もちろんそれに気付かない親たちも同様であるが。
世界の多くの国々では、一番良い季節に子供の入学試験を行っている。
学業年度を経済年度に合わせたこの国のシステムに問題があるのだ。
俺は数年前、文部省の教育委員会のシンポジュウムに呼ばれ、これらについての教育改革の必要性を教育関係の人々に強く求めたことがあった。
が、それ以来俺へのシンポジュウム出演依頼はパタッとなくなった。
うるさい奴はお呼びでないってことだ。
しかし、俺たちの国はとんでもなく政治が悪すぎるね。
経済や科学が世界から多少抜きん出ていても、どうしようもない現実が生活の中に露呈してしまっている。
日本人から優しさを奪い去ったのは政治である。
そういえば今の日本の政治家たちに倒木更新した奴らが多いよね。
子孫を繋ぐ行為を真剣に考えているのは政治家家族だけかよ。

6301/06 23:16周星馳は最高だ!「カンフーハッスル」
六本木シネマコンプレックスにて「カンフーハッスル」を観る。
監督、脚本、主演は「小林サッカー」のチャウ・シンチー。中国語表記では
周星馳だ。そういえばこれを逆さまに読んだら日本の小説家がいる。ほら金髪でバイオレンスしか書けない奴。
この映画、世間ではなんだか賛否両論あるようだが、俺はとんでもなく面白かった。
ただし日本向けのタイトルは最悪、バッドセンスである。
なんで薄汚れの格闘屋小川某の時代錯誤もはなはだしい「ハッスル・・・」に便乗するのか・・・。
チャウ・シンチーに対して恥ずかしいと感じないのだろうかね。彼の名誉のために映画の本題は「カンフー」である。
チャウ・シンチーの感性と哲学とエンターテイメントがギッシリ詰まった、日本人には作れっこない、これぞ映画だよ。
もはや日本の映像文化は中国に敵わなくなっちまったね。
テレビドラマも韓国に先を越されてしまったけれど。
いや、もっと言えば日本文化は先進国から置いてけぼりの発展途上国だな。
いや、発展途上は映画やドラマだけじゃない。
社会のモラルだって立派に発展途上国・・後進国と言ってもいい。
子供や女性に対する性犯罪の頻発、ワイセツな出版物の氾濫、イジメの温床を作り出して知らん顔のテレビ局と芸無しタレントと提供スポンサー各社。
社会悪をまともに取り締まれない司法も立法もさらに行政も発展途上国だ。
今だ先進国面している経済と一部科学だってまもなく発展途上国に格下げされるだろう。
今の日本の全ての閉塞感を一言で言えばこれ、俺たちの国は金にまみれて人として大切なものを忘れてしまった間に発展途上国に落ちぶれてしまったってことだ。
今、日本は、それだけの危機的状況にあるのだが日本人全体が発展途上人に成り下がってしまったから始末が悪い。
地球上における自分たちのスタンディングポジションが誰一人として見えないのである。


6201/04 22:58日本人から意思ってやつが消えてしまった
新年の恒例になっているウイーン・フィルハーモニーのニューイヤーコンサートでいつも最後に演奏されてきた「ラデツキー行進曲」がとりやめになり
代りに「美しき青きドナウ」で静かに締めくくられたそうである。
パリ・シャンゼリゼの並木には黒いスカーフが結ばれている。
北欧やドイツの町には反旗が掲げられている。
NYやロンドンでは黙祷を捧げる人が目立つ。
これは全て年末のスマトラ沖の地震と津波に対する世界の人々の個人的な意思である。
誰に強制されたわけではなく各個人の意思の行為なのだ。
さて日本の町はどうだろう。なにか犠牲者を追悼する人々の意思が日本の町から感じられるだろうか。スマトラだけでなく中越大地震や台風の被害もまだ消えてはいないのに。
日本人の個人の意思が何か行為をしているだろうか・・・。
NHKの紅白歌合戦のラスト曲は毎度お馴染みの「蛍の光」の大合唱だった。
あれで良かったのであろうか?あの歌手たちの能天気な顔に違和感を持たなかったのであろうか?
年末、正月番組はほとんどが2流,3流の芸人タレントの佃煮みたいなものだけだった。後はスポーツ選手の見るに忍びない小遣い稼ぎ番組。
これに誰が違和感を感じたのだろう。
テレビ局、代理店、スポンサー、タレントたちが感じるわけはない。
これらの世界には個人の意思など存在しないからだ。
俺は自分を育ててくれたこのテレビ業界に反旗を翻してでも闘うつもりであったがやめたほうが良さそうだと思い始めている。
俺も含めてだがテレビ・マスコミだけでなく、日本人そのものから個人の意思って奴が消滅してしまったようだ。
残念だが事実である。日本は今年から先進国ではなく発展途上国の仲間に入れてもらったほうがいいようだ。
意思無きものは去るのみ。
何もしない人間には何も起こらないのである。

6101/01 09:45初日燃ゆる瞬の朝に・・・
東の天空に帯のように纏わりつく薄墨の雲を引き裂くように突然の日の出であった。
眩い閃光が真一文字に俺を染め抜く。
お天道様と俺との間には何一つの障害物がない。
この人の世に民族、宗教、性、権力、金力、腕力などすさまじい差別があろうとも、
生きとし生きるものの絶対的エナジーである太陽は全ての人に平等である。
この太陽がある限り人の世に不可能などない。
なぜなら可能不可能の壁はひとが勝手に作り出したものだからだ。
さらにその壁は本人自身が作り出したものである。
なんて説教を俺は俺自身に呟く。
朝日の心地よい温もりに包まれて・・・幸せ哉。

6012/29 09:45インド洋巨大「TUNAMIS」
ひとりで朝飯をバクバク食いながら、26日に起きたスマトラ沖大地震にともなうインド洋沿岸諸国の津波被害をTVのワイドショウーをザッピングしながら見る。
悲惨な状況が次々と映し出されるTVの前で、なんと俺は朝飯を食っている。
画面の中の泣き叫ぶ人と、大口を開けて飯食う俺とのすさまじい径庭。
自分で自分のこの行動に対するアカウンタビリティを持てない自分がなんとも情けない。
明確な説明がつかない俺はまだまだ未熟者である。
衛星放送では世界各国のニュースショーもこの報道をしているが、なるほど
「TUNAMI」は世界共通の日本語であることを再認識した。
もっとも表現は「TUNAMIS」となるところが面白い。
津波は沿岸に近づき湾岸や入り江に入ってくると、前の波に後ろの波が追いついて何層にも重なってしまうので波高が高くなりエネルギィーも増す。
津波の津は日本の地名によくあるが、入り江や港ということだ。
だから津波を「TUNAMIS」と複数で表現するのは正しいのである。
俺も高校生の頃、一度だけ真夜中にデカイ高波に突然襲われたことがある。そのときは何も抵抗できなかった。
湘南の海で育った俺だから、波乗りは大好きだし得意でもあったが、気が付いた時は海の家の屋根に辛うじてつかまっていたのである。
人間なんて自然の猛威のなかではまったく無力であることを今でも実感として持っている。
インド洋の巨大津波の被害を悲しむ事は簡単だが、俺は自然の中の自分の命の役割を確認してみたい。
俺の海、鵠沼海岸へでも行ってくるかな。

5912/21 21:28百姓仕事が自然をつくる」
「なぜ、あなたはこの村のお米にこだわって毎年買ってくれるのですか?」
「味ですか?」
「では安全性ですか?」
「では作り手の人柄ですか?」
すべてに「ノー」と答えた人が言った。
「この美しい田んぼの風景を残したいからです」
宇根 豊さんの著作「百姓仕事が自然をつくる」を読んで頭を張り倒された思いをした。
そうか、食物の薀蓄を偉そうに語る俺も、味や安全性や作り手までは拘るけれど、その食物が大自然の中で育ち、美しい風景を作っている事に心が及ばなかった。
そうだよ、りんご畑もみかん山も梨林もみんなみんな美しい風景を作ってくれるんだよな。その大自然を守るのは決してお百姓だけの仕事ではない。
俺たち消費者もその土地や風景を守らなければいけないのだ。
自然環境なんて知ったかぶりを口にする俺がこんなことに気付かなかった。宇根さんの著書を読みながら自分の未熟さを痛感した一日であった。
蛇足
百姓ってのは江戸時代までは、様々な仕事をする人のことを言った。
万能の仕事人のことだ。日本人は昔から実にダイナミックで多様性のある民族なのだ。
いつからこんなにちっぽけな人間たちになってしまったのだろう。

5812/17 23:35韓流ブームの仕掛け人に会う
グレードの高いコンサートやイベントの製作で定評のあるザ・カンパニーの天野さんのご紹介でPROMAXの社長の遠山 豊さんにお会いした。
遠山さんは今年のものすごい韓流ブームの仕掛け人である。
韓国の芸能プロダクションは日本での仕事ではすべて遠山さんの会社を指名
してくる。それだけの信頼と実績があるのだろう。
去年は中国の女子十二樂坊をヒットさせた男である。
その遠山さんはまだ40代前半の若さであるが、決して今のブームに奢れる態度は微塵もなかった。
「お時間がありましたら10分ほどのビデオ見てくれませんか」
こう云って遠山さんが見せてくれたビデオに俺は心を奪われてしまった。
それは韓国のものでも中国のものでもなく沖縄の子供たちの組踊りと云う芸能だった。若き演出家、平田大一さんと沖縄の子供たちの歌や踊りや楽器や芝居には目を奪われっぱなしであった。
なんのケレンミもない舞台であるが、「キムタカの阿麻和利」と云う沖縄の地域に根ざしたその芸能には、俺たち日本人が忘れている、いや持ち合わせていない民族のアイデンティティが存在しているのだ。
遠山さんはこの阿麻和利を応援したいのだと言う。俺もすっかりこの阿麻和利に魅せられてお手伝いがしたくなってしまった。
そうだ、この阿麻和利のような地域や民族の歴史やアイデンティティ溢れる芸能の輪をアジアに展開してみたい。
日本人が今、やらなければならないことはアジアの人々の幸せのお手伝いなのだから。
遠山さんのような夢が溢れる志のある人に会うと豊かな気持ちになれる。
けちな金儲けにうつつをぬかす奴らだと、こっちの身体まで汚れちまった気持ちになるものね。
天野さん!さすがマイ・グッド・フレンドですね。
素敵な出会いをありがとうございました。


5712/13 23:22阿久 悠さんと鰻重と夕刊フジ
今日の晩飯は阿久 悠さんと二人で久しぶりに麻布宮川のウナギを食う。
阿久さんが腎臓の調子を崩して以来、塩分控えめの食事制限をしていた為
本当に久しぶりだ。しかし、阿久さんは心の優しい男だ。俺がウナギが大好きなことを承知の上で、自分があんまり好きでもないウナギを食おうと言い出すんだもの。
でもさすが宮川のウナギは美味かった、阿久さんの心遣いが振りかけになってさらに美味かったなぁ。
食後、仕事場に置いてあった夕刊フジを見る。年に何回かしか見ないタブロイド新聞であるが、俺の目が自然にあるページに止まった。
「うさたまの小悪魔大研究」
中村うさぎと倉田真由美のとるにたらない駄文ページであるが、久しぶりに見た倉田真由美のマンガと文章が懐かしくて面白かった。
男を落とす手作り弁当がテーマのようであるが・・・
「私も昔、ただ単にデートの際手弁当なんて作っちゃう家庭的な女を演出するためだけに弁当作ったことあります・・・そんな自己主張弁当何の役にも立たないことだけは分かりました・・・・・」
俺も昔、倉田真由美と云う女とデートして手弁当を作ってもらったことがあったなぁ。
最初の弁当はタッパに飯をギュウギュウ詰め込んで、卵焼きと焼肉がおかずだった。味はあんまり美味くはなかったが、俺を落とすには充分だったようだ。でも倉田真由美が家庭的な女だなんて思わなかったよ。
確かに今となってはあの弁当、お互いに何の役にも立ってねえや。



5612/10 23:24DO IT! ミスタースリムカンパニー
ブディストホールにて久しぶりにミスタースリムカンパニーを観る。
創立30周年記念作品第二弾「DO IT」
作・演出はもちろん総大将 深水龍作大兄
深水大兄とは中国にてロックンロールミュージカルをブチかまそうと約束してある。
俺は30年前からこの劇団が好きなのだ。東京キッドブラザースの総師、東由多加亡き後、日本を救うのはもうスリムカンパニーしかいない。
だから俺も微力ながらスリムのお手伝いがしたいのである。
で、今回の作品は往年のスリムカンパニーのパワーと熱と志がまったくそのまま継承されていて俺は嬉しかったなぁ。
深水大兄、よくぞ30年スリムをスリムらしくスリムのまま育ててくれました。劇団員たちも、大兄のその哲学者にも似た頑固さと愛に惹かれてついてきているのが羨ましいほど判るのです。
そして今、スリムカンパニーが時代とジャストミートする時が来たようだ。
時代がスリムを求めている。俺はそんな気がして仕方が無い。
だからスリムカンパニーのお手伝いがしたいのである。
DO IT!じっとしてちゃいけない。動き出そう!DO IT!
おれもDO IT!



5512/05 20:41師走に筋トレ・ニュース&空手初日
先月、謂われの無い疑いをかけられた(検診にて緑内障と心筋障害)
そのウップンを晴らすべく、昨日と今日は目一杯身体を酷使した。
師走の土曜日は朝一番にスポーツジムにてみっちり筋力トレーニング、疲れた身体を癒すべく六本木シネマコンプレックスにて「ニュースの天才」を観る。トム・クルーズの製作総指揮「スターウォーズ・エピソード2」のヘイデン・クリスチャンセンが花形マガジン記者を熱演していた。
が、テーマはスクープの捏造というよくあるもの。さらに盛り上げもどんでん返しもない実に単調な作品であった。
映画評論家のお馬鹿さん方は「米国のジャーナリズムの暗部に斬り込んだ、すばらしい云々・・・」なんてオイショな記事を書いてるが、おれはそっちの捏造のほうが面白いよ。まぁ見ないほうがお得な映画だった。
そのモヤモヤな気分を見事にすっ飛ばしてくれたのが、初日の空手練習であった。俺はボクシングを三年やってきたが、空手も面白い。
格闘技としてはボクシングより実戦向きである。
よーし、俺は空手の鬼になるなんて、テレビでK1の武蔵の試合を興奮して見ながら心に誓うのであった。
キックや肘うちはまだまだだが、森 強君の指導も楽しくなんか、はまってしまいそうだよ。
で、今日の日曜日、宵の内の嵐が去った後の早朝のウオーキング、ゴルフ練習とやってる内にくたぶれちゃって、原稿書きも企画書作りもさぼってぐったりテレビでサッカー観戦なのである。
過ぎたるは尚、及ばざるが如し・・・その通りでした。

5412/01 23:45ほらみたことかよ 心臓病!
本日、少しの不安と溢れるばかりの自信をポケットに赤坂病院へ精密検査へ行ってきた。風邪もひいたことが無いため数年ぶりに窓口に現れた俺様に受け付け嬢が「あら、河村さんおひさしぶり」ってここはキャバレーかい?
なにしろ検診で心臓が大変によろしくない・・つまりランクでいうとAからFまでのさらに一段下の最悪ランクFFなのであった。疑われる病名は
「不完全右脚ブロック」と「心筋障害」なのだった。
精密検査は年の頃なら30いや29歳くらいの女医さんによって始められた。
結構クールな彼女は俺の得意な口車にはなかなか乗ってこない。
俺は上半身裸のまま淡々と心電図検査が行われ、引き続き粛々と心臓エコー検査へと移っていったのであった。
エコー検査は別室で、俺は裸のままベットに寝かされ、件の女医さんは俺の腰のあたりのベッドに座り、いきなり部屋の証明を暗くしたのだ。
えっと、戸惑う俺を無視して彼女は俺の乳房・・いやおっぱいのあたりにゼリーを塗り始めた。さらにサインペンの太さの棒で俺の乳房・・いやおっぱいをなで回すのであった。「えっそんなことありなの?」
むしろ、どう見ても検査というより弄ばれているようなのだ。俺はあまりの気持ちよさにうっとり目を閉じてしまったほどだ。
これじゃ心臓の検査どころか心臓に悪そうだと思っていたら終わった。
ああ、かんちがいして女医さんの手など握らないでよかった。
で、結果は白、つまりなんでもなし、健康そのものなのであった。
ほら見たことか!俺が病気になるわけが無いのだ。
帰りに検査料五千円とられた。緑内障の検査料が七千円・・おいおい、健康診断って詐欺みたいな感じだなぁ。
まぁ女医さんによる乳房マッサージ代金と思えば安いものかな。

5311/25 23:32だから言ったじゃないのさ、緑内障!
昨日、来週には精密検査へ行こうと思っていたのに、今日午前中のテレビ番組の打ち合わせもそこそこに、20年ぶりに眼科へ行ってしまった。
やはり突然宣告された緑内障が気になっていたのだ。
予約もせず突然飛び込んだ六本木の鴨下眼科は不意の患者の俺に実に親切にかつ適切に検査を施してくれた。
最近の眼科の設備の凄さに俺様は興奮状態、眼圧検査、眼底検査、視野検査
などなど次々と二時間かけて行われた検査は俺には遊園地の楽しさで、緑内障検査であることなど何処吹く風であった。
で、結果は緑内障の形跡は全く認められずであった。
だから言ったでしょ、俺が病気になるわけがないのだ。
その為に金より、地位より、権力より健康優先で生きているんだものね。
しかし病院の健康診断は時になぜこんなに当たらないのだろう?宝くじイヤ天気予報並だな。
俺は今までに三回も病院から手術を宣告された。静脈瘤、胃潰瘍、腎臓結石の三つの病気であったが俺は手術を断わり、全て薬で完治させた。肺炎の時の入院宣告も断わって通いで治した。
俺は「病は気から」を完全に信じきっているのだ。
俺が病気になるわけがない。
さぁ来週は心臓の精密検査にいこーう。

5211/24 22:22えっ!俺に限ってそんな・・・・・
と言う出来事から今日が始まった。
定期健康診断の結果が届いたのだ。俺は健康だけは自信過剰なほど自信がある。なんだ?この文章は?やっぱり動揺してるのか・・・
その健康診断結果成績表には実にクールにさらりとこう書かれていた。
「精密検査が必要です。」
(心臓不完全右脚ブロック)(心筋障害)(左緑内障疑い)
おーい・・三つもかよ。心臓二つに目が一つ。
うそー俺に限ってそんな・・・。で、通常なら俺は再検査にはいかない。
しかし、この結果をどこで知ったのかオフィス・トゥー・ワンの海老名社長が「緑内障はまずい、失明するよ」
失明?俺はまだまだ美しい女性を見つめていたい。美味い食物だって暗くちゃ不味いだろう。失明は確かに具合が悪い。
だから来週、精密検査に行かなくちゃと自分に言い聞かせたのである。
夕刻、阿久 悠さんと電話で近況を・・「で、シゲルちゃんのほうは何か面白いことないの?」
「実は緑内障で失明の危機でして・・・」とは言えなかった。阿久さんは真剣に心配してくれる人だからなぁ。
まぁ来週判明するけれど、俺の緑内障は近頃の天気予報と同じでほとんどハズレに違いない。
心臓?こっちはどうでもいいや。ヨット、ボクシング、空手、ゴルフ、
太極拳、ジョギング、筋トレ、一週間にこれだけスポーツやってる俺が心筋障害?
これも何かの間違いだと思うなぁ。



5111/23 23:21今年最後のヨットレース
相模湾恒例の大きなヨットレース、逗子マリーナカップに今年も参加した。
去年は着順2位総合3位だったのでハンディキャップも高く、今年は着順1位ファーストフォーム狙いだ。
しかし今日は小春日和の好天気、海上は冬型の典型である北日中南の風、その上微風。ヨットには最悪の天候であった。
レースはわずかな風を奪い合うように読んでセールに入れ込む神経戦、俺の一番嫌いなパターンである。
俺は荒天強風の中を突っ走るレースが好きだ。
レースは逗子沖から茅ヶ崎の烏帽子岩までの片道に短縮されたコースで行われ結果は150艇中着順6位、クラス総合12位とひどいものだった。
昨夜、俺の甥のプロサーファー正美とメシを食ったとき、明日は風がないよと言われたのが現実になってしまった。
正美の奴、鵠沼海岸の砂浜から海上を漂うように浮かぶ俺たちのヨットを笑って見つめていたんだろうなぁ。


5011/22 23:25兄の弟であることが誇らしく思えた日
11月1日に急逝した尚武次兄の長男である正雄くんより小包を頂く。
中には兄の著作の書籍が詰まっていた。
その一つ一つを眺め、著者紹介を読みながら興奮してしまった。
そこには俺の知らない兄貴がいた。兄の職歴・・世界38カ国通算海外業務暦36年間。そんなに日本にいなかったのか。国際的巨大プロジェクトにことごとく参加していたのである。兄と会っているときもそんな気配は微塵も見せなかった兄であった。しかも定年後は作家に転じ70余冊の著作がある。
しかも江戸雄介と言うペンネームも俺は聞いていなかったので知らなかった。グレート!さすが俺の兄貴である。なんと言う激しい生き方、なんと言う素っ気無い死に様。
そんな兄貴がいたことを俺は弟として誇りに思う。
よし俺の人生ももう一丁建て直しだ。次兄以上に激しく生きなくちゃ。


4911/16 22:56学生の感性に酔ってしまったのだ
今日は俺が講師をしている国際理容美容専門学校の「美翔祭」だった。
この文化祭イベントで俺は学生たちとヘアーショウを創っている。
ヘアーメイクの技術者、モデル、ファッションデザイナー、制作スタッフの
すべてが学生で、俺は総合演出・・まぁ学生たちのお手伝い役である。
今年は学校の創立50周年でもあるので、いやでも成功させねばと気合が入った。が・・終わってみればそれが杞憂に感じるほどのステキなショウに仕上がった。
今年もこの学校の学生たちの感性はすばらしかった。その辺に掃いて捨てるほどいるテレビスタッフやアホなタレントたちに爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいだ。
俺の学校の学生だから特別な目で見ているのではない。若者には上の世代の人間が的確な方向さえつけてやれば、彼らはステキな感性で走り始める。
彼らの体の中にあるポテンシャルエネルギーを引っ張り出してやればいいのだ。日本の若者の一人一人はだれでもすごい感性を持っている。それを本人も周りも気が付いていないだけなのだ。
この学校での俺の役目はその若者の感性の見つけ役なのである。
彼らも来春卒業し世界へ羽ばたいていくことだろう。そんな学生たちの夢を見届ける楽しさ・・・これだから学校の講師は辞められねぇ。

4811/15 22:18中国 海南島に俺の夢を架ける
中国 海南島の観光開発事業が俺の中で本格的に動き始めた。
中国の人々と仕事するからには最低限の歴史や文化を学ばねばと、この数ヶ月間、本を読み、映画を見て、博物館へ行き、太極拳を習い、中国語の勉強をしてきたが、知識が増えるほどに中国と言う国の凄さ、人間の懐の広さに驚きの日々である。
俺はなんと中国について知らなすぎたのか・・・。
他の国を知るほどに自国のみすぼらしさが見えてくるのも事実である。
俺はテレビ業界で何十年も仕事してきたが、現状のテレビ番組は恥ずかしくて外国の人々には見せられたもんじゃないもんね。
もはやこの国でテレビの仕事をしたいとは思わないが、中国の人々と中国でテレビ番組の開発をしてみたいな。
そんな話を中国 海南テレビのスタッフとしている時のなんと楽しい事か。
来年は海南島で日中プロゴルファーのトーナメント、サーフィンイベント(これには俺の甥っ子のプロサーファー河村正美を起用する)
その他芝居・ダンス・音楽・ファッションイベントなどを計画している。
ミスタースリムカンパニーの深水龍作大兄はじめ諸氏よろしくね。
海南島は地球上に残る最後の聖地だ。この島をアジアの人々の文化とスポーツのすばらしい楽園にしたい・・・これが俺の人生のファイナルディスティネーションだろうと思っている。やっと長い事捜し求めていた人生の目的が見えてきたからにはバリバリ前進あるのみだ。
今までの長い間の健康で頑丈な体つくりが無駄ではなかった。
地球上にはまだ夢が残っていた。チャイニーズドリームである。






4711/07 22:58シークレット・ウインドー
人の心の中には誰にでもシークレット・ウインドーがある。
その窓の扉ははその持ち主でしか開けることができない。
その窓から見える景色は他人には秘密、いや本人にさえ何が見えるか分からない恐ろしい瞬間もある。
大好きな俳優ジョニー・ディップの話題作「シークレット・ウインドー」を
観た。さすがジョニー、繊細なまでの演技は見ていて飽きない。
が、映画の中身はイマイチだったなぁ。
まぁ良くある二重人格ものだけれど、じっくり見ていると矛盾点も見つかっちゃったりしてがっかりしたなぁ。
劇中のジョニーは小説家で、作品の盗作がストーリーのキーワードになっているんだけれど、この映画自体がヒッチコックの「サイコ」の盗作とは言わないまでもパクリみたいだったなぁ。
やっぱりジョニー・ディップにはシリアスな役柄より「パイレーツ・オブ・カリビアン」のようなエンターテイメント溢れる役柄が俺は好きだなぁ。
ところで先週はいろいろなことが俺の周りで起きた。今夜はそっと俺のシークレット・ウインドーを開けてみようかな・・なんて気分だ。

4611/05 13:06兄との別離・そして再会
霜月の最初の夜に兄の逝去を知る。
この兄とは歳が相当に離れていて、俺が物心ついた時にはすでに家を出ていた為に兄弟らしき思い出はなにもない。
だからこの兄のことはあまりよくはしらない。
昨日、葬式の折に兄の息子である正雄くんより、兄がペンネームを使い70冊近くの本を書いていたと聞き驚いた。
なに、もの書きやってたの・・俺の知っていた兄はあやしいブローカーであった。
まぁ、その兄が昨日ついに骨になってしまった。これで五人目・・俺は七人兄弟の末弟で、すでに五人の兄と姉が死んでしまった。あと二人であるが、もう一人の兄・・これはヤクザみたいな人でもうどこかで野たれ死んでいるかもなぁ・・と思っていたのだが、その兄が葬式にヒョッコリ現れたときは驚いた。思わず「なんだい生きてたのかよ」と言ってしまったほどだ。
この兄は下から三番目であるが、しばしば行方不明になり、いつもヒョッコリ現れる人である。ヤクザの親分の女と恋仲になって駆け落ちして全国のヤクザから指名手配されたこともあった。
昨日、一人失い一人現れ、まぁ俺の兄弟はみんな奇想天外な人生を送った人たちだなぁ。
おれもその末弟として、これからはもっと破天荒に生きていこう。
そうじゃないと草葉の陰で見ている父と母が退屈するだろうからさ。

4510/30 22:22ミステリートレインで行く2046
雨の土曜日、所在無くマリオンにて話題の中国映画ウォン・カーウァイ監督の「2046」を観る。
トニー・レオン、木村拓哉、チャン・ツィイ、コン・リー、フェイ・ウォン
などアジアを代表するスターが勢ぞろい。
確かに昨今の日本映画よりは熱いエネルギーを感じる。
が、残念なのはウォン監督が十年近くかけた作品にしてはメッセージが観客に伝わってこないのだ。完全なる独り善がり作品なのだ。
キムタクも出演しておきながらどんな映画なのか出来上がるまで内容が分からなかったと言っていたのがよく分かった。
俺は映画を見終わっても何が何だかわからなかったもの。
役者たちはよくがんばっている。
しかし、失われた愛を求める男女の近未来ラブストーリーにしては、愛の台詞が説教じみて古臭い。
俺は劇場で半分居眠りしながら思ったのだ。
この映画は実は二本の合作ではないのかと・・・
一本はトニー・レオンとチャン・ツィイの主演で「ティファニーで朝食を」
の中国的リメイク版。
もう一本は木村拓哉主演で「夢の銀河鉄道」の中国的リメイク版。
しかし、一本づつではどうにも売れそうに無いので二本くっつけてしまったに違いない。
これは俺の独断であるがぜひウォン監督にそっと聞いてみたいものだ。
ここだけの話にしておくからそっと教えてよ・・なんてさ。

4410/28 22:47一万八千年前の小さな可愛い女性
インドネシアのフローレンス島で人類の新種の化石が発掘されたそうだ。
身長一メートルの大人の女性の全身骨格だという。
考古学的、人類学的に大発見なんだそうだ。
なぜなら彼女がつい最近まで生存していたことが驚きなのだそうだ。
身長一メートルの人類がつい最近まで生きていた事が大発見なのである。
つい最近と云っても一万八千年前なのである。
うーむ・・そうか・・・人類の歴史は六十万年、考古学から見れば一万八千年前なんてつい最近なのだ。
なんと言う悠久の時代の流れ、その中では一人の女性の遺体さえロマンに感じる。
今、大自然の猛威の中で命を失った人々、イラクで風前の命を見つめているであろう日本の青年ひとり・・・
明日の命・・それは俺には分からない。誰にも明日の自分の命は分からない。人間が生きるとはなんだろう?
人類のゴールはどこだ?誰も知らない人間のゴール。
生きるとは誰も知る由も無いゴールへの命の駅伝。
俺たちは束の間のバトン渡しのランナー。
六十万年そうして人々は生きて死んでささやかな命を繋いできた。
今日死んだ人、明日死ぬ人、みんなみんな素敵な人類のランナーなのだ。


4310/26 21:57大自然の力の前に・・・
台風22号、23号その後の新潟中越地震・・大自然はどこまで過酷に人間を痛めつけるのか。
いや、俺たちはいつも大自然の中で生きていることを忘れてはいけない。
人間の力が大自然さえ凌駕しているような錯覚の中で過ごしてはいないか。
人間なんて大自然の力の前では無力なのだ。
それを嫌というほど痛感させられた今年の秋であった。
外は寒い、寒い、被災地の人々はもっと寒いことだろう。
俺は暖かい部屋で食いたいものを腹いっぱい食っている。
この径庭をどう自分に納得させられるのか、俺はその術を知らない。
ニュースで今回もボランティアの人々の活動に胸が熱くなる。俺も今、出来ることは何だと気持ちが焦る。
何かをしなければならない。ボランティアの人々はそんな事を考える前に行動しているのだろう。
少なくても人を助けるときは、言葉よりも手と足が先に出なくちゃだめだ。それが出来ない自分が一番寒い。


4210/22 23:50近頃の流行もの・・・
世界の先進国・・特に日本国で近頃顕著な流行もの・・・
それはほとんど男だけのことだが、権力や金力をそこそこ極めた奴に限って
晩節を汚す。
晩節とは広辞苑によれば、人生の晩年の節操とある。
つまり人生の最終章は悪人でさえ良き人間で終わりたいと願うものだが、わざわざ馬鹿なことに溺れて身を汚し、滅ぼす大馬鹿ものがいるのである。
西武の堤さん、ダイエーの中内さん、読売の渡辺さんなどまさかと思う大企業の社長、会長から大手銀行の頭取や大物政治家、教育者、警察官・・・いったいこの国はどこへ向かって迷走しているのだろう。
なぜ日本の男どもは、ちっぽけな権力や金力を持つと、優しさや温かさを失ってしまうのだろう。
そんな奴らが会社では偉そうに若者たちに愚にもつかない説教などをしてる。もうほとんどお笑いの世界だよね。
まぁ考えようによっては所詮、人間なんてその程度の生き物なのかもしれない。だったら権力や金力なんか無い方がいい。
そんなものを人生の目標にしないほうがいい。
それを人生の勝利者面した諸先輩方が親切にも教えてくれている。

4110/17 12:38日本に自浄能力はあるか?
昨夜のプロ野球日本シリーズ初戦にはガックリした。
審判の誤審によって試合が49分間も中断した・・・が野球は判定を機械ではなく人間がそれぞれの感覚でやるファジーなスポーツなのだから誤審はあっていい。中日落合監督の抗議も当然である。
あってはならないのは西武の伊東監督の抗議と態度なのだ。
まるで権力者が勝者の論理を振りかざし、弱者の審判団と観客を困らせているとしか思えないのだ。
なんで伊東監督に貴重な皆んなの49分間をも無駄使いする権利があると言うのか?西武堤独裁王国の生え抜きの手下そのものの態度じゃないか。
またそれを許す放送局や活字ジャーナリズムのひとびと・・・。
こんな茶番をもってプロ野球の衰退をまざまざと見せてもらったよ。
茶番といえば日歯連による自民党橋本派への政治献金問題もひどいなぁ。
なにがひどいって、日歯連からの献金は何十年も前から、年間数十人の議員に渡っているではないか。
政治資金制度の抜け道を探して、贈賄・収賄の裏手をアレコレやらかすのが政治家なのだ。
日本の政治は権力闘争、権力には金がいる。
日本の政治に透明化を求めるのは無理だ。
こんなことは中学生でも知っている。
何で今、悪人は橋本元総理ひとりなのか、これは単なる森・小泉派による橋本派潰しに他ならない。
こんなことはマスコミ人なら皆んな知っている。
しかしこの大問題もまもなく風の前の塵のようにどこかへ消え去ってしまうのだろう。
俺たちの国である日本と日本人には最早、自浄能力はないのが切ない。

4010/13 22:02なぬーぅ男が座りションだと・・・
とんでもないデータを見つけた。なんと最近の日本男児の3割は座っておしっこをするんだってさ。
この兆候は5年前頃からあったらしい。
ことの始まりは親に教育されたのではなく、奥さんたちに躾られたらしいのだ。最近の家庭のトイレは男女共用型、あれで男が立ってする場合しばしばコントロールが乱れるのである。特に女性には分からないだろうが、朝イチの元気の良いムスコを指で掴んで立ちションは爽快感よりむしろ苦痛である。当然小水はあらぬ方角に暴走してしまう。
これで便器を汚して嫁さんにどやしつけられる旦那が多いのだそうだ。
そして座りションを義務づけられる。義務が習慣になり男どもは座りション派になってしまうらしい。悲しいことである。
女が男を座らせてどうする・・・男は立ててほしいのだ。
さらにこのトレンドに敏感な松下電工が男のために座りション用の便器を発売した。
そういえばローマの男子公衆トイレは全部座りション便器だったな。しかも便座がないのだ。ローマの男どもはどうやってウンチしているのか、解決しないまま帰国したことが残念でならない。


3910/09 20:14小泉総理ついに裸の王様になる
台風22号が関東地方を直撃してきた。台風の上陸地点である伊豆にある、我が大兄の阿久 悠邸も被害があった。ご本人から携帯で一報が入った時は俺も思わず青ざめた。
ところで夕方から俺は台風情報をNHKで見つめていたが五時三十分、放送がハノイからのASEMアジア欧州会議出席の小泉総理の記者会見の生放送に切り替った。
その時、台風は丁度首都圏を通過中であった。
当然俺は小泉総理は冒頭で自国の国民に対して、台風のお見舞いの言葉から入るだろうと思っていたが、やれ安保理の常任理事国入りだの日中問題だの会議での自分の成果を言うばかり自国民が今、抱えている最大の危機には完全な無視状態であった。
これをもって俺は小泉政権の終焉をみたね。
彼には今、有能なブレーンも参謀もいないのだろう。いればこれほど彼の行動がここまで庶民感覚からズレル訳はない。
イチローに国民栄誉賞は断わられるし、小泉総理はもはや完全なる裸の王様状態だな。
日本人って奴はなんで権力を持つと誰も彼も裸の王様化していまうのだろう。人間が優しさを失うって悲しいことだね。
まぁ小泉総理も改革改革と絶叫する前に、ご自身と身の回りの人々をを改革なされるのがよろしかろう。
もう無理だろうけどさ。

3810/06 22:45イチロー目と心と懐と
大リーグと日本のプロ野球のプレイオフが始まったが、今シーズンはイチローの大記録でもう後はどうでもよろしいって感じだな。
しかしイチローが大記録に立ち向かっている時、そして記録を樹立したときのアメリカ人の声援はすごかった。
イチローが日本人なんてまるで関係の無い温かい応援であった。おれはアメリカ人はなんて懐の広い人々だなぁと感激したよ。
俺たちはどうだろう・・・朝青龍の強さを心から祝福しただろうか?
日本で活躍する外国人を温かく見つめているだろうか?
俺は自分の懐の狭さが恥ずかしいよ。
ところでイチローのバッティングのすごさは何だろうと兼ねがね考えていたが今日、太極拳の練習をしながらふと思ったことがある。
武術としての太極拳には「先のケイ」という力の原理がある。
これは相手の攻撃を耳で聞くのではなく心で聞く。目で見るのではなく心で見るのである。自己の持つ五感の総合力としての第六感で感じるのである。
この感性を会得すれば、相手の攻撃の意思を絶えず未発のうちに知り、自己を常に主導的な立場におくことができる。
この感性を会得するには太極拳の基本の動作を繰り返し繰り返し鍛錬しなければならない。
まさにイチローは「先のケイ」を会得しているに違いない。
ボールを目で見るのは並の選手、イチローは心で見ているのだろう。
ピッチャーの手からボールが離れる前にイチローにはそのボールが見えているに違いない。あのバットコントロールはそれ以外に考えられないよ、俺の頭ではね。

3710/05 23:15日本の軸足はどこにあるのか?l
雨の情報が知りたくて十時からのNHKニュース10を見る。
大雨情報をそそくさと済ました後に韓国の四天王とかいう男優をスペシャルゲストとかで大事そうにお迎えしていた。
あんたNHKだろ?民放じゃないよな?と言いたいが聞く耳なんか持たないのが今のNHKだからなぁ。
郵便局より先に民営化してしまったほうがいいんとちゃう?
ところでそのNHKをはじめ、今日の各局のニュースで熊の乱入をどこも同じような映像でやっていたが、なんでみんながみんな熊を無法者扱いするのだろう?あのアザラシのタマちゃんのときは日本中が、たかがアザラシに熱狂していたが熊に対するこの冷たさはなんなんだ?
ネコのような子熊に人間どもが寄ってたかって襲い掛かってる映像を面白がって放送してる神経はなんなのだ?
今、マスコミの軸足は何処にあるのだろうね。
日本人の軸足も怪しいもんだけどね。
さぁ明日は楽しい太極拳の二回目だ。
この一週間、哲学としての太極思想は本で充分に勉強した。
足腰、腹筋、背筋も鍛えなおした。準備は万端!
さぁ早く明日になるように早く寝ようっと。

3609/29 22:15ついに太極拳デビュー
本日予てからの計画どうり太極拳教室に初参加。
始まる一時間前にジムについたので、あらかじめストレッチと背筋50回、腹筋150回、大腿筋、ハムストリングスなどの予備運動を充分にやった。
さすがに俺は準備万端ぬかりが無いおとこである。
が、これが結果的に大失敗であった。
あのスローに見える太極拳のなんときつく、辛いことか。
だいたい初心者は俺ひとりだったし、教師は女性だし、俺は自分でも認めるカッコマンだから張り切りすぎたのだ。
ボクシングを四年間続けている俺でも、太極拳のあの静的な動きにはついていけないのである。
腰はふらつくし、太股はパンパンに張ってしまうし実に情けない。
が、これで逆にやる気がでた。
太極拳の悔しいほどの難しさにほれ込んでしまった。この際、太極拳の型の全てとその哲学的精神性を極めてみたいと思うのだ。
またひとつ、俺が夢中になれそうなものが増えてしまった。
時間が欲しい、24時間じゃ足りねーや。

3509/26 22:45格闘技っていいなぁ
イタリアのヨットレースから帰国して二週間ぶりのボクシング練習にいってきた。さすがに二週間空けるとボクシングはきつい。
完全な有酸素運動だからすぐ酸欠状態になってスタミナがガクンとなくなってしまう。グローブが重たく感じてガードの位置まで上がらないのだ。
昨日のK-1の曙の情けないKOシーンを見た人なら分かるだろう。
練習しない奴はすぐスタミナが切れてバレバレになるのが格闘技なんだ。
今日優勝した大相撲の魁皇関も今場所は珍しく稽古をまじめにやったのだろうな。本当は実力あるのにいつも稽古不足だったからなぁ。
俺もまじめに練習しよう。なんせ俺の目標は世界チャンピオンなんだからね、シニア級だけど。
でも来月から太極拳もやるつもりだ。中国の方々と仕事をすることになったので、あちらのスポーツ文化を肌で感じてみたいのだ。
しかし、俺は自分が格闘技が好きで幸せだなぁと思う。
近頃、格闘技を見て楽しむ奴が多いけれど、それは女のやることだ。
男は闘わなくてはいけない。男が金力や権力で人を牛耳ろうなんてとんでもない。男は力だ、強くなければ男じゃないと俺は思う。
ただし無法者や乱暴者、弱い者いじめはいけない。ルールのある知的暴力がいい。格闘技こそ世界に共通するスポーツ文化なのである。

3409/24 23:16ボンジョルノ日本そして・・ 
二週間ぶりにイタリアから戻ってきた日本は殺しだの強盗だの詐欺だのストライキだの暗いニュースだらけだなぁ。
日本人の心の支えはイチローだけじゃ寂しいよ。
イタリアのサルデーニア島でのヨットレースは47艇中総合成績21位だった。
上位のクルーにはオリンピックの金メダリストやアメリカズカップのプロセーラーたちがごろごろいたから、ド素人集団の我が日本艇としては大健闘であったと勝手にしておこう。
さて日本を留守にしている間に先日のマリオ山口氏に続いて、お世話になった友、テレビ東京の槙尾氏のご逝去の悲報が飛んできた。
槙尾氏とはその昔、東京12チャンネル時代に彼がディレクター、俺がレポーターというコンビで様々な取材番組をやった間柄だ。
旅番組、釣り番組、ゴルフ番組・・・昔から遊ぶ事の好きな俺には実に楽しい仕事だった。これらの番組がおそらくテレビ東京の現在の看板モノである旅モノ、食べモノ番組の出発点になるのだろう。
「河村シゲル・男のたびだち」なんて気障っぽいタイトルだったなぁ。
その後、俺はタレント化するとプライバシーがなくなり自由に遊べなくなるという自分勝手な理由から槙尾氏にわがまま言ってレポーターを辞めてしまったが、俺の人生の中ではとても貴重な経験をさせてもらった。
天国の槙尾ちゃんにお礼を言わなくちゃ。
ありがとう!安らかなご冥福を・・もう少し俺はコッチにいます。

3309/08 22:51イタリアへ
俺は文化系ではなく体育会系なんだな。
今、やってるスポーツはボクシング、ヨット、ゴルフ、その体力と筋力をつけるためジムワークを週二回。
いつ仕事してるのって・・ちゃんとやってる。
そのひとつヨットのレースに参戦するため明日から二週間ほどイタリアのサルディニア島へ行ってくる。
二年に一度行われるスワンカップ2004ワールドレガッタ・・・この季節スイスアルプスから吹き降ろしてくるミストラルと云う強烈な季節風が海面を荒々しく叩きつけ、高波を盛り上げる。これに挑むレースは敵が世界中からの参加ヨットではなく、自分の度胸と持久力である。
四年前にもこのレースに出場して惨めに負けた。
今回はその雪辱戦でもある。
オリンピックでは日本選手たちが活躍した。一応このレースでは俺たちが唯一の日本チームである。だからどうしたって言われそうだな。
しかし911が近い。空港は戒厳令なみの警備だろうなぁ。
俺様は風貌がテロリストなみだからなぁ。憂鬱だぁ。

3209/06 22:39プロ野球が消える日
そそっかしい新聞社が号外をだしていたが、今日プロ野球の選手会がストライキをやると明言した。
やれやれ・・やるべきである。球団経営者サイドはそんなことしたら損害賠償も辞さずと脅しをかけてきたが、ファンにとってはこれほど面白いことはない。これを泥試合というが身から出た錆び、双方がファンを無視して金儲けばかりに走ったのだから自業自得である。
今シーズンはもういい、つまらない試合よりプロ野球関係者、できたらスポーツジャーナリズムも参加して壮絶な泥試合を見せておくれよ。
今夜、BS放送で都市対抗野球の決勝戦をホンダ対王子製紙でやっていたが、選手たちは生き生き、観客は楽しそうに応援していた。今のプロ野球より数段面白かった。それにメジャーリーグの中継もあるし、日本のプロ野球なんか消滅しても野球ファンは全然困らない。
どうせ今日から消滅に向かうのだろうから、早くなくしてしまったほうがいい。俺が何年もまえから言っていたことがやっと現実になった。
野球が大好きな元野球少年としては今日のニュースはとても嬉しかった。

3109/05 22:11武士道とは・・・
久しぶりに何も無い日曜日、ジョージ秋山さんの「武士道と云うは死ぬ事とみつけたり」を完読。
これは佐賀鍋島藩士・山本常朝口述の武士道論書「葉隠れ」を秋山タッチで描いた快著である。
その中で面白かったのはこれ。
「世に教訓をする人は多し、されど教訓を悦ぶ人は少なし、ましてや教訓に従う人は稀なり」
その通りだなぁ。現代にもいるいる、やたら愚にもつかない教訓を垂れる奴がさ。
だいたい、人の良し悪しを指摘して意見する事は簡単だけれど、決して親切ではない。
それは無意味に相手に恥をかかせる悪口となんら変わらない、ただの暇つぶしと同じだよな。
人に意見するときは、相手がそれを受け入れるかどうかを見極める洞察力が必要なのだ。
それが出来ねえ奴は他人に教訓なんか垂れるんじゃねえ。
説教したくても見逃したり、聞き逃したりしてやることが大切なのだ。
分かったか!はい!実は俺もよく他人に説教するんだよね。

3009/04 22:34故郷の9月の海
俺は子供の頃から9月の海が好きだ。
なぜなら9月になると騒がしい海水浴客が雲の子を散らすようにいなくなって、海がやっと地元の俺たちだけの海になるからだ。
高校生まではその海で思い切り波乗りをするのが楽しみだった。
だから9月の学校は波のいい日は欠席したり遅刻する奴が多かったのだ。
その故郷の海は・・・鵠沼海岸だけど・・・台風18号の影響でウネリが入り、しかも北風で結構いい波がたっていた。
しかし俺の子供の頃の静寂な海はそこにはなく、一面オットセイの大集団と見紛うばかりのサーファーたちがいた。
それは逗子から鎌倉由比ガ浜、稲村、七里ガ浜、江ノ島、鵠沼海岸までびっちりだ。
今は第二次サーフィンブームなんだろうね。湘南のサーファーの第一世代の俺としては複雑な感慨がある。
それにしてもこのブーム、俺の甥っこのマミ・・河村正美の功績は大きい。
俺がテレビの演出をやれといっても拒絶してプロサーファー一筋でがんばった正美である。今、サーファーの間では波乗りの技術だけでなく、彼のライフスタイルそのものが目標にされている正美の生き方は湘南ボーイの原点である。
ぜひ俺が今プロデュースしている中国・海南島へ連れて行きたいと思う。
海南島は鵠沼のビーチボーイの俺が、終の住処になるかもしれないと思っているほどすばらしい海がある。子供の頃の静かな鵠沼海岸のような砂浜がたくさんある海南島のビーチボーイで終わるのも悪くはない。
今日の故郷の9月の海を見つめて、そんな想いが俺を強烈に包んだ。



2909/02 23:06LOVERS
六本木ヴァージンシネマにて「LOVERS」を観る。
最近輝いているチャン・ツィイがお目当てであった。そしてこの映画は見事にチャン・ツィイのプロモーションビデオじゃねえのかい?と勘違いするほどチャン・イーモウ監督は一生懸命彼女の全てを見せてくれた。
しかしだ、あまりにも彼女のショット、しかもアップが多いもんだから俺は彼女のあら捜しみたいになってしまったのだ。
顔に結構シミがあるんだなぁ。横顔は不細工な女だなぁ。すっぴんはひでえ顔じゃんか。しかも衣装がだめだなぁ。彼女の長く美しい・・はずの・・・足が見たかったのに、ださい衣装が邪魔をしてくれた。
さらにイーモウ監督さん、「HERO」はよかったけれど今回はあんたタランティノかい?って言いたくなるほどのヒドイ演出だったなぁ。
中国的に言えば荒唐無稽、支離滅裂、そんな馬鹿な・・こりゃ日本語か。
とにかく子供だましのスペクタクルもない戦闘恋愛映画であった。
しかし、映画終了後客席で涙する女の観客が結構いた。
韓国の男に泣き、中国の男に涙し、日本の女はどーなってるんだろう。
それより日本の男がだらしねーってことか・・そうだよなぁ。

2808/31 22:51アドレス消去
携帯のアドレスを消去するのは辛いものだ。
特にそれが突然逝ってしまった親しい人の時は・・・
今日、お二人のアドレスを断腸の想いで消去することにした。
6月15日にご逝去された内野二朗さんと4日前に自殺したマリオ・・山口篤君である。
携帯でお二人のアドレスを呼び出す。そして掛ける。
その時の瞬間はなんだかご本人が出てきそうで胸がときめいた。
しかしやっぱり内野二朗さんは「現在使われておりません」
マリオは「お客様のご都合により、通話が出来なくなっています」
この言葉は切なかったなぁ。お客の都合・・たしかにそうだけれど、なんだか悲しい言葉であった。
アドレスを消去することにより、お二人のご逝去を実感してしまった。
消去なんかするんじゃなかった。

2708/29 22:14晩夏に友を焼く
寒い寒い、夏の最後の日曜日。
友人マリオ・・・山口篤を火葬した。
ご親族の都合で今日の火葬になったが、今日の暦は友引である。
どこの火葬場も休みである、が特別にやってくれるところが横浜にあった。
そこは数年前に阿久悠さんの秘書児島俊子さんをお骨にしたところだった。
俊子さんの最後を看取ったのは阿久さんの息子の太郎と俺だったっけ。
あの時の火葬場には大勢の見送りの人々がいたが、今日は寒い雨の中数人のマリオを慕う人々だけの野辺の送りだった。
マリオの骨は軽かったなぁ。元はガッチリした奴だっかけれど。
それにしてもゴルフの好敵手がいなくなっちゃったなぁ。
やっとスクラッチでマリオに勝てるようになってきたのに。
やっと散々取られた分を取り返そうと思っていた矢先だったのに。
マリオ・・・お前は俺にゴルフで負けたくなくて自殺しやがったな。
この馬鹿野郎!まぁあの世のゴルフ練習場で練習して待ってろ。
俺はまだ当分、そこには行かないけれど・・・
なんてことをマリオの骨が焼きあがる間、窓の冷たい雨の雫を見つめながら考えていた。
寒い、今夜は寒い。


俺はまだ当分そこへはいかないけどな。

2608/27 23:59マリオ死す
親友マリオが死んだ、たった今、自殺した。
30年の友人だった、と過去形で書くのがつらい。
マリオとの思い出もまだ浮かんでこない、来るわけがない。
マリオはたった今、死んでしまったのだから。
なぜ、とかどうして、なんてことは言わない。死ぬ事はマリオが自分で決めたことだから。なんどもデッカイ交通事故や大病に遭っても不死身だったマリオが死ぬにはマリオだけしか解らない理由があったのだろう。
娘のミキちゃんは泣きながら、お父さんの顔、きれいだよって言ってた。
死を自分で選ぶのはいい。きっと俺もそうすると思う。
でもこんな夜中にびっくりさせるなんてマリオらしいなぁ。
まぁ、川を渡って彼岸へ行く手伝いはさせてもらうよ。
マリオ、俺はお前の友達だからな。
お前にはずいぶん世話になった、ありがとう。


2508/24 22:17華氏911
やっぱり見ておかなくちゃと思って六本木バージンシネマにて「華氏911」を見た。
結論・・・なんじゃコリャ!マイケル・ムーア君、君は世界的に有名になってしまったけれど作品としては二流だね。
たんにブッシュ大統領をこき下ろしてるだけじゃんか。
俺はそこに大人のウイットも知恵もヒネリも感じられなかった。
ブッシュの弱点を全て集めてつないだだけの駄作になんでカンヌ映画祭は最高賞パルムドールなんか・・・所詮、映画祭なんてそんなレベルなんだな。まぁフランス人はブッシュが嫌いだろうしね。
俺だってテロや戦争や侵略やブッシュも嫌いだよ。
しかし、日本のマスコミもこんな映画をなんでオイショするのかねぇ。
マイケルがこれを読むわきゃないけれど、俺の友人のビル・デイの作品を見せたいよ。権力や体制と戦うジャーナリストが持ってほしいスピリッツがビルの作品にはある。彼の代表作はサンダンス映画祭でグランプリをとった作品「saviors of the forest」。ロバート・レッドフォードが主催するユタ州の田舎の映画祭だけどね。
でも俺はこれ以上にステキなドキュメンタリーをいまだ見たことが無い。


2408/23 21:38ハッスルハッスル?
オリンピックの女子レスリング、俺の杞憂が現実になってしまった。
72キロ級浜口京子が負けてしまった。アニマルお父さんはどうするのかなぁ。エーゲ海に身投げなどしなければいいけどね。
このお父さんと似た人が今夜テレビに登場した。
ハッスルハッスルの小川直也である。
PRIDEグランプリの準決勝でロシアのヒョードルに1分持たずに負けちゃった。当たり前だ。リングに上がった彼の腹はブヨブヨ、決して格闘家の腹ではない。練習もなにもせず、この夏アチコチのイベント会場で愚にもつかないハッスルハッスルをして小遣い稼ぎしていたのだろう。
そんな試合をゴールデンタイムに放送したフジテレビもどうしちゃったのだろうね。
おまけに小川は負けたのにリングでマイクを握り締め、お約束のハッスルハッスル・・・これじゃコントだよ。
そしてこのシーンが俺の中で朝の浜口お父さんとオーバーラップした。
二人とも真剣勝負をお笑いにしてしまった。
そしてその愚行、いや蛮行を面白がり助長させているのが、悲しい事にこの国のマスコミなのである。

2308/20 23:25オリンピック考
オリンピックはいろいろなことを考えさせてくれる。
埼玉の大宮開成高校の先生、山本博さんがアーチェリーで見事に銀メダルを獲得した。スポーツに年齢は関係ないが41歳である。
山本先生が手にしたのは、まさに金品ではなく栄誉である。
今、オリンピックは金品が乱れ飛ぶ修羅場と化したが、二千数百年前古代ギリシャのオリュンピア祭がそうであったように、金品ではなく自らの栄誉のために戦っている選手を見つけたときの楽しさは最高だな。
栄誉の証であるオリーブの枝の冠を着けた山本先生の顔は実に誇らしいではないか。
金のために戦って勝った奴が頭にオリーブの冠を載せても似合わない。
明日からも、栄誉のために戦う選手を見つけたいね。

2208/18 21:35生徒の質問に
俺が長嶋ジャパンをやたら標的にするもんだから、掲示板に質問が来ちまった。しかもカワイイ国際理容美容専門学校の生徒たちからだよ。
俺、この学校の先生だから回答しないわけにはいかないな。
長嶋ジャパン・・・こんなマスコミが金儲けのために造ったチームなんて日本の代表とは思わない。
企業からごっそり金集めて、電通もラジオ・テレビ局はウハウハだ。
長嶋っていうブランドだから金が集まった。長嶋さんが倒れ、一時は関係者は青くなったが、フォーザフラッグ、長嶋監督のためにガンバロウで国民はすっかり丸めこまれちゃった。関係者は金を貰っちゃったから常に電波で「長嶋ジャパン」を連呼しなくてはならないのだ。だからいやらしいほどの「長嶋ジャパン」の連呼なんだよ。
でもこれはオリンピックの日本代表チームではない。
俺だったらプロ野球選手だけを金で集めてまで勝とうとは思わない。
高校生、大学生、社会人野球、そしてプロ野球の選手たちの合同チームを創る。これこそ日本を代表し、みんなで応援するドリームチームだと考える。先生はこう思うけれど君たちはどうかな?
それと俺の新企画は「いちご白書」じゃねーぞ。
「いちご悪書」だ。ベランメー!


2108/18 09:08残身の美しさ
オリンピックを見ていて思う。
スポーツは本来人間の殺し合いの代理戦争が原点であるから、当然勝ち負けに拘るべきだ。クーベルタンの「オリンピックは参加する事に意義がある」と云う言葉が一人歩きして、いかにもオリンピックの精神の如く伝えられているが、彼の言葉には続きがあることはあまり知られていない。
彼は続けてこう言っている。「しかし、勝たなければならない」
スポーツの勝ち負けは人間の主観で決まる。
が、近年は科学の進歩で機械が決定する事が多い。
時間の計測など現在の電子時計では一万分の一秒まで計測可能だ。
確かに精度は増してきたが、やがて破綻する時がくるだろう。
アナログのスポーツとデジタルな科学のこの急接近はやがて相入れない時がくる。なぜなら人間から主観を奪ったらすでに人ではなくなるからだ。
その点、柔道は勝敗に人間の主観を重んじるから好きだ。
昨日、金メダルをすべて一本勝ちした谷本歩実は素敵な女性だね。
相手を倒したときのあの立ち姿、瞬間、穏やかな顔に戻った時の美しさ。
これを柔道では「残身の美しさ」と言う。
今、残身の美しい人間がいないなぁ

2008/17 09:15金と気
オリンピックを見ていてつくづく思う。
俺は事前に予測していたが、金メダルの結果がある法則に当てはまるのだ。それはその競技に広告代理店とマスコミが加担していたか否かである。
例えば加担した競技はサッカー、バレーボール、野球など。代理店が企業から金を掻き集めて、ふんだんにつぎ込んだはずだ。金を貰ったマスコミも必要以上に金の神輿を担いだ。だから弱い。チームに金はあっても選手に気が無いからよわいのだ。
一方、男子体操や柔道や水泳はすべての選手に気力がある。谷亮子や北島康介など世界の強敵に気力で負けていないではないか。
金と気・・・この径庭にマスコミは気づくべきだ。
金の亡者たちの後押しをする恥ずかしさから目を覚ませ。
だいたい長嶋ジャパン、柳本ジャパン、山本ジャパンなんて、よく考えると意味の解らないこのネーミング。こんな競技には応援したくない人々がいる事をわかってほしい。。
オリンピックは日本人みんなで楽しみ、その本来の意義を感じたい。


1908/15 22:07ガッツ伝説
来月イタリア・サルディニア島でのヨットレースに参戦するため週末は相模湾にてトレーニング。さらに日曜日に海から帰ってすぐボクシングジムにてからりハードな練習。
夏ばてもせず我ながら体力あるなぁと思う。
ところでガッツ石松さんのガッツ伝説が36万部も売れてるとか。
読んでみりゃ別に新しさもセンスもない、ましてや文化の香りなど皆無。
シコシコと書いた文学や、アカデミックなドキュメント書いてもほとんど売れない大多数の著者たちはくやしいだろうね。
しかし、これが今のこの国の現状、本はタレントものか品のない金儲けものしか売れない。
でもモノ書きならこの現実と対峙する気概が欲しい。
俺もこんなときこそチャンスだから売れる本を書く。
そうそうガッツ伝説だけど、ガッツの天然ボケは昔からで、20年ほど前になるが、俺がテレビ朝日の「爆笑ドットスタジオ」のプロデューサーをしていたときの事。とんねるずやイッセー尾形、ガッツや古舘伊知郎などを使って
コントで水戸黄門のパロディをやっていたのだが、突然侍のかつらを着けたガッツが言った。「河村さん、かつらって頭を締め付けていたいねぇ。」
「ほんとに時代劇のかつらは痛いよ」と出演者たちも同調。
そのときガッツが言った。
「江戸時代の人は大変だったんだなあ」



1808/13 21:53アテネと英霊
アテネ五輪を前にして、思う事あり靖国神社へ参拝。
夏の真昼の靖国は木陰を流れる風さえも熱い。単に記録的猛暑の為か、それとも、この大都会の森に眠る幾百万の英霊達の忸怩たる想いが臨界点を迎えたのだろうか、俺は後者だろうと思った。
毎年今ごろ、靖国参拝の是非がやかましい。
阿呆なテレビお抱え評論家どもが、大多数の英霊達の心も知らず勝手な私論を振りまく。
靖国を語るならまず、靖国の霊気を吸ってからにしなさい。
靖国の森に充満する英霊達の霊気を自らの身体に染み込ませたら、きっと考えが変わってくる。
機関銃や爆弾の代りに、札束で途上国の人々を張り倒して国力を広げる努力がいかに貧しい心の仕業かが解るはずだ。
国の中でさえ金が最優先の心貧しい権力者どもがのさばっている。
先の大戦時、それがなんのための戦いかを聞く事も、知る事も許されず国に残る家族のためと自らを騙し、戦場に散っていった幾百万の英霊達は今の日本を見つめ、自分達の死が犬死だったと感じているだろう。
その英霊達に詫びを言い、英霊達の死の上で今日の幸せを過ごしていることへの感謝をすることは決して是非を云々されることではないのだ。

1708/12 23:01289セーブ
横浜ベイスターズの佐々木主浩投手が引退を表明した。八日のヤクルト戦で三連続本塁打を浴び敗戦投手になったことがきっかけらしい。本人も「これ以上迷惑をかけたくない。モチベーションが高められない」等の談話を出しているがそうだろうか。だいたい去年シアトルマリナーズの契約を一年残して辞めるときも「家族との時間をたいせつにしたいから」等の談話を出したが、これは嘘。本当はマリナーズから解雇されたのであることは、スポーツ記者なら全員知っている。酒びたりで練習もせず、体中がボロボロだったのである。そして今回も理由は同じなのだが、なぜスポーツ関係者は辞める理由を美談にするのだろうか?酒びたりで我が儘な男なんて野球の選手としては失格である。プロ野球選手は子供達の憧れでなければならない。子供の夢を壊す選手は消え去るべきだ。佐々木だけではない。多くの選手が似たり寄ったり、これがプロ野球衰退の大きな原因なのだ。一リーグだ二リーグだと騒ぐ前に選手一人一人がプロの選手とは何かを自覚した方が良い。
毎日毎日汗水流して働いている人々の何十倍、何百倍の給料貰っていても、
プロ野球選手たちの人格はちっぽけなものである。289セーブポイントが泣いている。

1608/11 23:066・3制
俺と同じ名前だけれどまったくの他人である河村文部科学相が義務教育九年間の分割法「6・3制」を市町村が独自に変えられる改革案を発表したね。
50年も続いている制度をなんで今更・・・。
だいたい小泉政権は改革、改革とまるで哲学も歴史への愛着も人への優しさも無いことばかりする。
自分は親子三代の古臭い世襲政治家なんだけどね。
教育改革を地方の自治体に任せるってことは、国が補助金を払いたくありませんってことだ。義務教育費の国庫負担がもったいないのである。
最近のこの国は教育や福祉に金をケチる。こんな先進国があるだろうか?
世界の国々からもう先進国とは認められないだろう。
これはもう日本の政治家たちのモラル、いや品性の問題だよ。
未来を担う子供達の教育に哲学や優しさが必要と言うことは、決して学校の制度をいたずらに弄ぶことではない。
例えば優しさとは、学校の入学試験日を2月などという日本では一番厳しい季節にしないことだ。日本の半分は雪国である。子供達の辛さや、親の心配を考えた事など文部科学省の役人達には解らないだろうなぁ。
欧米のように秋にやってあげたらいいのにな。


1508/10 22:383と4の共通点
3と4・・・3は長嶋監督で4はヨン様こと韓国俳優ペ・ヨンジュン。
アテネ五輪まであと三日、マスコミ報道で気にいらないのが長嶋ジャパンと言う野球の日本チームに対する呼称である。
長嶋ジャパン・・・誰がいつ決めたの?俺も野球好きだし、長嶋監督も嫌いじゃないけれど、日本代表チームが長嶋ジャパンとは思わない。
これを決めたのは某大手代理店の電通が・・ありゃ言っちゃった・・・
電通が金集めのために名づけたキャッチフレーズにすぎない。長嶋監督を肴にした金儲けなのだ。それを全マスコミがお追従の情けなさ。
一方、ヨン様だって本当に日本人に好かれ尊敬されているとは思えない。
だいたい人を様付けで呼ぶ事は、すでに馬鹿にしている証拠だよ。
日本のおばさんたちがたまたま日本の芸能界にスターがいないものだから、その場凌ぎでヨン様、ヨン様言っているだけ、まぁアテネ五輪までのつなぎネタだろうけどね。
結局3も4も金儲けの手段に利用されているだけだ。
それにしても日本のマスコミのこの無責任、軽薄さ、どうしたらいいのかねぇ。

1408/09 22:1017%とエイベックス
先週起きたエイベックスの五日間戦争は浜崎あゆみの一声で収拾したかのように上手く本質をカムフラージュさせたもんだ。
実際は依田 巽社長兼会長の解任なんて無理な話だ。なんせ依田さんは自社株を17%持っている筆頭株主なんだから。
なぜ俺がそれを知っているかと言うとご本人から聞いたからだ。
去年の暮れ、今年の初夏に亡くなってしまった内野二朗さんと渋谷パルコで音楽ショーをやったときのゲストが依田さんだった。
「実は私、音楽は素人で、でもお金儲けなら大好き・・・」とか冗談交じりで話をしたことがある。千葉龍平さんも松浦勝人さんもエイベックスの成功には欠かせない人だが、依田さんの経営手腕なくしては浜崎あゆみがどう逆立ちしても成功はあり得なかったのだ。
浜崎あゆみは創られたカリスマ、最近は勘違いした偉そうな言動が鼻につくよなぁ。
まぁこの問題、所詮は彼ら関係者の金儲けのゴタゴタ、いちいち関心を持つのも馬鹿馬鹿しいか。

1308/06 23:39一位決定戦
サッカーアジアカップ一位決定戦はいよいよ明日の夜九時にキックオフだけれど、なんだかマスコミが騒がしい。決勝戦は日本対中国、場所は北京で完全なアウェイ状態。そこで日本のマスコミや訳知り顔のテレビ似非評論家どもが、一部の中国人サポーターが日本人サポーターや選手に危害を加える可能性があるなどと、その部分だけ強調し煽るだけ煽っている。
なんだかサッカーゲームより日本人対中国人の民族闘争が起きるんじゃないかといった加熱報道である。
しかも時は終戦記念日間近とあればムードも満点だが・・・・・。
馬鹿言ってんじゃないよ。中国の大多数の人々は我々よりもずっと良識も良
心も持っていると信じる。俺の知っている中国人たちの日頃の言動を見ているから解るのだよ。
サッカーで騒ぐのと排日、嫌日運動で騒ぐことを混同するわけが無い。
でも、明日のサッカーは両国のサポーターが大騒ぎして欲しいな。サッカーはもともと国と国の代理戦争みたいなもんだ。だいたいスポーツなんてものは人間と人間の殺し合いに一定のルールを設けたものがその起源としているのだから。国と国の戦いは熱くならなくちゃ。
俺の言っている事も少々矛盾点もあるが、そのくらい明日のサッカーは楽しみだ。両国がメッチャクチャ戦って、終わったらまた手を握り合いたいね。
その為にも、小泉首相様、今年は靖国参拝やめといたほうがいいかもね。


1208/05 22:231億2682万人
今年の春の頃の日本の人口である。
昨年度一年間で産まれた赤ちゃんは約113万人。
一方で死んだ人は約101万人。俺はこの数字に愕然としたね。
俺たち日本人は一年間で100万人も死ぬんだね。この100万人の中に自分が入らない保証は何処にもない。つまり126人に一人が死ぬのである。
なんとスリリングな時代。金があろうが、権力があろうが、若かろうが、この死の確率は皆同じさ。そう考えりゃ楽しいね。一日一生の仏教の教えか、一日一死の武士道の教えか、まぁどっちでもいいけれど人間とりあえず生きてる事が一番だな。

1108/04 23:518回の睡眠
「ハリー・ポッター」のお口直しに六本木ヒルズのヴァージンシネマで
「ディープ・ブルー」を観る。
ところがこれがヒデーシロモノ。頼むよ!東北新社さん。嘘つくな!
金が目当ての映画評論家ども!どこが感動のシーンなんじゃ。何が制作7年の大作だよ。どのシーンもどこかで見たことのあるカットばかり、俺をピクッとさせるシーンはナッシング。おかげで俺は波音を聞きながら8回ばかり浅い眠りに落ちたのだった。
夏休みの映画がこれじゃなぁ。子供の姿はないし、ときどき起こる場違いの笑いはババアの集団、それもその筈、今日はレディスデイだった。がしかしババアはレディスのジャンルにまだ入るのだろうかな、日本では?
夜、先日急逝したシンガー朱里エイコさんの件で、朱里さんのすべてをご存知の清水エージェンシー木下社長から相談事の電話をいただいた。
俺なりの考えをお伝えしたが内容はここでは書けない。木下さんのお身体もかなり悪いように思う。お大事に。   

1008/03 22:243回も寝ちまった
六本木ヒルズのシネコンで「ハリー・ポッター」を観た。
なんだか気持ちが良くて3回も寝ちまった。
上映時間の半分は寝ていたから、大きなことは言えないが、なんだかCGに頼りすぎとちゃう?さらにドラクエやらファイナル・ファンタジーやらバックトゥザフューチャーやらの良いとこ取りだよなぁ。
でも面白かったのは主人公が使う呪文「・・・・・パトローナム!」
これを聞きながら眠っていたら、なんと俺は自分が子供の頃使っていた呪文を突然思い出したのだ。何十年も前に忘れてしまって使う事も無かった俺の
呪文、もう一生思い出せないと思っていた呪文が突然頭の中から滲み出てきたのだ。
その呪文は「ナチョメンドサ」意味は無い、呪文だから。どうして言葉を見つけたのか、または作り出したのかは今となっては解らない。
「ナチョメンドサ」おれは子供の頃、困った事に出会ったり、助けが欲しいときにこの言葉を一人でつぶやいていたのだ。
「ナチョメンドサ」今日からまた使ってみようかな。
この俺に呪文を蘇えらせてくれた「ハリー・ポッター」良い映画でした。

908/01 22:45背番号「3」の2
今夜のNHKサンデースポーツでオピンピックの野球特集をやってますな。
解説者は大野豊、ゲストは星野仙一だけどおいおい長嶋監督のこと語らないのか?城島君、選手代表みたいな立場で偉そうに語っているが、監督問題は
気にならないのか?長嶋監督のいない長嶋ジャパンなんてあまりにも情緒たっぷり、お涙頂戴だよなぁ。星野さん、あんたが俺がなるって名乗りあげたら?中畑の監督代行だけはやめようね。
今日はボクシングの練習目一杯やったので筋肉がパンパンだぁ。原稿書きがあるんだけれど、寝ちゃおうかな。これが自由業の特権だもんね。

808/01 22:45背番号「3」の2
今夜のNHKサンデースポーツでオピンピックの野球特集をやってますな。
解説者は大野豊、ゲストは星野仙一だけどおいおい長嶋監督のこと語らないのか?城島君、選手代表みたいな立場で偉そうに語っているが、監督問題は
気にならないのか?長嶋監督のいない長嶋ジャパンなんてあまりにも情緒たっぷり、お涙頂戴だよなぁ。星野さん、あんたが俺がなるって名乗りあげたら?中畑の監督代行だけはやめようね。
今日はボクシングの練習目一杯やったので筋肉がパンパンだぁ。原稿書きがあるんだけれど、寝ちゃおうかな。これが自由業の特権だもんね。

708/01 10:04背番号「3」
長嶋茂雄さんがアテネ五輪野球日本代表監督を断念した。
これは前から国民が感じていたことだし、今更わざとらしいな。
現在の野球界の衰退で、長嶋監督不出場を先延ばしにしたかったのだろうけれど、これもとんだ茶番劇だ。だれが仕組んだ?やっぱり読売の悪玉グループの総師だろうね。
中畑コーチを監督代行にするためには、結論を延ばすだけ延ばす必要があったのだ。中畑じゃ無理もいいとこ。だいたいあんなバラエティタレントが監督なんか出来るわけがない。しかし、ナベツネは巨人関係以外の人間にはやらせたくない。せこいなぁ、もう野球は終わりだな。長嶋監督まで商売の道具にされちゃった。
それをマスコミは知っているくせに知らん顔。
恥ずかしくないのかなぁ。そんなに金が大事なのか、この国は!

607/30 08:5410号台風
台風はなぜか西に進みながら完全に迷走中。これでは週末のヨット練習は
中止かな。この台風みたいに大迷走中なのがプロ野球だな。
昨日は巨人の選手会もナベツネに宣戦布告の1リーグ制反対の署名運動をした。朝のテレビ各局や新聞が大きく報じてたけれど、こんな茶番劇いつまでやってんだろう。今、なぜこんな事態になったか?
理由はただ一つ、野球からのファン離れなのだ。野球を札束でしか考えない経営者たち、野球より引退後を考えてテレビのバラエティで馬鹿丸出しの選手たち、野球にたいする子供達や女性や庶民の夢や心を理解できない奢り高きマスコミの似非スポーツジャーナリストたち、お前さんたち全員がよってたかって野球をダメにしたんだ。自業自得なんだ。今のこの国の様々な分野での閉塞状態と同じなんだよ。じゃあどうする・・・
「みんな死ね!みんな死ね!みんな死ね!
俺の好きなロッカー、アーロー・ガスリーの歌のようにね。
すべて白紙にしてやりなおせ。それで野球が消滅してもいいじゃないか。
ナベツネなんてオヤジに面識はないが、あんなオヤジ潰すの簡単じゃないか。みんなで読売新聞の不買運動すればいいい。解っててそれが出来ないこの国のジャーナリストやマスコミなんて所詮、互助会なんだよ。
ちなみに、ナベツネみたいに孤軍奮闘する男は俺、好きだな。

507/27 22:3610時ー15時
今日は阿久 悠さんと病院の梯子。
それにしても阿久さんの精神力の強さに敬服。俺には腕力があるけれど、
精神力の強さのほうがカッコいいよ。さらに阿久さんの免疫力が日増しに
逞しく感じられる。うれしい。
さて本日の病院にて・・・
担当の先生が妙に遠まわしな言い回しなので、「先生、単刀直入にいってください」と俺。
「いやぁぼくもはっきり申し上げたいが、上からの、つまり経営サイドからのお達しで」とドクター。「薬出しましょうか?注射打ちますか?熱を測らせてもらっていいですか?なんて言うように我々医者も看護婦さんも言われてます」つまり断定的な言い方はNGなんだそうな。
「看護婦も禁句でしょ?」と俺。
『僕は看護婦さんとさん付けですからいいの」とドクターはささやかな抵抗
さらに患者には「患者様」と云うようにとの経営者からのお達しだそうだが、ドクターに
「患者様、お口開けていただいてよろしいですか?」なんて言われたくないよね。この国は病院の現場まで荒廃してきちまったよ。


407/26 22:02二万人
先週末、新潟、福井の水害地に全国から駆けつけたボランティアが二万人。
今朝のニュースで見たその少年少女たちの澄み切った瞳。壮年男女の泥まみれの美しい顔に圧倒された俺。
金にまみれ、些細な権力を振りかざし、ちっぽけな地位にしがみ付いている輩たちに取り囲まれて生きている身には、なんと爽やかなボランティアの皆さん。まだまだ俺達は人間への信頼を失ってはいけない。
人間への優しさを忘れてはいけない。
人間への希望を手放してはいけないのだ。
素敵に輝くボランティアの人々を見つめ、己のだらしなさを痛感した一日だった。
それにしても近頃、とんでもねえ奴が多すぎる。それも政治、経済、スポーツ、文化、陽のあたっている場所ほど多いんだよな。馬鹿がさ。

307/25 22:45121212
ヨットに時間を取られたため、二週間ぶりにボクシングジムで練習再開。
好きな連打・・ジャブからストレート右フックで左ストレート右アッパー2発から右フック左ストレートで左右フック6発・・これが俺の得意な連打だが今日は不調。その代わりジャブストレートのワンツー1212がスピードがあり楽しく打てた。10代20代30代の少年青年たちと同じトレーニングメニューでの練習は厳しいけれど、気が付いたらジムでは俺が最古参だ。
辛い練習ですぐに辞めてしまう若者達が多すぎるね。俺は辞めない。
世界チャンピオンになるまでは。現状では年齢制限をはるかにオーバーしているからシニアの試合に出るつもり。
「老いは歳を重ねることではない。夢を失うことだ」とモームだかニーチェだか言ってた。今の俺の夢はいくつかあるが、プライオリティNO1はボクシング・シニア級世界チャンピオンなのだ。男は知性より腕力だよ。もっとも
両方あるに越した事はないけれどね。

207/24 22:174800万円
NHKのプロデューサーが番組制作費を4800万円も着服したそうな。(実際は
もっと多いだろうが)しかし、テレビ界ではこんなこと日常茶飯事だよ。
俺の知ってるテレビマンだけでも何人もいるもの。その中にはそのアブク銭で家を建てた奴もいる。俺自身もそんな誘惑に身を捧げそうになったこともあるし。奴らの巧妙なテクニックも知っているよ。
日本のテレビも50年、でもまだまだ会社としての理念もシステムも発展途上もいいとこ、一番大切な哲学が芽生えてもいない。だから俺にとってはどうでもいい事件ではあるが、この現場がNHKというのが許せない。NHKは視聴者から金を集めて番組を作っているのなら、俺が前から提案していることだが
すべての番組制作費の明細を情報公開するべきなのだ。タレント費、ロケ費
、セット費、編集費などなどそのすべての実行予算を公開するべきなのだ。
これに蓋をして訳のわからない金の使い方をするから馬鹿なプロデューサーたちの悪の温床になるのだからね。それをやらないNHKなら聴取料など払う必要はない。日本の国民はもっと戦わなくてはいけない。

107/23 22:3234427人
銀座丸の内ルーブルで「トロイ」。
ブラッド・ピットが役作りのために身体を二廻りほどデッカクし、腕と胸に
筋肉をつけたのはいいいが(どうせ増強剤など使ったのだろうがね)
腹筋を付け忘れたのかラブシーンのとき妙に腹とケツのだぶつきがみっともなく、ほとんど色狂いのオッサンの風情であったよ。
しかし、最近の映画館の客は女性が八割・・日本の男は文化、芸術、スポーツの場から姿を消しちまった。
昨年の自殺者数は34427人で史上最高・・これほど多くの人たちが自らの命を絶ち、社会の表舞台から男が消えてしまった日本は、いったいどこへ行こうとしているのだろうか。
この国にもトロイの木馬の計のような奇策が必要なのかもしれないなぁ。



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